最近、ネットで唐松岳から五龍岳の日帰りピストンをやった人が居る。さっそくその人に情報を貰って出かけることにした。しかし、不安材料は左足の踵が痛く日常生活にも支障をきたしている。整形外科に出向くと「踵骨棘(しょうこつきょく)」と診断された。「治療は出来ないから我慢して生活してください」と医師に言われてしまった。症状はアキレス腱を伸ばすと痛みが走るやっかいなもので、歩くときに蹴り出す事が出来ない。まして岩登りの時に足で体重を支えるのが困難なのだ。 10月4日(土) 黒菱平の駐車場で車中泊、午前3時に起き出す。周囲は真っ暗で濃い霧で覆われている。予報では晴れとなっているので、それを信じて準備を進める。リフトが動き始めるのは7時半からなので、管理道路をヘッドランプを点けて登っていく。コンクリート舗装された管理道路はだんだん傾斜が増して、ついにはとんでもない急坂となった。早くもアキレス腱を伸ばすと痛むので、左足はべた足状態なので、なかなか進まないのが歯がゆい。黒菱リフトの上部は鎌池湿原と呼ばれているところだ。ここで後ろから付いてきた二人組に早くも追いつかれて先頭を譲ることになってしまった。 鎌池湿原からは、さらにグラードクワッドリフトが八方池山荘まで架設されているが、これも営業は7時半からなので、このリフトに沿った遊歩道を歩く事にする。良く整備された道は暗闇で濃いガスに囲まれているが不安を感じることはない。むしろ、どこを歩いているのか分からず、ただ黙々と歩いていることに一種の満足感を味わっている自分がそこにいた。 八方池山荘は全く人気はなく、建物の非常灯が点いているだけだった。さらに整備された石畳の道は続いていく。大人気の観光登山スポットなので蛇紋岩の石は、磨かれて滑りやすくなっている。これは谷川岳西黒尾根でも見られる嫌らしい状況なので、濡れていたらそれこそ安易な気持ちでは歩けなくなるはずだ。この道もやがて木道になると途端に歩きやすくなる。延々と続く木道は歩きやすく、木道を叩く靴音がリズミカルに響き渡る。振り返ると東方向が明るくなってきていた。日の出まであとわずかだ。 木道の途切れたところが、八方山だ。ここには立派なトイレがあるので、利用させて貰った。さらに進むと大きな「八方ケルン」で、ここで3人組のパーティーに追いつかれた。一生懸命歩いているのだが、あきらかにスピードは落ちているのが分かる。いつしか周囲は明るくなり、八方池に着く頃にはガスの向こうに太陽の存在を感じ取ることが出来た。八方池は残念ながら池面に波があり、周囲の山々はガスに覆われて、期待していた景色は見ることが出来なかった。 ここからは樹林帯に入り、黙々と登るだけだ。途中に残雪があったが、このまま新雪が積もれば、来年まで根雪になるのだろう。この灌木帯を過ぎると丸山ケルンだ。このあたりから植生はハイマツが中心となってくる。それにしても濃いガスは全く無くならないので、展望はまったく得られない。ガレ場にさしかかると登山者とすれ違うようになってきた。白いガスの中で突然現れるのでびっくりする。 ほどなく、唐松山荘に到着したが、ガスの中では方向が全くわからない。山荘の中に入って情報を頂くことにした。登山客が数人出発準備をしている。その中の一人に、「唐松岳はどの方向ですか?」と聞くと、怪訝な顔をしながら「山荘の前の道をそのまま行けばいい」と答えた。こちらも方向が全くわからないまま、再び外に出ると、なんとガスが消えて目の前に唐松岳が大きく迫って見えていた。展望が良ければなんの問題も無かったのに、質問に??と思ったに違いない。山頂が見えたことで、元気を貰って先に進むことにした。
いままでのガスが嘘のように消え去り、雲海に著名な高峰が浮かんでいる。それを眺めながら登るのはなんと幸せなことなのだろう。15分ほどで山頂に到着し、展望を楽しむ。なんという素晴らしさなのだろう。眼前の五龍岳は荒々しい山容で大きく迫っている。その奥に見える穂高連峰は青く霞んでいるが、その山容は容易に確認できる。立山から劔岳は雲上の要塞のように浮かんでいる。唐松岳からノコギリの刃のような不帰嶮を越えて到る白馬連山は、どっしりと腰を落としたような山容だ。花の白馬岳が印象深いが、ここから見る白馬連山は岩肌があまりにも荒々しい。このまま雲海に浮かぶ山々を眺めながら過ごしたい気分になる。
天気は問題ない、このまま帰るのはなんとも情けない。そう考えてもう少し進んでみることにした。唐松岳と五龍岳の最低鞍部は西から雲が押し寄せて、稜線から東に向かって滝のように流れ落ちている。眺める分にはよいのだが、故障した足を引きずってその最低鞍部に降りていくのは、なんとなく気が重い。諦めるのなら早いほうが良いと思いながらも、最低鞍部に向かった。
時刻は10時半になろうとしている。ここで地形図を見ると最低鞍部に「大黒岳」と言うピークがあるのを見つけた。どうせならこのピークに登ってから帰ることにした。最低鞍部から戻って、ハイマツに覆われた斜面を見上げながら登れそうな場所を探す。幸いに稜線から延びる直線上はハイマツが少ないので、そこを辿って大黒岩のピークにたどり着いた。このピークは東側と南側が崩落して垂直になっている。三角定規の半正三角形の60度を頂点にしたような感じだ。ここからの眺めは素晴らしく、断念した五龍岳、下降してきた唐松岳の荒々しい岩場が見られる。断念したとはいえ、ここからあの岩場を登らなくてはならない。持参したリンゴを囓り、腰を下ろして休んだ。 大黒岩を辞して、ゆっくりと帰路についた。途中で五龍岳を越えて16:30のテレキャビンに乗るんだと、元気な単独行の女性とすれちがった。その足取りの軽やかさに羨望のまなざしを持って、痛む足をかばいながら往路を辿った。
黒菱平駐車場03:50--(.21)--04:11鎌池湿原--(.33)--04:44八方池山荘--(.39)--05:23八方山05:29--(.21)--05:50八方池--(1.57)--07:47唐松山荘07:55--(.15)--08:10唐松岳08:25--(.15)--08:40唐松山荘--(.38)--09:18休憩09:41--(.41)--10:22大黒岳10:57--(1.23)--12:22唐松山荘13:00--(1.33)--14:33八方池14:40--(.42)--15:22八方池山荘=(リフト)=15:30鎌池湿原--(.15)--15:45黒菱平駐車場 |
この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。 (承認番号 平16総使、第652号) |