早月尾根を日帰りで往復 「剱岳」  
登山日2009年9月7日


劔岳山頂からの大展望(燕岳・槍ヶ岳・雄山・水晶岳・笠ヶ岳・黒部五郎岳・薬師岳)

劔岳(つるぎだけ)標高2999m 富山県中新川郡


北アルプスは私にとっては遠い存在で、なかなか出向き機会がなかった。それは連続した休みが取りにくいのと、混雑した山頂や、営業小屋泊まりが嫌いと言うことが大きな要因だ。しかしいつかは北アルプスと思って、今年もいろんな計画を立てたが天候や所用でなかなか実行に移せなかった。そんなわけで、天気予報を毎日見ているたら、9月7日の月曜日が好天との予報が出た。それならば、日曜日に現地に出かけて、車中泊して平日に登れば混雑も少ないだろうと考えた。ところでどこに登ろうかと考えた結果、単純に今年話題の映画「点の記」の舞台になった剱岳にしようと決めた。これは事前に早月尾根を経由して、日帰りで登った人の記録をネットで読んで記憶していたからだ。あらためて検索すると、いろんな記録が目に入った。総じてみると早い人はとてつもなく早いが、最長でも17時間あれば何とかなりそうだ。これには7月の谷川岳馬蹄形縦走と較べると、時間的には何とかなりそうだと感じた。ともかく谷川岳馬蹄形縦走が大きな自信となっていたことは間違いない。57歳メタボ寸前オヤジの無謀な挑戦が再び始まった。


    9月6日(日)
北陸道立山ICでおりて、馬場島に向かう。標識はしっかりとしていて迷うこともない。(滑川ICでおりた場合は道の状態が良くないとの情報有り)対向車とのすれ違いが難しそうな狭い道とセンターラインのある広い道を交互に繰り返しながら進んでいく。途中で携帯電話の電波が「圏外」を示すようになったので、途中で家族に無事ついたことをメールしておいた。自宅から馬場島まで320キロ、なんとかまだ明るさの残る18時半頃「馬場島荘」前の公共駐車場に到着した。駐車場は日曜日の午後と言うこともあり、ガラガラの状態だった。駐車場は他にも数カ所有りかなりのスペースがあるように感じた。そんななか何人かの疲れ切った登山者がおりてくる。いずれも日帰りピストンのようであることが見て取れた。駐車場のすぐ傍には炊事場があり、水は問題なく調達できる。そこで水を汲みに出かけると、ご夫婦連れが豪華な食事の最中だった。聞けば、今日日帰りピストンで12時間かかったという。かなり早い!!と感じた。そのうちに疲れ切った男性が到着したので聞いてみると、「16時間かかった。行きも帰りも8時間ずつで下山は膝が痛くなった」という。それにしても帰ってくる人は皆ザックが小さい。私が用意しているザックの半分くらいだ。これはイカンと思い、ザックの中味を再検討した。しかし、「水2.5リットル」「ゼリー飲料5個」はどうしても持って行きたいとそのままにした。結局、ザックの詰め替えにかなりの時間を要して準備が出来た。その後インスタントラーメンとポテトサラダを肴にビールを呑んで20時には横になった。しかし、この時間になっても下山してくる人がいるのか、時折外が賑やかになった。その後、眠れぬままウトウトしながら時間が過ぎるのを待った。




立山ICを出ると馬場島の標識がある


登山口の「劔岳の諭」



9月7日(月)
目覚ましに使った携帯電話が午前0時半に鳴った。所詮眠っていなかったので、すんなりとシュラフから這い出て支度を整えた。空は明るく二日前が満月だった月が、明るい光を放っていた。この状態なら林の中でなければヘッドランプが必要ないくらいだ。この時間では食欲が湧かないが、ウインナーパン一個を無理矢理口の中に入れてポカリスエットで腹の中に流し込んだ。


車の外は温かく半袖でも耐えられるほどだった。ヘッドランプを付ける都合で、頭にはタオル地でできた帽子を被った。「剱岳 早月尾根を経て」の石碑にしたがって左に道を辿る。様々な忠魂碑、慰霊碑の場所を抜けて道なりに進む。ここには有名な「試練と憧れ」と書かれた碑があったが、このときには気がつかなかった。山道にはいるといきなりの急登なので驚いた。両手のストックが長く感じたために、いつもより20センチ短くして丁度良くなった。たちまち汗が体中から噴き出してくるのがわかる。この急登が続くならこれから先どうなるのだろうかと不安にかられる。まして、登山口標高が760mで剱岳山頂が2999m、標高差2239mもあるこのルートが登る人が少ない理由なのだ。しかし、この急登もすぐに終わり、杉の巨木並ぶ平坦な道となった。ヘッドランプに照らされる狭い視野だけの情報では不安になるために、聴覚がとぎすまされてくる。尾根の両脇を流れ下る立山川と白萩川の、ゴーゴーという流れの音がいつまでも気になる。この川音を覗けば、実に静かな状態で、自分の足音とストックが地面を叩く音しか聞こえない。場合によっては自分の心臓の音も聞こえるのではないかと感じた。平坦な道はいつまでも続くわけもなく、再び登っていくと広場のような場所にたどり着いた。ここにはベンチがあり「ここは標高1000m」の金属製のプレートがあった。金属製であるためにヘッドランプの光に反射して、暗闇の中から強烈に目の中に飛び込んでくる。歩き始めて30分休むには時間が早すぎるのでこのまま先に進む。このあと200m毎に設置されたこの標識がペース配分の唯一の励みとなった。




早月尾根入り口


標高差2200m


標高1600m付近で稜線から昇るオリオン座を確認した。その方向の反対側には月がいまだに高い仰角で明るい光を放っていた。この深夜に山の中を徘徊している自分を想像すると、なんとも恐ろしい姿を想像してしまう。きっと「もののけ」の姿に近く、まともな人間が見たら卒倒するかもしれない。それにしても景色もなく急登の道をひたすら登るだけだ。ネットで見た情報ではここを深夜に登る人が少なからずいると言うことだ。しかし、前方にも後方にもそれらしいヘッドランプの灯りは見ることは出来ない。おそらくこの早月尾根をこの時間にウロウロしているのは私だけなのかもしれない。疲れもかなり出てきたようで、吐き気を覚えるようになった。いつものとおりだが、どうも朝方は胃の働きが悪いのかこんな症状になることが多い。そんなこともあり1800mの標識で休もうと思っていたが、見落としたらしく腕時計の読みで1870付近で夜空を眺めながら腰を下ろして休んだ。




主三角点


夜明けが近い


急登の道を登り詰めると、道は平坦となり月明かりではない、太陽の明るさを感じられるようになった。時刻は4時ちょっと過ぎなので薄明ももう少しだ。登山道の真ん中に標石の上部四隅が丸くなっている「主三角点」があった。これは「主三角点」でかなり古いものだが、古さを感じないほど白かった。周囲が明るくなった事もあり、気分的にだいぶ落ち着いて来たように感じた。それと同時に吐き気もかなり治まって楽になってきた。湿地帯や地塘の場所を抜けて登っていくと、眼下に富山市なのだろうか、街の灯りが確認できた。さらに登ると岩場にさしかかり、ロープが設置してあった。ここでヘッドランプはすっかり必要なくなり、ザックの中に仕舞い込んだ。この岩場を登り上げると今まで登ってきた尾根が見渡せた。あまりの距離の長さに、良く登ってきたものだと感心しながら眺めた。それはそうと近くで賑やかな話し声が聞こえてきた。その方向に向かってさらに山道を辿ると、展望がパッと開けた台地に立った。今までの樹林帯の中から抜け出して眺めるその景色は衝撃的である。少し先には木造の早月小屋、周りには岩峰が連なった尾根があり、その最上部は目指す剱岳に通じているに違いなかった。下にいたときに聞こえていた大きな声の男性のほかに数名の登山者が朝餉の用意をしていた。景色を見てもまったくわからないので、「スミマセン、まったく展望する山がわからないので教えてください」と頼んだ。「あれが大日岳・・・・一番上の白いところが剱岳」と親切に教えてくれた。礼を言って早月小屋を目指して、距離はわずかな斜面を下った。


早月小屋の周りは団体さんが出発準備の真っ最中。みんな爽やかに駆け回って、汗だらけの登山者は何か場違いな雰囲気さえある。そこで小屋の前を離れて、トイレの先にある広場の岩に腰掛けて大休止とすることにする。ところが、座った途端に団体さんが集結して、私を取り囲み出発前の体操が始まってしまった。みれば皆さん女性ばかりで、近くでストレッチとやらで「股割り」なんかをやられてしまい目のやり場に困った。そんなわけで移動したかったが、その場を移動する気力も無くなっていた。仕方なくストレッチが終わるまで、下を向いて食事を摂った。今回はおにぎりにカレーを掛けて食べてみたら結構うまかった。これからは定番になるかもしれない。(商品名:ちょい食べカレー)それにオレンジは皮がうまく剥けなかったので、むさぼるように囓った。そうこうしていると、団体さんが出発しそうになったので、慌ててこちらもザックを背負って出発することにした。なにしろ、これからは岩場も多くなり、渋滞に巻き込まれたら時間をロスしてしまうからだ。








早月小屋


早月小屋前


アザミ


マツムシソウ


早月小屋からの道はしばらく灌木帯の中を登ることになる。それにしても急登に違いなく高度が一歩を踏み出す度に上がっていくのがわかる。灌木帯を過ぎるとハイマツが多くなり、周囲の展望も開けて気分が良くなってくる。振り返れば早月小屋が小さくなって、高度を上げていることを実感する。このあたりの登山道には赤い木イチゴが無数にあり、時折つまんでそのすっぱい味をを楽しんだ。目指す剱岳はまだまだ遠くたどり着けるのか不安になってくる。早月小屋から約1時間で標高2600mとなった登山道から数メートル登ると休憩によい場所がある。すでに登山者が1人で休んでいたので雑談をしながら過ごした。ここからの展望はなんと言っても岩峰を連ねた小窓尾根と毛勝三山の眺めだ。太陽の高度の上がり、朝の斜光からすれば立体感が薄れてはいるが、それでも大きな山体は迫力がある。いつまで見ていても飽きない、群馬の山では味わえない風景であることはたしかだ。





小窓尾根の上に白馬岳を遠望


室堂方面


白馬岳を遠望


朝日が昇る劔岳山頂

2600mを越えると岩場が多くなってくる。それでもこの付近の岩は谷川岳の蛇紋岩と違って滑らないので安心感がある。この時間になると剱岳山頂付近の稜線に太陽が昇り、逆光となって眩しい。早月小屋からここまでに12人ほど追い越したが、いずれも早月小屋から出発した人たちばかりだった。ほとんどの人が岩場で苦労しているように見えた。たしかに谷底に向かって一気に落ちている斜面は慣れないと恐怖心を覚えるのだろう。水平のトラバースがあるところでは、足元の岩場が無くなっていて、ボルトが埋め目込まれている場所もある。このボルトは何となく頼りなさそうで、握っている鎖に力が入った。このあたりで今まで使っていたストックをザックに入れて、手袋を装着して岩場に備えた。「カニのハサミ」と呼ばれる尖塔を過ぎたところで、休んでいる埼玉県の女性と東京の男性にあった。女性は山慣れた感じで、周辺の展望をさりげなく教えてくれた。男性は何度も登ったことがあるらしくこの先の岩場のことを教えてくれた。見ればここからは別山尾根からの縦走路にある「カニのタテバイ」「カニのヨコバイ」を通過する登山者がよくわかる。さて、ここから山頂までの岩場はマーキングの通りに進めばいいのだが、時折見失って後戻りすることが多い。迷ったらすぐに戻らないと進退窮まってしまう可能性が充分にある。鎖場は連続して上部に延びており、今回は下山してくる人がいないため、自分のペースで登る事が出来た。そして鎖場の上部につくと展望が一気に広がり別世界に飛び出したようだった。それは展望もさることながら、室堂方面からの登山者だ。列を作って次々に押し寄せて来る。早月尾根の静けさが嘘のようだ。とりあえず、迷いやすいと言われる早月尾根の下降地点をしっかりと確認して山頂部に向かって累々と敷き詰められた岩を伝ったり乗り越えたりして先に進んだ。





小窓尾根の岩壁


鎖場


尖塔


鎖場


遠く白山が霞んで見える


最後の鎖



馬場島から登りはじめて7時間半でついに剱岳山頂に到着。感慨にふける余裕もなく、山頂は平日というのに凄い人だかりで記念撮影もままならない。とりあえず適当な人にお願いしてさっさと済ませてしまった。山頂から少し離れたところに陣取って、持ってきたリンゴを頬張る。その間もひっきりなしに人が集まり、嬌声やバンザイの叫び声がひっきりなしに聞こえてきた。そうだ三角点を見なくてはと再び山頂部分に戻ると、山頂部からちょっと下がっているような場所で岩の間に埋まるようにあった。数年前に二等から三等に変わったという割には古ぼけた感じを受けた。山頂の展望も何がなんだかさっぱりとわからず漫然と過ごしているだけで、山頂からの展望図でも持ってくれば良かったと痛感した。山頂からは携帯電話が通じたので、妻と同僚にそれぞれ到着をメールしておいた。

とにかく賑やかな山頂で、落ち着くことが出来ない。まして展望も知っているピークが少なく手持ちぶさた。せっかくの大展望だがまことに残念だ。結局30分ほどの山頂滞在で、下山することにした。




別山尾根分岐


山頂の賑わい


山頂の社


山頂


平成16年夏に四等から三等に変更された三角点








室堂へ続く別山尾根



早月小屋でペットボトル飲料を購入。しかし目に入ったビールの誘惑に勝てずに、一本購入してしまった。朝と違って誰もいない小屋の前にあるベンチとテーブルを独占、先ほど登ってきた剣岳を見ながら呑むビールは最高だった。これが山頂だったら、下山のことを考えてとても呑む気にはならなかったろう。


膝の故障を考えて無理せずストックを使い慎重に下山した。思わず軽快に足を出したいのだが、押さえて押さえてと言い聞かせながら下降したが、往路復路とも追い抜かれることもなく下山した。所要時間は休憩を含めて12時間32分で、当初想定していた時間よりも早かった。早い人は10時間を切ると言うが、今の私には信じられないスピードだ。

馬場島ではたまらす「馬場島荘」の風呂に飛び込んでさっぱりとしてから余裕を持って帰路についた。




標高2600m


早月小屋でビール


早月小屋から


試練と憧れ



この早月尾根と谷川岳馬蹄形縦走を較べると、明らかに馬蹄形縦走がきつかったと思う。ともかく、今回も天候に恵まれたことが成功した大きな要因であることは間違いない。

「記録」
登山口01:22--(.58)--02:20標高1200m-(1.47)---04:07主三角点--(1.22)--05:29早月小屋05:49--(1.01)--06:50標高2600m07:03-(1.26)--08:29-剱岳山頂08:59--(.57)--09:56標高2600m10:01--(.50)--10:51早月小屋11:10--(2.44)--13:54登山口


群馬山岳移動通信/2009







この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平16総使、第652号)