月に1回の山歩きを楽しみにしているのだが、先月は新潟の低山で敗退してしまった。なんともふがいない結果になったので、今度こそはとの思いで出かけることにした。場所は2年前に八方尾根から唐松岳経由で目指したのだが断念してしまった五龍岳と決めた。ルートは遠見尾根を経由して行こうというものだ。遠見尾根は通年にわたってテレキャビンが運行されている。しかし、運行開始時刻が通常は平日8時15分で、終了は16時30分と8時間15分しかない。ところがコースタイムは11時間となっている。これではテレキャビンを往復で使おうとすると間に合わない。そこで、テレキャビンが運行される時間を待たずにゲレンデを登ってしまおうと考えた。そうすれば静かな山行を楽しめるし時間的な余裕も生まれるだろう。
7月1日(金) 朝3時半にテレキャビンの広い駐車場で車中泊から目覚めた。雲が多いものの、天気はそれほど悪くない。会社の休暇を取得して来た甲斐があるというものだ。4時10分に駐車場を出発して、二つのフェンスで仕切られている道路の脇をくぐり抜け、ゲレンデの中に入った。高原のさわやかな雰囲気の朝という感じは無く、なんとなく湿気が多く皮膚が湿ってくる。周囲は灯りも少なく、静かなゲレンデの中に管理用の道路が続いている。周囲にはリフトの索道が張り巡らされ、頭上はテレキャビンの索道が一直線に延びている。人が歩くようにできていない管理道路は石ころが多くて歩きにくい。おそらく雪や雨で土が流されて石だけが残ってしまったのだろう。 ひたすら登るのだが、一向に標高を挙げている雰囲気が無い。GPSの軌跡を見るとジグザグに道が出来ているから仕方ない。これを無視して直線に登ろうとしたら、それこそ余計な体力を消耗するだけだろう。テレキャビンの頂上である「アルプス平」には水場があると思うが、心配なので4リットルの水をザックに入れている。これがかなりの負担となって、足の歩みを鈍らせているに違いない。大きな堰堤のところで左に大きく曲がり、さらに登っていくと展望が良い場所に出た。思わず単調な管理道路の歩きに飽きていたから、良い気分転換になった。 管理道路は楽だと思っていたが、恐ろしいほど急なところもあり体力を消耗してしまった。いくつかのリフトの終点施設を経由して、ほどなく大きな建物を確認することになった。おそらくこれがテレキャビンのアルプス平駅なのだろう。林道はここに立ち寄らずに左に向かっているので、そちらに歩くことにした。出発してから2時間近く経っており、予定していた時間よりも1時間近くオーバーしている。この時点で計画が間違っていたことに気づき始めていた。
アルプス平駅からは高山植物園の中を登っていくことになる。誰もいない植物園はコマクサやイブキジャコウソウが咲き乱れ、人工的なものとはいえ別世界そのものだ。朝露に濡れたコマクサは朝日を浴びて輝いて見える。雲が切れてその間から覗く青空がよく似合っている。しかし、ここで時間を費やす余裕はない。ひたすら園内を直線的に登って展望リフトの終点に到着した。テレキャビンの運行開始まであと2時間なので、時間的には余裕が出来ているはずなのだが、体力的な余裕が全く感じられない。ちなみに当初の計画よりも1時間近く遅れは解消されていない。
展望リフト駅からわずかな時間で地蔵の頭に到着した。大きなケルンのような石積みがあり上下に穴が開いている。その穴の下段にはお地蔵様、上段には鐘が下がっていた。ケルンの周りには大きな展望写真が設置されていたが、今日のところはところどころに雲がかかり、全貌を見ることはできない。しかし、梅雨時の展望とすればよいほうだろう。 地蔵の頭からは一旦鞍部に降りてから樹林帯の中を登り返す。階段を交えた道はよく整備されているので歩きやすい。右に見えるのは八方尾根でその奥には白馬三山が、雲の流れの中で見え隠れしている。目指す五龍岳はまだまだ遠く、遠見尾根のはるか先にある。展望を楽しみながら歩き、ちょっとした急坂を登ると、そこは小遠見山山頂だった。広い山頂にはベンチがあり展望も素晴らしいところだった。何よりも鹿島槍ヶ岳の荒々しい山容は目立つ、その奥には爺ヶ岳、そして小さく槍ヶ岳の鋭鋒を望むことが出来た。目指す五龍岳は雲に隠れて山頂部分は見ることはできなかった。それにしても虫が多く顔の周りをまとわりついて、うるさくて仕方ない。持参した防虫ネットを被るとその鬱陶しさも無くなり快適となったが、相変わらず追いかけてくるのがわかる。汗にまみれたオヤジ臭が好きな虫はどんな神経をしているのか聞いてみたいものだ。 樹林帯の道は展望もなく、暑いだけなので気が滅入ってくる。汗を出すという事は水分補給も半端ではない。ハイドレーションのチューブを盛んに口に含むようになってきた。標高2000m程度では爽やかさを求めるのが無理なのかもしれない。ちなみにこの日の大町市の気温はこの時点で22℃だったが、体感的にはもっと暑いと感じた。 中遠見山は大きな石が人工的に置かれたようにあり、様々な遭難慰霊のためのプレートが埋め込まれていた。こうなると、もはやゴミではないかと疑いたくなるほどだ。中遠見山を過ぎても展望は少なく、まして周囲はガスが巻いているのでただ歩くのみだ。ところどころ設置してある木道には、おびただしい数の虫が群がっており、近づくたびに舞い上がり顔の周囲を飛び回るので、何とも鬱陶しい環境だ。 ごそごそと獣の気配を感じて目を凝らすと、猿が威嚇しながら目の前を逃げ出すところだった。防虫ネットを被っているから怪しいと感じたのだろうが、クマでなくて一安心だ。細長い池を左に見ると大遠見山の標識がある。登山道の一部にしか見えないなんでもない場所だ。地形図を見ると、この登山道の右の高みに三角点があるらしいが、藪に覆われており、その中に突進する元気は無かった。この時点で出発してから5時間経過している。どうやら五龍岳を目指すには黄色信号が点りはじめたようだ。 大遠見山からしばらく進むと大規模な崩落地に出た。木はもちろん草も張り付いていないところを見ると、年々削られているのだろう。雪がついたときには通過したくない場所だ。あいかわらず展望の乏しい樹林帯の道が続き、突然目の前が開けて残雪と池が現れた。ここが西遠見の池と呼ばれるところで、池に映し出される五龍岳に思わず見とれてしまう。残雪のある場所は花が多いのかとも思ったが、意外にも花は少なく拍子抜けするほどだ。この場所は休憩するには絶好の場所で、ここにとどまって昼寝でもしていたい気分だ。しかし、この時点で予定を2時間ほどオーバーしているのだ。いよいよ五龍岳は赤信号が点滅し始めている。 西遠見の池からは、急な登りが待っている。途中で五龍岳の好展望地があり写真撮影をして過ごす。この急な登りもわずかで道が平坦になり、その突端に到着した。標識は無いが、ここは西遠見山であることは間違いない。道はさらに続いており、岩場にそのトレースが見え、梯子がかかっているのも見える。その先には白岳があり、鞍部には五竜山荘の赤い屋根が見える。さらに五龍岳は谷筋に雪渓と蓄えて屹立している。ここからが本格的な登りとなることが見て取れる。
出発してから6時間、山頂まであと2時間はかかる。下山はテレキャビンの最終に間に合わなければ7時間となり、総行動時間は15時間となる。この状況で15時間超の行動は無理に違いない。五竜山荘に宿泊という事も考えるが、山小屋が好きではないので、よほどのことが無ければ利用したくない。ともかく危険は冒すべきではないとの考えが、頭の中に占めるようになった。そうなれば決断は早いほうが良い。残念だがここで敗退という事で引き返すことにした。持参したキュウリにマヨネーズをたっぷりつけてほおばると生き返った気がした。そうしているうちに五龍岳は雲に閉ざされて、それ以降は姿を見ることはできなかった。
帰路は急ぐこともないので、ゆっくりと花を眺めながら歩いた。西遠見の池では単独行の男性が休んでいた。聞けば8時15分のテレキャビンでやってきたという。これから五龍に向かい唐松岳から八方尾根経由で帰るという。「この時間ならまだ充分間に合います。一緒にどうですか?」と言われたが、冗談とわかっていてもその話に乗る気にはならなかった。
小遠見山では山頂を独占し、ベンチで仰向けになり20分ほど流れる雲を眺めて過ごした。相変わらずまとわりつく虫を振り払ってさらに下山を続けると観光客の声が賑やかになり、展望リフトの最終地点に到着した。 ここでトラブル発生!リフト乗り場付近で敷いてあるスノコのデッキの段差に気づかず、思いっきり前のめりに転がりました。恥ずかしさもあり衆人環視の中しばらく倒れたままでいると、係員が「大丈夫ですか?」と駆け寄ります。 「大丈夫じゃないです」と答えて起き上がりヨロヨロと歩いて見せる。歩いたので安心して、係員はそれ以上追ってこなかった。 掌にはスノコの棘が3本刺さり、膝は皮がむけている。ナイフで皮膚を切って棘を取り除いたが血が滲んでいるので抗生物質軟膏を塗り、膝はハイドロコロイドテープで応急処置をしておいた。 今年三回目の敗退は気力・体力・筋力・視力・注意力といったものが明らかに衰えているからだろう。そろそろ年貢の納め時で、低山を中心に徘徊するのが似合う年齢に到達したといったほうが良いかもしれない。
駐車場04:12--(1.47)--05:59アルプス平駅--(.18)--06:17展望リフト駅06:27--(.05)--06:32地蔵の頭--(1.13)--07:45小遠見山08:00--(.21)--08:21中遠見山--(.50)--09:11大遠見山--(.49)--10:00西遠見山10:28--(2.03)--12:31小遠見山12:52--(1.13)--14:05アルプス平駅++(.10)++14:15駐車場
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この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。 (承認番号 平16総使、第652号) |