紅葉と緑の原を独り占め「大平山(足尾)」  登山日2001年10月13日


大平山(おおひらやま)標高1960m 栃木県上都賀郡/黒檜岳(くろびだけ)標高1976m 栃木県上都賀郡・栃木県日光市

栃木県足尾町の松木川周辺は、素晴らしい山々がいくつも点在し、それぞれにこの山域にしか見られない特徴を備えている。これらの山々に登った者は、その山行に独特の印象をいつまでも残すに違いない。それは田中正造翁の人物像と、これらの風景を重ね合わせると、込み上げる物が目頭を熱くさせるからなのかも知れない。ホームページで リンクをさせてもらっている「酒呑童子」さんの山行記録に気になるものがあった。それは以前、中倉山に登ったときに、松木川を挟んで対峙していた大平山である。今回はその記録を参考に計画を立てて登った。
標高1000m付近、松木川を見下ろす
 10月13日(土)

 荒涼たる風景の続く松木川に沿って車を進める。やがて地形図の833mの標高点の地点に到着した。この先はゲートがあり、一般車は行けそうにない雰囲気がある。それにこの付近は足尾鉱毒からの復旧工事が進行中で、重機が作業をするために置かれていた。

 まずは、松木川の左岸から北西に延びる尾根に取り付いた。尾根に取り付くとすぐに、鹿の食害を防ぐための柵が現れた。その柵に沿って草の急斜面を、喘ぎながら登った。草の斜面は登りにくく、余分な体力を消耗させる。それにこの柵が、どこまで続いているのか不安になってくる。それでも少し歩くとこの柵の出入り口が現れた。そこには標識があり「この柵はシカの食害から木や草を守っています。緑の森を取り戻すために出入口は必ず閉めてください 大間々営林署」と書いてあった。不安になったが、とりあえずこの柵の中に入ってみることにした。扉をくくりつけてある針金を、取り外して中に入り、再び急斜面を登りだした。

 斜面を登り詰めると、そこは標高940mのピークだった。ところがなんと言うことだろうか。シカ避けの柵がそのピークを囲むようになっているのだ。つまり柵を越えない限り、先には行けないのである。どこかに出入口が無いか探したが、それらしき物は見あたらない。仕方ない、高さ180センチほどの針金で出来た柵の一部を、ほぐして越えることにした。しかし、針金の何という硬さなのだろうか。ストックを使ってなんとか越えられるだけのスペースを確保した。

 なんとか越えることができたが、こんどは復元しなくてはならない。ほぐすときよりもよけいに時間を掛けて、柵をなんとか元に戻した。こんなことなら柵の中にはいるのではなかったと後悔したが、それこそあとの祭りだった。
中倉山の荒々しい岩肌芝生のような原と松木川下流を見る

 このピークを越えると尾根は、ちょっとしたやせ尾根に下り、再びきつい登りを登ることになった。足の長い草の斜面はなかなか登りにくいもので、ストックが使いにくく結局はザックにくくりつけることになった。それでも標高1100m付近になると、鹿の食餌により草が短くなり、ゴルフ場のグリーンのようになっている所も出てくる。そんな場所は登りやすくなり、気分的にも楽になってくる。しかし急登はそのままで、直登はなかなか体力的には難しいので、縦横に走る鹿の道を辿ってジグザグに高度を稼いだ。




 時折振り返ると、中倉山の荒々しい岩肌が圧倒的な迫力で迫り、下を流れる松木川は朝日を映して光っていた。その上流に目を転じると、皇海山が大きく見えており、山頂部は流れの速い雲が絶え間なく動いていた。緑の草原にはダケカンバが点在しているのだが、それらの紅葉は、丁度見頃となっており、その色彩の妙は見事としか表現できない。

 標高1500m付近には楢の木があり、その上部を見ると木が折られている部分がある。熊棚かと思ったが、幹には熊の爪痕が見られない。不思議な感じはするが、木に登るのは猿とも考えられた。ともかく、鹿以外の生き物のテリトリーと言うことで、周りを見回しながら、足早に遠ざかることにした。
一本のダケカンバ標高1800m付近から中倉山を見る

 標高点1545mは、顕著なピークではなく、単なる通過点と言うものだった。ここまで来ると、足元は小笹の原となり、ダケカンバとカラマツが点在する景色に変化した。周囲もそれらの紅葉に包まれた、風景になっていた。小笹は膝丈ほどの高さがあり、すんなりとは歩けないが、それでも心地よい景色を眺めながらの、登りは楽しささえ感じるほどだ。笹原の中に一本だけ佇んでいるダケカンバは、そんな登りの良い目標ともなった。

 標高点1805mは、中倉山方面が一望できる場所で、この尾根の最高の展望台であった。中倉山の岩肌の荒々しさは、銅山の精錬過程から排出された亜硫酸ガスによるものだ。もしその鉱害が無かったら、これらの山の風景はどうなっていたのだろうか?想像を豊かにさせられることは確かだ。この標高点からは迷うことのない笹原の尾根が、山頂に向かって延びている。さらに大平山の顕著なピークが、間近に見えており気分的には本当に楽になった。道も無き小笹の尾根を上部に向かって歩くと、やがて稜線に辿り着く。地形図をみればここからルートを右に辿り、わずかな距離で待望の山頂に着くはずである。
大平山山頂
 山頂部分は植生が変化し、コメツガの森の中を歩くことになった。いままでの明るい道と異なり、薄暗い樹林の中はちょっと不気味でさえある。やがて展望のない大平山に到着した。三角点は笹に埋もれて探すのにちょっと手間取ってしまった。標識は私製の物が何枚も取り付けられて、自己の存在を主張していた。一枚の標識の裏を見ると、JS1MLQの落書きがあった。日付は93.10.3であるから、すでに8年が経過していた。無線は430Mhzは使い物にならず、144Mhzでかろうじて交信する事が出来た。

 大平山山頂はあまり気分的に良くないので、早々に退散して黒檜岳に行くことにした。地形図をみれば、黒檜岳に行くには、かなり迷いやすい複雑な地形の尾根を歩かなくてはならない。GPS(ポケナビミニ)と地形図を確認しながら歩くのだが、なんと今日はコンパスを忘れたことに気がついた。最新のGPSは電子コンパスを搭載しているのだが、私のは一世代前の物なのでその機能はない。方角も判らないことはないが、それは直線的に動いた場合である。むやみに動き回った場合は、方角はめちゃくちゃで全く当てにならない。

 コメツガの樹林の中を北東に進み、北のなだらかな鞍部に降りる。しかし、樹林の中は展望も利かず起伏が読みにくい。GPSで頻繁に緯度経度を読みとって、地形図で照合する作業を繰り返した。1854m標高点に登る斜面は、樹林を抜け出してきれいな笹原となり気分がよいが、ここでガスに巻かれたらそれこそアウトだと感じた。

 1854mの標高点からは、再び樹林の中を北に向かって方向を変えなくてはならない。ところがこれが非常にわかりにくい。GPSにより1854mの地点に立っているのだが、向かうべき北の方角が判らない。幸いにも正午の太陽が少し顔を出し、影が笹原に映った。これを頼りに北を定めて歩いた。コンパスを忘れたことを、この時はとても後悔せざるを得なかった。
黒檜山?分岐点
 樹林の中は、時折赤テープが見られたが、肝心なところでは見失ってしまうことが多かった。踏み跡はあまりハッキリしておらず、樹林が疎となっているところを、適当に選んで歩いていった。するといきなり無数の標識が現れて、ここがあたかも黒檜岳であるような感じである。地形図を見ると、山頂が表記されている場所は、ここからさらに西に行った場所である。よく見れば、標識は「黒檜山」となっているものがほとんどだ。「黒檜岳」の正式名称?を使わないところが、山頂ではないことの証拠なのかも知れない。しかし、よく見れば標識に一部に落書きがあり、「←山頂はここから7分 約600歩」と書いてある。

 妙な標識を後に再び樹林の道を歩く。右手にあるはずの中禅寺湖は、その樹林に阻まれて全く見ることは出来なかった。黙々と歩いていくと、ちょっとした盛り上がりの場所に出た。そこには「黒檜嶽」と書かれた標識が現れた。見ればこれは達筆標識ではないか。裏書きをみたが、いつもの「K・A」の文字は見られなかった。帰ってから記録を見ると、1990年10月12日とある。奇しくも十一年と一日前と言うことになるが、達筆標識は褪せたところもなく、風雪に耐えて輝いていた。

 山頂は展望もなくそのまま西に移動すると、切り開きがあり「長期自動雨量計」が設置されていた。ここの展望は先ほどの山頂よりもましなので、昼食にすることにした。持参のビールを口に含むと、疲れを一気に忘れるようだ。ここからの展望は限られるが、去年苦労した「宿堂坊山」が、目の前で紅葉の衣をまとい対峙していた。430Mhzで1局交信して無線は切り上げた。
黒檜岳山頂
 山頂に一時間留まり、今度は下山に取りかかる。先ほどの「黒檜山」の標識の場所まで来ると、今日はじめての単独行の男性に会った。阿瀬潟から三時間半だと言っていたが、中禅寺湖からの方がこの黒檜山には有利なようだ。帰りはGPSの軌跡の表示を辿るだけで、ルートは全く心配がいらない。こんな樹林と笹原の山はGPSは有効で、これで霧でも出たらさらに威力を発揮するだろう。

 帰りは、社山経由も考えたが、体力的に無理と判断して往路をそのまま戻った。原由子さんの「花咲く旅路」と言う歌を自然と口ずさんでしまうような一日だった。




「記録」

松木川(833m)06:53--(.32)--07:25標高940m07:34--(1.38)--09:12標高1545m--(1.03)--10:15標高1805m--(.36)--10:51標高1890m屈曲点--(.11)--11:02大平山山頂11:35--(.50)--12:25黒檜岳13:20--(.46)--14:06大平山--(2.09)--16:15松木川


群馬山岳移動通信 /2001/