賑やかな裏妙義の秘峰「谷急山」
登山日1995年11月11日
裏妙義の谷急山は妙義山塊の中では最高峰の標高1162メートルである。妙義山塊で標高を競ってもあまり意味は無いように思うのだが、最高峰という響きには魅力がある。実は20年ほど前に横川駅から尾根を辿って谷急山を往復した事がある。その時は道に迷って、とんでもないアルバイトを強いられた。その時に、谷急山は容易には近づけない秘峰であると思った。
11月11日(土)
今日は所属する職場山岳部のザイル祭の日である。例年の如く裏妙義の中木川で厳粛な中にも盛大な宴が催されるのだ。普段は職場山岳部の行事には参加しないのだが、これだけは役職があるので必ず参加する事にしている。山岳部のメンバーは宴の前に烏帽子沢右俣を遡行して丁須岩を目指すと言う。私は老体でもあり、とてもザイルを使っての若い人たちとの岩登りは出来ないので、単独で谷急山の往復と決めた。
国民宿舎裏妙義から中木川に沿って続く林道を登ると、沢側に「三方境→」の指導標がある。指導標に従い林道から一旦沢に降りて沢を渡渉するのだが、沢には水がさほど無く簡単に対岸に到達する事が出来た。ここからは植林された杉林の中を三方境に向けて、ひたすらトラーバス気味に歩くのみである。
トラバース気味に登るこの道はいくつもの同じような枯れた沢を渡り、同じような景色の中を進むので時間の観念が無くなるようだ。今日は季節風が強く、頭上の梢が大きな音を立てて揺れている。また木の幹が擦れあって動物の鳴き声のような音を発していた。しばらく上り詰めると、やっと僅かな水の流れがある沢を渡る事になった。これは風穴沢で標識には「最後の水場」と書いてあった。
水場から再び歩き出すと登山道が笹に覆われてきた。しかし歩きにくいほどではなく、しっかりした道には変わらない。やがて前方の稜線に大きな標識が見えてきた。そこが三方境で、丁須と谷急山の分岐となっていた。本当はここで休憩する予定だったのだが、あまりにも風が強く又日当たりも悪いので更に先に行く事にした。わずかな緩やかな登りを経て、下り坂を降りた所のコルが大遠見峠だった。大遠見峠は風も比較的少なく休憩に適していた。
わずかな休憩のあと、いよいよ谷急山の核心部に向けて出発だ。尾根に沿ってつけられた道はしっかりしており、20年前に来たときとはだいぶ様子が異なっていた。あのときは道に迷いながら踏み跡を探しながら歩いたような記憶がある。しかし今のこの状況では迷う事は不可能にも思えるほど良い道となっていた。
紅葉は今が丁度良いのではないだろうか。モミジ、ツツジの鮮やかな赤い紅葉は妙義の岩壁に良く映える。尾根の風の強い所では落ち葉が道に敷き詰められて、柔らかい絨毯の上を歩いているようだ。そんな道を潅木につかまりながら登ると、標高984メートルのピークに到達した。ピークと言っても展望もなく、ただの登山道の通過点としか思えない場所だった。
尾根道はやがて痩せた道になって、岩場が多くなってきた。しかし道はしっかりしているので迷う事はない。前方に吃立した前衛峰と呼ばれるピークが見えてきた。そのピークに近づくにつれて道の傾斜は強くなり、潅木とその根につかまらなければ、とても登れないようになってきた。三点確保は絶対に必要で、バランスを崩したらタダでは済みそうにない。岩峰直下で一旦右にトラバースして、再び急登を登ると前衛峰のピークに到着した。
ここでの展望はまことに素晴らしく、紅葉に彩られた妙義の顕著なピークが浮かんで見えていた。もちろん目指す谷急山のピークもすぐそこに見えていた。このピークからの下りがこのルートでいちばん危険と思われる場所だった。急な道をやっとの事で降りるとそこはV字型のキレットになっており、足を踏み外したら奈落の底に落ちてしまいそうな恐怖感に襲われる。しかしこのキレットの隙間を通して見る妙義の紅葉はたいへん美しかったので、カメラを取り出してシャッターを何回かに分けて押してしまった。
ここからの道は目の前に見える谷急山のピークを目指して登るだけだった。不思議な事に三峰境ではあれほど吹き荒れていた風は凪いで、穏やかな山行となってきた。そんな山道を喘ぎながら辿ると、やっと谷急山の山頂に着いた。
山頂に着いてびっくりした、なんと団体が休んでいるではないか。そのほかにもパーティーがいるようだ。総勢15人ほどが6畳ほどの広さの山頂にいるのだからとんでもない事だ。だからいつものように山頂から展望を眺めてゆっくり食事をとるなんて不可能だった。なんとかその隙間の展望の無い場所に、陣取って腰を下ろす事が出来た。団体のリーダーと思われる男は盛んに山頂からの展望を説明していたが、かなりいい加減で間違っていた。訂正するのも申し訳ないので、黙って食事をとった。
いつになっても山頂が団体から明け渡して貰えないので、しかたなく荷物をまとめて登山道を少し下った斜面に腰を下ろした。無線機を取り出して、まずは家にいる7N3VZTと交信してから、6メーターで数局と交信して山頂を後にした。
ザイル祭では例年の如く、なつかしい人や新しいに出会えて、焚火を囲みながら楽しい夜を過ごす事が出来た。
「記録」
登山口(中木川)09:03--(1.01)--10:04水場--(.17)--10:21三方境--(.05)--10:26大遠見峠10:35--(.35)--11:10前衛峰--(.29)--11:39谷急山山頂12:43--(.51)--13:34三方境13:43--(.46)--14:29中木川
群馬山岳移動通信 /1995/