ここの所の天候不順が続いており、休日は農作業との兼ね合いが難しい。こうなれば平日に休んで山に行くしかない。平日となるならば、普段混んでいる山に行くのが良いだろうという事で、北アルプスでも簡単に登れる焼岳に登ることにした。焼岳は往復5時間程度の歩行でピストンが出来てしまう。味気ないなあと思いながら焼岳の情報を見ていると、焼岳小屋に真鍮製のオリジナルバッジがあるという。あまり興味は無いのだが、歩く目標としてはちょうどいいかもしれない。 10月27日(木) 前日の22時過ぎに安房峠10号カーブの先にある駐車余地に到着。予想に反して雨と風が強く、時折吹き付ける雨粒が賑やかで、車中泊はちょっと辛かった。 午前3時に目が覚めたが惰眠をむさぼってから、4時に起床した。車は昨夜と同じで、私の車を含めて2台という寂しさだった。雨は上がり天気は回復に向かっているようだ。準備を整えて登山口に立ったのは4時50分だった。ヘッドランプに照らされる範囲は狭いが、道はよく整備されているので危険は感じない。しばらくは急登が続き、露出した木の根が滑りやすいのでいやらしい。帰りは慎重に下山しなくてはなるまい。前夜の雨の影響なのか道はぬかるんだ部分が多い。暗い樹林帯の中を歩き始めて1時間ほどでヘッドランプが必要なくなった。 樹林帯の道は急登も無くなり歩きやすくなってくる。それにしても静かな山で獣はおろか鳥の鳴き声も聞こえない。やはり平日の山は静かで気持ちがいい。周りの広葉樹はすでに落葉してしまっており、シラビソがこの森の主役となっている。 歩き始めて1時間半で樹林帯を抜けて広場と呼ばれる場所に到着する。ここまで来ると亜硫酸ガスの臭気を感じるようになる。そして目の前には焼岳の岩峰が大きな翼を広げるように立ちふさがって見えている。山頂の上部が太陽の光を受けて橙色となっている。それが青空に映えて見える様は、山の朝の至福の景色だ。
登山道は今までの道とは違って、山頂まで岩だらけの中を進んでいくことになる。ところどころ丸太を組んだ梯子があるが、かなり老朽化していることもあり、どうしても梯子の横を歩くものだからもう道が出来上がっている。それにこの梯子は濡れていると滑るものだから、どうしても利用するには注意が必要だ。やがて背後にそびえる安房山の山頂付近から太陽が昇ってくると、朝の橙色の光は一変してすべての色が一気に活気づいてくる。背後に見えるのは乗鞍だろうか、朝もやの衣をまとって遠望できる。目の前には白いガスを吹き出す焼岳の南峰が目立っている。本当にあそこに登ってよいものかと不安になるほどその白いガスは勢いが良い。もっともガスが順調に吹き出していれば、圧力が抜けているという事なのだろう。木曽御嶽山に登ったときは、ガスが断続的に吹き出して、いかにも苦しそうな感じだった。それから3ヶ月に大爆発となった思い出がよみがえる。 大きな岩が続く斜面をペンキマークを頼りに登っていく。徐々に高度を上げて行く。次第に植物の姿は見えなくなるが、足元にはおびただしいほどのシラタマノキが群生している場所もある。噴出口から吹き出すガスの音が聞こえるようになると、亜硫酸ガスの臭気も強くなってくる。そして北峰と南峰の鞍部に到着した。この鞍部は風の通り道で、身体を飛ばされそうな強い風が吹いている。ここで思わずヤッケを着ることにした。眼下には正賀池と呼ばれる火山湖が青空を映して青く見えている。ここから三角点のある南峰は登山禁止となっているので登ることはできない。見れば南峰は静かで、ガスが噴き出す北峰のほうが危険とも思える。 北峰へは噴出口直下の岩場をトラバースして回り込んでいく。岩は吹き出した硫黄で白く覆われており、もちろん植物などは見られない死の世界だ。トラバースして回り込んだ場所から、さらに岩場を登って上部に向かっていく。徐々に展望が開けて焼岳南峰山頂に到着した。もちろん誰もいない独り占めの山頂だ。山頂は意外にも土で覆われており広い場所だ。周囲はいくつもの噴出口があり、風向きによっては亜硫酸ガスの臭気が耐えられないほどになる。展望はあいにくとガスがかかり大展望は得られなかった。しかし、目の前には名だたる高峰の笠ヶ岳、槍ヶ岳、奥穂高、前穂高、霞沢などの頂上に部分が確認できる。振り返れば乗鞍岳も確認できた。眼下にはカラマツの黄葉が映える上高地が見え、梓川の流れがその中を蛇行していた。
時刻はまだ9時前なので、時間はたっぷりとある。そこで当初の予定通り焼岳小屋に向かう事にする。恐ろしいほどの急傾斜のガレ場を慎重に下っていく。眼下はガスが巻いているので下降するにしたがって視界はだんだん悪くなってくる。数人の登山者とすれ違ったが、無口で黙々と登っていくところを見ると苦しそうだ。こうなると自分も帰路はこの苦しい登りを味わわなくてはならないのだ。 ガスに覆われて視界の悪い道を下っていくと道は平坦になる。大きな岩がありそこを抜けると道が分岐する左は西穂に向かっているらしいが、小屋は再び小ピークを登って行くことになる。この小ピークは展望台と呼ばれているらしいがガスで何も見えない。踏み跡は幾筋も有り解りにくい。ちょうど二人の登山者が来たので小屋の方向を教えてもらう。展望台を下るとダウンジャケットを着た女性が登ってきた。私は長袖のアンダーシャツ1枚なので、その差はかなりのものだ。小ピークを越えて下降したところに、こじんまりとした焼岳小屋があり登山者が3人休んでいた。目的のひとつである真鍮製のバッジはほとんどが売り切れで、残っているのはダイモンジソウとマイヅルソウの二種類だけだった。迷ったがダイモンジソウを購入することにした。高価な物だったが、手作りという事で納得した。写真を撮りたいというと、小屋番の若者は「製作者に申しわけないから、きちんと並べなおす」と言って作業に取り掛かった。待つこと5分並べ終わったところで撮影させてもらった。それにしても丁寧な仕事ぶりで感心してしまった。
これからは焼岳まで再び登り返しだ。しかし、上部に行くにしたがってガスが少なくなり展望を楽しみながら登ることが出来た。見れば南峰の頂上はずいぶんと人が増えたように感じる。こちらはもう登る必要は無いので、鞍部から下降路に向かった。しかし、まだまだ時間に余裕があるので、大きな石の上に腰かけて大休止をすることにした。日差しは暖かく何とも幸せな時間だ。 登山口付近のブナは落葉が盛んで、舞い落ちる木の葉が秋の日差しの中に踊る景色は好きだ。その中を何も考えずに一人で歩くのはなんと幸せなことだろう。毎年めぐってくるこの季節のこの風景は、至福の時間となっている。
04:57登山口--(1.30)--06:27広場--(1.00)--07:27鞍部--(.17)--07:44北峰頂上07:57--(.53)--08:50中尾峠--(.13)--09:03焼岳小屋09:22--(1.16)--10:38鞍部--(.18)--10:56(標高2270m休憩)11:11--(1.38)--12:49登山口 群馬山岳移動通信/2016
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