いわゆる平成の大合併で2006年(平成18年)安中市と碓氷郡松井田町が合併した。安中市は一気に大きな面積を有することになり長野県軽井沢町と隣接することになった。合併前の安中市の最高所は「八幡峰(785m)」だったが、合併したことにより県境の「金山(1602m)」が最高所となった。 5月24日(日) 霧積温泉付近の山は自分にとっては原点の山なのかもしれない。鼻曲山、剣の峰、角落山、これらの山に登ったからこそ山に対する興味が強くなったのだろう。しかし、次第にこれらの山々は通うことも少なくなり遠ざかってしまった。もう40年以上これらの山には登っていないだろう。その間に変化は絶え間なく続き、霧積ダムが出来、殺人事件があった場所は霧積上流ダムとなっている。また、かつては賑わっていたきりづみ館は廃業し更地になり、駐車場になっていた。すでに車が2台駐車してあったが、釣り人のものと思われる。駐車場には公衆電話があり、なんと回線がつながっているらしかった。人気がなくこんな山奥に野ざらしにされている公衆電話というのは珍しいのではないだろうか。 駐車場の奥が登山口になっており、しっかりとした道を歩くことになる。因縁の堰堤の下に架かる朽ち果てそうな木橋を渡ると傾斜が増してくる。やがて道がなだらかになりわずかに上ると車道を横切ることになる。常時点灯された街灯の下を通り車道を横断して鼻曲山への登山道に入る。道は深くえぐれて大人がすっぽりと埋もれてしまうほどだ。それにしても素晴らしい新緑でモミジが多いところを見ると、秋には素晴らしい紅葉となるのだろう。新緑の中を登るのは実にすがすがしい。道はよく踏まれており、迷うことはない。やがて、剣の峰・角落山への分岐、こちらの道は踏み跡が薄いように感じる。この辺りまでくると沢音は聞こえなくなり本格的な山道となる。登山道は山襞を忠実に拾って徐々に高度を上げていく感じだ。崩落個所もあり、ちょっとやばいなという感じのところもある。この時期に滑落して怪我でもしたらとんでもないことになると、妙な緊張感を感じながら通り過ぎる。 それにしても45年前に歩いた道は全く記憶がない。もっとも葉が落ちる時期しか歩いていなかったから当然かもしれない。崩落場所はところどころあるが、これは浅間山が噴火したときに降り積もった火山灰や軽石が堆積して層になり、崩落しやすくなっているのだろう。崩落した斜面では足場が不安定でアリジゴクのごとくぐずぐずと崩れ落ちて這い上がるのに苦労する。
県境に沿って歩くと、10分足らずで標高1602mの金山山頂に到着だ。ただの登山道の通過点のようで、関心がなければ通り過ぎてしまうことは間違いない。なにか最高点にふさわしい痕跡はないかと探すと、すかいさんの標識が灌木に取り付けられていた。この標識は目立ちにくく、人に関心を持たれることはなさそうだ。 この先に進んで一等三角点がある留夫山に向かうことにする。金山からだらだらと斜面を下り高度を下げていく。下がりきった鞍部には林道が延びてきていて、ちょっと気分をそがれる。ましてその林道には新しい車の轍があるから余計に気が落ちる。 鞍部から留夫山に向けてひたすら斜面を直登する。この付近クマの目撃情報が多いのでかなり緊張しながらの登りとなる。ラジオに入れてきた「ボヘミアンラプソディー」をかなりの音量で流し、さらに真鍮製の鈴をザックに括り付けて鳴らしておいた。まあ、なんとも賑やかな登山スタイルとなってしまったが、誰もいないからいいだろう。 留夫山の山頂には一等三角点があり存在感を示している。久しぶりに見るGさんの標識が懐かしい。一等三角点がある山頂らしく、山頂は刈り払いがされて気持ちの良い場所となっていたが、熊の存在を考えると落ち着ける雰囲気にはない。一本の立ち木は皮がかなり剥がされていたが、これがクマなのかどうかはわからない。クマ情報が多い割には、この付近はクマ棚を見かけない。ここにきてガスが濃くなり展望は全くない。当初はここから熊野神社まで行く予定だったが、ガスにまかれているのと、3か月前に捻挫した足首の調子が今ひとつなので、ここで引き返すことにする。 金山に戻り30分ほどかけて昼食をとる。時間も早いので鼻曲山も登っておくことにする。
せっかくなので霧積温泉金湯館に立ち寄ってみる。電気が引かれてひなびた風情はない。また携帯電話の基地局アンテナがあるから下界との連絡も問題ない。ただ、設置された水車が回るがごとく時代も回り続けている。(コロナウイルス感染拡大防止で休業中だった)
きりづみ館跡地06:50-(.20)--07:10林道--(.32)--07:42剣の峰分岐-(1.26)--09:08鼻曲峠-(.07)--09:15金山09:22-(.38)--10:00留夫山10:17-(.47)--11:04金山11:34-(.05)--11:39鼻曲峠-(.13)--11:52鼻曲山12:08-(.12)--12:20鼻曲峠--(1.05)--13:25剣の峰分岐--(.18)--13:43林道--(.07)--13:50霧積温泉金湯館--(.24)--14:14きりづみ館跡地 群馬山岳移動通信/2020
トラックデータ
私の世代は「人間の証明」で松田優作の抑揚を抑えて読み上げる声が印象的だったからかもしれない。 ぼくの帽子 西條 八十 ―母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね? ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、 谿底へ落したあの麦稈帽子ですよ。 ―母さん、あれは好きな帽子でしたよ、 僕はあの時、ずいぶんくやしかつた、 だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。― ―母さん、あのとき、向から若い藥売が来ましたつけね。 紺の脚絆に手甲をした。― そして拾はうとして、ずいぶん骨折つてくれましたつけね。 けれど、たうとう駄目だつた、 なにしろ深い谿で、それに草が 背たけぐらゐ伸びてゐたんですもの。 ―母さん、ほんとにあの帽子、どうなつたでせう? あのとき傍に咲いてゐた、車百合の花は もうとうに、枯れちやつたでせうね。そして 秋には、灰色の霧があの丘をこめ、 あの帽子の下で、毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。 ―母さん、そして、きつと今頃は、―今夜あたりは、 あの谿間に、静かに雪が降りつもつてゐるでせう、 昔、つやつやひかつた、あの以太利麦の帽子と、 その裏に僕が書いた Y・Sといふ頭文字を 埋めるやうに、静かに、寂しく。― |