安中榛名駅から安中駅まで歩く「安中アルプス(里見連山)縦走」

                                        登山日2022年1月22日

この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平16総使、第652号)

石尊山(せきそんさん)標高571m 群馬県安中市・高崎市/御岳山(おんたけさん)標高400m/浅間山(せんげんやま)標高352m/天神山(てんじんやま)標高318m

里見連山は1998年に群馬県民登山が行われ、この時に所属する職域山岳部が担当となりコースを整備した。その当時も山は荒れ放題で、森林組合の了解を取り付けて、作業に取り掛かった。夏の暑い時期では草刈り機がオーバーヒートしてしまうほどの過酷なものだった。
せっかく整備した道なのでなるべく歩いてもらいたいと「安中アルプス」と名前を付けて当ホームページで発信した。ところが、これを見て遠方より来られた方から、「安中アルプスと言っても何も案内板は無いし、道はわからない。冗談はやめてもらいたい」と叱られた。そんなわけで一時期ホームページから削除した経緯がある。ところが、どこの「○○アルプス」でも、はじめは適当につけているのだから気にすることは無いと、励ましを頂いた。そのうちに、安中アルプスという名前が散見されるようになってきた。2019年4月20日のNHKラジオ山カフェで「ご当地アルプス」というのがあり、投稿したのを紹介してもらった。



その後、暇つぶしに単体の山としては登っていたが、縦走はしばらくしていなかった。新型コロナウイルスオミクロン株の猛威の中で遠くに出かける気力がなくなり、久しぶりに安中アルプスを縦走してみる気になった。

2022年1月22日(土)
妻の車で安中榛名駅前まで送ってもらった。閑散とした駅前を通りカルバートの通路を抜けて裏口に出る。ここで道が解らず、もたもたしてしまったが、とにかく上部に行く道を辿ることにする。急傾斜の道を歩いていく。耕作放棄地が多く、ほとんどがイノシシの運動場となっている。上部の車道に着くと、右に「キャンプベース安中榛名」の道を分けて、車道を真っ直ぐに進む。ほどなく石尊山の標識があり、これに従って急登を喘ぎながら登る。次第に道は薄暗い雑木林の中に入っていく。山頂には無数の石碑があり書かれている文字はほとんどが消えて判読不能だ。


北陸新幹線 安中榛名駅

安中榛名駅の裏にある農道を登る

ここは右を行くのが早い

民家みたいなお寺(昔はなかったような?)

石尊山登山口

石尊山山頂


石尊山からは明瞭な道が続いている。20年前は無かった道なので、ちょっとびっくりする。快適な道は市界に沿って続いており、意外に歩かれているようだ。今度の縦走はこの市界に沿って歩くことにしている。途中で大きく北に分岐する道を見落とさないように進んでいく。GPSの画面を見ながら歩くしかない。分岐はすぐに分かったが、その道は荒れ放題といったところで、枯れ枝が所狭しと散乱していた。この道を進むと明瞭な道に突き当たる。ここは右に進むが、道型は怪しくなり笹薮の中を分け入るようになる。それもわずかな距離で笹薮から解放される。


ここは間違いやすい左に行く

大山祇命(標高462m)


道から少し上り上げたところに462mの三角点がある、ここには石碑があり大正4年建立の「大山祇神」と彫られている。かつては山林守護の信仰があり山を大切にしてきていたのだろう。道はしっかりしておりいると思ったが10分ほどで笹薮に行く手を阻まれてしまった。どこか突破する場所は無いかと探してみる。それらしい、けもの道を見つけて突入する。10mほどの藪漕ぎで天国のように開けた場所に飛び出した。そこは梅林で手入れが行き届き、梅の古木が見事な枝ぶりで広がっていた。ここからは舗装された農道が続き、このコース一番の快適な歩きとなった。南側の展望も良く西上州の山々が一望できる場所もある。それでも平成9年の大規模山林火災から20年以上経過し、植林されたヒノキが大きくなり、手入れもしていないから周囲の展望はほとんどない。この快適な道は御岳山まで続いていた。


笹藪に突入

笹藪を抜けると桃源郷

妙義山の向こうに八ヶ岳

農道

農道

標高430m(四等三角点)


御岳山周辺は「古里公園」として整備されているが設備が老朽化しており、時の流れを感じる。しかし、無数の石碑のある場所では真新しい幣束が下げられ、下草が刈り取られて気持ちがいい。ちょっと異臭が気になるが、ここで昼食にすることにした。


作ったときは綺麗だったのに

御岳山山頂

ツバキが咲いていた

雉子ヶ尾峠の車道


御岳山からは舗装された道を急下降する。途中で道を外れてやぶの中に入り、右側に大きく迂回して雉子ヶ峠の車道に直接降りた。車道を渡り再びやぶの中に突入する。笹薮の中のけもの道を辿りながらの斜面の急登だ。かつて道を切り開いたときにかなり苦しんだ思い出がある場所だ。この笹薮を抜けると、管理された梅林に飛び出した。私有地であり管理されているということで、畑の縁を通過して斜面を下降する。この畑を過ぎると、再び笹薮となり、倒木が行く手を遮った。倒木には蔓が絡まり、通過するのにかなりの体力を消耗することになった。こんな時は鉈を持ってくれば少しは違ったかもしれない。それにここは近くまで林道が来ているので、これを利用すればかなりの時間短縮になるはずだ。しかし、なるべく市界に沿って歩きたかったので、こうなってしまった。巨石がゴロゴロした場所を過ぎると、下方から明瞭な道が現れてそれを辿って上部に進む。


笹藪

方向がわからぬが上部に進む

梅林から雉郷城跡(猪ノ毛山)を見る


管理された梅林

雉郷城跡(猪ノ毛山)の三角点(標高374m)


道から外れたところにこんもりしたところがある。堀切の西側が高そうなので向かってみたが、何もないので再び堀切を渡って東側に行くと三角点があった。ここは点名が「猪ノ毛山」で地図には「雉郷城跡」の名前もみられる。確かに人工の堀切の跡が何本かあり、ここが城跡であったことがわかるが、城というにはあまりにも小さく、すぐに陥落しそうな規模だったのだろう。

道は薄いが何とか辿れる状態だ。目の前に浅間山の山頂にある神社が確認できる距離になってきた。ところが目前にして、どうしても突破できそうにないアメリカセンダングサの藪が出現した。しばらく考えたがこの中に突入する気にはならない。いったん北側に逃げてかつての梅林の中を下降してから、市界の道に戻った。ところが注意していたが、草の実がくっついてハリネズミのようになってしまった。これは地道に剥ぎ取ってしかないだろう。


あそこが浅間山 しかし身の丈を超す雑草

アメリカセンダングサにとりつかれる

浅間山

浅間神社の鳥居 長い石段を登ると山頂


浅間山の直下に到着すると、藪は無くなり歩きやすくなったが、疲労がたまってきたのか足が重い。浅間山の山頂にある社でザックを下ろして草の実をむしり取る。その後、菓子パンを食べ、ゼリー飲料を飲んで休憩した。浅間山の階段を下りて車道に沿って歩く。これは尾根伝いに行くと峠の法面で車道に下降できなくなるからだ。


車道から山道に入る

林業関係の道らしい

天神山が近くになった

ここを右に行く

天神山山頂

こんなところで直火 勇気あるなあ


車道を辿り、いったん峠に向かい「クリスマスローズガーデン」への車道を行かずに左上の作業道に入る。はっきりとした道が続いており一安心だ。途中の梅林で赤城山の全体が見える展望の良い場所に出る。ここは素晴らしく腰を下ろしてボーッとしていたい場所だ。左下に貯水池を見るところで笹薮に阻まれた。しかし、思い切って突入すると密の部分は簡単に突破することができた。それでも藪に変わりはなく何度かストップすることがしばしばだった。その藪を抜けると広い道に出た。その道は行き止まりで鉄の柵が設置されていたが、錆び放題で使われていないようだ。たしか、昔はキノコ栽培をやっていたような気がするのだが定かではない。下方に道があるので辿ってみると、分岐があり「天神山」の標識がある。時を同じくして、下ってくる2人がいたので道を聞くと山頂は間違いないようだった。

よく踏まれた道は歩きやすい、途中で二人組とすれ違い、ほどなく山頂に到着した。ノーリードの犬を連れた人、風があり枯草があるこの場所でテントを張り、焚火をしている人もいる。まさに無法地帯の様相だ。わずかに休んですぐに山頂から退散だ。三角点のある前天神と名前を付けられたピークを過ぎて、どんどん下降していく。

古城団地の縁を歩き、板鼻宿を経由してJR安中駅に着いた。


天神山山頂から赤城山

前天神の三角点(前はこんな名前無かった)

古城団地

鷹之巣橋

安中駅

*安中アルプスを歩くときの注意
・季節は冬の時期がベスト
・私有地がほとんどなので、むやみに立ち入らぬこと
(作業している人には一言を忘れずに)
・道は藪化しているのでGPSを活用する


安中榛名駅08:56--(.35)--09:31登山口--(.12)--09:43石尊山09:45--(2.43)--11:28御岳山11:59--(10)--12:09雉子ヶ尾峠--(.52)--13:01雉郷城跡(猪ノ毛山)--(.36)--13:37浅間山13:47--(.13)--14:00峠--(.47)--14:47天神山14:55--(.03)--14:58前天神--(.26)--15:24古城団地入口--(.15)--15:39安中駅

群馬山岳移動通信/2022








1993年の記録
安中市の山
「天神山」「浅間山」「御岳山」「石尊山」
「御殿山」「茶臼山」「八幡峰」「崇台山」



 安中市の中央を流れる碓氷川、この川を挟むように安中市の山は東西に連なっている。したがって国道18号線、JR信越本線も碓氷川に並行して走っているのでその車窓からこれらの山を見る事が出来る。

 高崎から軽井沢に向かい安中市に入り右側に広がっているのが秋間丘陵だ。また左に広がる丘陵は岩野谷丘陵である。国土地理院発行の地形図に山名が記載されているものに付いて案内をします。

 今回は1993年12月19日に家族で山頂標識を設置しながらで歩いて来たので、そのコースタイムを紹介しながら案内をしたいと思います。


○天神山(標高318m)

 秋間丘陵のもっとも東に当たる山で安中駅の北に見える山である。標高が低い割に三角形の目立つ山容をしている。最近この山を中心にゴルフ場の計画があったがバブル崩壊と共にこれは消えた。ゴルフ場の中を通って山に登る事は不可能なのでこの中止は歓迎したい。しかしいつ再開されるのか分からないので早めに山頂を踏んでおく方が良いかもしれない。

 安中に入り国道18号線を軽井沢方面に進むと「城下」の信号がある。右に折れて走るとT字路になりここも右に曲がる。道なりに行くと「自性寺」の信号にあたり、右に曲がって「下秋間CC」のゴルフ場方面に行く。このあたりはさながらゴルフ場の中を走っているようだ。道は峠を通過して榛名町に入る。峠から100m程で「湖と果物の町、榛名町」の標識があるのでここを右に折れる。梨畑の中を走り下り坂になり、下りきったったところが十字路になっていて広い場所があるのでここに車を駐車しておく事にする。

 車を下りて南側の山に向かって梨畑の中のコンクリート舗装の道を登る。車で通れない事もないが歩いた方が気持ちがいい。やがて雑木の中に入り少し登るとコルに着く。コンクリート舗装もここまで「霊芝栽培所、榛名ファンガス」の看板がある。コルから左に山道を辿ると広い平らな天神山々頂に着く。石仏が北に向かって立っており、台座に「下里見・・・」の文字が微かに読める。

 展望は南方面に西御荷鉾山が大きく見える。下山は北側に階段状の道があるのでここを下っても良い。この場合は下った所に車が通れるくらいの広い山道があるのでこれを左に行けば車を止めたところに着く事が出来る。

「記録」

登山口--(.10)--コル--(.05)--天神山山頂


○浅間山(標高352m)

 天神山に向かう途中「湖と果物の町、榛名町」の標識の所を右に曲がったが、浅間山はここを左に曲がる。入り口には「浅間山桜公園入り口」の標識がある。少し山道を走ると再び「浅間山桜公園」の標識があるのでこれにしたがって左の山道に入る。

 「熊注意」の看板がなんとも不気味だ。かなり広い神社の駐車場に着く。ここに車を止めて歩き出す。

 歩くと言ってもただ、神社の社に向かって階段を歩くだけである。119段の階段を登りきると神社の建物があり、ここが浅間山々頂である。「木花咲耶姫」を奉ってある社には「從一位浅間神社」の文字が掲げてある。諏訪神社から正一位の許可を受けたと登山口の案内に書いてあった。

 山頂からの展望は安中の山の中では一番ひらけている。360度の展望はいつまでいても飽きる事はない。ただ南側の山頂まで近づいて来ているゴルフ場がちょっと残念だ。


「記録」

駐車場--(.03)--浅間山山頂



○御岳山(標高400m)

 御岳山へは安中から入るよりも高崎から国道406号線を走り榛名町から入る方が分かりやすい。上里見の信号を左に曲がり山に向かってセンターラインの通りに車で走る。途中「関牧場」の牛の画の入った看板を右に見てから、その先のカーブを曲がるとすぐに「小里公園東登山口」の標柱がある。この標柱に従って右の細い道に入っていく。道は舗装されているがかなり急勾配である。

 少し走ると左に東屋があるのが見える、ここが駐車場になっているので車を駐車する。登ってきた道の狭さからは信じられない広さのスペースがある。

 ここからこんもりした所に数メートル登ると御岳山山頂に着く。しかし一番高いところには石像がありここに立つ事は出来ない。榛名町が設置した看板があるので引用しておく事にする。


「小里公園」

 当地は雉ヶ尾根(古くは小里山)の一角御岳山地内で海抜402.5メートル里見連峰東部の最高峰であり、東西南北に開けた眺めは素晴らしいものです。古くは鷹留城、箕輪城、里見城、雉郷城(猪ノ毛)等を守っていた長野氏の時代雉郷城の一部として砦があり、警備と共に信号用の「のろし」をあげる場所であったようで永録九年武田信玄のために長野氏は滅びますが、その後は山の神を祭る場所となっていたようです。当山頂に御岳山座王大権現以下霊神碑石像等三八基が建てられていますが、御岳教が独立した明治一五年頃の建立のようであり、明治中期から後期にかけて毎年四月一八日を例大祭として御岳教の火渡り行事や剣道、相撲大会などが行われ賑わいを見せていたようです。現在地域の人により管理され、尾根縦走のハイキングコースの休憩地として親しまれています。
(以下略)
昭和六三年五月二十九日榛名町小里公園建設委員会

 看板とは裏腹に今では雑木の間から展望を望むだけだ。

「記録」

駐車場--(.02)--御岳山山頂


○石尊山(標高571.0m)

 この山の風景は近年一変した。それは山の中腹に北陸新幹線の安中駅が建設されることになったからだ。昭和43年10月には県民登山大会がこの石尊山で行われた事もある。

 国道18号線を軽井沢に向かって走り安中市役所入り口の信号を右折する。碓氷川を渡り道なりに走り峠を越えて「安中クーラーステーション」を過ぎるとT字路に当たる。これは左に曲がる。道はそのままセンターラインの通りに直進する、途中左側には「ローズベイゴルフ場」がありさらに進む。

 ゴルフ観音のあるという「全性寺」が右側にあり「岩戸山義士像」入り口の標識を過ぎると「秋間中央保育園」が右側にある。ここは団地が出来ており場違いな建物なので分かりやすい。ここを過ぎるとすぐに道はカーブになり、右側に「長岩キャンプ場入り口、赤穂浪士石像方面」の標識と庚申塔があるところを右折する。ここからはキャンプ場を目指して登って行くかなり狭くまた急勾配の道である。しかし、道なりに上に登れば迷う事はない。道も頂上付近になる頃に左にキャンプ場への広い道があるがそのまま上の方へ進む。道もほぼ平坦になると道の頂上である。

 民家が途切れた所が登山口となる。分かりにくいが良くみると桜の木が山に向かって植えられているのが分かる。これは参道のような感じである。車が2台程度、路肩に駐車できる。

 登山道は一部急な所もあるが簡単に三等三角点のある山頂に立つ事ができる。山頂からの展望は杉の植林に阻まれて望めない。石の祠が無数にあるのがこの山の特徴だ。


「記録」

登山口--(.10)--石尊山山頂


○御殿山(標高400m)

 前記「石尊山」の項の「岩戸山義士像」入り口の標識にしたがって右折する。道はかなり狭いが観光バスでない限り困難ではない。北陸新幹線の高架の下をくぐり暫く登るとアスファルト舗装の駐車場に着く。車が7台置けるように区画線が引いてある。車はここに置いて歩き出す。

 四十七士像の標識を頼りにハイキング道を歩く。道は良く整備されており、竹林の中を辿ると四十七像に着く。これは赤穂四十七士の一人片岡源五衛門の忠僕元助が、義士の切腹した後故郷の安中に戻り出家してこの47体の像を作ったと言う事である。ここには冬でも枯れる事の無い「魂明水」と言う清水が出ている。以前、JS1JDSはここで数日間、風呂に入っていないような髪がボサボサの男に会ったと言う。なんと男はこの水で鎌を研いでおり、おもわず全身が硬直したと言う事だ。

 この四十七士の前を通り過ぎて、尾根に取り付く。薮の中をひとしきり登ると山頂に立つ事が出きる。山頂は雑木に覆われており木々の間から南方面の展望を望める。

 そして山頂には茶色のKUMOの山頂標識がある。プレートを取り付けた針金は完全に木の成長と共に幹の中に取り込まれており、設置されてからかなりの年月が経過しているものと推測される。ここにはKUMOに敬意を表して私の標識は設置しなかった。

「記録」

四十七士像入り口--(.03)--四十七士像--(.05)--御殿山山頂

追記:国土地理院の地形図には「御殿山」とあるが「岩戸山」の名前もあるらしい。


○茶臼山(596m)

 前に書いた石尊山の項で秋間中央保育園の所を右に曲がったが、茶臼山へはセンターラインの通りに直進する。道は秋間梅林付近と西上秋間で右に大きく分岐するが、とにかく「長者久保」を目指して直進する。途中には釣り堀が2軒、さらに大きく離れてその先にも右側に1軒「島崎水産」がある。ここが登山口となる。

 釣り堀の入り口の橋を渡りすぐに左の尾根に取り付く。ここには犬がつながれており、吠えられる事は覚悟しなければならない。いきなりとんでもない薮漕ぎとなるがこれも数mで終わり、道が明瞭になると薮も少なくなる。

 途中民家の受信用のVHF−TVのアンテナがあるが蔓が絡まっており、これで映るのだろうかと疑問に思う。暫く登ると石祠が杉林の中にあり、ここからは植林された杉の中の急登となる。道が不明なので脇にそれる事無く、直登する。土が柔らかく足元をとられ、喘ぎながら進む。

 急に土を盛ったような平な所に出る。これは上部の山頂を取り巻いており、明らかに人工のものである。この平らな部分は3段程度明瞭なものがあった。これを越すと山頂に出る。山頂は平らで雑木に覆われている。

 展望は木々の間から南以外の部分が見える。人工のものがあるのでなにか痕跡があるかと歩き回ったがなにも無かった。以前は石祠が無数にあったとの事だがそれもない。昔はこの地形を利用して砦があったとのことである。

 人工のものは山頂の北東部分にある石柱と測量ポールのみだった。

「記録」

登山口--(.11)--石祠--(.21)--茶臼山山頂



○八幡峰(785.0m)

 安中市の最高峰である。しかしながら国土地理院の地形図には標高のみで、名称は記載されていない。上毛新聞社発行の「群馬県万能地図」に記載があるのみである。また安中市文化センターに設置してある安中市の立体模型ではここは「大岩山」の名称となっている。いずれが正しいのか良く分からない。ただ、安中市民ハイキングでは「八幡峰」の名称が使われていた。

 「茶臼山」の項で書いた釣り堀(島崎水産)の前を過ぎて、道なりに「長者久保」に向かって走ると牧場が現れ、この脇を通過すると道は未舗装となる。登りきった所で道はT字路になる。「東地蔵峠林道赤根沢支線起点」の標柱が立っている。右に向かえば、この道は松井田町と倉渕村の境にある「地蔵峠」に通じている。八幡峰は左の道を辿る事になる。しかし、この林道はすぐにゲートがあり、車両の通行は不能である。車はこのT字路付近に駐車する事になる。

 車を下りて林道を歩く事にする。道の右側は木の伐採が終わった所で実に見晴らしがいい。浅間山周辺の山が指呼の間にあり山座同定には最高の場所である。
林道を暫く進むとやがて大きな送電鉄塔が見えるようになる。これは柏崎原発の電力を横浜まで送るものである。この鉄塔を目印に歩いていく。そしてこの鉄塔にいちばん近い所にある「待避所100m」の標識から右側の薮の中に入る。

 登り口はバラの木があり登りにくいが、すぐにそれもなくなり数分で山頂に着く事ができる。山頂は石柱が設置されており測量のポールがおいてある。展望は薮に覆われてきかない。

 山頂から下りて送電鉄塔に向かう事にする。ここからは安中の山が一望のもとに望む事ができる。実はこの鉄塔の西にある小高い所にも石柱があるが、ここは先ほどの所より低いので安中の最高峰とはいかない。


「記録」

林道ゲート--(.20)--薮--(.02)--八幡峰山頂

追記:八幡峰へは林道を歩かずに牧場の手前の道からいきなり山に入る事も出来るが、登り口が分かりずらいのでここからの案内は割愛する。


○崇台山(299.1m)

 安中市と富岡市の境に位置する山で低山ながらこの付近では目立つ山である。

 国道18号線を軽井沢に向かって進む。安中市に入り信越本線を跨ぐ陸橋を渡る。歩道橋のある板鼻の信号を左に曲がり富岡市に進行する。富岡市に入り左に製材団地、右に富士CC(ゴルフ場)入り口を通過して藤木川に架かる橋を渡り、すぐに右の道にに入る。狭いが道なりに山に登っていく。道の頂上付近で左に養鶏場がある所がある。車はこの付近に駐車する。

 車を降りて養鶏場の南の農道を西に向かって歩く。この道は車は通れるが止めておいた方が無難である。一度、鞍部に降りて再び登り道になって暫く進むと道は右に大きく曲がる地点がある。ここが登山口となり左の山道にはいる。

 かなり急傾斜の道であるが、わずかの時間で山頂に着く事ができる。山頂は桜の木が数本植えられており、展望は南の御荷鉾山付近の眺めが素晴らしい。崇台山は地元の学校の生徒の遠足の地ともなっているので、春先には山頂のカヤが苅られる。この時期が展望を楽しむにはいちばん良い。

 また南の斜面に見える農道は桜の木が約300本植えられており、開花の時期には静かな花見ができる。なにしろ地元でもここに来る人は希であるからだ。この農道は下高尾のコンビニエンスストアーの裏の道から来ているのだが、あまりにも狭くて乗用車の入る道ではない。

「記録」

養鶏場--(.10)--登山口--(.05)--崇台山山頂


2003年元旦 群馬百名山 記念式典

2009年 崇台山 桜を見る

2010年 崇台山 雪の中に桜を見る


                         群馬山岳移動通信/1993/


1997年御岳山付近大規模山火事

下室田 














安中アルプス縦走 1999年


4月17日、天気も良かったので自宅からザックを担いで地元の山を歩いてきました。
コースは去年、県民登山大会のために我々が整備した道です。
意外に歩かれているらしく、道は踏み跡がかなり見られ、利用している人が多いと感じました。

浅間山で一人、御岳山で宴会の4人と、夫婦の登山者、それに工事の6人の方に会いました。
しかし全般を通じて静かな山歩きを楽しむ事が出来ました。

最後は疲労困憊で、無線を使って、知り合いを呼んで自宅まで送っていただきました。

「記録」
自宅10:29--10:58古城団地入り口----11:10古城団地----11:30三角点峰----11:37天神山----12:37浅間山13:11----13:31三角点峰----13:55雉子ヶ尾峠----14:08御岳山----15:26長岩地区----(車で)----自宅












    群馬山岳移動通信/1999/






浅間山の山頂の桜は散りはじめていました。
そして遠望する、榛名山塊は霞んでいました。
浅間山山頂から、歩いてきた天神山を振り返ります。
里山の淡く萌える緑は、とても心が和みます。
しばらく山頂でこの景色を楽しんで過ごしました。









御岳山に向かう途中、鮮やかな色の桃の花が目を引きました。
その周りは、タンポポ、ホトケノザ、スミレなどの春の花で埋め尽くされています。

御岳山の西は、大規模山林火災に見舞われました。
いまやその復旧工事のための工事がはじまっています。
山頂稜線には、コンクリートの作業道が出来ています。
この道を契機に、新たな山林破壊が進まないことを祈りたい。