今年はどうも積雪が少ないようで、その上ここ数日は気温が一気に上昇、2月14日は静岡で気温が26℃を越したと言うことだ。尾瀬の長蔵小屋に設置されたライブカメラの映像を見ても、極端に雪が少なく屋根に雪が乗っていない。まるで5月下旬のような光景だ。このままだと、GW残雪期の快適な山歩きは出来なくなってしまうのかもしれない。そこで、群馬県北部の豪雪地帯の山はどうなのか偵察も兼ねて出かけることにした。群馬300山のページをめくると藤原湖の近くに未登の山がいくつも残っている。その中のひとつに高塒山があり、前から登ってみたいと考えていた。群馬300山のルートをそのままトレースするのは能がないので、その隣の尾根を登ることにした。そのほうが時間短縮とルートが単純でわかりやすいと判断したからだ。 2月15日(日) 積雪時の駐車余地の事を考えて、軽トラックで出かけることにした。荷台にはスコップも積み込んで万全の対応で乗り込んだ。ところが、路肩にたいした雪はなく、おまけに駐車余地も充分にあり心配することなく、軽トラックで出かけてきた恩恵は全く得られなかった。むしろ軽トラックで自宅から100キロも走行してきたことが、恩恵どころか負担となった。登山口となる沢の出合は広いスペースが出来ており、雪が残っていたが全く問題なく駐車することが出来た。軽トラックなので着替えは外でやらなくてはいけない。メイン道路沿いなので、行き交うドライバーの視線を浴びながらの着替えとなってしまった。
沢の出合は堰堤となっており、不安定に雪が乗っている。そこを乗り越えるのがひと苦労で、ここでもドライバーの視線を浴びながらの行動となった。きっとこんなところで、雪の壁に向かってもがいている奴は奇異に感じるだろう。堰堤から流れ落ちる沢の水量はかなり多い。ここのところの気温の上昇で雪解けが進んでいるものと考えられる。それでも積雪はピッケルが全て埋もれてしまうほどあり、歩けばたちまちズボッと踏み込んでしまう。そこでプラスチック製のカンジキ(SKU)を装着することにした。軽トラックにはスノーシューを積んできたのだが、積雪の状況からしてカンジキが最適と判断した。 カンジキの威力はたいした物で、それなりの浮力もあるので、歩行には全く支障がなかった。何よりも踏み込んだ後の引き抜きの時に雪が乗ってこないので非常に楽である。さて、今回選んだルートは沢に入ってすぐに右の尾根に登り上げるというものだ。ところがこれがとんでもない急傾斜で、崖をよじ登るようなものだった。途中まで登って、このルートが間違いだったのかと感じるようになった。たちまち汗が噴き出てきて、途中で何度も息を整えながら登った。この斜面を登るだけで20分近くかかってしまった。なんとか登り上げた尾根は痩せていて、松の木が連なって植樹したようになっていた。太陽は藤原湖対岸の玉原高原あたりの稜線から高度をあげはじめていた。 それにしてもこの山は熊棚の多さにはびっくりするほどだ。見上げればいたるところに雲のように浮かんでいる。それだけ自然が豊かと言うこともあるが、あまり気持ちの良いものではない。目指すは尾根上にある送電鉄塔なのだが、傾斜が強くなかなか前に進まない。足元を見るとなにやら緑色の被覆を施したロープがある。それには番号札が取り付けられているところを見ると、巡視路の安全確保のためのものだと推測が出来る。しかしながらこのロープは部分的に見えているが、ほとんどは雪に埋もれているので使い物にはならなかった。 送電鉄塔に着くとその先には雪を被った奥利根の山々が見えるようになった。しばしここで休憩してこれからのルートを検討した。ここから尾根は北西に向かって行くのだが、体感上はほとんど一直線に北に向かっているような感じがする。人間の感覚なんてアテにならないとつくづく感じる。それにしてもここからのルートのなんと長いことなのだろう。延々と急傾斜の尾根が連続しているので、登れるかどうか不安に駆られる。自分がいる尾根の左は群馬300山のガイドに記載されているもので、途中からはなだらかになっているが、展望が良くないような雰囲気がある。右に見える尾根はやはり高塒山から派生しており、300山に帰路として記載されている。私も帰路はこの尾根を使うことにすると決めている。鉄塔から先は雪が乗っているのでよくわからないが、岩尾根に近いのではないかと思われる。時折ピッケルが堅いものを感じるからだ。標高930mの小ピーク付近は結構な急斜面で灌木もなくのっぺらぼうな感じの場所だった。嫌らしいなあと思いながら登ったら、足元の雪が崩れて滑落寸前になってしまった。とっさにピックをさし込んで体勢を整えたが、足元の雪は下部に向かって落下していった。思わず命拾いしたと思った瞬間だった。それでも支えたときに無理があったのだろうか、左腕には擦過傷が出来てしまった。危険な場所はそこを過ぎると無くなり、尾根も広がり雪の斜面をひたすら我慢して登る様になった。 標高979mのピークは目立たない場所だったが、とりあえずここからはブナの林の中を登るのみだ。空は青くこれ以上の登山日和は無いと思われるような天候だ。雪面の反射光は眩しく、これでは日焼けは避けられないと、タオルを顔面に巻いて見たがどうも息苦しい。すぐに外してしまったが、明日からの日焼けが恐ろしい。やはり気温が高いのか、ブナの木の周りは根開きが始まり、雪は無くなり深い穴が出来上がっていた。やがて、今まで左に見えていた尾根が今登っている尾根と合流する地点が近づいてきた。標高1100m付近がそこで、明瞭な合流点とはわかりにくい場所だった。とりあえずここで小休止としてコロッケパンとゼリー飲料でお腹を満たすことにした。
ここからは快適な尾根歩きがまっていた。斜度はあるもののその斜面をジグザグにトレースを残しながら登っていく。なんにも考えずにタダひたすら登るというのがなんともうれしい。これこそストレス解消にもってこいの状況に間違いない。時折現れる獣の足跡は、ウサギとシカくらいのものだから全く不安もない。左に見えるピラミダルなピークは高塒山の南西にある1331mだが、なかなか魅力的に感じる。出来れば登ってみたいと思うような山容だった。 高塒山の直下は広い斜面が壁のように立ちはだかっていた。見れば山頂は雪庇が張り出して、いかにも崩れて来そうな感じがする。足元にはバームクーヘンの様なかたちをした雪の塊が無数に転がっていた。それだけ傾斜が強いと言うことなのだろう。ともかく気合いを入れてこの斜面にとりついた。しかし、雪庇の下を登るのは嫌らしいし、最後の部分を登ることは難しいので、山頂の左の雪庇の少ない部分を目指して斜めに向かっていった。カンジキはここでも威力を発揮して、装着したままで斜面に足をけり込んでステップを切りながら登ることができた。
高塒山の山頂は南北に長く藤原湖方面は灌木が少なく、大展望がそこにはあった。真っ白な平ヶ岳、小さいが突起が目立つ景鶴山、その横には間近に至仏山、そして藤原湖を挟んで武尊山が対峙していた。山頂には三角点があるのだが、雪の下の埋もれており、確認することは出来なかった。立木にはGさんの小さなプレートがあったが、文字が間違っていた。「塒」と言うフォントが無かったのかもしれない。山頂の西方には谷川岳が樹林の上部に見えている。よく見ると、樹林帯ははわずかでそこを抜ければ谷川岳方面の全体像が見えそうだ。そこで、山頂から樹林の中に入りわずかに下降すると、予想通りそこには大展望が広がっていた。谷川岳東面のマチガ沢、一ノ倉沢がみごとで、衝立岩やコップもハッキリと確認できる。そこから連なる白毛門から朝日岳への稜線も真っ白に輝いていた。しばし見とれながらその時間を過ごした。この大展望を見てしまうとここを離れるのが惜しくなってくる。ヤキソバパンを肴に日本酒パックをストローで飲みながら時間をゆっくりと過ごす。携帯ラジオのスイッチを点けて、お気に入りの番組を聞くと、ディックミネさんの「男の純情」が聞こえてきた。何の気なしに一緒に口ずさんでみると、妙に心に沁みる歌詞だと、この風景と重なって聞こえた。 結局、山頂には1時間半も滞在してしまった。自分のペースで行動するゆったりとした山行も久しぶりだ。さて、名残惜しいが山頂を後にすることにする。一旦、登ってきた道を戻り、適当なところで東に向かってどんどん下っていく。200mほど一気に下ると尾根は平坦となり、鼻歌交じりに歩けるようになった。正午の太陽は高いので不安もない忠実に尾根を辿りながら歩いていった。それにしても登路に使った尾根はなんと傾斜が強いのだろう。よくぞあそこを登ったものだと終始眺めながらどんどん先に進んだ。この時点ではこのまま順調に下山が出来るのかと思っていた。
熊棚の密集している尾根を辿るとやがて尾根が二分した。地形図を確認して左に進む尾根を選んだ。送電鉄塔にはそちらの方が距離が短く、そこに行けば巡視路があるはずだと確信したからだ。予想通り送電鉄塔はすぐに現れ、やれやれと安心した。ところがあるはずの巡視路が見つからない。それは周辺の雪が崩れて塊が無数に斜面に転がって、行く手を阻んでいるのだ。トラバースはこれでは不可能。鉄塔から下に続く急斜面を下降するしかないようだ。はじめはカンジキを装着していたのだが、どうもスリップしやすいので、ここでカンジキを外すことにした。ところが、カンジキを外した途端、膝まで潜り込んで身動きがとれなくなってしまった。それなら滑っていこうとも思ったが、所々に見えている岩が気になる。それに、これだけ雪が柔らかいと滑ることも不可能だ。仕方ないツボ足で急斜面を後ろ向きになって一歩ずつ下降していった。やっと平坦になったときはそれこそくたくたになっていた。 車の行き交う車道を10分ほど歩き、長いスノーシェードを抜けると、駐車地点に戻ることが出来た。それにしても大展望と、快晴の山は大満足の一日となった。 今更だが、ここに記載している表現は直感的にわかりやすくするために進行方向の右、左としている。 沢は上部から見て「右岸」「左岸」、「右俣」「左俣」、尾根は下から見上げて「左尾根」「右尾根」と言いますが、このルールとは違っています。 駐車地点06:59--(.26)--07:25尾根--(.27)--07:52鉄塔07:59--(.36)--08:35 978m峰--(.43)--09:18 1100m地点09:28--(1.06)--10:34高塒山11:59--(.32)--12:31 1119m峰--(.48)--13:19鉄塔--(.30)--13:49車道--(.11)--14:00駐車地点 群馬山岳移動通信/2009 |