奥秩父にある雁峠〜雁坂峠を歩きたいと思った。漢字で書くと似ているが、雁峠(がんとうげ)、雁坂峠(かりさかとうげ)と読むところが面白い。人気の無い山域とはいえ、秋の西沢渓谷は紅葉目当ての観光客が押し寄せて大混雑となる。この3月がシーズンオフとなり静かな山行が楽しめる。 3月5日(土) 車を2時間運転して「道の駅みとみ」に到着したのは午前6時過ぎだった。このロングコースを歩くには出発時間が大きな要素となる。できるだけ早めに出発するように心がける。いつもの通り、お湯を沸かしてカップラーメンを作り口に入れたが、あまり旨いと感じない。それどころか吐き気を感じるが、ここで食べておかないと、あとあと困るので我慢して胃の中に流し込んだ。ところが胃が拒絶したようで、思わず嘔吐してしまった。どうやら前日の宴会疲れ、その後なぜか目が冴えてしまい眠ることが出来なかったことが原因と思われる。こんな調子でロングコースを歩くことが出来るだろうか。 ザックを背負って車道をひたすら歩いて下っていく。この辺りはウメの花もまだつぼみが固く春はまだまだ遠いと感じる。時折見える広瀬湖は表面が凍結して、氷で白く見えている。行き交うトラックの砂ぼこりにむせながら15分ほど歩くと、雁峠への林道入り口にたどり着く。ここからはアスファルト舗装の車道を歩くことになる。はやくも汗ばんできたので、ヤッケとウインドブレーカーを脱ぐと快適になった。やがて、厳重な柵で仕切られたゲートが現れた。ゲート手前の空き地には2台の車が駐車してあった。ピストンだったらここに車を止めるのもいいだろうが、周回となるとやはり道の駅が良いだろう。柵には一般車両はもちろん、トレランも禁止と書いてある。私有地だから仕方ないが、ここまで規制するのだから何かのトラブルがあったのかもしれない。 ゲートの脇をすり抜けて30mほど進むと、廃屋に近いような建物が現れる。この辺りが材木の作業場なのだろう。広い貯木場と重機が見える。道はさらに続き、単管パイプのゲートを過ぎて行く、立派な墓地を見送り、重機が置かれた格納小屋を見ながら進む。暗い杉林の道を過ぎると道が分岐する。さてどちらに行ったらよいものか?標識もなくしばらくここで登山地図を見て考える。どちらにも雪の上に踏み跡があり、道幅も同じようになっている。こうなれば勘で行くしかないだろう。橋を渡り右側の道を選択して前に進んだ。道は積雪があり、中央部は雪が溶けて、それが凍結して歩きにくい。それでもストックでバランスを取れば問題なく通過できるレベルだ。 左側に沢の流れを見ながらダラダラと歩いていくが、時折分岐が現れて踏み跡が見える。 歩き始めて1時間くらいしたところで、2人組に追いつく。彼らは釣りに来ているらしく、話しかけても山登りとは趣味が違うので挨拶を交わしただけで通り過ぎた。ここで頻繁に道を離れて脇に入って行く踏み跡の理由がわかった。これらの踏み跡は、釣りをする人たちが入り込んでいるものだったのだ。上流に行くにしたがって沢の流れの中に金色に光るものが目につく。おそらく黄鉄鉱が細かくなったものなのだろう。あまりにも綺麗なので、袋に一掴み採取して持ち帰ることにした。
老朽化のために利用禁止となった「笠取山荘」も見ておくことにする。幽霊の目撃談も数多くありことから、ドキドキしながら近づいていく。外見はよさそうなのだが、たしかに老朽化は著しい。中を覗き込んでみると意外にも閑散としており、ゴミなどは見当たらなかった。早々に幽霊屋敷を辞して雪原の中の道を登っていく。短い樹林帯を過ぎると、ふたたび開放的な草原に出る。高みを目指して登っていくと、目的のひとつでもある小さな分水嶺に到着だ。「富士川」「荒川」「多摩川」に分かれるのだそうだ。雨水の一粒も落ちた場所で全く違う場所に行ってしまうという。人間の場合はどうなんだろうと、重ね合わせて考えてしまうのは当然だろう。
分水嶺から見ると「笠取山」は本当に近くに見える。標高差は100m、本当に間近に見えるので、どうしても登ってみたくなる。時刻は10時15分なので、時間的には何とかなるだろう。よし、それでは行ってみよう。 笠取山の斜面はバリカンで刈ったように防火帯が山頂まで延びている。スキー場のゲレンデのようにも見える。分水嶺からふたつほどコブを越えると、錆びついた巻き取り機の様な物が放置されていた。道は雨にえぐられたのだろう、深い溝となりその中は泥沼状態で歩きにくい。そのため、その溝を避けて歩くものだから踏み跡が無数にできてしまっている。そのうちに斜面全体が踏み跡で崩落しそうな勢いだ。ストックを使って慎重に一歩一歩登っていく。歩き始めから違和感のある右足がちょっと気になっていたが、それが更なる違和感を覚えるようになってきたのが不安だ。 分水嶺から23分で「笠取山(西峰)」に到着。山頂では単独行の男性が休んでいたので記念撮影のシャッターをお願いした。笠取山の三角点はこの先と言うのだが、男性の話ではこのピークのほうが展望はよいという事だ。確かに霞んではいるが「富士山」が確認できる。「乾徳山」「国師ヶ岳」の山並み、これから縦走する予定の「燕山」「古礼山」「水晶山」が大きい。その男性に、これから雁坂峠まで行くと伝えると。「ええっ!!本当ですか?それは無茶でしょう。この時期は凍結もあるし難しいですよ」と言われてしまった。そう言われると本当に無茶な計画だったのかと暗示をかけられてくるようだ。その男性は野の周辺はほとんど歩いているという事なのでかなり説得力がある。とりあえず三角点峰に行かなくてはならないので、ひとまず別れて三角点峰に向かう。 たしかに三角点峰は展望もなく狭く味気ないところだった。自撮りで記念写真を撮影して早々に引き返した。その単独行者と再びすれ違うことになった。そこで「暗くなると谷筋はわかりにくいですから注意してください」とアドバイスをいただいてしまった。よほど頼りなさそうに見えたのだろう。
さあ、「笠取山」の急斜面を下ることにしよう。滑りやすい急斜面の下降は登りよりも気を使う。余分なところに力が入ってしまう。そして恐れていたことが起ってしまった。ぬかるんだ溝を避けて上に登った時に右足が攣ってしまったのだ。その痛みでしばらくは動きが取れずに固まったままになってしまった。何とかこの状態から抜け出さなくてはいけない。ブドウ糖のタブレットと水を補給すると何とか痛みが和らいだので、慎重に下降を続けることが出来た。 分水嶺で一休みしていると、単独行の女性が「笠取小屋」方面からやってきて、ちょっと立ち止まってあいさつを交わしただけで、そのまま「笠取山」に向かって登って行った。なんとも羨ましい体力だと思った。「雁峠」に戻ったのは11時半、このまま縦走を続けられるのか微妙な時間になってきた。攣った右足はまだ違和感があるし、昨年痛めた右肘はストックを多用したために負担がかかり痛みが増している。とりあえず目の前の「燕山」を登ってから判断することにした。
「燕山」への登山道は上部まで一直線につけられているように見えるが、実際に歩いてみると一直線に見えたのは、土砂が流れた跡だとわかる。実際の登山道はジグザグになっているのだ。したがって見た目ほどはきつく感じられない。振り返ると「雁峠」のベンチが日差しを浴びてとても長閑に見える。あきらめてあそこでゆっくりと過ごすのもいいなあと考えてしまう。笹の斜面を登ると、雑木の林の中に入って行く。展望は無いが木立の間から見える笠取山が美しい。急な斜面をひと登りすると道標があり、その高みに「燕山」の山頂標識がある。ともかく記念撮影するが、標高2004mとなっているのが気になる。地形図から見ると標高点の表示のある場所はここではない。そこで標高点のあるピークまで行ってみることにする。意外と積雪が多く、わずかばかり緊張する。登山道のトレースから外れてその標高点まで登ったが、目立つものは無く単なる高みであることが分かった。ここで12時半、このまま問題なく歩いて行けるか微妙な時間だ。「雁坂峠」まで行けたとして、この調子だと14時半になる。さらに「道の駅みとみ」に到着するのは17時になると考えられる。ここで引き返しても同じような時間がかかってしまうだろう。しかし、一度歩いた道であればリスクは少なくなるのは間違いない。吐き気と右足の痛み、右肘の痛みは相変わらずだ。そして決断は断念して戻ることだった。 気持ちの良い「雁峠」で日差しを浴びて20分ほどゆっくりと休むことにした。 往路を戻りながら、決断は正しかったのか自問自答しながら悔いを残しながら林道を引き返した。 道の駅みとみ06:51--(.15)--07:06林道入口--(.17)--07:23ゲート--(.47)--08:10作業小屋--(1.44)--09:54雁峠10:00--(.15)--10:15分水嶺--(.23)--10:38笠取山11:00--(.16)--11:16分水嶺--(.14)--11:30雁峠11:35--(.41)--12:16燕山--(.15)--12:31戻る--(.29)--13:00雁峠13:20--(2.33)--15:53林道入口--(.19)--16:12道の駅みとみ 群馬山岳移動通信/2016 |
この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。 (承認番号 平16総使、第652号) |