笹原と草原の蓬峠越え   登山日1999年7月24日


武能岳(ぶのうだけ)標高1760m 群馬県利根郡・新潟県南魚沼郡

武能岳の登りから蓬峠を振り返る
 梅雨明けのこの季節、涼を求めて山歩きをしたくなってくる。ところがどうしても仕事のことやら家庭のことで、なかなか山に行けないのもこの季節である。長期の休みはとても無理なので、どうしても近くの山を目指すことになってしまう。そこで思いつくのが谷川連峰の蓬峠越えとなった。魅力があるのは武能岳で、20年ほど前に登ったことはあるのだが、無線運用が済んでいないのである。

 JR土合駅に車を止めて歩き出すと、すでに数人の登山者が歩き出していた。しかし、土合橋を渡り右折して新道に入ると、人影は全く途絶えてしまった。幅の広い車道を水たまりを避けながらゆっくりと意識して歩く。本当に静かな道で、湯桧曽川の水の音が聞こえるだけだ。唯一不満があるとするならば、展望が全く得られず道に変化が無いと言うことである。この新道を通らずに旧国道を歩けばよかったかなと、ちょっとばかり後悔することになった。

 ほどなく車道も終わり、いよいよ登山道の雰囲気となってきた。車道終点から少し歩いた所に旧国道に登りあげる道があったが、そのまま先を進んだ。もう何年も手入れをしたことのない道のようで、下草が生い茂り瞬く間に着ているものは、ずぶ濡れになってしまった。どうやら昨夜あたりは、にわか雨でも降ったような雰囲気である。それにしてもカッパを着るタイミングというものは難しく、たいていの場合遅れるのが常である。

 歩き始めてから1時間ちょっとで立派な建物の前にたどり着いた。表札には「JR高崎給電区芝倉沢見張所」とあるが、はたしてどんなことで使われているのかは不明である。ともかく建物の前の広場で腰を下ろして休むことにした。耳を澄ましても聞こえるのは沢音だけで鳥の声はおろか、動物の気配さえも聞こえてこない。

 見張所を発って、再び歩き出すと道は芝倉沢に向かって下降することになる。芝倉沢を渡渉するとこんどは大きな流れの湯桧曽川右岸に出る。ここで初めて展望が得られて、目の前に県境尾根が飛び込んできた。右手の朝日岳の方角からはまさに朝日が昇ってくるところだった。しかし、湯桧曽川に沿って歩く道は快適ではなかった。アジサイが咲き乱れるその道は、たっぷりと水を含んだ藪だった。少しばかり乾きはじめたズボンは下着までずぶ濡れ状態だ。それでもなんとか武能沢を渡渉すると道は湯桧曽川から離れて、山に向かって登りはじめることになる。

 気持ちのよいブナの林で、こんな登り道は妙に安心感がある。林の中なので、うるさい下草もなく朝の光が頭上の葉陰から射し込んでくるのは、何ともいえない雰囲気がある。巡視小屋から1時間ほど歩いているので、ブナの大木の下で休憩することにした。すっかり濡れてしまったズボンは、ザックにくくりつけて乾かすことにした。ぞの代わりにショートパンツに着替えることにした。

 再び歩き始めると、なんと快適なことショートパンツの軽快さに驚くばかりだ。順調に登っていくと送電線鉄塔にたどり着いた。ちょっと寄り道をして鉄塔の下に出てみると、なんとそこには大展望が広がっていた。目指す蓬峠から清水峠への稜線、振り返れば朝日岳、しばし立ちつくして展望を楽しんだ。
蓬峠手前には雪渓からの水が流れる
 登山道は再び樹林の中に入り、同じような鉄塔をさらに一本過ぎると、旧道からの道と合わさり道は続く。時折、白樺沢から吹きあがる冷たい風が心地よい。見ればまだ雪が残り、おもわずあそこの水の中に飛び込んでみたいと思った。疲れもピークに近いと思わせる体の状況だったのだ。そんな時に、とんでもない笹藪漕ぎを強いられて、10メートルほど歩くと白樺避難小屋にひょっこりたどり着いた。緑色の外観の小屋は広さが二坪程で、とても大人数が快適にとは言えないが、貴重な小屋であることは確かだ。ともかくここでも一休みで、ポットの中の冷たいスポーツドリンクを飲み干した。着替えたはずのショートパンツは、汗と先ほどの藪漕ぎですっかりずぶ濡れとなってしまった。

 小屋を出発して再び歩き出すと、刈り払いがされた清水峠の道を分けて、蓬峠の道は直進することになる。山襞を縫うようにしてつけられた道は、なかなか快適なのだが、日射しが強く疲れた体にはつらいものがある。ところがそんな所に思わぬご褒美が待っていた。冷たい沢の水場だ。武能岳から流れてくる水は冷たく豊富で、一口飲むと生き返る様だ。汗で汚れたTシャツは、ここで水洗いして着てみるとこれまた快適そのものだった。

 目の前には笹原の稜線が見えて、後方には沢筋に雪渓の残る朝日岳と気持ちのよい登りだ。そんな中を疲れた体を励まして、ゆっくり登っていく。沢筋の水場はこれからもさらに続き、4カ所もあった。これならばわざわざ水を運びあげる必要は無いと感じた。なにしろ冷たい水は飲み放題なのだから。

 笹原の中の道も傾斜が緩やかになってくると、蓬峠の骨組みだけの建物が見えてくる。こうなると疲れもどこへやら、足は快調になってきて、一気に蓬峠に着いてしまった。蓬峠の先には、黄色く塗色された蓬ヒュッテがなにか場違いな感じで見えている。ヒュッテに立ち寄っても、気分を害するだけなので、蓬峠で休憩して展望を楽しんだ。

 休憩後、今日の目的の一つである武能岳に向かうことにする。笹原の中の気持ちのよい道で振り返ると「七ツ小屋山」「大源太山」がひときわ目を引くが、登るにつれてそれらの山々は次第にガスに巻かれて見えなくなっていった。途中にはニッコウキスゲ、ハクサンフウロ、シモツケソウ、キボウシの咲く場所があったが、範囲は限られた狭い場所だった。ここで初めて単独行の登山者と出会った。水が欲しいらしく、水場のことを最初に尋ねられた。「水は飲み放題なのでもう少しがんばってください」と声をかけて別れた。

 急登を詰めると、いきなり無数のトンボに視界を遮られた。ともかくあまりにもすごい数なので、恐ろしくなるほどだ。しかし、ここから武能岳まではさしたるアップダウンもなく、直ぐに山頂に到着してしまった。山頂からの展望は新潟方面にガスがかかりなにも見えない。群馬県側の朝日岳がかすかに見えるだけだった。ともかく腰を下ろし、コンロを出してラーメンを作ることにする。その間に冷たい缶ビールを出して祝杯だ。実にうまい!!酔いが一気にまわる。

 ラーメンを食べ終わる頃に、単独行の男性が山頂に到着した。聞けば茂倉新道を登って来たそうで、思わずその健脚ぶりに脱帽である。男性は水を飲んでからそのまま下山をしていった。無線の方は至仏山の移動運用局が出ていたので交信して終了した。

 さて下山であるが、どうにも足下がおぼつかない。どうやら缶ビールのアルコールが利いているようで、慎重に歩くことにする。そんなわけで、登るときとほとんど違わない時間でやっとの思いで蓬峠に到着した。蓬ヒュッテには10人程度の登山者が休んでおり、皆疲れ切っているようで、ほとんどが横になっていた。

 ヒュッテの前を足早に抜けて土樽駅方面に下山する。土合方面からみるとこちらの道は良く整備されており、刈り払いも十分で歩きやすい。蓬沢の遙か先には関越道土樽パーキングの建物が見えている。あそこまで下ればよいのだと、疲れた体に気合いを入れてどんどん下山を開始した。すぐに水場があり、備え付けのマグカップに2杯飲んでから水筒に水を満たした。沢の右岸に付けられた道は単調で変化がなく、泣きたくなるような道だった。蓬ヒュッテ前の案内板には「土樽駅2時間30分」と書いてあったから、通常に歩いて15時に土樽駅で、上り電車にギリギリの時間である。

 それにしても土樽に至る道はどれも似たような道なのであろうか。五策新道、茂倉新道、いずれも長くてきつい道ばかりだ。ブナの林の中の道を下っても下ってもきりがない。展望もない、ただ歩くのみである。途中で5人の団体にあったが、下山途中ではこのパーティーとすれ違っただけで、静かな山歩きとなった。

 東俣沢の水場では再び汚れたTシャツを水洗いして、さっぱりとした。ここからの道はほぼ平坦で30分ほどで車道に飛び出した。なにかほっとして、周りの風景も違って見えた。

 土樽駅にはゆっくりゆっくり歩いて、今日の蓬峠越えを振り返った。


記録

土合05:22--(1.12)--06:34JR巡視小屋06:46--(1.00)--07:46休憩07:55--(.20)--08:15鉄塔08:20--(.09)--08:29旧道分岐--(.08)--08:37白樺小屋08:45--(1.04)--09:49蓬峠09:57--(.39)--10:46武能岳11:35--(.37)--12:12蓬峠--(1.14)--13:26東俣沢13:31--(.29)--14:00車道--(.43)--14:43土樽駅



               群馬山岳移動通信/1999/