静かな尾瀬の山「白尾山」「皿伏山」 登山日1996年7月6日
尾瀬の登山口のなかで、富士見峠は忘れ去られた存在なのかも知れない。私もかつて尾瀬ヶ原から富士見峠に登っただけで富士見下からは登っていない。
7月6日(土)
尾瀬戸倉の鳩待口は大変な混雑で駐車場には「満車」の看板がかけてある。この鳩待口から鳩待峠には向かわずに、戸倉スキー場を抜けて富士見下に向かう。幅が狭いが舗装がされた林道は走り易く快適だ。ただ何処にも標識がなく、これが本当に富士見下に行く道なのか不安になる。ほどなく登ると舗装が切れてダートの道に変わる。そしてそこには車止めのゲートが設置してあり、車が一台駐車してあった。どうやらここが富士見下らしいのだが、標識等は全く無いのでなんとも心細い。また売店や自動販売機などが無いのは、ほかの登山口とは明らかに異なっている。駐車スペースはかなりあるのだが、ほとんど車が来ないためなのか雑草がはびこっていた。まわりの林では満開のニセアカシアの花が風にゆられていた。
着替えをしていよいよ林道を歩き始める。林道は幅が広く、歩き易いのだが歩くにはどうしても無理がある道だ。あまりにも車道としての機能が優先されているので、歩いているとむなしくなる。マウンテンバイクでも持ってくれば帰りはかなり楽だと思う。またスクーターでも持ってくれば機動力が増すだろう。これは本格的に車にスクーターを積み込む事を考えなくてはならないと思った。
標識は相変わらず見あたらない。それに登山者にも全く会わない静かな道だ。道端にハクサンチドリ、マイズルソウの花が見られるようになると、林道の傾斜が緩やかになって来た。道の右側には湿原が見えかくれしている。ここは「尾瀬大納言」が馬を洗ったと言う馬洗淵だ。道の傾斜が緩やかになったので、思わずオーバーペースになるのを抑えながら歩く。
朝方はやや天候が悪かったものの、今では晴れ間が覗き今日の所は雨は心配ないようだ。やがて前方のアヤメ平付近の稜線に残雪が見えてきた。今年は例年に無い大雪であったとの事で今ごろになっても雪が残っているのだ。道端にちょっとした水場があってそこを過ぎると突然「富士見小屋」が現れた。かつてここに来た事があるのだが、その記憶とは全く合致しない。小屋の前の広い広場は誰もいない。広場の隅のベンチに夫婦連れが座ってお茶を楽しんでいた。今日始めて会う登山者だ。長い林道歩きの割にはあまり疲れていないので、休まずに先に行く事にした。(休憩料200円が気になったからかもしれない)ところが歩き始めてすぐに「富士見峠」に着いてしまった。ここから尾瀬見晴(十字路)に行く道は、沼尻川に架かる橋が破損したので通行止めにする旨の標識があった。
富士見峠からの道は所々に例年には無い残雪が現れてびっくりした。それよりもその雪の上に登山者の足跡が残っていないのが気になった。道は自動車道であり、幅はそれなりに広い。道の傍らにはミズバショウが咲き残っていて目を楽しませてくれる。
やがて道は「マイクロ高台」と呼ばれる絶好の展望台に到着した。ここにはマイクロウエーブの電波塔があり、近づいてみると「電源開発公社富士見中継所」と書いてあった。ここまでの自動車道はこの電波塔建設のための道だと聞いたが、現在こんな事をやればかなりの論議の的となるだろう。
電波塔からは木道が所々現れる登山道となった。それも泥濘となっているので早めにロングスパッツを装着する事にした。所々に湿原があり、チングルマ、ショウジョウバカマ、ヒメシャクナゲ、タテヤマリンドウそしてコバイケイソウが50センチほど伸びていた。そんな小湿原をいくつか越えるとひょっこりと「白尾山」に到着した。この山頂は登山道の一角で山頂らしくない。それでも展望はなかなかのもので、日光白根山の赤いドームがひときわ目を引く。そしてその手前の「四郎岳」はここから見ると三角定規の格好はしていないが、その見事な形はすぐに分かる。はるか向こうの尾瀬沼の水面の青さが、すがすがしい。無線はCQを出している局がいたのでお声がけで、QSLの確保をした。
白尾山を発って、次は皿伏山に向かう。展望の無い樹林の中の道をひたすら下る。時折現れるツツジの花が目に鮮やかだ。道は下に行くにしたがって、水たまりが多くなり場所によっては川のようになっているところもある。長い下りを歩き、やっと鞍部に着くと木道が現れた。しかしこの木道は表面が苔でヌルヌルしていて滑り易ので、注意深く歩くしかないようだ。このあたりはやはり湿原になっており、入り込む事は出来ないがそれなりの草花は咲いているようだ。
ここからは登りとなって、陽の差し込まない樹林の中を行く事になる。長い下りを歩いたものだからなぜか登りになってホッとした。そして傾斜が緩くなったところからわずかな距離で「皿伏山」に到着だ。標高1917メートルの山頂の三角点は登山道の真ん中にある。しかし着いてみてがっかりした。それは樹林に囲まれて展望が全く無いのである。さらに430Mhzの無線機の電源を入れてみて驚いた。どんなに周波数をスキャンしても何も聞こえないのだ。この時間帯なら、モービル運用局が必ず聞こえるのだがそれもない。ここは電波の空白地帯なのだろうか ? CQを出してみたが全く音沙汰無し。それではとメインに周波数を合わせて、そのままにして放置して食事にする事にした。
しかし30分経過しても全く入感がない。しかたなく50Mhzの準備をする事にして、ピコ6+DPの準備をした。Esも出ているらしいが、移動局の声も聞こえる。こうなったらしかたない、この1W出力の無線機にかける事にした。何度も呼びかけてやっと二局とQSO、なんとかQSLの確保が出来た。これで安心、期待していなかった50Mhzに救われて山頂を去る事が出来た。
荷物をまとめて山頂を出発、そしてほんの数メートルのところで、私と同年代とおぼしき女性の登山者とすれ違った。いままで全く登山者には会わなかったので、びっくりした。軽く会釈をしてすれ違ったのだが、後からだれも着いてこない。なんと単独行らしいので、さらにびっくりしてしまった。
今度は長かった下りを反対に登る事になった。だらだらと節操の無い登りは非常に疲れる。何度も高度計の数字を確認しては立ち止まり、そして地形図を取り出して位置を確認だ。喘ぎながら登り、やっとの事で再び白尾山山頂に着く事が出来た。朝はここの山頂では一局しかQSOしていないので、ダメ押しでさらにQSLの確保をする事にした。
無線機を取り出してバンド内をワッチすると、先ほどの皿伏山とは大違いでかなりの局の声が聞こえる。早速一局QSOをして一段落したところで、登山者が現れた。なんと先ほど皿伏山ですれ違った女性だ。
「困りました。皿伏山から尾瀬沼に行こうとしたのですが雪が多くて戻ってきました」
昔はなかなか美人であったようで、どこかのタレントに良く似たその女性が挨拶代わりに話しかけてきた。聞けば今朝「鳩待峠」に仲間と来て、別行動でアヤメ平→富士見峠→尾瀬見晴→尾瀬沼と行くはずだった。ところが富士見峠のところで尾瀬見晴までの道が通行止めだった。そこで、白尾山→皿伏山→尾瀬沼経由で行こうとしたのだそうだ。すごいパワーで、私の今日の登山が子供のお散歩程度に思えてくる。
とにかく尾瀬沼で仲間が待っているとの事である。そこで地図はあるか確認するとガイドブックの略図のコピーを持っている。行動力の割りには慎重さが足り無いようだ。
ともかく富士見小屋まで戻り、富士見田代から竜宮小屋まで行き見晴らしを抜けて尾瀬沼に行く事を勧めた。それに富士見小屋で登山道の様子を聞く事も付け加えた。そのあと女性は栃木訛で簡単な世間話をしてから、先に進んで行った。おそらくあの調子なら大丈夫だろうと後ろ姿を見送った。尾瀬ヶ原と尾瀬沼ならば登山道を外れない限り問題は無いはずである。それにしても、おそらくこれから4時間は掛かるであろう。恐るべしオバチャンパワーである。
今回はシーズン中にも関わらず数人の人の姿しか見なかった。尾瀬の忘れられたコースであった。さらに「荷鞍山」が面白そうだったがひどい笹薮で歩けそうにない。残雪期に再び歩いて見たいと思った。ちなみに富士見下の林道ゲートは施錠がなされていなかった。
「記録」
富士見下07:45--(1.24)--09:09富士見小屋--(.04)--09:13富士見峠09:17--(.15)--マイクロ高台--(.24)--09:56白尾山10:25--(.53)--11:18皿伏山12:20--(.59)--13:19白尾山13:41--(.20)--14:01富士見小屋下の水場14:23--(.57)--15:20富士見下
群馬山岳移動通信/1996/