空木岳は日本百名山のなかでもあまり話題にならない不思議な山だ。しかし、その名前からして一度は登っておきたい山でもある。同僚のTさんと話をしているうちに、行ってみようと言うことになった。しかし、空木岳だけではつまらないから、南駒ヶ岳まで足を延ばしてみようという計画を立てた。早朝の出発を予定していることもあり、前日に休みを取って登山口に向かうことにした。 Tさんは茨城から7時間かけて登山口に、私は4時間をかけて登山口に到着。本来なら、林道終点まで行けるのだが、今回は林道工事で約3キロ手前の駐車場に停めることになった。17時の時点で駐車余地は十分だった。むしろ、この場所よりも第二登山口と言われる場所の林道の余地に駐車してある車が多かった。下山してくる人に様子を聞くと「クマがいた」「スズメバチの巣があった」とマイナス情報ばかり。小学生とおぼしき子供連れに聞くと、10時間掛かったという。これなら楽勝だと安心した。さて、久しぶりのTさんとの再会で17時ごろから酒宴となってしまった。結局、お開きになったのは21時過ぎで、どうやって車の中に入ったのか解らないほど酔ってしまった。Tさんは車のバックドアを開けたまま、私は靴を外に出しっぱなしで意識不明で寝てしまった。 9月13日(土) 朝、3時に起き出すがなかなか体調が整わない。しかし、グズグズしていると時間はどんどん過ぎていく。支度を調えて、カップラーメンを作って腹に押し込む。何とか1時間で出発の準備が出来た。いつの間にかメンバーが増えて3人となっていた。もう1人は前日に車でやってきて話をしていた73才の男性である。どうやら1人で登るのが怖いらしく、我々に同行して登ると言うことだ。 通行止めの鎖をまたいで、ヘッドランプの灯りを頼りに林道を登っていく。通行止めをやっている割には工事をやっている様子がない。むしろ路面は手前の駐車場までの道の方が悪いくらいだ。これなら三連休の時ぐらいゲートを開けても良いものだと思った。林道を辿ること40分あまりで、林道終点に到着した。広い駐車場で、トイレと東屋があり、ここまで車で来ることが出来ればかなり時間短縮になったはずだ。 林道終点の駐車場奥が登山口となっている。3人がヘッドランプを灯しながら歩くので、恐怖は感じない。クマ除けの鈴を鳴らしながら樹林帯の中を進んでいく。道は広く勾配もそれほどではないので、歩きやすい。登山道は池山に登る道と分岐し、さらに登っていく。池山は時間があったら帰りに登ろうと考えた。夜の闇は次第に薄れて、朝の光が樹林の中に届くようになり、鷹打場と呼ばれる水場にたどり着く頃には、すっかりと夜が明けていた。 水場には数人の登山者が休んでいた。我々もここで水の補給をすることにして、ハイドレーションに満杯に水を入れた。水場にいるのは若い人ばかりで、我々のようなロートルは見られない。
水場から空木岳へは登山道と遊歩道のいずれかを選ぶのだが、当然我々はロスの少ない登山道を選んだ。道は広く傾斜も少なく高度もなかなか上がらないので、むしろ不安になってくる。標高差を考えると、いずれは一気に急登となり、高度が上がるものと考えられる。 やがて水場で分岐した遊歩道と再び合流することになり、その場所は比較的ひらけた場所となっていた。名前は「尻無(しりなし)」となっている。変な名前だが近くには「尻無山」というピークがあるので、その関連があるのかも知れない。ここを過ぎると道はいよいよ傾斜が強くなり、階段やハシゴが多くなってくる。その割には高度がなかなか上がらないのが気になるところだ。それにしても展望もない樹林の中の道は変化もなく面白みがない。 エアリアマップには「大地獄」と言う難所があるが、その場所は特定できなかった。唯一、注意書きの看板があり、この辺がそうなのかな?と思うだけだ。ここまで一緒に付いてきた73才の男性は、ここでギブアップして引き返すという。ここまでおよそ3時間掛かっているので、もったいないが、引き連れていくわけにも行かないので、この辺が潮時かと思った。なにしろこの男性はめちゃくちゃな点がある。山には入ると、食べられないし飲むのもちょっとだけ、だから水も食料も持たない。携帯電話はうるさいので持たない。靴が足に合っていないのだろうか、足を見ると爪は全てむらさき色で何度も剥がれているという。まあ、ここから下るのなら問題なかろうと、そのまま別れることにした。 急峻な岩場に間違い無いのだが、ハシゴと鎖と階段のおかげで不安感は全く無い。ただただ歩くのみである。 「迷尾根」と呼ばれるところは尾根が複雑に入り込んでいるのだが、登山道を見失うことは無く名称とは違った場所だった。このあたりからTさんの動きが怪しくなってきた。なにしろ前夜の酒が過ぎたのか、ものすごい臭いを放っているのだ。あきらかに酒が抜けていないと分かる状況だ。足取りも怪しく、木の根を跨ぐにも足が上がっていないので、つまずくこともしばしばだ。たまらず腰を下ろして休憩とすることにした。持参したキュウリを食べ、気分転換をしてから再度出発だ。 しかし、Tさんの調子は上がらず、苦しそうだ。
空木平避難小屋との分岐に着いたときは、ヘロヘロでザックを下ろしてから、ドカッと腰を下ろした。時刻は9時20分なので、当初予定していた時刻よりも20分程度遅い。計画はゆったりとした時間なので、それよりも遅れることは、予定していた南駒ヶ岳を諦めると言うことだ。私は踵骨棘が最近悪化してテーピングをして登っている状態なので、あまり無理をしない方が賢明であることは間違い無い。こうなったら、山頂でゆっくりしましょうと言うことで、あっさりと予定は変更してしまった。 分岐を過ぎて灌木のトンネルをくぐると目の前が急に開けた。その劇的な変化は気分を一気に明るくした。目の前にはガスが掛かった山頂付近が見られ、そこに続く尾根にはくっきりと登山道が刻まれている。そして緑の絨毯と見える灌木帯の中には花崗岩の巨石が点在し、その様は古代の建築物の遺構のようにも見える。山頂までは花崗岩の白いザレ場がまだら模様になっている。はたしてその中でもひときわ目を引く巨石がある。おそらくあれが駒石であろうと、元気を出して進もうとするが、二日酔いの足はなかなか思うようにはいかない。石の上に乗っかってよろめいたり、石を避けようとしてバランスを崩したり心許ない。 なんとか、駒石に到着したところで休むことにした。駒石はとてつもなく大きく、なぜここに置いてあるのか、神の悪戯はスケールが大きい。思いつきで、この石に登ってみたいと思った。どこか登りやすいところはないかと周囲を探ってみる。すると登山道を登ってきた面に隙間がありここを辿って登れそうだ。思い切って手を伸ばすと手がかりが、足の置き場も問題ない。登りはじめてしまえば、なんのことはない。簡単に登ることが出来てしまった。駒石の上からの展望は生憎のガスに阻まれて、気持ちよくとはいかなかった。 駒石から降りて、待っていたTさんは少しは回復したように見えた。ほどなく山頂から登山者が降りてきて声を掛けられた。見れば水場で言葉を交わした新潟から来た男性だ。「どうも山酔いしたようで、気持ちが悪いので山頂に少しいただけで下山しました」と言う。さらに「3000mの山は全部登ったんですが、おかしいです」とも言っていた。こちらは二日酔いと山酔いのTさんが一緒だ。
寒いのでダウンジャケットを着てビールで乾杯。Tさんはなんと小屋で購入した350ccを飲み干すと、ザックから500ccの缶ビールを取り出して飲み始めた。こりゃ、酒豪と言うよりもアル中に近いんじゃないかと思ってしまう。山頂でダラダラと1時間以上も滞在してから山頂を辞した。 アルコールが効いたのか?Tさんはっすっかり元気になり、空木平経由ではなく、駒岩に登って帰りたいと言い出した。大丈夫かな〜〜〜!と思いながらも、経由してみたら、なんのことはないスルスルと駒岩に登ってしまった。 でも、幽霊の名所である空木岳避難小屋も見てみかった(ちょっと残念)。
帰りはちょっとだけルートを変更して、尻無から遊歩道経由で下山。池山小屋を経由して池山山頂を踏み、暗くなった山道を駐車地点まで急いだ。 それにしても苦しい山行で、時間的には14時間以上も山にいたことになる。反省点は前日の酒盛りだった。これからは山に登る前は適量を飲むべきだと痛感した。
駐車場04:00--(.36)--04:36林道終点--(.33)--05:09鷹打場--(.42)--05:51水場06:01--(.35)--06:36尻無--(2.42)--09:18分岐09:27--(.34)--10:01駒石10:08--(.50)--10:58駒峰ヒュッテ11:05--(.07)--11:12空木岳12:27--(.07)--12:34駒峰ヒュッテ--(.34)--13:08駒石13:08--(2.49)--15:57尻無16:03--(.26)--16:29池山小屋--(.15)--16:44池山17:01--(.24)--17:25鷹打場--(.22)--17:47林道終点--(.28)--18:15駐車場
|
この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。 (承認番号 平16総使、第652号) |