素晴らしい高度感ナイフリッジの「毛無岩」
登山日1994年12月3日
西上州とはいったい何処を指すのだろうか。群馬県に住むものとしては、多野郡、甘楽郡、藤岡市あたりが、その範囲と思っている。しかしこの狭い地域には、なんと多くの山があるのだろうか。地形図に記されたものや、記されていないものを含めて、全て登りきることは可能なのだろうか。
今回は荒船山と黒滝山の縦走路の中間に位置する「毛無岩」に登って来た。
12月3日(土)
西上州の山もすっかり冬仕度をはじめたようだ。県境の山には雲がかかり、冷たい季節風が吹いてくる。
通いなれた下仁田町を抜けて、南牧村に入る。今は児童の減少によって廃校になった、尾沢小学校の脇を北に入り、道なりに進む。道幅は狭く、対向車が来たらどちらかが、バックするしか方法がなさそあな道だ。あまりにも道幅が狭くなるので、不安になって、道を歩いている老婦人に道を尋ねた。
「毛無岩はこの道でいいんですか?」
「そうだよ、この先だ。ところで地図は持ってるかね」
「ええ、持ってますよ、ありがとうございました」
腰にナタを提げた老婦人は、いかにも「毛無岩」が、危険なところであるかのような口ぶりだった。民家が途切れたところにある神社を過ぎて、なおも進むと、南牧村上水場にさしかかる。ここを過ぎると、道は舗装がなくなりさらに細くなる。脇から張りだした木の枝が車を叩くようになった。そしてさらに二百メートルほど進んだところで道は終点になった。終点は駐車出来るスペースがあり、車が五台ほどは楽に駐車出来そうだ。今日は既に、二台の車が駐車してあった。
立派な標識があり、道は分かりやすい。そして要所には赤テープ、ビニールの紐が結んであり、これを頼りに登れば問題なさそうだ。それにこの赤テープはまだ新しく、最近取り付けられたものと思われる。道は登山道としては広く歩きやすい。そして道筋がしっかりしているところを見ると、昔は造林の為に何度となく、人の往来があったに違いない。それを裏付けるように、何本もの枝道が付けられており、とても赤テープが無ければ、たちまち迷ってしまうだろう。
柴と薪が所々に積んであり、その内のひとつにザックを乗せて、いままで着ていたセーターを脱いだ。今日は冬型の天候だが、やはり歩いていると暑い、そうでなくとも汗っかきの私は登山中は薄着で通している。十五分ほど登ると道の脇に「集合・解散場所」と書かれたブリキの看板が、立てた土管に差し込まれてあった。かなりの年代もので、かつてここで集団登山が行われた時の、名残りなのかも知れない。
作業小屋は沢の左岸に設置されていた。扉は開けっ放しになっているのだが、内部は暗くて見えない。あまり気持ちが良いとは言えないので、足早に通り過ぎた。明るい落ち葉の道を気持ち良く登る。時折、風が吹き抜けると、落ち葉がカサコソ音を立てて足元にまとわりつく、なんとも季節感溢れる登山道だ。
沢を離れて、雑木林の登りにかかる。ところがどんどん毛無岩と思われるピークから離れて、道は西に向かっている。それでも相変わらず赤テープもあり、踏み跡もあるので我慢して辿る事にする。やがて、もったいないほど毛無岩から離れたところにある尾根に出た。
ここには立派な登山標識があり、ここが十字路になっている事を表している。西は荒船山(経塚山)、北は相沢(正確には道平だと思われる)、東は黒滝山不動寺、南は登ってきた道場だ。ここで初めて休憩をする事にした、しかし途端に寒くなってきて、思わずセーターを再び着る事になった。ここから数十メートル歩いたところで道は分岐した。右は毛無岩を登らないエスケープルート、ほぼそのまま登っているのが毛無岩に登るルートだ。今日の目的は毛無岩なので、当然このルートを取る事にする。標識を見ると、「上級」と書いてあり、一抹の不安が頭をかすめた。
ふたつほどピークを越えると、目指す毛無岩が目の前に現れた。天丸山の時に似た風景が広がっており、それはいったい何処を登ったら良いのだろうと、不安になってしまう岩峰だ。見れば岩だらけのピーク、更に歩を進めながらも、そのルートの事を考え続けた。
岩峰の基部について見ると、道の右(南)側はスパッ!と気持ちの良いほど切れている。左は潅木があるものの、やはり切れている。幅五十センチ程の岩の道は、ナイフリッジが山頂まで続いていた。ここにきてタイミング良く強い季節風が、ゴーーと音を立てて吹き荒れて来た。ともかく藤沢さんの教訓通り、ザックのウエストベルトを巻いて登りはじめた。時折切れている右側を見ると、なにか吸い込まれそうな錯覚を覚える。はるか下には植林された杉の木が、まるで針を並べて敷き詰めたようで怖い。それでも難所と云われる割には案外簡単に歩ける。
山頂には松の木があり、ここにお馴染みのブリキの山頂標識が釘で打ち込まれていた。ナイフリッジの山頂部分を更に進むと、岩に打ち込まれた山頂標識が設置されていた。なにしろ毛無岩は名前の通り、山頂に木が無いのだから、こんな形で山頂標識を取り付けるしかなかったのだろう。南側の岩壁に身を乗り出して覗いてみると、まさに垂直で目が眩む、すばらしい高度感である。山頂からの展望は、私が知っている限り西上州随一であろう。なにしろ三百六十度、見渡せるのである。西上州の山は勿論、秩父山魂、八ヶ岳、草津白根、浅間山魂、上毛三山が大パノラマとなって目の前に展開した。
吃立した山頂はとてつもなく風が強く、とても休む気にはならない。少し進んで下ったところにあった窪地に落ち着く事にした。今日はもしもの事を考えて、ザイルを持参してきたのだが、今日は使う必要もなさそうである。取り出して岩の上に置き、無線機をその上に並べてセットした。最近通いつめた吾妻郡の低山に較べると格段に応答率が良い。久しぶりに六局もQSOをしてしまった。
山頂を後にいよいよ下山にかかる。北には道平ダム(荒船湖)が物語山と良い取り合わせで見えていた。潅木につかまり急斜面を降りると、毛無岩の南側を巻いてきたエスケープルートと合流した。標識があり「←黒滝山不動寺・荒船山→」となっている。地図を見ると、下山路はエスケープルートの途中から降りているので、荒船山の道に入る。再び毛無岩の基部をまわるので、なんとも効率の悪い道となっている。
途中にエスケープルートとの分岐がある訳なのだが、気付かないまま通り過ぎたようだ。単調な尾根道をひたすら降るのだが、この道の条件の悪い事と言ったらない。急斜面は滑りやすく、とても潅木につかまらなければ降りる事は出来ない。また自分の意志に反して、急斜面では足が止まらず「だれか止めてくれ!!」と叫びたくなる場所もあった。
沢に着くとやっと一息つく事が出来た。ここからは沢に沿った植林された、杉の林の中を歩いて降る。やがて人家が見え道も生活道路に近い雰囲気がしてきた。沢を渡り右岸に着き土手を登ると、年代を感じる神社があった。この神社は朝、車で通過したところだ。名前は「山神宮」と言うらしい。神社の表にまわって見ると、樹齢100年は間違いなくある大木があり、しばらく観察してしまった。それは杉と欅が根元でくっついて、そのまま伸びているのである。それぞれの木は根元はくっついているものの、それから上部はお互いに一定の間隔を保って空に伸びていた。
ここからは車道を辿って車を置いた場所に戻った。
「記録」
登山口09:31--(.29)--10:00作業小屋--(.44)--10:44稜線10:51--(.25)--12:16毛無岩山頂12:43--(.15)--12:58エスケープルートと合流--(.38)--13:36沢に出る--(.10)--13:46神社--(.08)--13:54登山口
群馬山岳移動通信/1994/