7月1日に遠見尾根から五龍岳を目指したが、西遠見山であえなく敗退。しかし、悔しさと無念でどうしても諦めきれない。そこで一昨年挑戦したが、足の故障で途中断念した八方尾根経由で登るルートで再挑戦することにした。天気予報を見ていると、7月10日(日)の天気がよさそうなので、前日の土曜日に簡単な農作業を済ませてから、雨の中登山口まで向かった。 自宅から3時間ほどかけて黒菱平の駐車場に到着。小雨模様の駐車場は5台ほどで人の気配は感じられず、時折小雨がパラパラと降っていた。車外に出ると、いきなり虫がまとわりついて、車内も瞬く間に虫が入り込んで乱舞を始めた。どうにも防ぎようがないので、夕食と車中泊の準備を始めるまでは諦めた。明日の準備をしていると、ストックが見つからない。これが無ければ山行を中止にしてもおかしくないほど、ストックは重要な装備になっている。車の中を引っ掻き回しても出てこない。そこで家人に電話すると「山道具置き場に寂しそうに置き去りにされている」との返事。そういえばこのコースは岩場の通過もあるのに、ヘルメットも忘れたことに気が付いた。黒菱平はスキー場なので、スキーのストックがそのあたりに落ちていないかと周辺をうろついてみたが、その代用となるものも見つからなかった。19時には殺虫剤を車内に噴霧して虫を退治してから早々に眠ることにした。 7月10日(日) 午前3時に起き出して準備を始める。途中で車のヘッドライトやドアの開閉で目を覚ましたが、ほぼ8時間の睡眠をとれたので調子は良い。カップラーメンを食べてから管理道路を登っていく。夜明け前だが、ヘッドランプを使うほどのこともなく登ることが出来る。やはり夜明けが早いこの時期はありがたい。それにしてもこの管理道路はとてつもなく勾配がきつく、いきなり大汗をかいて登ることになる。つくづくストックを忘れて事を後悔して、またもや敗退の二文字が頭の中に浮かんだ。 黒菱ラインのリフト終点である鏡池からは、グラードクワッドリフトに沿ってハイキング道が整備されている。道の両側からは下草が張り出して、朝露で足元が濡れてしまった。石を敷き詰めた道は滑るのでかなり神経を使った。グラードクワッドリフトの終点は、八方池山荘で登ってきた道を振り返ると雲海の向こうの高妻山付近から太陽が昇り始めるところだった。太陽の光は瞬く間に、周囲の色を変化させていく。山荘の周囲には数人の人が出てきてこの光景を楽しんでいた。
この辺りから見る白馬から不帰ノ嶮まで続く荒々しい岩稜が素晴らしい。いつかは歩きたいと思っていたが、これは年齢的なものを考えるともうすでに叶わぬことだろう。八方ケルンを通過してさらに歩くと八方池にたどり着く。風が強く水面は波立って期待していた白馬三山が池面に映る様子は見られなかった。 八方池を過ぎると道は登山道らしくなり、樹林帯に入って行く。雪で曲がってしまったダケカンバの木が良い日除けとなって涼しさを感じる。登山道の傾斜もいよいよきつくなり、ストックが無いことが悔やまれる。やがて扇雪渓となりここでザックを下ろして休憩することにした。一昨年は秋に来たのだが、今年は雪が少ないこともありその時と同じくらいの規模になっていた。そのうちに単独行者が来たが軽く挨拶しただけで先に出発した。道は扇雪渓を巻くようにつけられているので、何とも効率が悪い。扇雪渓の上部に付くと富士山が遠望できた。やはりどこに行っても富士山が見えるのはうれしい。先ほどの単独行者にここで追い抜かれて、さらにトレランの外国人にも追い抜かれ、自分のペースの遅さに嫌気がさすばかりだ。道は人工的に作った石の階段が出てくるようになりひと登りすると丸山ケルンに到着だ。先ほどの単独行者とトレランの外国人が英語で話している。会話に加わる英語力は皆無なのでその場を素通りして先に進んだ。
「富士山が見えるとうれしいですね」 「あれはやっぱり富士山ですか」 「年寄りにはこの登りは堪えますよ」 「とんでもない、その割にはペースが速いですね」 「実はストックを忘れまして、ヘトヘトなんです。忘れ物も多くて困ります」 すると単独行者の男性は、自分の持っているストックを見ながら 「よかったらこのストックを差し上げますよ」 思わず「もらってもお返しできませんよ」 「いえ二つも必要ないし、Amazonで安く買ったものですから構わないですよ」 「お返しするものは何もないのですが・・・」 「どうぞ」と言って一本のストックを差し出して、さらにもう一本を見ながら「この一本は下山の時に不安になるので自分で持っておきます」と言う。 なんという事なのだろう、山で高価なものをもらうことになろうとは考えもしなかった。おまけに名前も名乗らずに呆気にとられる私を置いて、先にどんどん歩いて行ってしまった。見れば新品に近いストックを見ず知らずの年寄りにくれてしまうとは・・・・・。山で困っている人に手を差しのべるのはその人にとってどんなにかありがたいことなのか、自分が施される立場になって実感した。 1本のストックを手にすると体が途端に楽になりペースが上がったように感じた。道も傾斜が緩くなり、やがて赤い屋根の唐松岳頂上山荘に到着した。先ほどの単独行者を探して、売店で何かお礼をと思ったのだが、見つけることはできなかった。おそらく唐松岳にでも登ったのだろうと思う。ここでミネラルウォーター(300円)を購入して不足した水を補給した。また吹く風も冷たく、ウインドブレーカを着込んだ。 ここで唐松岳に行く余裕はないので、ストックをザックに仕舞って、五龍岳の最初の難関である牛首の岩場に向かう。牛首から見る五龍岳は遠く感じる。急峻な岩場を300メートル下って、五龍岳までは400メートルほど登り返さなくてはならない。まして帰路はその逆の登り返しとなるのだ。牛首で最初の一歩を踏み出すか否か躊躇していると、単独行者が登ってきた。聞けば扇沢から来て五竜山荘に宿泊、ここまで2時間かかったとのこと。単純に計算して自分ならば3時間くらいかなと考えた。
緊張する岩場の下降も過ぎて砂浜のような砂礫の場所に到着。身体も暑くなってきたので、ウインドブレーカはこの時点で脱いだ。この先に見えるのが、ハイマツに覆われた大黒岳で、前回はここが最終地点となった。道はこの大黒岳の山頂は通過せず、ほぼ水平に巻いてから下降する。樹林帯を抜けて唐松岳と五龍岳の最低暗部に到着する。これからの登りに備えて大休止することにする。昨日、収穫したキュウリに塩をつけて齧ると瑞々しくてとにかくうまい。塩も不足していたのだろうどんどん身体に吸収されるようだ。そうしているうちに五龍岳から下降してきた単独行者が到着した。なんでも五竜山荘から30分でここまで来たという。思わず五竜岳方面を見上げて、30分でここまで下降することが出来るのだろうかと考えてしまった。その単独行者はゼリー飲料を飲んですぐに出発して行った。 さあ、登りにとりかかるぞ!気合を入れて足を踏み出した。ここからはいただいたストックがとにかく有り難かった。すぐに池があり物音がするので、その方向を見ると子連れのライチョウが逃げ出すところだった。そのヒナが一羽はぐれてしまいバタバタしている、母鳥が心配して盛んに鳴いている。しばらく眺めていたが、可哀そうなのでその場を離れた。池を過ぎると森林限界となり、砂礫の道をひたすら登ることになる。振り返れば唐松岳が大きく見えており、早くも帰りのことが気になってくる。目の前の五龍岳には登山道が山肌にひっかき傷のように延々と延びている。あの起点となる五龍小屋まで何とかたどり着かなくては。 砂礫の道を登りつめて、目の前の斜面を右に巻くように進んでいく。そして曲がりきったところで、やっと白岳が見えた。白岳の上には人影が見えるので、遠見尾根へ下る人なのだろう。その白岳も直登せずに右に待むように進むと、鞍部に赤い屋根の五竜山荘がやっと見えた。
五龍山荘の前にはテーブルが2基あり、従業員らしき男女が別々に座っていた。男性のほうに声かける「五龍岳に行くんですが、荷物は置いて行っていいですか?」 「みなさんそうしていますよ」 「時間はどれくらいですかね」 「早い人で1時間、1時間半もあれば充分でしょう」 「片道ですよね」 「いや往復です」 ホントかなと半信半疑、とりあえずここの名物の「山が好き 酒が好き」のTシャツを買っておくことにする。同じように見えるが、4800円と3500円がある。違いはノースフェイスのロゴが入っているか否かの違いなので、当然安いほうを購入する。 不要なものをトートバックに詰めてデポして早々に五竜山荘を出発。砂礫の道は傾斜も無く順調に登ることが出来た。途中で男性が立ち止まっている。「ライチョウがいますよ」と声をかけてくれた。確かにハイマツのかげにライチョウの雌が一羽うずくまっている。この時期に一羽でいるのはまだ若い個体なのかもしれない。道はいよいよ険しくなり岩場の連続となった。岩にはマークと矢印が頻繁に現れる。天候不順の時などは迷いやすいに違いない。こうなるとストックは邪魔になるのでザックに収納した。振り返ると五竜山荘の赤い屋根が次第に小さくなっていく。見上げれば一木一草もない岩しか見えない。数人のパーティーとすれ違うところは緊張した。これが混雑時ならどうしたものかと考えてしまう。
五竜山荘に戻り、ミネラルウォーターを購入、荷物をまとめていると従業員が苦心してパイプを切っている。見ていられずに手伝ってしまったのでちょっと時間的なロスが生じてしまった。さあ、帰らなくてはならない。時間は無いが白岳に立ち寄ることにする。分岐から数分で白岳の山頂に到着、石柱のある場所は一段低くなっているので手前の高みが山頂と判断する。
岩場の途中で登山道整備をしている人に会った。 「いやあ、今の持期は身体が慣れていないからつらいんだよ。頑張りなさいよ」と声をかけられた。よほど疲れているように見えたのだろう。 鞍部から、約1時間半でなんとか唐松山荘にたどり着いたのが14時半。リフトの運行時間最終まであと2時間、これでは到底間に合いそうにない。ミネラルウオーターを購入して半分ほど飲み干した。すると目の前を若い男女が下山して行った。見るからに弱弱しい感じがする女性が一緒だったので、ひょっとすると自分も間に合うかもしれないと思い始めた。焼きそばパンを半分ほど食べてから荷物をまとめて、14時40分に唐松岳頂上山荘を出発した。すでに用意してきた水と、山小屋で購入した分を含めて3リットルほど消費しているが、この暑さでは仕方ないことだろう。 この時刻で、下山する登山者は皆無だ。登ってくる登山者は数人いたが、丸山ケルンあたりでは「今からリフトの最終ですか?もう間に合わないでしょう」と忠告されてしまった。悔しいのでなんとしてでも間に合わせてやろうと頑張るのだが、すでに10時間以上歩いている老体ではたかが知れている。とにかく転ばないで歩くのが精いっぱいだ。ストックは取り出すのが面倒なのでザックに入ったままだ。せっかくいただいたのに、今から思えば使えばもっと楽だったかもしれないと反省している。とにかく人気の無くなった登山道を必死になって歩いていく。
「本日の運行最終は16時30分です。乗り遅れないようにお急ぎください」 なんと予定より10分も早いじゃないか!!小屋に貼ってある時刻表の時間を見間違えたのに違いない。しかし何とかなるだろうと思う場所までたどり着いているからひと安心だ。先行した男女はリフト乗り場で、間に合った喜びで抱擁していた。こちらは崩れるようにリフト乗り場にヨタヨタと移動した。唐松岳頂上山荘から1時間半は老体にしてはかなり頑張ったタイムだと思う。 クラードクワッドリフトと黒菱ラインは合わせて600円、こんな楽な思いをするなら2倍でも安いと思った。駐車場の車はまばらになり、装備を片付けて最後に駐車場を後にした。 脱衣場と洗い場が狭い、八方の湯で汗を流してから帰路についた。 今回はなんとしてもストックを提供してくれた男性の親切に感謝するしかない。ストックが無ければ今回の山行は成り立たなかったかもしれない。山で困っている人に出くわしたら、手を差しのべることで恩返しをしたい。 黒菱平駐車場04:00--(.16)--04:16鎌池湿原--(.27)--04:43八方池山荘--(.40)--05:23八方山05:29--(.09)--05:38八方池--(2.03)--07:41唐松岳頂上山荘07:53--(1.07)--09:00最低鞍部09:08--(1.01)--10:01五竜山荘10:10--(1.03)--11:13五龍岳11:23--(.33)--11:56五竜山荘12:15--(.05)--12:20白岳12:23--(.30)--12:53最低鞍部13:03--(1.30)--14:33唐松岳頂上山荘14:40--(1.07)--15:47八方池--(.28)--16:15八方池山荘++(リフト)++16:38黒菱平駐車場 群馬山岳移動通信/2016 |
この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。 (承認番号 平16総使、第652号) |