笹藪と残雪の山「木戸山」 登山日1999年4月3日
木戸山と聞いて位置がどこにあるのかわかる人は、かなりの山好きと見て良いのではないだろうか。それほど印象が薄く、登山の対象にならない山である。
4月3日(土)
四万温泉のさらに奥に位置する、日向見温泉の駐車場に車を停めて歩き出す。あまりの寒さに目出帽を被り、セーターとヤッケを着込んだ。今回も同行をお願いした猫吉さんは、高所帽を被るほどだ。道標に従い、摩耶ノ滝に向かう遊歩道を日向見川の左岸に沿って歩く。時折あらわれる錆び付いたレールと苔むした石積みの軌道、朽ち果てた架橋の櫓がトロッコ道の面影を残していた。
摩耶ノ滝を過ぎると、道は遊歩道の雰囲気から一変して、荒れたトロッコ道になった。枝沢の架橋は崩れ落ちてしまっているので、その度に沢に降りて登り返すのが面倒だ。次第に笹がトロッコ道に密生、小さな枝沢を渡渉して西に折れて進む。この付近が地形図の破線の途切れたあたりに違いない。
右手の斜面の崩壊地の通過に注意しながら歩くと、ちょうど腰掛けになる位の大きさの落石が道を塞いでいる。ここは「コシキノ頭」「栂ノ頭」に登る地点でもある。今から3年前の4月6日にやはり猫吉さんとここから「コシキノ頭」「栂ノ頭」に登っている。あのときはもっと雪が深かったが、笹藪の突破にはかなり苦しんだ。今日はこの地点に雪が全くない事から、今回の木戸山は笹藪にどのくらい苦しめられるのか不安にかられる。
落石の上に腰掛けて休憩をしたあと、崩壊地をトラバースしながらさらに先に進む。すると、崖の上に出てしまい行き詰まってしまった。目の前の崖の下は日向見川の流れが激しく渦巻いている。高巻きしようか、少し下流に戻って渡渉するかの決断に迫られた。
結局は戻って渡渉する事に決めた。
猫吉さんと山に来るとこんな渡渉の場面が多いような気がする。そして決まったように渡る場所が別々と言うのが面白い。落ちても命に別状は無いものの、何しろお互いに落ちたら、カメラでその格好を狙われる事は間違いない。そんなものだから常に細心の注意を払うことになる。ほんの1メートルほどの飛び越しなのだが、決断までいろいろ考えて一気にジャンプした。
渡ってしまえば、なんと言うことはない。猫吉さんは私よりも上流を無事渡って、合流する事が出来た。川の右岸のゴーロ状の部分をそのまま上流に向かって遡行する。おそらく地形図のがけ(土)の記号の部分と思われ、対岸にはトロッコ道が見え隠れしている。渡渉地点から500メートルほど遡行すると、いつの間にかトロッコ道は、今歩いている右岸に渡ってきている。目の前には朽ち果てて、外見が梯子のようになってしまった架橋に出会った。苔むして危なそうな橋だったが、猫吉さんはいとも簡単に渡りきってしまった。私は体重制限もあるので、下に降りてから再び登り返した
この橋を過ぎると、すぐにトロッコ道は大きく左に向かい、石積みの軌道が盛り上がった部分を渡る。渡りきると再び道は沢に向かって大きく右折して川に向かうようになる。このままトロッコ道を辿ると、木戸山に向かう尾根から離れていくようだ。そこで右に向かわずにこのまま西に向かって直進する事にした。
左側の斜面を見ながら、どこから尾根に取り付こうかと考えながら歩いた。トロッコ道を離れて数10メートルで、尾根の鞍部が見える場所に出た。地形図上では1082mと1224mの標高点の北側の、1040mの等高線が日向見川と交わる地点だ。
ここから斜面を登って尾根に登り上げることにした。斜面の登り初めは、雪があったのだが、登るに従って雪がなくなり笹藪となった。笹の高さは1.5メートルほどで、背伸びをすれば前方が見える程度だから大したことはない。ここでも猫吉さんとは、10メートル程度離れた場所を登ることになった。お互いに好きなところを、好きなように登っていく。これが、猫吉さんと登るときのお互いのスタイルで面白いところでもある。
高度差約50メートルの笹藪を登ると、ちょっとした平坦な場所に出た。振り返ればコシキノ頭の黒い鋭峰が青空に映えて対峙している。平坦な場所もわずかで、これからは1552メートルの標高点から北西に派生している尾根に登り上げることにする。
とても尾根への直登は出来そうにないので、雪のある部分を選んで斜めに登ることにする。ここの斜面も上部に行くに従って雪がなくなり、笹薮が増えて歩きにくくなった。しかし、対岸のコシキノ頭の笹藪に較べたら何のことはない。まして、今まで経験した土鍋山・黒湯山・御飯岳の万座の山から見たら、可愛いものである。
尾根に到達してからもしばらくは薮との格闘があったが、それもなくなり再び雪が多くなり、歩きやすくなった。そして、この枝尾根も1224メートルの標高点から登ってくる尾根に合流して、ルートを少し南に向ける事になる。GPSを取り出して位置を確認すると、予想した地点に間違いなさそうなのでひとまず安心した。さらにこの尾根は1552メートルの標高点に一直線につながっている。
尾根の合流地点からの歩きは展望にも優れており、雪も締まっているので歩きやすく実に快適だった。日射しも暖かく、のんびりと歩くことが、とてもこの山に合っているようにも思えた。快適な歩きが続き、いよいよ1552メートルの標高点ピークに向かう登りが現れた。今までにない急登でちょっとたじろいだが、雪があるのでさほどの困難は伴わないようだ。
この急登でも猫吉さんとは、平行して歩くような格好になり、お互いのステップを利用することはなかった。猫吉さんは真っ直ぐに小さいステップで歩くのに、私は蛇行しながら、高度を上げていくからだ。振り返ると、二人のトレースが見事に付かず離れず残っていた。
標高1552メートルの標高点ピークからは、目指す木戸山ピークの全容が見渡せた。目指すピークも確認できたところで、一休みする事にした。猫吉さんはなんと直径1メートルくらいの、雪の窪みの中に入って休憩となった。たしかに風は来ないので快適そうだ。それにもしもの時は、上にビニールでもかぶせれば、ビバークも快適に過ごせそうだった。
さて、これからは木戸山に向かって展望を楽しみながらの稜線散歩だ。一旦鞍部に降りてから雪原を登ることになる。しかし、展望が気になってなかなか前に進めない。何しろ周りの山々があまりにも素晴らしく、山座同定をしなければいられないような雰囲気なのだ。武尊山、日光の山、赤城山、榛名山、妙義山、浅間山と数え切れない、谷川連峰の各ピークは高度を上げる度に近くの稲包山の蔭から姿が現れてくる。また、渋川市、前橋市の市街地も遠く遠望できる。最後まで山座同定に苦しんだのはなぜか、上州高田山、松岩山であった。それは暮坂峠の位置を誤認していたことにも依った。
木戸山の山頂も近くなり、GPSのスイッチを入れると、なんと電池切れになってしまった。肝心なときは役に立たないものだと呆れながら、電池交換をしてもたもたしていると、猫吉さんはかなり先に行ってしまった。なんとか追いついたのは木戸山の山頂直下だった。
山頂が近くなるに従って、モミやダケカンバが多くなってきた。ここで、猫吉さんの様子が急変してなにか歩くスピードが落ちてきた。どうやらシャリバテの様子で、山頂まで数十メートルのところで我慢も限界になったようだ。苦しむ猫吉さんを抜き去り、先に山頂を目指した。
山頂につくとそこはダケカンバがあるものの、かなり広い雪の広場になっていた。山頂にはおなじみGさんの山頂標識があった。GPSの表示も地図を読んで設定した、数値に私が山頂に着いてから1分ほどで、シャリバテの猫吉さんが到着した。シャリバテにも関わらず、カメラを取り出してビールで乾杯の姿を納めようとするところは、さすがにピークハンターの鬼である。
山頂では、まずここにいる時間を約1時間半と決めて思い思いに過ごすことにする。それは、帰りの時間から逆算して、なるべく長い時間山頂に留まろうとする事でもある。見ていると猫吉さんは、なんとオニギリを3個たいらげて、そのほかにビールをがぶ飲みしている。シャリバテは私も経験があるが、辛いものであることは確かだ。私はのんびりと座り込んで、ラーメンのお湯を沸かしながら展望を楽しんだ。
さて一段落すると、いよいよ活動開始である。ダケカンバの幹に取り付けられた達筆標識の前でまずは記念撮影。それから無線の運用だが、今日は朝から呼び出し周波数で無変調が出ていて、なんともうまくいかない。私は最初から猫吉さんとの交信が頼りだから、CQは出す気はない。猫吉さんは頑張ってなんとか2局とQSOを成立させた。最近はあまり執着心を燃やさないが、悪条件の中でたいした物だと思う。
初めに決めた1時間半と言う時間も、ダラダラ過ごすと短いもので、あっという間にその時間になってしまった。ザックを背負い、立ち上がると西に傾きはじめた太陽が少し長い影を雪原に作り始めていた。
帰路は何事もなく日向見温泉の駐車場に到着。長い間憧れていた木戸山だったが、その想いが叶ったことで実に充実した気持ちでいっぱいだった。そして、猫吉さんとは次の山を早くも計画して、それぞれに別れて帰路についた。
「記録」
日向見温泉06:55--(.40)--07:35摩耶ノ滝--(.40)--08:15日向見川渡渉--(.32)--08:47標高1040m付近--(.58)--09:45標高1180m付近--(1.41)--11:26標高点1552mピーク11:40--(1.20)--13:00木戸山山頂14:31--(.33)--15:04標高点1552mピーク--(1.13)--16:17日向見川渡渉--(1.18)--17:35日向見温泉
群馬山岳移動通信/1999/