例年になく早い大雪の情報でどうやら日本海側の雪は本格的らしい。そこで太平洋側の山に出かけることにする。そうなると、富士山を眺めながらの、のんびり山行がいいなあと思った。周辺の山を探すと未登の山がいっぱいで、登る山を決めるだけでも楽しい。そんな中で櫛形山に決めて準備を始めた。ところが、山梨県の情報を見ていると、櫛形山林道は12月10日からの冬季通行止めになるのが、早まって12月4日からになってしまった。こうなると、2時間近く余分に歩くことになるが、県民の森を出発点にするしかなさそうだ。 12月6日(土) 午前4時に起床と思っていたが、寒さと眠気のためにシュラフから出られない。結局は、4時半になってノロノロと起き出した。気温は−2℃なので寒さはそれほどでもない。昨夜まで盛んに聞こえていたシカの声はすっかり聞こえなくなり、周囲は無音になっていた。広い駐車場は私の車だけで、季節外れの櫛形山は全くの不人気ということらしい。予定では「みはらし台」で日の出を見ようとしていたので、5時出発を目指していた。しかし、だらだらと準備に時間を費やしてしまい、5時半の出発となってしまった。
ヘッドランプで足元を照らしながら、暗闇の中を歩いていく。冬季通行止めの割には雪が全く見られず、拍子抜けするようだ。30分ほど歩くと中尾根登山道入り口に到着する。ここからいよいよ登りに取り掛かる。日の出前のヒノキの植林地は、暗さが一層増している。注意深く道を外さないように登っていくが、この辺りは私有地で立ち入り禁止の標識が目立つ。造林のための道はいくつにも分岐して、迷いやすくなっている。次第に夜が明けてきたが、樹林帯のために展望はほとんど皆無だ。ヘッドランプが不要となり、周囲が朝焼けに染まるころに「みはらし台」に到着した。 みはらし台から富士山を見ると、まさに左の稜線から太陽が顔を出すところだった。あと数分早かったら、素晴らしい朝焼けが見られたのだが、その時間にわずか間に合わなかったのが残念でならない。みはらし台には田中澄江さんのモニュメントがあったが、そこに書かれている文字は消えてしまっていた。おそらく「花の百名山」に関わりのあるものだろう。このみはらし台はうっすらと雪が積もり、通行止めになる前にここに入った車なのだろう、轍が雪の上に残っている。駐車スペースはそれなりにあるが、シーズン中は大混雑が予想される。 みはらし台からわずかに登ると展望台と東屋がある。ここからいよいよ登山道らしくなってくる。また積雪も多くなり、トレースの無い登山道はルートを見つけ出すのが難しいほどになってきた。ところどころ、分岐があり平成峡などという場所を指すものもあった。それにしても、展望のない登山道で、この落葉が済んだ時期でも展望は皆無といってよい。これならば夏の時期に展望を求めるのは不可能ではないか。上部に行くにしたがって積雪も多くなったこともあり、軽アイゼンを装着するとぐっと歩きやすくなった。展望のない道は延々と続き印象にも残らない風景だ。 急登が終わりなだらかな斜面になると、雪もちょっぴり深くなった。しかし、それも20センチほどなので、問題の無いレベルである。それよりもルートがはっきりしなくなったのがつらい。カラマツの枝はサルオガセが下がって揺れていた。ほどなく網に囲まれた一帯に突き当たった。これはシカ除けの防獣柵で登山道の部分には開閉できる扉がついている。扉を開けて中に入ると、今まで雪上に無数にあったシカの足跡が全くなくなっていた。それだけ防獣柵は効果があるということなのだろう。柵の中はロープで登山道が区切られている。このあたりは、かつてはアヤメの花が咲き乱れる、湿原だったのだろう。いまでは盗掘とシカの増加で絶滅状態と聞く。もう田中澄江さんの書いた風景は見ることはできないのだろう。
やがて、大きな太陽光パネルと建物が見えてきた。近づくと最新型のバイオトイレということだ。中をのぞくとなんと電燈が点るのにびっくり。しかし、便器の中は凍結していて使用するのは不可能だった。ここからいったんルートを外れ唐松岳に登ることにする。相変わらずトレースは無いが、ルートはそれほど難しいものではなかった。防獣柵を出てさらに進むとコルに出るそこからわずかに登ると「唐松山」の山頂だった。山頂には三角点と標柱があった。ここでも展望はなくカラマツの樹林に囲まれている場所だった。なんとなく無駄足を運んだと思いながら唐松山を辞することにした。 アヤメ平に戻り、今度は裸山経由で櫛形山に進むことにする。ふたたび防獣柵を抜けてなだらかに登っていく。新雪の中をひたすら登っていくと標識があり、「裸山10分→」とあるのでその方向に進む。しばらく行くと今度は左の高みに向かって赤テープがある。あの高みが裸山と思って登っていくと、明瞭な道が現れた。しかし裸山の標識がない?おかしいと思いながらも、その明瞭な道をたどる。道は登りになるどころか、下降してしまう。再び標識が現れて、それを見るとどうやら裸山を経由しないで歩いてしまったようだ。戻ろうかとも考えたが、時間的な余裕が無いように思えた。せっかくの展望の場所を逃したことはショックだったがあきらめることにする。 諦め切れない思いと、ふがいなさを考えながら、足元を見ながら歩いていくと、目の前に登山者が現れた。思わず「びっくりした!」と声に出してしまった。単独行の男性は、やはりトレースがなかったので不安だったとか。お互いに今度はトレースを辿りながら歩けばいいわけで安心ではある。「ただし、私のトレースは裸山を通過していません」と付け加えておいた。 今度はトレースを辿るだけなので、不安は格段に少なくなった。バラボタン平と呼ばれる分岐からいよいよ櫛形山に向かって登り始める。ダラダラと登っていくと先行者のトレースが途切れ、そこには櫛形山の標柱が立っていた。ここでも樹林に阻まれて展望は全くない。ここに来るまで期待していた富士山の展望はおろか、周囲の山々も見ることができないのでがっかりだ。
地図を見ると、標柱のあるピークと三角点のあるピークがこの先にあるらしい。先行者のトレースは無いが、裸山を逃したこともあり、ともかく行ってみることにする。樹林の中を下降し、鞍部についたときに展望が一気に開け、目の前に待望の富士山がド〜〜ン!と大きく見えた。今日は絶えず樹林に阻まれて展望がなかったが、ここにきて初めての大展望だ。富士山の上部は雪を被り、山襞が立体的に見えている。山頂直下にかかった雲がちょっと邪魔だが、日本一の富士山は眺めるだけで幸せになる。しばし、この場所で時間を費やした。 鞍部からわずかに登ると三等三角点のあるピークに到着した。GPSの標高を見ると、この三角点峰は、通過してきた山頂標識のあるピークよりも3mほど低いと言うことだが、測定結果は同じだった。いっそのこと三角点峰を山頂とした方がスッキリするような気がする。 三角点の周りは刈払がされていたが、周囲は樹林に阻まれて、ここでも展望はなかった。見るべきものもないので、カシューナッツを口の中に放り込んで山頂を辞することにした。 ふたたび櫛形山山頂を通過し、バラボタン平の標識を伊那ヶ湖方面に向かう。ここもすれ違った先行者のトレースがあるので、なんの迷いもなくどんどん下降できるのはラクチンだ。ほどなく「ほこら小屋」に到着、ここで昼食休憩にすることにした。 ほこら小屋の内部に入ると、そこは清潔に保たれており、無人小屋とは思えない。ザックをおろし、アイゼンを取り外してフリースを着込んだ。部屋の中のアルコール温度計はマイナス5度を指していた。ストーブでお湯を沸かしてカップラーメンの準備、そして豪華にコンビニで調達したケーキ、コップ入りの日本酒と言う妙な取り合わせ。これらをすべてたいらげて、利用者ノートを読んでみる。どうやらこの小屋はHさんという方が管理しているらしい。その中に気になる記述があった。アリが出没し、悩ませるということらしい。アリが大嫌いな私としては気になることだ。このままゆっくりとしたいところだが、外を見ると今まで見えていた青空はなくなり、鉛色の風景に変わりつつあった。
小屋からはアイゼンを外したこともあり、快適に雪道を下ってどんどん高度を下げていく。時折小雪が舞うこともあったが、高度を下げるにしたがって天候は回復してきた。 県民の森に近づくと、わけのわからない道が合流し、道迷いに近い状態となった。何とか迷路のような道を潜り抜けて、ガラガラの県民の森駐車場にたどり着いた。それにしてもこの櫛形山は富士山に近い割には、富士山を見ることができない山と言う印象を受けた。 ところで、指先がしもやけになってしまった。原因は穴の開いた手袋だった。装備は良く点検しておかなくてはならないものだ。
*** 田中澄江さんの文章を引用 そして私の心はアヤメ一筋。浅間高原はいうにおよばず、東北にゆけばいくらでも道端に見られるアヤメと知りながら、アヤメはアヤメでも、その情景と花の量において、櫛形山のアヤメは日本にも異国にもない美をつくり出していると思い込んでいる。ぬかるんだ泥寧の道も平気だった。 ***
いつの日にかアヤメが復活して、こんな櫛形山を歩いてみたいと思う。 05:24県民の森--(.23)--05:47北尾根登山道入り口--(.59)--06:46みはらし台07:02--(2.05)--09:07アヤメ平09:15--(.18)--09:3唐松岳09:41--(.21)--10:02アヤメ平--(.57)--10:59バラボタン平--(.14)--11:13櫛形山11:19--(.03)--11:22撮影11:30--(.09)--11:39三角点峰11:40--(.30)--12:10バラボタン平--(.21)--12:31ほこら小屋13:13--(.38)--13:51林道--(1.03)--14:54県民の森 群馬山岳移動通信/2014 |
この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。 (承認番号 平16総使、第652号) |