ナイフリッジが魅力の戸隠山 登山日2003年8月23日
戸隠山は以前から気になっていた山だ。かつて戸隠奥社までは3回ほど足を運んだことがあったが、その時は山には興味が無く、その存在さえも気がつかなかった。 8月23日(土) 戸隠奥社の広い駐車場に車を置き、ザックを背負った。冷夏だったはずが、昨日あたりから急に暑くなり、今日もとんでもない気温が予想される。奥社の大きな鳥居をくぐると、目の前には一直線に延びる参道が、朝の静かな佇まいの中に浮かんでいた。観光客もまだ活動していないのだろう、静かな参道は自分の足音が杉木立の中に響いて行く。 龍神門を過ぎると、参道はちょっと様子を変えて、道幅が狭くなり登り勾配となる。それでも快適さは変わらない。最初の鳥居から歩き始めて約30分、参道の左側に小さな碑があった。気になって近づくと、なんと2頭の子狸がその回りをうろついている。よく見るとその碑の裏には巣穴があるらしいとわかった。 やがてバテバテの単独行の男性を追い越した。とても可哀想で声を掛けることも出来ない状況だった。さらに歩くと、今度は上半身裸で、真っ黒に日焼けした老人が休んでいた。声を掛けられたので、立ち止まって会話を交わした。聞けば、昨日は高妻山、その前が妙高山、火打山、だったとか。さらに明日は雨飾山に向かうという。見れば筋肉質の精悍体つきだった。話をしている間に後から来た夫婦連れに追い越されてしまった。 老人と別れてさらに歩くと、岩場が目立つようになってくる。五十軒長屋と呼ばれる場所は、岩の上部が庇のように張り出していて、雨もしのげるような場所だった。ここからは戸隠山の上部のゴツゴツした稜線がよく見える。また振り返ると飯綱山が、夏の青い大気に霞んで、輪郭が浮かんでいた。ここからは岩場の連続が予想されるために、腰を下ろして休んでおくことにした。ザックから食料を取り出して、水分補給とエネルギー補給だ。そうしている間にあの老人に追い越されてしまった。まるで仙人のようだと思った。 五十軒長屋での休憩を終わり再び歩き出す。岩場を大きく回り込んで五十軒長屋の反対側に回り込むと、上部が同じく庇のように張り出した場所に出た。ここは百軒長屋と呼ばれる場所で、先ほどよりも確かに広い感じがする。それにしても季節は秋に向かっており、咲いている花は秋を感じさせる。マツムシソウ、シモツケソウ、タカネナデシコ、トリカブト、アキノキリンソウ、マルバタケブキなどが咲いていた。こうやってみると戸隠山は花の山なのかもしれない。 その岩場を登り上げると、急に目の前が開けた。そして目の前で再び渋滞が起こっているのが目に入った。そこがまさに有名な「蟻の戸渡り」と呼ばれる場所だった。ガイドブックで見たよりも凄い状況に、おもわず言葉を失ってしまった。今まさにそこを通過している人は、かなり苦戦を強いられているようで、かなり時間が掛かっていた。 見れば、右側にはここを渡らずに済む、巻き道が設置されている。しかしそれとて、岩壁を鎖に掴まってトラーバスするのだ。それにこの先の「剣ノ刃渡り」と呼ばれるところは、トラバース出来ないから、必ず通過しなくてはならない。その「剣ノ刃渡り」に近づくと四つん這いも限界で、ついには馬乗りになった。お尻を浮かして、少しずつ前に進んだが、かなりみっともない格好だ。しかしそんなことはどうでも良い。何しろお尻の下は幅20センチくらいしかないのだから。それに鎖もなく、ボルトが打ってあるだけなので、そのボルトのリングに指を引っかけてバランスを取るしかない。 なんとかみっともない格好をしながらも、最大の難所を通過してその岩場を振り返ると、もう二度と歩きたくないと思った。ともかく最大の難所を通過したことで一安心、そのままゆっくりと上部を目指して歩く。するとひょっこり賑やかな山頂にたどり着いた。 そこが八方睨と言われる場所で、先ほどの岩場を通過した後だけに、その展望は見事なものだった。目の前には大きく高妻山、遠く見渡せば、北アルプスは残雪が残り、槍ヶ岳、白馬岳はことさら大きく見える。10人ほどがくつろぐ、その場所の隅っこに陣取り腰を下ろした。となりの人が豪快に缶ビールの口を開けたが、自分はこれからのことを考えると、とてもアルコールを口にすることは出来なかった。ともかく暑いので、ペットボトルのお茶を飲むと、それだけで落ち着くことが出来た。 八方睨を発って、いよいよ縦走に移る事になる。地図で見るとさほどアップダウンが分からないが、実際はかなりのものである。八方睨から10分ほどで戸隠山山頂に到着するが、展望はなくただの通過点の様相だ。ともかく山頂に間違いないので、記念撮影と無線の交信を行った。今日はフィールドデーで、無線の方は賑やかで効率よく終了した。 山頂を後に何気なく坂道を下っていた時に、その不幸が突然やってきた。嫌だなと思いながらも湿った岩に乗った途端にスリップして、そのまま坂道を滑落。止まろうとして腕を大きく広げたが止まらない。岩壁の突端がスローモーションのように見えながら迫ってくる。「ああ!」と思ったときに、何とか腕が岩に引っかかり止まった。助かった!!。しかし、腕は血だらけで、鮮血が伝わりながら指の先端から滴り落ちている。ズボンとTシャツは泥だらけでとても見られるものではなかった。ともかくペットボトルのお茶で腕の傷を洗浄、幸いに切り傷だけで骨折はなさそうだ。その切り傷も深くなく、表面の皮膚を痛めただけのようだ。ともかくこのままでは惨めなので、ズボンをショートパンツに、Tシャツも乾いたものに交換した。傷口からの出血は少なくなってきているので、そのまま処置もしないで歩くことにした。 軍手を八方睨で忘れてきたようで、素手で灌木に掴まりながら今度は慎重に歩いた。なにしろ奥社の方を見れば切り立った岩壁が、一気に落ち込んでいるので今度は失敗は許されない。九頭龍山ではパーティーが占領しており、山頂三角点を確認することは出来なかった。仕方なくその傍で無線機を取り出して、CQを出している局を捕まえた。 1888mのピークで大休止をすることにした。ここまで来ればもう安心だろう。持参してきたビールの口を開けて、ここまでの無事を感謝して、ささやかな乾杯と洒落込んだ。ここは今までの暑さが嘘のように、風が吹き抜けて涼しい。思わず目を閉じるとウトウトしてしまう心地よさだ。そう言えば今日は午前3時に起きて、ここまで来たんだっけと思った。 一不動から戸隠キャンプ場までの道は終始沢の中を歩くようなものだった。鎖場もあり、トラバースでヒヤヒヤする場所もあり、なかなか手強いところもあった。しかし、冷たい水で汗を洗い流しながら下るというのは快適である。何度も渡渉を繰り返しながら充実感に浸りながらキャンプ場を目指した。 「記録」 06:58奥社入り口--(.13)--07:11龍神門--(.18)--07:29奥社--(.44)--08:13五十軒長屋08:20--(.05)--08:25百軒長屋--(.31)--08:56蟻ノ戸渡り・剣ノ刃渡り--(.17)--09:13八方睨09:23--(.12)--09:35戸隠山山頂09:40--(.47)--10:27九頭龍山--(.35)--11:021888m峰11:36--(.20)--11:56一不動12:04--(.59)--13:03戸隠キャンプ場13:23====13:28奥社 群馬山岳移動通信/2003/ |