静かな尾瀬を楽しむ「荷鞍山」  登山日1999年5月25日


荷鞍山(にぐらやま)標高2024m 群馬県利根郡

荷鞍山の三角点

 5月25日(火)

 今日は会社が計画停電となったために、休日が貰えることになった。そこで前から気になっていた尾瀬の荷鞍山に行くことにした。

 荷鞍山は1996年7月に白尾山を通過した際、一旦は荷鞍山に向かって足を踏み出したのだが、あまりの藪のすごさに断念した思い出がある。こうなると残雪のある時期が頼りと言うことになる。

 富士見下の駐車場には山小屋の関係者の車が一台あるだけだ。あいかわらず尾瀬の中にあって寂しい登山基地である。富士見下から、富士見峠までは立派な自動車道があるのだが、自然保護を名目にゲートが設置されて、一般車の通行は一応制限されている事になっている。

 支度をして歩き出すと真夏のような暑さなので、思わず上着を脱いでTシャツ一枚になってしまった。ブナの新緑が頭上を覆い、時折ウグイスの鳴き声が林間に響き渡り、そして雪解け水を集めた沢音がうるさいほど耳の中に入ってくる。そんな車道をゆっくりと歩きながら登っていく。特に今日は焦って歩く必要もなく時間はたっぷりとある。道の脇のタムシバの花は、雪と間違うほどの白さで目に飛び込んでくる。足下を見れば対照的にエンレイソウの花が目立たぬ姿で咲いていた。そんな車道を登り詰めると富士見小屋の庭に到着した。

 富士見小屋はまだ営業を始めていないこともあり、庭の広場は閑散としている。それに歩き始めは好天で暑いくらいの条件だったのが、今はガスが目の前を横切り、半袖ではとてもいられないほど寒さが応える。しかし、それでも我慢してそのまま歩くことにした。

 富士見小屋を過ぎて富士見峠に向かうと、道には残雪が豊富に残り一転して冬山の様な感じの山歩きとなった。残雪に隠されて、幅の広い登山道も道が分かり難く、ルートを失って再確認するほどだ。それでも時折現れるフキノトウが春を感じさせる。
富士見峠付近
 やがてマイクロ高台に到着。建物の蔭で風を避けながら、ポットの暖かいお茶でサンドイッチを腹の中に流し込んだ。しかし寒さには耐えきれず、カッターシャツとヤッケを着込むことにした。するとなんとか安心したのか、地図を広げてこれからのルートを考える余裕が出来た。

 マイクロ高台からの道は幅の広い自動車道も無くなり、登山道に変化する事になる。その登山道に踏み込むとすぐに熊の足跡を発見してしまった。まだ新しく爪で雪を削った跡が生々しく残っている。思わずラジオのスイッチを入れて、ボリュームを最大に、それからザックに鈴を取り付けた。あまり良いことではないが、熊に出会わないようにするにはこの方法しか考えつかなかった。

 ビクビクしながら先に進むことにするが、何となく気持ちは良くない。残雪は相変わらず豊富で、今日は軽登山靴で来たことをちょっと後悔することになった。さて、いよいよ荷鞍山の分岐に差し掛かったので、兼ねてから地形図で調べておいた分岐ポイントをGPSを使って探し出す事にする。

 周りはガスが取り巻き視界は良くないが、こんな時はGPSは大変役に立つ。なんなく目的のポイントに立つことが出来た。このポイントは白尾山の手前の稜線の分岐で、荷鞍山までは吊り尾根のようになっている。しかし目的の荷鞍山にはなかなか足を踏み出すことは出来なかった。なぜならこんなにも登山道には豊富な残雪があるのに、ここから荷鞍山に続く稜線には雪が少ないのだ。そしてそこには身の丈を越す笹藪が立ちはだかっていたのだ。

 ともかく行けるところまでいこうと、笹藪の中に飛び込んだ。初めのうちは残雪の残る場所を選んでルートを決めて歩いたが、次第に雪もなくなり笹藪だけになってきた。身の丈を越す笹藪とガスのために周囲の展望はあまり得られない。ともかく帰りのことを考えて、巻紙のマーキングをこまめに取り付けた。

 笹藪は傾斜を強めて下降をはじめ、油断をするとスリップして笹藪の中を一直線に落下しそうになる。落ち着いて周囲を観察すると、どうやら進行方向の左側に明瞭な稜線があるように感じる。そこで今度は笹藪を左に向かってトラバースする事にする。

 そしてやっとの思いでその稜線にたどり着くとなにか変だ。そこにははっきりとした登山道があるのだ。それも整備されており、刈り払いが最近行われたようにも見えるのだ。試しにGPSで確認すると現在地は明らかに荷鞍山に通じる稜線の、1926m標高点の手前にいることが確認できた。しかし、地形図にはこの立派な登山道の存在は記されていない。なにか妙な感じがするが、ともかくこの道は荷鞍山に続いていることは間違いない。

 ここでなにか手持ちぶさただなと感じた。それに気づくまでには少し時間がかかった。なんと手に持っていたストックが無いのである。おそらく笹藪の中のマーキング取り付けに夢中になり、どこかに放置して忘れてしまったのに違いない。しかし、いまさら回収のために笹藪の中に戻る気はしないので、早々にストックのことは諦めた。
山頂直下の立派な登山道
 地形図に記されていない不思議な道は途切れるどころか、刈り払いの跡も残り続いていく。そして登りの傾斜が強まり、大きな岩の右を巻いてさらに進むと気持ちの良い山頂に飛び出した。山頂には三角点とGさんの山頂標識があった。あいにくとガスが巻いていたために展望は得られなかったが、山頂の南側は断崖になっているので、晴れていれば素晴らしい展望が得られるのではないかと想像出来た。

 無線は中間試験中の息子と簡単にQSOして切り上げた。何しろ平日の昼間なのでCQを出しても気分を害する不法局が居座っていて、時間の無駄と感じたからだ。あまりの寒さと、みぞれ混じりの強い風のために記念撮影をして早々に引き上げた。

 帰りの興味は、もっぱらこの立派な登山道の起点探しに尽きる。ともかく忠実に辿っていくとなんと白尾山付近の登山道に飛び出した。しかしその入り口は巧みにカムフラージュされており、容易に起点が分からないようになっていた。はたしてこの登山道の目的は何なのか疑問だけが残った。

 白尾山付近の登山道に着いたことで安心したこともあり、ここでラーメンを作って暖かいものを腹の中に流し込んだ。

 帰りは時間も早かったので、アヤメ平に行ってみることにした。アヤメ平は25年ほど前に通過したことがある。その時は尾瀬ヶ原で一泊してからここに来たのだが、若かった頃の自分を思い出すことができる場所でもある。

 富士見田代ではわずかながらミズバショウを観察する事が出来た。しかし、アヤメ平は深いガスの中で期待していた景色は全く見ることが出来なかった。その上、帰りは木道の上で見事にスリップ、思いきりお尻を打ってしまい、痛みをこらえての下山となった。その痛みは、ついにその晩寝るにも不自由する始末で、かなりのダメージとなった。

 去年の5月25日はバイクで転倒、重傷を負った。奇しくも今年の5月25日は再びケガをすることになってしまった。どうやらこの日は私にとって厄日であるようだ。



「記録」

 富士見下07:45--(1.48)--09:33富士見小屋--(.25)--09:58マイクロ高台10:13--(.15)--10:28白尾山手前分岐10:25--(1.01)--11:26荷鞍山11:45--(.36)--12:21白尾山手前13:00--(.32)--13:32富士見小屋--(.25)--13:57アヤメ平14:06--(.15)--14:21富士見小屋--(1.07)--15:28富士見下



                群馬山岳移動通信/1999/