まぼろしの山頂に立つ「叶山(西上州)」
登山日1997年5月25日


叶山(かのうさん)石灰石採掘前標高1070m 群馬県多野郡
叶山から見る二子山
 叶山はこの奥多野の山域からは大変によく目立つ。なぜならこの山は石灰岩で出来ており、その採石のために山頂部分が削られて、一木一草も見られない白いテーブル状の台地となっているからだ。当然この山は工事のため、危険防止を考えて登山禁止となっている。正攻法で攻めるならば、立ち入り許可をとって工事用の道を登れば簡単に到達出来るに違いない。しかし一般の人間に、そんな許可が下りるとは思えない。ましてこちらは遊びで、山頂で無線を楽しみたいなどと言うことは理解されないだろう。さらにそんなことで、前例を作ってしまうとはとても思えない。

 5月25日(日)

 立処山から下りて、今度は「叶山」の登山口を探しに向かうことにする。正攻法はとにかく諦めているから、叶山の南側を通る国道299号線から登る道を探すことにする。そんなわけで脇道の存在を確認しながら、ゆっくりと走行する。すると林道があり、車が一台止まっている。早速その道にはいると、二人の男が盛んにハンマーで岩を砕いている。声をかけるが、無愛想な人たちで我々とは違うと感じて、それ以上は声をかけなかった。
 その林道をさらに進むと、工事用の重機が道をふさいでいる。仕方なくその手前に車を止めて、歩いてその先に進んで見ることにする。しかし道は行き止まりとなってしまい、戻ることにする。その途中に明瞭な尾根があったので、そこを登ってみたが、そのまま登る気にはなれないような藪道だった。結局この道はイノシシの親子を見ただけで引き返すことにした。

 再び車に乗り、それらしき道を探しながら走行する。恐竜の足跡として最近売り出している「瀬林の漣痕」を通過、約400メートル先に脇道があった。そこにはおなじみの、送電鉄塔巡視路を表す黄色いプラスチックの杭があった。「安曇幹線1号線219号・220号」とある。初めはコンクリート舗装だったが、やがてそれも途切れてぬかるんだ道となった。時折スタック気味になるので、ちょっぴり不安になる。やがて道は分岐して、どちらに向かったら良いのか迷った。左の道の方が広く、転回場所もあるようなのでそちらに向かうことにする。

 しかしその道もすぐに細くなってしまい、しかたなく道が分岐した付近に駐車することにした。この道が叶山に通じていれば良いと願いながら、村上さんと歩き出した。するとこの道もなにやら怪しくなってきて、ついに行き止まりとなった。なんとか山頂に通じる道の一部でも見つかればと思ったが、それを発見するまでは行かず、仕方なく肩を落として車まで戻った。

 車に戻るとまだ午後2時前なので、なにかこのまま諦めて帰るのもしゃくである。村上さんに無理を言って、分岐した右の道を途中でも良いから登って見ることをお願いした。この時ばかりは、私のわがままにつき合わせて、まことに申し訳ない気持ちがした。分岐地点には「221号・222号」の、送電線鉄塔巡視路を示す黄色い杭が打ち込まれていた。道は意外なほどしっかりしており、これならば車で来ても良かったと、ちょっと後悔した。

 林道は単調そのもので、同行者がいなければとても耐え切れぬような道である。唯一、気になるのはこの山の上部にある立派な林道とガードレールだ。いったい何のために、作った道なのか理解に苦しむ。この林道は送電線の右側を忠実に、トレースしているところをみると、工事用の道なのかもしれない。

 途中で、時計をみると時間は既に午後2時30分を回っている。とりあえずこの林道をあと30分登ってから帰ることに決めた。それほどこの林道は長く感じられる道なのだ。途中、好都合にこの林道をショートカットで登る道を発見した。そこでこの道に入ったが、だんだん倒木が多くなり、あまり快適とは言えない雰囲気になってしまった。それでも我慢して歩いていると、再び林道に出ることが出来た。

 ここから上部を見ると、初めから気になっていた立派な林道が間近に見えた。このままその林道に登ろうかと考えたが、結局それは諦めることにした。そして冒険は控えて、この林道を右に向かって登ることにした。すると場違いなプレハブ小屋が道の下に建てられており、今にも草に埋もれそうである。よく見ると、「叶山神社」の文字が見えている。おそらく石灰岩の採石のためにここに移されたものだろう。しかし、今までにプレハブ小屋の神社は見たことがなかったので、びっくりしてしまった。その神社を通過するとすぐに林道は終点となってしまった。

 林道終点からはさらに細い道が延びており、入り口には「鉄塔222号」の巡視路を示す杭が打ち込んであった。ここから村上さんが先頭に立って歩いた。するととんでもないスピードで、まるで会社から帰る時の歩く速さだと表現してしまった。道はそれほど快適で、ほぼ水平に近かった。

 やがて道は分岐して、このまままっすぐ行くのと、222号に向かって稜線に登りあげるものである。不安もあり、ともかく少しでも高いところに行きたいと、222号に向かって登ることに決めた。さほどの苦労もなく意外とあっけなく稜線にたどり着いた。ここから右に行けば222号鉄塔、左に行けば叶山の方角である。

 左に少し行くと顕著なピークがあり、そこには秩父セメントの社標をつけたコンクリートの杭が打ち込んであった。ここで迷った、果たして叶山にはここから短時間で到達することが出来るのだろうか ? しかし、私の気持ちは固まっていた。もう行くしかない、コンパスで方角を定めて、このピークから歩き出した。

 ピークを下ると鞍部に到着。そこには小さな石版がおいてあったが、その文字は風化が激しく全く読むことは出来なかった。また左下からは明瞭な道が登ってきて、ここでまじわっていた。これはきっと先ほど、222号鉄塔に登る時に分かれた道だと、村上さんが推測したが、おそらくそれに間違いはないだろう。道は鞍部からさらに水平に延びているのだが、どうもこの水平の道よりも尾根に沿って、上部に登った方が良さそうだと感じた。

 そこで尾根に沿って少し歩くと、すぐに目の前が開けておなじみのダンダラ棒と三角点がそこに現れた。意外なところに三角点を見つけたので、びっくりして地形図で確認する。するとここは「982.7」のピークに間違いがなさそうだ。実質的にここが叶山山頂と考えても良さそうだ。展望はやはり近くのやはり石灰岩で出来た「二子山」が目を引く。そして叶山の本峰は木々の間から見ると、ピークと言えるものは全く見あたらなかった。そのうちに村上さんが私の顔を見て、「大塚さんはなにかとてもうれしそうだ」と言った。それもそうだろう、叶山はこの山域では気になっていた存在で、いつかは登りたいと思っていた山だったからだ。ここのピークで記念撮影と無線の運用を行い、ひとつの区切りをつけた。

 しかし、どうも引っかかるのは、かつて叶山のピークがあった所に行ってみたいという欲望だ。そこですこし足を延ばしてみることにした。先ほどのピークと下りると、プレハブの建物があり、黄色灯をつけナンバーのない車が数台駐車してあった。そこを抜けると若干登りとなり、すぐに露天掘りの採石場に出ることが出来た。今日は日曜日であるので作業は全く行われていない。荒涼たる風景の中に人間の力の一端を、垣間見ることが出来たようだった。その白い台地の向こうには、緑の御荷鉾山魂が浮かんでいる。そのことがなにか嘘の風景で、本当はみんなこんな形で開発されているのだとも思った。しかし不思議なのはここに到達するのに「立ち入り禁止」の看板を見かけなかったことだ。たしか二子山に登ったときには、そんな看板を見かけた様な記憶があったのだが、なんとも妙な話だ。

 これからこの叶山は徐々に高度を失って行くだろう。そんな山の運命の一端を見たことは、今回の山行の大きな収穫であった。村上さんには、無理を言って付き合ってもらったが、なんとか叶山の山頂に到達できたことで、すこしは肩の荷がおりた。

 下山して、車に着いた頃には雨がポツポツと降り始めていた。



「記録」

 車道分岐13:45--(.53)--14:38車道終点--(.10)--14:48稜線--(.12)--15:00叶山15:32--(.35)--16:07車道分岐


                      群馬山岳移動通信/1997/