足早に高山の紅葉も終わり、なんとなく欲求不満のまま時期を逃してしまった。そこで標高の低い低山ならば、まだ楽しめそうなので魚沼の里山に登ることにした。 11月8日(土) 小出ICから30分程のところにある、戸隠神社の駐車場に到着して準備をはじめる。駐車場は広く50台ほどは問題なく駐車できそうだ。周囲はまだ暗く、空には残月が明るく輝いていた。鳥居のそばにあるイチョウの木は、黄葉が月明かりに照らされて、光を放つように立っている。 鳥居をくぐると、池があり沢水が流れ込んでいる。トイレに寄ってから、石段を登り、鬱蒼とした杉木立の中にある神社の境内にはいる。社務所があり、その前には簡易テントが張られていた。この戸隠神社は信仰を集め地域の人たちに愛されていると感じる。神社の本堂へは向かわずに、標識に従って権現堂山への道に向かう。「スズメバチ」「クマ」に注意の張り紙があるが、スズメバチは時期を過ぎているし、クマの気配は感じられない。念のために鈴をザックにくくりつけて歩くことにした。 道はよく整備されており、不安は全く感じない。魚沼の山は総じて、急登が多いがこの山も例外ではない。踵骨棘を発症していることもあり、蹴り出しがうまくできないから、左足は義足をつけているようでもある。明るくなるにしたがって、周囲の様子が見えてくる。紅葉はすでに時期を過ぎて、落葉が中心の風景になっていた。朝露に濡れた落ち葉が登山道に敷き詰められていた。そんなものだから、ストックの先端は落ち葉が串刺しになってしまうので、時折登山靴で踏みつけて取り払った。 振り向くと、眼下に山間の集落が白い朝靄に埋め尽くされている。樹高の高い杉木立は黒い上部だけを突き出してその部分だけが大海に浮かぶ島のようだ。周囲の山々は上部が橙色に染まるようになり、やがて眩しい太陽が、目の前の稜線から姿を現してきた。見る間に景色は激変し、今日は一日天気がよさそうだと感じさせてくれた。 弥三郎清水は枯れることなく、水が流れていた。呑んでみると、意外に暖かいので拍子抜けする。この時期の地下水は暖かいと感じるのだろう。この水場を過ぎると道はいよいよ山頂に近くなってくる。スキー場からの道と合流し、すぐに三等三角点のある下権現堂山の山頂となった。山頂に設置された鐘を思い切り叩くと、気持ちいい大きな音が周囲に響き渡った。山頂からは360度の展望が得られる山頂の岩に埋め込まれた、山座同定板と見比べながら周囲の山々を確認する。越後駒ケ岳と八海山は間近に見えて、山襞にはうっすらと新雪が張り付いているのが確認できた。眼下の朝靄は消えつつあるが、それでもまだまだ残っている状態だ。これから向かう上権現堂山はまだまだ先にあり、唐松山は遠く霞んで見えている。はたして、あそこまで行けるだろうか?休んでいる時間はあまりないので、早々に出発する。
多少のアップダウンはあるが、快適な里山の稜線歩きといったところだ。稜線上は標高900m前後なのだが、立木がなく展望に優れている。この付近は豪雪地帯なので、稜線上は落葉広葉樹が育たない環境なのかもしれない。途中のピークにはシャクナゲの木が何本かありそれぞれに番号札がかけられていた。かつてはシャクナゲの花で覆われていたこの稜線上は、盗掘などによって絶滅に近い状態になったという。まあ、歩く分にはシャクナゲの藪はないほうが良いに決まっている。やがて、中越(なかごし)に到着し、帰路はここから下山する予定だ。 中越から上権現堂山に向かって進んでいく。太陽が低い高度で正面にあるので、目の前が眩しい。逆光に照らされる登山道脇の草は、光が透過するためか透明感のある黄色で風に揺れていた。また目の前の上権現堂山の山腹は落葉が進んで山肌が見えているが、雪に削られているのだろうか。急峻で深い谷底に一気に落ち込んでいる。低山であり里山である割には標高2000m級の山の雰囲気さえもある。登山道は稜線に沿ってつけられているので心配ないが、山頂直下の樹林帯の登りはかなりの登り堪えがする。 情報では上権現堂山の山頂は展望がないということだったが、今では落葉が進み木々の間から展望があった。二等三角点の周囲には標識が散乱している。気になるのは「鬼の穴」という場所だ。せっかく来たのだから見に行くことにする。標識はあらぬ方向を向いているので、事前にダウンロードしたGPSの軌跡を見ながら進む。道はしっかりしているのだが、とんでもない急傾斜でおまけに滑りやすい。灌木につかまりながら下降するのだが、何度か尻餅をついてしまった。初めは明瞭だった踏み跡もだんだん怪しくなってきて、ちょっとしたテラス状の場所に降り立った。GPSのデータを見ると、この辺が「鬼の穴」付近なのだが、それらしきものはない。念のために撮影しようとカメラを探したが、無い!!いつもは紐でザックにくくり付けておくのだが、たまたまそれがされていなかった。おそらくスリップしたときに落としたものだろう。こうなると「鬼の穴」なんてどうでもいい。カメラを探さなくてはと、急傾斜の道を慎重に登った。スリップした場所を念入りに探していくと、落ち葉に半分埋まった状態でカメラが見つかった。これで一安心してゆっくりと上権現堂山の山頂に戻った。しかし、とんでもないアルバイトを強いられて、ヘトヘトになってしまったことは想定外だった。
あそこまで行けるかどうか不安を感じるが、勇気を出して一歩を踏み出した。眼下には手の又沢の鯉の養殖場だろうか、ため池が光を反射しその背後に冠雪した駒ケ岳が大きく見えている。それにしてもなんという急傾斜の道なのだろうか。足元は滑るし、気を許すことができない。妙な力を入れるものだから、太腿のあたりの筋肉が悲鳴を上げている。帰りのことを考えると、ここを登れるかどうか不安になってくる。一旦、下降したところで 手の又沢からの登山道と合流する。ここには標識があり「稜線分岐」とあった。 「稜線分岐」からは、再び下降してから登っていく。途中に「鏡池」と呼ばれる水たまりがあるが、あまり流れがないのだろうか、きれいな水とは言い難かった。ここからの登りがまた凄まじかった。アキレス腱が伸びるたびに踵骨棘が痛みを伴った。身体を持ち上げるのは、ほとんど右足だけのような状態だった。そのうちに下方で人の気配がする。見れば二人の登山者が登ってくるのが確認できた。こうなれば意地でも、追い越されるものかと、頑張って登ることにした。被った帽子のつばから汗がしたたり落ちる。ともかく休まないで登れば何とかなる、息を荒げながら登ると、上から登山者が下りてきて、言葉を交わす「ここが一番きついんだよ」そう言って慰められた。 たしかにこの登りを過ぎると、傾斜は緩やかになった。すると、下方から鈴の音が聞こえて、タブレット端末を手に持った男性に、あっという間に追いつかれ追い越されてしまった。四等三角点のある場所は展望もよく、唐松山に向かう稜線もはっきりと見えている。追い越された男性は、一眼レフカメラで風景を撮影していた。 「あと1時間くらいでしょうか?」と尋ねると「いや、見えているからそんなにかからないでしょう」と言う。たしかにこの男性ならそうだろうが、メタボのヨレヨレ爺さんではそうはいかない。男性はタブレット端末を気泡緩衝材に包んでから、とても私が追いつけるようなスピードではなく先に出発していった。ともかく、往路の難所は切り抜けたことは間違いない。稜線上には目立つピークが三つある。「猫岩」と双耳峰の「唐松山」で、まずは猫岩を目指して進んでいく。
猫岩の基部には標識があり、猫岩の基部を右に回り込むように案内している。素直にその標識の通りに基部をまくことにする。途中に大きな穴があったが名称はついていないようだ。猫のヘソとでもつけておけば面白いのに。この巻道は、雪が乗っていたら恐ろしい場所だと思う。灌木は伏せたように地面ギリギリのところで枝を伸ばしていたからだ。回り込んで、猫岩に近寄ってみると、鈴がつけられている。猫に鈴、ドラえもんに鈴、なのかもしれない。それにしてもなぜ猫岩なのか? 猫岩から唐松山の道は、気分的には楽になり、あのピークまで行けば何とかなると、そればかり考えていた。双耳峰の手前についた時点で、先行する男性は山頂に登りついたようだった。後を追うようにしてその後を追った。 唐松山は三等三角点があり、そのそばで先行した男性がビールを飲みながら休んでいた。地元の人らしいので、山の名前を教えてもらう。目の前に大きく見えるのが「毛猛山」左に「浅草岳」「守門岳」その間に白く見えるのが飯豊。中の岳、駒ケ岳、八海山、遠く燧ケ岳。霞んでいるが、妙高山、苗場山と名山が綺羅星のごとく連なっている。標高1000m程度の山で、これだけの展望が得られる山も珍しいのではないか。この男性は「おきらく魚沼人」と言うブログを開設しているようだ。ビールが旨そうだったが、これからのことを考えると、持参したアルコールは諦めて、菓子パンを食べて我慢した。そのうちに2パーティーが山頂に到着、一気に賑やかになってきた。そのうちの一人が、下権現堂山から来たと言うとビックリして「あんなところから歩いてきたなんて信じられない」と言う。それを聞いて、なにか凄いことをしているような気持になった。
唐松山を辞して、下山に取り掛かる、「稜線分岐」地点の手前で、左足が攣ってきた。これは困ったことになったと思っていると、今度は右足も攣ってきた。ストックを使って腕で歩くような感じで「稜線分岐」に到着。ここでゼリー飲料と経口補水液、ポットのお湯を飲んでしばらくすると、回復するようになってきた。さあ、ここから上権現堂山に向かって歩かなくては。ここで魚沼人に追いつかれて、少しばかり休憩する。たしか、猫岩に登っていたのにすごいスピードだ。ともかく、一緒に歩いてもらうことはできないので、先行して登ってもらうように道を譲った。 予想通り、苦難の登りは続き、休むことをしないでゆっくりと登ることにする。いつしか青空はどんよりとして雲が広がっていた。コースタイムでは40分だったが、48分をかけてなんとか登り切ることができた。もうあとは下降するだけだ。腰を下ろして焼酎を飲んでゆっくりとする。ここから2時間もあれば下山できるはずだ。
上権現堂から下山するときにアクシデントが起きた。ちょっとした岩場でスリップ、足をすくわれたように、横倒しに倒れてしまった。左足の太もも外側をゴツゴツした岩にしたたか打ち付けてしまった。しばらくはその痛みで動くことができない。恐る恐る立ち上がってみると、なんとか歩けるようだ。痛めたところを見ると、掌の範囲の大きさに皮膚が削がれたようになって、真皮が赤く見え出血もしている。処置のしようがないので、そのままにして歩くことにした。幸いにも機能性タイツを穿いているので、ある程度は包帯代わりになるだろう。 中越の分岐点に到着、ここからはひたすら下降のみのはずだ。ところが、この道はとんでもない道だった。粘土状の土の上に落ち葉が堆積して、油断するとすぐにスリップして尻餅をついてしまう。スリップして膝を岩に打ち付けることも3回ほどあった。おかげで膝小僧も擦り傷だらけとなってしまった。下降するにしたがって、紅葉も見事になってきたが、とても景色を堪能するどころではなかった。何度か渡渉を繰り返し、下降していくと左に林道が見えた。しかし、明瞭な登山道はそのまま山腹を巻いて続いている。(実際は林道を辿ったほうが正解だった)仕方なく、もう上がらなくなった足を持ち上げ、岩を乗り越える際は腹ばいになって越えて前に進んだ。ようやく戸隠神社についたときは、社に向かって無事を感謝して礼をした。 群馬山岳移動通信/2014 05:47戸隠神社--(1.23)--07:10弥三郎清水--(.27)--07:37下権現堂山07:44--(.32)--08:16中越--(.46)--09:02上権現堂山09:07--(.08)--09:15鬼穴付近--(.22)--09:37上権現堂山--(.21)--09:58稜線分岐10:01--(.44)--10:45いっぷく平--(.15)--11:00猫岩基部--(.32)--11:32唐松山12:05--(1.06)--13:11稜線分岐13:18--(.48)--14:06上権現堂山14:18--(.35)--14:53中越--(1.20)--16:13戸隠神社 沿面距離:18.6km(鬼の穴へ無駄な距離を歩いた) |
この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。 (承認番号 平16総使、第652号) |