ここ数年、春の季節は上越国境の山を歩いている。ところが去年は記録的な少雪で藪がひどくなっていることが予想されたので、中止せざるを得なかった。今年はどうかといろいろな情報を見ていた。その結果、今年は雪が少ないものの平年並みのようだ。ただし、ここのところ気温が高めであり、大型連休までは待てないという結論になった。天気予報をチェックしていると4月24日(月)が最高のようなので、それに合わせて会社を休むことにした。 4月23日(日) 朝4時に自宅を出発、到着地の三国川ダムの入り口に2時間で到着した。ところが右岸の入り口は閉鎖され、その手前には県外ナンバーの赤色の車が停まっていた。それならばと左岸の道にハンドルを切る。こちらには「関係者以外立ち入り禁止 スノーボード禁止」の看板があった。しかし、車止めは無く自由に出入り可能な状態となっている。気が引けたがスノーボードをやるつもりはないので、そのまま中に入った。「わらびのトンネル」に入ると途中で通行禁止となっているが、その手前で左に出口がある。そこを出るとその先は三国川ダムの堤体上部の車道になっていた。そのまま右岸にあるダム管理事務所まで行き、その下にある駐車場に駐車した。 予報に反して外は小雨模様となっている。しかし時間を無駄にすることはできないので、出発準備を整える。幕営用具を詰め込んだ75リットルザックは重量22キロとなっており、一旦高いところに置かなければ背負うことが出来ない。背負って歩くと後ろに引っ張られる感じだ。なんとか前のめりになって前進するが、上半身が不安定でフラフラしてしまう。 右岸道路は一部に雪が残っているが、問題となるレベルではなく登山靴のままで歩くことが出来る。空は雲が立ち込めて雨が強くなってきている。なんとなく、装備のことが気になった。ザックを降ろして確かめると、ストーブを忘れていることに気が付いた。雨が強くなっていることもあり、こうなれば戻るしかない。 車に戻ると、地元ナンバーの車が隣に停まっており、中から若い男性が降りてきた。聞けばこれからネコブ山まで行くという。小さなザックとスノーボードを持っている。今は午前7時、これからネコブ山を往復とは大したものだ。こちらは桑ノ木山で幕営予定と伝えると、「またお会いしましょう」と返して、すごい勢いで雨の中を歩いて行った。 雨が小降りになったこともあり、気を持ち直して出発することにする。右岸道路は荒れた様子もなく、雪融けの進んだ場所ではフキノトウが密生して顔を出している。車道の脇に植えられた桜はもう少しで満開となるだろう。十字峡が近くなってくると、車道の雪が増えてくる。対岸には五十沢第一発電所があり、その脇には長い導水管にヘビが絡みつくように、尾根に沿って延びている。これからあの導水管に沿って登るのだと思うと緊張感が増してくる。十字峡にある登山センターは窓に板が打ち付けられて休業中だ。丹後山に通じる林道は雪に覆われて人が歩いた痕跡は見当たらなかった。さらに進むと十字峡トンネルの入り口に立つ。中に入り真っ暗な中を足早に通過すると、先ほど見ていた五十沢第一発電所に到着する。発電所は稼働中なのだろう、低周波音がトンネル近くまで聞こえてきている。 さて、導水管の脇の階段を見て、その長さに心が萎えてくるのがわかる。しかし、ここは登山口ではなく、この導水路の上から始まると言ってもいいだろう。階段に取り付くとその階段の一歩が恐ろしく困難であることを思い知らされることになる。階段の手すりに?まるとストックが邪魔になる。息継ぎで立ち止まって背中を伸ばそうとすると、ザックの重さで後ろに倒れそうになる。また下を見下ろすとその高度感は恐怖心を感じることになる。とんでもないところに来てしまったと後悔することになってしまった。この階段は雪が残っていたり、凍結していたら通行は困難となるだろう。 約30分かかり導水管上部に到着する。ここには小屋があり裏はコンクリートを打った場所があったので、ザックを降ろして休憩することにする。さて、この先の岩場が気になったので空身で行ってみる。モルタル吹付けた法面の右側を行けば問題ないという事だったが、空身でも登るのは度胸が必要だった。ましてここを 重いザックを背負って下降するのはリスクが大きすぎる。他にルートは無いものかと探してみたが、この岩場を登るしか方法がなさそうだ。ここでしばらくウロウロしながら考えた。この岩場を重いザックを背負って登ることはできても、帰路に下降することが難しいのはすぐにわかる。さらに疲れが出てくるから下降はさらに難しくなるだろう。体力のあるうちに登ってきた導水管の階段を降りてしまったほうが良い。そうなれば結論は早いほうが良いだろう。そこでザックを背負って苦労して登ってきた導水管の階段を降りることにした。 導水管下部にたどり着き、これからのことを考える。 ここに幕営して明日あらためてチャレンジすることも考えたが、テントを撤収するのに時間がかかることが考えられる。いっそ車に戻ったほうが食料(ビール)を仕入れるのに好都合、という事もあり駐車場に戻ることにした。 駐車場に戻り着替えてから買い出し、今度はダム堤体の下にある余地に駐車して今日のねぐらとする。時間はまだたっぷりあるので三国川の流れと咲き始めたサクラを眺めて過ごす。いつの間にか疲れて眠ったようだ。4時ごろ起き出して、ビールを取り出して飲みだす。しかし、今日のふがいなさが悔しくて仕方ない。やはり65才という年齢は正直なものだと思う。ビールを飲んでマッタリしていると、ご夫婦の登山者が降りてきた。ここは情報を仕入れなくてはと話しかけた。もちろん導水管上部の岩場のことだ。やはり苦労したらしく、「灌木に掴まって登ったのだが、木が折れたらアウトだった」とのことだった。できればロープがあったほうが安心とのことだった。その日は19時には就寝して翌日に備えた。
4月24日(月) 朝3時半、起床して出発準備をする。昨日と同じようにダム管理事務所の下にある駐車場に車を停める。ザックの中身は幕営用具を減らした分だけ軽くなった。しかし、75リットルザック自体が2.7キロある。こんな事態を想定して、サブザックを持って来ればよかったと後悔した。目の前には細くなってしまった三日月が山の端に見えている。その方向からは太陽の光が光度を増してきている。それと同時に空は青空が広がり、今日一日の晴天を約束していた。 昨日と同じルートを辿り導水管下部に到着、ストックを仕舞ってピッケルに持ち替えた。階段の一部に雪が残っているのと、手摺りを掴まるのにストックは邪魔になるからだ。ザックが軽くなった分だけ足取りが軽くなったような気がしたが、階段の上部にたどり着くまでの所要時間はあまり変わりなかった。
さて、問題の岩場だが高度感はあるものの手掛かりは十分で、慎重に登れば問題なさそうだ。三点確保で確実なホールドとスタンスを決めて身体を持ち上げると難なく岩場を通過することが出来た。しかし雪が乗っていたり雨で濡れていたり、強風だったりしたらこうはいかないだろう。まして20キロを越すザックを背負っていたら、ここを行こうなんていう考えは無くなるに違いない。岩場を通過すると岩峰上には残置されて錆びついたワイヤーが円形にまとめてあった。ここからの高度感は素晴らしく、第一発電所とダム湖が絶妙な位置で見えていた。ここからは両側が崩れて痩せた尾根を伝い、急傾斜の尾根を登ることになる。道形は注意すればわかるのだが、灌木の枝が行く手を阻んでくる。これでは大型ザックを背負っての登行は苦労しそうだ。現にザックに括り付けたピッケルが枝に引っかかって前に進めないこともしばしばだった。足元には無数のイワウチワが咲き、カタクリも時折見られた。尾根上にある大きなアカマツを何本か見ながら、汗を流しながら進んでいく。 標高870m地点で残雪が現れたのでアイゼンを装着する。これで灌木との格闘が無くなり一気に楽になった。張り出した雪庇の上をびくびくしながら通過するのは久しぶりだ。やがて展望が良くなり、振り返ると八海山の一角である阿寺山、中ノ岳に向かう途中にある日向山が大きく迫っている。高度を上げるとともにそれらの山の先にある八海山五龍岳、中ノ岳が背後からせりあがってくるのが楽しい。 それにしても素晴らしい天気で、一片の雲も見当たらない。そのために強烈な紫外線が肌を射すのでひりひりする。これはたまらないのでタオルで顔を覆いサングラスをかけた。眼下に見えるダム湖の周回道路からかすかにエンジン音が聞こえている。どうやら今日から除雪作業が始まったらしい。
一面の銀世界の中をひたすら登っていく。目の前には桑ノ木山が見えているのだが、なかなか近づいてこない。予想以上に長い道のりで、大型ザックを背負って歩こうなどというのは無理だったと思う。高度を上げると上越国境の見覚え有る山々が見えてくる。未踏の越後沢山が眩しいと感じるのは何度も失敗しているからかもしれない。 歩き始めて6時間半で桑ノ木山の直下にたどり着いた。桑ノ木山は平坦な広い山頂を持っている。目の前にあるその山頂に向かうのだが、なかなかその山頂にたどり着かないもどかしさがある。GPSを片手に三角点の位置を特定してザックを降ろすと、どっと疲れが出て座り込んでしまった。なんと疲れたのだろう!!当初の予定はネコブ山で幕営して下津川山、それが桑ノ木山で幕営してネコブ山、さらに桑ノ木山ピストンとグレードを下げてしまった。いかに加齢によって体力が衰弱しているのかが分かる山行となった。
それだけに目の前にそびえる真っ白なネコブ山はなんと眩しいのだろう。さらにその奥にある下津川山、そしてそれに繋がる上越国境の山々はさらに眩しい。これだけの好天を得ながら、この桑ノ木山で引き返すのが悔しい。もうこれだけ恵まれた条件は無いのではないかと思われる。しかし、この体たらくでは諦めるしかなさそうだ。 とりあえずストーブを取り出して湯を沸かす。予想以上に水を消費しているので、これだけは最初にやっておきたい作業だ。あらためて周囲を見渡すとそれこそ360度の絶景が広がっている。懐かしい山、あこがれの山を声を出して呼んでみる、ストーブを止めると静寂の世界が広がった。無音の世界、雪の上ではなく雲の上に乗って漂う浮遊感を覚えるほどだ。この場にいつまでも残っていたいと思うのだが、今の体力では帰りのことが気になってくる。岩場を降りられるだろうか?階段を下れるだろうか?ともかく体力が無くなっているので、こんなことが気になって仕方ない。
帰路はかなり急いだつもりだが、スピードアップにはならなかったようだ。しかし、問題となった岩場や階段はそれほどの困難もなく通過することが出来た。周回道路は除雪作業がまだまだ続いており、作業している人の話では全面開通はまだまだ時間がかかるとのことだった。 さて、たくさんの反省点を持った今回の山行だったが、いずれこの山に挑戦することがあるだろうか?素晴らしい山だっただけに心残りがいっぱいの山となってしまった。
三国川ダム04:33--(1.11)--05:44十字峡--(.14)--05:58導水管下部--(.23)--06:21導水管上部--(.35)--07:56標高890m地点--(1.22)--10:18標高点1338m--(.50)--11:08桑ノ木山11:50--(2.19)--14:09導水管上部14:20--(.21)--14:41導水管下部--(.05)--14:46十字峡15:02--(1.28)--16:14三国川ダム 群馬山岳移動通信/2017
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