7月に左脇腹を痛めて痛みが和らぐのに約1ヶ月かかった。このケガがなければ、その時点で鹿島槍ヶ岳に行こうと思っていた。痛みは和らいだものの8月は旧盆などがあり、なかなか出かけることは出来ない時期だ。そうしているうちに、秋雨前線による週末の悪天候で出かけられなかった。もう、こうなると会社を休んで出かけるしかなさそうだ。 9月9日(月) 午前3時に起床する。扇沢橋の駐車場は、42台は駐車可能と言うことだが、この時点で20台ほどなのでガラガラと言って良いだろう。暗闇の中で支度を整えて、カップラーメンを食べる。出かける前のカップラーメンは最近の定番で、ここで食べておくと行動中はわずかなものを口にするだけで、一日を過ごすことが出来る。 ヘッドランプの灯りを頼りに、鉄橋を思わせるような外観の扇沢橋を大町方面に戻り、山道に入る。登山口には駐車の方法や、登山の注意などが細かに書かれている。また登山届のポストがあったので、あらかじめ用意しておいた登山計画書を投函していよいよ出発だ。 久しぶりのヘッドランプでの山歩きは、なにか勝手が違う。五感が鋭くなり、小さな物音や、光に映し出される微妙な変化に神経が集中する。幸いにもこの柏原新道はよく整備されているので、さほどの危険は感じない。黒部立山アルペンルートの扇沢駅の灯りが、暗闇の中で良き目標となり、高度が徐々に上がっていくのがわかる。 午前5時頃になるとヘッドランプが不要になった。見る間に周囲は明るくなり、扇沢駅の灯りも目立たなくなると同時に、その上にある針木岳の山頂部分がオレンジ色に染まってきた。その一瞬の光景に目を奪われ立ち止まって時間を過ごした。道はよく整備されているという印象が強い。塩ビの樋が道に敷設してあり、石を敷き詰めたり、並べたりと苦労のあとが表れている。それにしても、久しぶりの山歩きで体力が衰えているのがわかる。たった一時間程度で、膝が笑ってしまい、踏ん張りが効かないのだ。この状態で鹿島槍の日帰りピストンなんて出来るのだろうか。 太陽も高度を上げて、頭上の空は青く広がってきた。この時期で早くも道に出来ている霜柱も融けて来ている。こうなると不安は霧消し、快適な山行を楽しむ気持ちになってくる。ナナカマドの赤い実が目立つようになると、ほどなく「種池山荘」に到着。山荘の前のベンチには誰も座っていないので、どかりとザックを降ろしてから座り込んだ。この山荘からの展望は素晴らしく、針木岳に連なる稜線が見事だ。いつかは辿ってみたいと思う魅力を持ったルートだ。
爺ヶ岳は南峰、中峰、北峰となっているが、まずは南峰に立つ。山頂には先着者3人がいた。先生と呼ばれる男性は、写真に詳しいらしく構図についてしきりに語っていた。ここから見る種池山荘の赤い屋根は風景のアクセントとして見事に調和している。そして針木岳が大きく見事で、登高意欲をかき立てる。 中峰には三角点があり、爺ヶ岳の山頂とされている。山頂に着いたときは誰も居らず大展望の中でゆっくりと景色を楽しむことが出来た。ところが、山頂標識の標柱にハングル文字が書かれている。それだけ海外からの登山者が多いと言うことかとおもうが、どうも違和感があると感じるのは私だけだろうか。 次は北峰だが、登ってみると山頂部分がハイマツに覆われて進めない。これからの事を考えると、時間と体力を浪費するのは無駄なような気がしたので、断念して先に進むことにした。道はどんどん下ってしまう。帰りはこの道を歩くことになるわけだが、このダラダラの道は堪えるに違いないと思いながら進んだ。いつしか周囲はガスが多くなり、目の前に見えている冷池山荘はぼんやりと霞んでいる。 ほどなく、赤岩尾根の道と交わる「冷乗越」に到着。傍らには訳の分からない墓石のような石積みがあり、この風景には何となく溶け込んでいない。時刻は9時15分で予定から大幅に遅れている。先を急がなければ、鹿島槍ヶ岳は難しくなる。「冷乗越」からさらに下降してから樹林の中を登ると、冷池山荘の大きな建物に到着。山荘前のベンチは人影も無くひっそりとしている。山荘から少し登ったところにある広場には5人ほどが休んでいた。どうやら、鹿島槍のピストンをするらしいが、荷物を置いていこうと相談している。それを聞いていると、どうせピストンなのだから、同じようにしようかなとも考えた。しかし、わずかな時間とはいえ、空身で3時間も行動することは危険だ。ザックは預けることをやめてそのまま背負って行くことにした。
布引山から見ると、尾根は一直線に鹿島槍ヶ岳に延びている。見れば2パーティーが登っているのが判る。いずれもゆっくりとしており、この尾根の登りがきついことを想像させる。ここにきて足が攣るような感じを覚えた。梅干しの加工食品を口に入れ水をたっぷりと補給した。季節は秋になったとはいえ、いつもながら水の消費は多く、すでに1リットルを使ってしまっている。まあ、この時期に3リットルを持ってきているから問題はないのだが、汗っかきの体質ではこの水消費問題は大きなハンディだ。一直線に見えた砂礫の道は、実際にはジグザグになっており、ゆっくりと高度を上げていくことになる。前傾姿勢で登るものだから、帽子のつばで前が見えないことを理由に、ひたすら足を前に出すことに専念する。ふと、顔を上げると前方の景色が思ったよりも山頂に近くなっていると嬉しい。それにしても静かな山で、下山してくる人も数名で単独行者がほとんどだった。 人の話し声が聞こえるようになり、黄色い標柱が見えてきたので、間違いなく山頂に着いたようだ。目的の鹿島槍ヶ岳(南峰)山頂には4名、私のあとから1名、合計6名の登山者だけだ。残念ながら、山頂からの展望はガスに巻かれて見ることは出来ない。この南峰には二等三角点が設置されており、北峰よりも高い。鹿島槍ヶ岳は秀麗な双耳峰で、このふたつに登らなければ意味がないように思える。しかし、ここまで7時間を要しているうえ、これから帰る事を考えると、還暦を過ぎた老人にとっては北峰までの往復はとてつもない負担に思える。まして、2ヶ月ぶりの山歩きでは、これ以上の無理はするべきでないと思えた。20分ほどの休憩で山頂を辞することにした。
爺ヶ岳付近ではライチョウを見ることでちょっとだけ、休憩を取る。 種池山荘まで来れば、あと2時間も歩けば登山口に着ける。そう考えるともう我慢できない。350ccの缶ビールを550円で購入、小屋の前のベンチで焼きそばパンをつまみにして一気飲み。我慢していただけに実に旨い。朝と違って小屋の前の展望はガスに阻まれて見えないが、まったりとした時間を楽しんだ。これで元気が出たと言うことでいよいよ下山に取りかかる。初めは調子が良かったが、扇沢駅が見える頃になると一気に疲労が吹き出した。どんなに歩いても標高が下がらない。まして、登るときはヘッドランプで全く確認出来なかったで、見えている景色は初めて見るのと同じだ。 久しぶりに「山歩きはもう嫌だ」と何度もつぶやきながら下山することになった。
扇沢橋04:03-(3.02)-07:05種池山荘07:20-(.43)-08:03爺ヶ岳南峰08:09-(.13)-08:22爺ヶ岳(中峰)08:45-(.30)-09:15赤岩尾根分岐-(.11)-09:26冷池山荘09:36-(.53)-10:29布引山10:30-(.47)-11:17鹿島槍ヶ岳南峰11:37-(1.02)-12:39冷池山荘12:46-(1.53)-14:39種池山荘14:58-(2.16)-17:14扇沢橋 沿面歩行距離:25.6km 群馬山岳移動通信/2013
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