斜面をおりると檜林に遮られた。どうやら道は左に続いている。そこでそちらを辿ってみるが、どうも残馬山から離れてしまうような気がした。尾根を間違えたかと思ってトラバースして右の尾根に渡った。しかしどうしてもおかしいので再び左の尾根に戻ることにした。どうもこれがこの山域の難しいところだ。今度は檜林と雑木林の境を進んでいけばいいと確信した。そこには境界を示す杭もあるからわかりやすい。地形図では単純に見えた道であったが、実際は屈曲点が無数にありなかなかわかり難い。また「三俣山→」と書いてある標識がある。????どこだそれはと考えてしまう。ひょっとしたら「三境山」の間違いなのかもしれない。時々地形図とエアリアマップを交互に見ながらルートを確かめる。あとから考えれば市町村境界をトレースすれば良かったのだが、その時はなぜか気がつかなかった。そんなことを繰り返していると、エアリアマップが無くなっていることに気がついた。どこで落としたのか皆目見当がつかない。まあ、地形図があるから問題ないのだが諦めきれない。そこで5分ほど戻ってみたが見つからず諦めることにした。それにしてもわかりにくい。
標識も少なく設置された木の標識はクマに破壊されて残骸となっているところもあった。しかし、この静けさのなか、鈴の音を高らかに鳴らして歩くことは罪悪感を感じるため、鈴はザックの中に仕舞い込んだままにした。密集した雑木の隙間から残馬山がかなりの高度感を持って見えてきた。実際に取り付いてみると道は凍結しており、その表面が緩んで滑りやすくなっていた。とりあえず木に掴まりながら山頂を目指す。途中で展望が開けたところがあり、ここからは男体山が間近に望める。どうやら今日の天気はこの男体山あたりが境界で、その奥は雲が白い布を垂らしたような背景となって見えていた。そこから吹き込んでくる風は当然の事ながら冷たく剥き出しの耳が痛くなった。
急斜面であったが残馬山山頂は意外とあっけなく到着した。三等三角点があり、標識が二枚立木に架けられていた。ところが実に賑やかな山頂であった。なぜなら男性登山者が二人、大音量でラジオを聞いているのだ。ラジオの高校野球の実況はこの寂峰には全くふさわしくない。山頂でひと休みと思っていたが、記念撮影だけでその場を辞した。少しばかり歩くと山道は再び静けさを取り戻してきた。まあ、時間も早いので展望もなく寒い山頂でわざわざ休むことはないと納得させながら歩いた。幾つかの小ピークを越えながら高度を下げていく、途中で単独行者とすれ違った。本日の出会った人はこの人を含めて3人だけだった。
残馬山手前から見る奥白根山、男体山、女峰山
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残馬山までもう少し
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残馬山三等三角点
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尾根にある踏み跡をたどり下降を続けると、ちょっとした岩場に出た。脇に避けて1mほどの高さなので問題はない。木の根があるのでそれに掴まって降りることにした。木の根に手を掛け、支点にしながら、下降を始めようとしたときに木の根がおかしいと感じた。なんと表面だけしっかりしているように見えるのだが、芯は空洞になっていたのだ。支点としていた木の根は掌の中で砕けた。支点を失った身体は当然バランスを崩して岩場から離れた。
「これで終わりか・・・」
身体は重いザックを背負った背中の部分を下にして上半身から落下。
そこで停止するかと思ったが、岩場の下は斜面になっていて、そのまま横倒しとなり回転して落ちていく。
斜面を数回転したところで、身体が石にひっかかり止まった。
上部を見ると、ストックと帽子が上部に散乱している。
ザックはウエストベルトと胸部のベルトで締められていたので外れることはなかった。
恐る恐る立ち上がると、右膝と脇腹、左肩が痛いがなんとか歩ける。
どうやらザックを下にして落下したので、それがクッションとなり衝撃を吸収したらしい。
しかし、これから身体にどんな変調が起こるか予想が出来ない。痛みも今のところはたいしたことはなく、吐き気もない。ダメージが現れる前に行動を起こさなくてはならない。急ぎストックと帽子を拾ってからゆっくりと下降を始めた。若干は膝に違和感があるが何とか順調にいける。
ふと気がつくとずいぶんと下降してしまっているのに気がつく。下を見ると車道が見えるではないか。GPSで確認すると三境隧道の上部にいるではないか。たしか、この先に少し行けば下降点があるはずだ。しかし、地形図に表示された破線の道を辿って見たい。せっかく下降したのだが、その道を40mほど登り返すことに決めた。なんと苦しいことか、ストックを支点にしてゆっくりと身体を左右に振らしてGPSを見ながら登っていく。GPSの破線の位置まで来たがそれらしい目標もない。桐生市方面から登ってくる道もあるわけだが、それも確認が出来ない。
GPSが無ければとてもこの下降点は難しい場所にある。しかし、よく見れば獣が歩いた跡なのかわからぬが、明らかに足形が残っている。それに時折黄色いテープが巻き付いた枝が落ちていた。よく見れば意図的にそのテープの枝は折られているように思える。しかし、この尾根は間違っていないことはたしかだ。枝尾根がいくつも分岐しており、時々GPSを取り出して見なければ不安になってしまう。何しろダメージを受けている身体が、いつ悲鳴を上げるのか不安があるからだ。やがて、右側の谷に水音が聞こえると何となく林道が近づいた感じがする。とにかく林道まで下ることが出来れば何とかなる。時刻は正午を過ぎてしまったようだ。
何でもない岩場から滑落
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右膝の傷口
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三境隧道上の鞍部まで降下してしまった |
分岐から林道に向かう
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とにかく安心できる場所まで休まないように、そればかり考えていた。フカフカのスギの落ち葉を踏みしめながら歩き続ける、とやっと目の前に林道が見えてきた。降りきって沢を渡りわずかばかり登り上げると、舗装された林道に到着。やっと不安から解消された安堵感から、しばらく林道の脇に立ちすくんでしまった。その後、適当なところに腰を下ろして、暖かいラーメンを作って食べるとやっと人心地がついた。