今年の海の日に絡んだ3連休はどうも天気が定まらない。1泊で計画していた新潟の山はどうも無理らしいと判断した。何とか最終日の一日だけは天候も落ち着くとの事なので計画を立て直した。ネットを見ると、「tomoの奥利根山歩き」のtomoさんが、6月28日に天神尾根から右回りで谷川馬蹄形縦走を成功したことが公開されていた。tomoさんは一昨年には白毛門から左回りで馬蹄形縦走を成功している。そこで前から気になっていた日帰りでの谷川岳馬蹄形縦走を、この連休最後の一日に決行することにした。右回りか、左回りか悩んだが縦走後半のエスケープルートや逃げ込める小屋の状況を考えて、左回りで縦走することにした。はたしてメタボにギリギリ体型の57歳の自分にこれが達成できるのか興味はそこにもあった。 7月20日(祝) 自宅を午前0時過ぎに出発して土合へ向かう。どうも身体が重い気がするが、前日までの二日間の農作業が堪えているのかもしれない。白毛門の広い登山口駐車場は閑散としていて車が10台ほどだった。駐車場の入り口付近に駐車して支度を整える。なんといっても今回の縦走は水分補給が成功の鍵を握っているに違いない。そこでゼリー飲料を含めて3.8キロの飲料を持ち上げることにした。今回の長丁場どんなアクシデントが起こるか分からないので、ツエルトと着替えをザックの底に入れておくのは忘れずに確認しておいた。 当初は午前3時半の出発を予定していたが、準備に手間取り午前4時の出発となってしまった。上空は明るくなったものの、ヘッドランプ無しでは行動できないような暗闇だ。ちょっと不気味なのでクマよけの鈴をザックにくくりつけて鳴らしながら歩いた。白毛門はかつて何度か登ったのだが、駐車場からの登山口が分からずちょっとウロウロしてしまった。それは東黒沢の登山口に車が駐車してあり、テントが張ってあったから登山口とは思わなかったのだ。昔の記憶を辿って沢に向かうと、谷川馬蹄形の大きな案内板があり、その先にはヘッドランプに照らされた橋が見えていた。橋をわたり対岸の湿った道に立つと、これから苦しい白毛門の登りが始まるわけだ。 標高900メートル付近になるとヘッドランプの灯りが無くとも周囲が分かるようになってきた。このころになると蒸し暑さで上半身着ているものは汗で濡れてしまった。これでは駄目だとTシャツに着替えると、涼しさで身体が軽くなったように感じた。そうこうしているうちに、二人の登山者に相次いで追い越されてしまった。それほどペースは遅くないと思うのだが、この山に登ろうとする人は健脚の人が多いのだろう。さしたる展望もない急登は本当に疲れ、木の根を跨いで登る単調な一本調子の道だ。標高1200メートルの標識があるところでザックを降ろして小休止だ。この辺でやっと周囲の展望が得られ眼下の白毛門沢の白い水の流れが確認できた。ゼリー飲料を飲み込んで僅かな休憩を取って、まだまだ続く白毛門の登りに挑戦だ。 標高を上げるとともに周囲の展望がひらけ、湯桧曽川の対岸にこれから目指す谷川岳の双耳峰が見えている。その直下のマチガ沢は一直線に残雪で埋め尽くされている。鎖のついた岩場を越えて進むと、松ノ木沢の頭に到着。ここでは冷たい風が吹き抜けて、熱くなった身体には心地よかった。ここで休んでゆっくりしようとすると、突然1人の男性が現れた。見れば山ヤとは風体が違うのでこれはトレイルランの人だとすぐに分かった。CW−Xを穿いて、トレイルランシューズ、背中にはハイドレーションシステムのパックを背負っている。我々からするとこれで本当に安全が保てるのかと疑問に思う。しかし、体力こそが最大の装備なのでこの考え方は、もはや通用しないのだと思う。この男性はここに立ち止まることもなく、先に進んで行く。観察するとそれはみごとなペースで、あっという間に姿が見えなくなってしまった。さて、こちらは重い腰を上げてザックを背負って亀のように歩き始める。この辺からニッコウキスゲなどの花が目立つようになってきた。やはりこの時期の山は花を愛でながらの山歩きがいいが、今日はそんな余裕が無く、ともかく歩くことが目標となってしまっている。目の前に見えている白毛門のピークはチェックポイントのようだ。
白毛門から一旦下って鞍部を目指す。今から35年ほど前にここで人事不省となり、九死に一生を得た場所を通過する。つくづくこのときの山仲間のありがたさを実感する反省と感謝の場所だ。しかし、今日は単独行なので、すべては自分で判断しなくてはならない。笠ヶ岳の登りは我慢で登るしかないのだが、それほどきついとは感じない。むしろ展望や花を眺めている内にどんどん高度が増していく感じで心地いい。振り返ると白毛門が次第に眼下に下がり、笠ヶ岳との標高差約130メートルが実感できる。笠ヶ岳山頂は展望の良い場所でここから続く朝日岳まではゴジラの背のようになっており、そこに付けられた道がハッキリと見えた。ここもチェックポイントでtomoさんの記録を見るとそれほどゆっくりとはしていられない。すぐに朝日岳に向かって歩き出すとすぐにカマボコ形の避難小屋に到着。残雪期に見ると頼りになりそうだったが、この時期は何か貧弱に思える。笠ヶ岳から下った鞍部はニッコウキスゲの群落地で、その一帯がキスゲ色で埋め尽くされていた。山上の花園の中を突き進んで道は付けられており、朝日岳への道は本当に楽しい花の道だった。ハクサンフウロ、ホソバヒナウスユキソウ、ウツボグサ、シモツケソウ、クルマユリなどで終始道は埋め尽くされているのだった。
朝日岳は山頂部分が南北に長く、北方面に道は続いている。その山頂部分が終わるところ、ジャンクションピークで道は分岐している。清水峠に向かうものと巻機山に向かうものだ。見れば巻機山までの上越国境の山並みはアップダウンを繰り返しながら更に北に続いている。この国境稜線も残雪期に2泊3日で約30年前に歩いているが、その時の風景の印象はほとんど残っていない。この分岐から清水峠に向かって一気に下降することになる。清水峠にはJR監視小屋の赤い建物が良い目印となって終始見えている。ここから清水峠までの道は自分にとっても未知のルートだけに何かワクワクする部分がある。太陽は完全に高度を上げて日差しが強くなってきている。下降路は展望も良く清水峠から吹き上げてくる風が心地よい。清水峠の緑で埋め尽くされた笹原の斜面は、ここが日本なのかと思うほど疑念を抱くほど欧州的な雰囲気がしている。
清水峠には建物が2棟あり、赤い大きな建物がJR送電線監視小屋と小さな白崩避難小屋だ。この白崩避難小屋の階段に腰掛けて大休憩とすることにした。相変わらずゼリー飲料と焼きそばパン、自家製のキュウリの漬け物が実に旨い。休憩しながら地図を広げてみると、先はまだまだ長い。いっそのことここから経験のある湯桧曽川に沿ってのエスケープも選択肢だが、体調も悪くないのでこのまま縦走を続けることにした。ここで遅ればせながら日焼け止めクリームを顔面にたっぷりと塗っておいた。清水峠からの道は笹原の中の急登で遠くから見るよりも楽に登れる感じがする。この辺から馬蹄形縦走の方向転換で南に向かっていることが、谷川岳を正面に見て歩くことから実感できる。急登を登り切ると大源太山のピラミダルなピークがハッキリと確認できる。その大源太山への道を分けると程なく七ツ小屋山の山頂に到着。二人組のパーティーが登山靴を脱いでビールを呑んでいた。実に羨ましい。悔しいのでザックを降ろしてゼリー飲料を飲んでからすぐに山頂を辞した。
武能岳山頂に到着すると時間はかなり遅れていることに若干の焦りが芽生えてきた。ましてこれから向かう茂倉岳は大きく目の前に立ちはだかり、簡単には登れないぞと威圧しているようだ。それもそのはずで武能岳から標高差160メートルを下り、そこから380メートルを登るのである。歩き始めて10時間になろうとしているのでこの登りに体力がついて行けるだろうか。不安材料ばかりが頭の中に入ってきた。しかしここまで来れば行くしかない。tomoさんのコースタイムが頼りで、今の時間ならば暗くなるギリギリの時間で戻れる計算なので、自分を信じて武能岳を発った。
武能岳よりも高くなったことは間違いないが、まだまだ登りは続いていく。ともかく茂倉岳の山頂までは休まずに登ろうと決めてひたすら登った。そして、山頂が見えると同時に懐かしい茂倉避難小屋が見えたときは本当にうれしかった。とにかくあそこまで行けば帰りの目途もついてくる。そして、やっとの事でたどり着いた茂倉岳山頂は、あいにくガスが立ちこめて、時折ガスの切れ目から一ノ倉岳が見える程度だった。時間に余裕はないが、ともかくここで腰を下ろして休むことにした。スポーツドリンクの残りを飲み干して、これからのコースを見定める。遠望すると、意外にこの稜線が険しいことに気がついた。tomoさんはトマノ耳まで1時間で歩いているが、はたして自分はどうだろうか?どう考えても土合につく頃は暗くなっているだろう。 茂倉岳を発って一ノ倉岳に向かうと数名のパーティーとすれ違った。おそらく茂倉岳避難小屋に泊まるのだろう。この人達はかなり疲れた様子でそれが手に取るように分かった。はたして彼らには私はどう見えただろうか。おそらくヨレヨレのオヤジに見えたのに違いない。一ノ倉岳の鞍部にはハクサンコザクラの群生地があり、時間を取られることを忘れて、しばらく立ち止まって眺めてしまった。ガスのかかった一ノ倉岳で標識を何度も確認して方向を見定めて先に進んだ。ここの下降は意外と難関で足元を慎重に確認しながらの下降となった。ともかくトマノ耳が今の目標でひたすらガスの立ちこめた道を進んだ。時間はまだ午後4時というのに周囲は暗くなり、不安感が増してくる。果たしてこの縦走は成功するのだろうか?もうダメではないだろうかと、半分諦めに近い気持ちが襲ってきた。しかし茂倉岳から歩き続けてほぼ一時間で、見慣れたオキノ耳の標柱を見たときは感激してしまった。さあもう少しでトマノ耳だ!!。
厳剛新道の分岐につくとそこには男女のパーティーが休んでいた。東尾根を登った帰りだという。彼らはこれから厳剛新道を下るという。私はこのまま西黒尾根を下るというと「そっちはたしか鎖場が2箇所あったようですよ」女性が言い出した。ともかく谷間に付けられた厳剛新道の道を歩くことは、この時間では暗さが増して来るに違いない。このパーティーと別れて先を急ぐことにした。するとすぐに岩場となり、クサリがかかっている。ともかく手を離さなければ問題ない。それにガスが少なくなったようで、山頂に居たときよりも明るい感じがする。しかし、暗闇は確実に迫っているのは間違いない。さらに鎖のある岩場を一箇所下降して、あとは樹林帯の中をひたすら歩くだけだ。「土合1時間」の標識を見たときはホッとしてそこにザックを降ろして休んでしまった。残った水と食料を腹に入れてから立ち上がった。 鉄塔に到着、ここで家族に無事に下山できそうだと連絡をしておいた。更に下ると水場がありここで顔と腕を洗ってさっぱりとした。更にダラダラと下って車道に到着。思わずガッツポーズでこの充実した行程を締めくくった。登山指導センター前の水場でしばし水分補給したが、ここに来てビールを呑むのを忘れていたこと気がついた。しかし、これを呑む余裕はまったく無かった事は事実だ。すっかり暗くなった車道をトボトボと歩いてたどり着いた駐車場は閑散としており車は私のものだけだった。 総行動時間約15時間、そのうちの歩行時間は約13時間、歩いた沿面距離約28キロメートル、この馬蹄形縦走は、体力、気力、天候が揃わなければ成功しない。しかしそれが揃って成功したときの充実感は何とも言えないものがある。それにしてもトレイルランの人たちはネットの記録を見ると、8時間間程度で完走しているのだが、それこそ信じられない。 *今回の縦走にあたってはtomoさんの記録がとても役に立ち、勇気づけられたことを記しておきます。 「記録」 駐車場04:02--(2.06)--06:08松ノ木沢の頭06:14--(.40)--06:54白毛門07:00--(.46)--07:46笠ヶ岳07:48--(1.01)--08:49朝日岳09:10--(1.27)--10:37清水峠10:48--(.57)--11:45七ツ小屋山11:52--(.44)--12:36蓬峠12:51--(.50)--13:41武能岳 13:50--(1.32)--15:22茂倉岳15:28--(.15)--15:43一ノ倉岳--(.47)--16:30オキノ耳--(.10)--16:40トマノ耳(肩の広場)16:51--(.41)--17:32厳剛新道分岐17:36--(1.21)--18:57西黒尾登山口--(.23)--19:20駐車場 群馬山岳移動通信/2009 |