去年(2008年)の春、尾瀬周辺の山に出かけた。ところが、悪天候に阻まれて思うような行動が出来なかった。せっかくの展望もまったく望むことが出来ずに残念な思いをした。それに、駐車場の情報や湿原の積雪時の情報が不足しており、現地での確認に手間取ったことがある。その時の経験を基にして準備を進めた。 4月28日(火) 尾瀬の玄関口である鳩待峠に5時半に到着すると、さっそく係員が近づいてきた。駐車料金は二日間なので2500円+1000円で合計3500円である。高いとは思うが、いろいろな事を考えれば仕方ないと納得するしかない。車を降りたら路面は完全に凍結しており、いきなり滑って車のフェンダーの下に潜り込んで、両足のすねを思いっきり打ってしまった。幸いにも血が滲む程度の打撲で何とか済んだようだ。ともかく支度を調えて、出発の準備を始めることにする。荷物は減らす方向でまとめてきたのだが、それでも20キロを越えるほどになった。去年はカンジキを意識的に置いていったので、吹きだまりで苦労したのでザックにくくりつけて持って行くことにした。 いよいよ歩き出すが、例年に較べて積雪は少ないように感じるが、事前の情報から考えるとそれほどでもなさそうだ。踏み跡もそれほど多くないことから、前日に降った雪がかなりの量になっていたのかもしれない。誰に会うこともなく、1時間足らずで尾瀬ヶ原の山の鼻に到着。湿原の状況を確認すると雪で真っ白になっている。ひとまずはこれで安心してスズヶ峰に行くことが出来そうだ。山の鼻の小屋周辺では登山者が4人ほどいるだけで閑散としていた。これからのルートを考えると、雪も柔らかそうなので、ここでカンジキを足に装着することにした。 スズヶ峰を正面に見て、猫又川に沿って上流を目指す。左には至仏山、右は尾瀬ヶ原のはるか先に燧ヶ岳が見えている。雪面は朝だというのに真っ白で眩しさが強烈で目を刺すようだ。このときにサングラスを持ってこなかったことをつくづく後悔した。さらにこの雪面には全く先人のトレースが見あたらない。おそらく新雪で隠されてしまったのだろう。今回は去年のトラックデータをGPSに保存してきているので、これを呼び出して表示させて歩くことにした。すると景色を見るたびにその時の思い出を鮮やかに、思い出すことが出来た。柳平と呼ばれる地点を過ぎると、樹林帯に入る。このあたりから猫又川は蛇行が大きくなり、注ぎ込む支流も多くなることから、どうしても渡渉が必要になる。去年はこんな事はなかったのだが、新雪だけでは川にかかるブリッジは形成できなかったようだ。渡渉は短時間に行えば靴への水の侵入は少ないから、とにかく手際よく渡ってしまうにかぎる。それよりも対岸に這い上がることが難しいので、その様子を見極める事が肝要だ。結局、渡渉は一回だけで済んであと2回遭遇したが、崩れかかったブリッジを慎重にゆっくりと渡ることで回避することが出来た。それにしても体重と荷物で100キロ超の重量を良く支えたものだと感謝した。 左俣に入り、1480m付近から尾根を辿って稜線に登り上げるという、去年と同じルートを辿ることにする。去年よりも新雪がある分だけ潜りやすくなっているが、カンジキのおかげで楽に登れる感じがする。実際、これから先はカンジキを装着したままで終始行動することになった。このカンジキも痛んできたのでそろそろ買い換えをしなくてはと思っている。同じものが欲しくなるだけ、このカンジキは優れものであると言うことだろう。高度を上げるに従って、いままで確認できなかった景鶴山や大白沢山も見えてくる。さらに間近に見える至仏山が大きく大きく迫っていた。このルートも一度歩いているものだから気が楽なもので、あとどれくらいで稜線まで行けるとわかる。シラビソの樹林帯に入ってひたすら登ると稜線にたどり着いた。沢を離れて1時間半は前回と同じ時間がかかっている。この年齢になると、それだけ体力が低下していないと喜ぶべきだろう。去年テントを設営した場所は立木の位置からすぐに判明した。近づいてみると懐かしさがこみ上げてくるほど、思い入れのある場所と言うことが出来る。思い出にふけりながら、ここで大休止することにした。
さてこれからスズヶ峰に向かって稜線を辿ることにする。ここにもトレースはなく、新雪の中に自分の足跡だけが残っていく。視界が無く苦労して登った去年とは違って、周囲の展望が見渡せるのは実に爽快だ。まして、紺碧の空の空間にある白い稜線の山々はそれを見るだけで楽しい。また、視界が良いと言うことはルートを選ぶのに苦労がない。見えるがままに登っていけばいいわけだ。樹林帯をいくつか越えて登っていくと平原のようなスズヶ峰山頂に到着した。ここからの展望は360度でなにも遮るものがない。どの峰を見ても立派な山容で、眺めているだけで楽しい。平ヶ岳、燧ヶ岳、至仏山が僅かに目を転じるだけで視界に入ってくる状況は圧巻だ。まして去年展望のない中で登った大白沢山は指呼の距離に見えている。あの急斜面の状況も晴れていればなんと言うことはないように見える。さてここから今回の目的地である白沢山に向かうわけだ。しかし、幕営はこのスズヶ峰周辺を考えている。ここからは一気に100mを下降して登り上げなくてはならない。帰路はその逆となる訳なので、背負っている20キロの荷物はそれこそお荷物というわけだ。時刻は13時前なので順調ならば戻れることは明白だ。そこでサブザックに荷物を詰め込んで軽量化、大型ザックはリスクが多いがここに置いていくことにした。GPS、着替え、食料、カメラを持って、大型ザックはカラビナで立木に固定しておいた。 さて、軽くなったザックは実に快適で、一気に100mの高度を下降して、大白沢山への分岐に向かって登り上げていく。途中の雪庇は人面の様な姿のものが多く、その下を快調に登っていく。思い立って携帯を確認するとなんと通話可能だった。そこで、妻に現在の状況を伝えておいた。この地域は通話可能な場所が少し移動しただけで極端に変化する傾向にあるようだ。大白沢山との分岐まで来ると、白沢山に向かってスキーのトレースが付けられていた。やっと人の気配が感じられたのでちょっとだけホッとした。とりあえずこのトレースを追いかけるように進むと、すぐに対抗してくる5人ほどのパーティーに出会った。トレースはこの人達のものだったのだ。少し距離が離れていたので、手を挙げて挨拶しただけで別れた。このトレースは実に合理的にルートを選択しているようだった。分岐から最初の1920mのピークは山腹をトラバースしているので、不思議に思って地形図を見ると、そのルート取りが正解だとわかった。一旦鞍部に出てから広い平原状の場所をひたすら登っていく。大白沢山がだんだんとは慣れていくのが時間の経過とともにわかった。白沢山の奥に見える平ヶ岳は実に堂々としている。おおきな山容はこの付近の盟主であるように見える。 白沢山山頂は南北に細長くなっていた。ここも360度の展望で遮るものがない。平ヶ岳は指呼の距離であるが、時間が無いのと、一度山頂を踏んでいるので執着心はなかった。帰りの時間が気になっていたので、早々に山頂を辞することにした。
テントの中に入り食事を済ませて日本酒を飲むと、睡魔が襲ってきた。しかし、この付近はジェット機(おそらく戦闘機)の訓練空域になっているらしく、ひっきりなしに轟音が聞こえてきた。20時を回ってもこの状態なので、耳栓をして眠りについた。 4月29日(祝) 朝、あまりの寒さで目を覚ました。ダウンジャケットを着たままシュラフに入っていたのだが、背中が恐ろしく寒い。たまらず、ストーブを付けて暖を取ることにした。考えていた4時の起床まではあと1時間ほどある。ラジオのスイッチを入れるとNHKのラジオ深夜便で東海林太郎さんの特集をやっていた。「国境の町」はこの状況に良く合うなと一緒に口ずさんだ。さて起床すると、時間は足早に過ぎていく。ここでも迷っていたのは、テントをこのまま置いていこうかと言うことである。赤倉岳のピストンを考えると、再び戻る事になるから合理的である。しかし、リスクを考えると持って言った方が良いに決まっている。考えたが、結局は後者を取ることとしてテントなどは全て持つことにした。6時に外に出て撤収をはじめると、単独行の登山者がスズヶ岳に向かっていくのが見えた。この時間から行動できると言うことは、この付近に幕営したことが考えられる。 6時半近くになって荷物を背負って出発だ。樹林帯の中を下降していくと前方に目指す赤倉岳が見えてきた。なんと大きな山なのだろうか。それになんと立派な形をしているのだろうか。登りたいと思う気持ちが湧いてくるのを感じた。しかし、上部を観察してみると、何となく雪の壁が立ちふさがっているように見える。それに筋が入っているのが見えるので、雪崩の危険が大きいと感じた。ここで断念するのはここまで苦労してきたことが無になる。なんとか進めるだけ進んでみようと前に進んだ。 鞍部に降りて気持ちの良い尾根を上部に登っていく。この尾根は展望に優れて周囲の景色を眺めながら順調に登ることができた。左はスパッと切れ落ちて、落ちたら谷底に向かって真っ逆さまに行くだろう。緊張感は緩められなかった。高度をどんどん上げて、雪の壁の基部に到着した。ここで見ると斜度はたいしたことはなく滑落しても樹林帯で停まるだろうと考えると決心がついた。しかし、ここまで使ってきたストックはしまい込んで、ピッケルを手に持つことにした。
山頂は今までに見たことのない風景が広がっていた。奥利根の山々が周囲に広がり遠く谷川岳方面に連なっていた。これほどの天候に恵まれた時に、この山頂を独占して景色を楽しむことが出来ることは、なんという幸せなのだろう。しかし、戻りのことが気になって、あまり落ち着かない。気温が上昇する前に雪庇の渡らなくてはならない。今度は大胆になって馬の背の上を歩いて一気に渡ってしまった。その先の雪の壁もなんのことはなく、すたすたと一気に前向きで下降してしまった。慣れとは恐ろしいものだとつくづく感じた。 スズヶ峰にたどり着いて安心感に浸りながら、腰を下ろして大休憩とした。さて、これからのルートをどうしようかと考えた。往路を戻るとしたら、川の渡渉が待ち構えている。おそらく昨日よりも雪解けは進んでいるに違いない。すると去年と同じで岳ヶ倉山経由で行くしかない。去年は展望も楽しめなかったし、それも良いだろう。 岳ヶ倉山はとんでもない大展望の山だった。こちらのルートを辿って良かったと実感した。さらに、下降点まで来てみるとなんと熊の足跡があるではないか。それも新しいもので、それほど新しいもので肉球の跡までハッキリとわかるのである。ちょっとゾッとしたが、もう覚悟するしかない。鈴をザックに取り付けて、柳平に向かって下降していった。下降は順調でなんの苦もなく一気に柳平に着いてしまった。
柳平では、持ち帰った食料を整理するためにめぼしいものを口に含んで、日本酒も残っていたのでチビチビやりながら時間を過ごした。その後、山の鼻の喧噪にうんざりしながらカンジキを取り外し、充実した山行を振り返りながら鳩待峠に向かった。 4/28 鳩待峠06:08--(.56)--07:04山の鼻07:25--(2.07)--0932尾根取り付き点09:35--(1.18)--10:53稜線11:29--(.59)--12:28スズヶ峰12:41--(.25)--13:06大白沢山分岐--(1.09)--14:15白沢山14:32--(1.31)--16:03スズヶ峰 4/29 スズヶ峰直下06:30--(.25)--6:55鞍部--(.42)--07:37雪の壁--(.41)--08:18赤倉岳08:24--(.48)--09:12鞍部09:25--(.35)--10:00スズヶ峰直下10:19--(.21)--10:40合流点--(.54)--11:34岳ヶ倉山--(.38)--12:12下降点--(.38)--12:50柳平13:15--(.52)--14:07山の鼻14:15--(1.18)--15:33鳩待峠 群馬山岳移動通信/2009 |