林道の崖崩れに泣いた「角落山」
登山日1994年6月12日


角落山(つのおちやま)標高1393m 群馬県群馬郡
角落山山頂
6月12日(日)

 梅雨に入り気象情報も雨の予報を出している。朝8時に起きると、雨は降っておらずに曇っているだけだ。これでは山に行かないと、悔いが残るので急遽、山に出かける準備に取り掛かる。そして山は「角落山」と決めた。昔は浅間山周辺の地域がホームグランドで、ほとんどのピークは登っているのだが、この「角落山」だけは登っていない。隣の「剣の峰」は霧積温泉から登ったことはあるのだが、「角落山」だけは宿題になっていた。ガイドブックを見ると、登山路は「男坂」と「女坂」に別れている。ピークだけ踏んでくればいいのだから、簡単に「女坂」経由で登る予定で出かけた。今日は雨の事も考えて車で出かける事にする。

 「横須賀市民休養村はまゆう荘」の、向かい側の林道に入る。林道の途中の白沢橋の手前に、かなり分かりやすい標識があり「角落山・男坂口」と書いてある。そして所沢ナンバーの乗用車が一台駐車してあった。今日はこの男坂を登るつもりはないので、ここを通り過ぎて更に進む。すると、200mほど進んだところで、わずか10m程度の長さではあるが、土砂が林道を塞いでいた。かろうじて軽自動車ならば、通過出来そうなスペースが空いているので、確認のため車を降りて、スケールで車幅と道幅を計測してみた。何とか無理をすれば通過出来そうだ。しかし雨で緩んだ路肩の事も考えると、とても挑戦してみる気にはならない。しかたなく車を転回するスペースもないので、後進で先ほどの「男坂」登山口に戻った。

 ここで迷った、男坂経由で登るべきか、女坂経由で登るべきか。この登山口の標識を見るとかなりしっかりしている、そして車も一台駐車してあるので、誰か登っているに違いない。少し歩いてみると、どうも下草が最近苅られた様子がある。これで決まった、この男坂を登る事にした。

 登山口で一旦沢を渡って、左岸の広い道を歩く、下草が刈り払われており歩き易い。道はすぐに二分して、堰堤の下に通じている。下草の刈り払いはさらに沢を渡って右岸に通じている。依然道は明瞭で歩き易いのだが、何か納得が行かない。だんだん刈払いの跡が無くなったのと、登山道の割には踏み跡が少ない、そして角落山から離れて行くようである。不安が頭の中に広がったが暫く歩いてみた。しかし、ついに我慢できずに先ほどの、道が二分したところに戻る事にした。最初からこれでは前途多難である。

 分岐に立って両方の道を見較べたが、どうも手がかりになるものがない。ともかく今度は沢に沿って続く道を登る。すると、わずかながら踏み跡が、先ほどの道よりも多いように思われる。ともかくこの道を行くしかない。道は相変わらず左岸を歩き、所々に妙な踏み跡があるので、思わす立ち止まって確認しながら進む。再び堰堤の下に出てしまい、ここで道は途切れてしまった。少し戻って道を探したが、巻き道はない。堰堤の両側を見たが踏み跡がない。良く見ると、なにやら堰堤の右岸側に「コ」の字型の鉄の金具が壁に埋め込まれて、梯子のようになっていた。残るルートはこれしかないので、金具につかまって堰堤の上部に登った。しかし、又、道がない、堰堤の上部には再び手がかりになるものは無かった。

 しかたなく、堰堤の上部に降りて、沢を歩くとなにやら左岸に踏み跡がある。かなりしっかりしているので、どこから続いているのか、戻って確認したが分からなかった。妙なルートだ、はたしてこれでよいのか、常に不安がつきまとっている。暫くはこの左岸の道を歩くのだが、途中で道が途切れたり、枝沢が道に見えたりするので、その度に確認しているものだから、いっこうに前に進まない。

 不思議な事に、この道には赤テープやケルンなどの目印がいっさい無い。このことが不安を増加させている。更に今日は曇りで沢の中は暗く、時折出てくる霧で前が見えないので不気味だ。そして何かヒルが出てくるような、湿気を含んだ空気も気分が悪い。

 歩き始めて29分、目の前に標識が現れた。「安中山の会」のブリキの標識が木の幹に打ち込まれていた。ルートが間違っていなかったうれしさで、思わず標識を撫でてしまった。しかし、道の状況は一向に好転しない相変わらず、道を探す状況に変わりはない。

 再び標識が現れた。錆びていて一部が読み取れないが「←■坂、剣の峰、霧積:高芝、月並→」とある。この標識はほぼ直角に曲がっており、はじめから曲がっているのか、後から故意に曲げられたのか分からない。しかし、標識を信用して左に見える枯れ沢に入る事にした。すると古い赤テープの残骸が見える。そして沢にはいると、すぐに沢の右岸の、笹薮の中に道が見えるので、この中に入った。道は沢を離れるのかと思われたが、また沢の方に戻ってしまった。一部濡れた岩場をトラバースする時は緊張した。何しろ手がかりが無いものだから。

 やがて沢からも離れ、急斜面を登ると露を含んだ笹薮を歩くものだから、全身ずぶ濡れになってしまい、雨の中を歩いたに等しいくらいになってしまった。やがて上部に近づき一部が明るくなってきた。ここでクワガタの雌を見つけた。これは良い子供への土産が出来たと、ザックの中にしまい込んだ。

 尾根に着くと道は、はっきり明瞭となったが視界は全く無い。小さなピークを越えて少し下がると標識が現れた、道は間違い無い、これでいいのだと安心した。休むと時間が惜しいので更に歩く事にする。

 道は、はじめ平坦だったが、やがて急斜面になってきた。そして草付きの岩場が現れて長い鎖が一本、ほぼ水平に付けられている。これを通過すると再び鎖があった。ここからは潅木につかまりながら、急斜面を登る事になる。しかし気になるのは、霧で視界があまりが、ときどき見える角落山のピークの形が、一向に変わらないのだ。自分は確かに上に向かっている筈なのに、何か騙されているような気がする。再び鎖場が現れてこれを登りきると、岩に黄色のペンキで矢印があり、左に行くように示していた。再び潅木につかまりながら急斜面を登ると、尾根に出てわずかな距離で山頂に着いた。

 山頂には既に、中年の男女が4人休んでいた。聞けば女坂を登り1時間20分ほど歩いたと言う。これから自分は女坂を下るので、この人達の格好からして、自分だったら30分程度で、林道まで出られそうだと値踏みをした。展望は全く無く、霧が巻いているだけだ。それに潅木がかなりあり、晴れていてもさほど期待はもてそうになかった。しかしここには三角点は無いのだろうか。探したのだが見あたらなかった。標識は3個あったが期待していた標識は見あたらなかった。先ほどの団体がなんと350ccを勧めてくれたので、有り難くいただいた。全く有り難いのだが、晴れて入れば更に良かったと思った。少し話した後、団体は山頂を去った。

 すると雨が少し降りだしたので、小さな木造の祠の軒先に身を屈めての、雨宿りとなった。ここには発砲スチロールの箱に入った、登山者記入帳があった。しかし見る気にもならないのでそのまま蓋をした。あとは、祈願する事を書き込んだ、手作りと思われる木刀が多数おいてあった。ここの軒先を借りて、430Mhzで2局QSOして山頂を後にした。

 女坂の道は大した危険も無く、よく歩かれているようだ。途中、沢の中のルートを辿る事になるが、黄色のペンキが石に塗ってあり迷うことも無く分かりやすかった。

 しかしその後の30分に及ぶ林道歩きには参った。何しろあの来たときに通過できなかった、一部分を除いて、あとは十分車で通行出きる、道だったからだ。車に戻ってみると隣にあった車は、無くなっていた。登山ではなく釣りに来た人のものだったのだろうか。

 自宅に帰り、ファイルを見たら、武内さん、赤地さんのファイルがあった。事細かに書いてあるので、これを持って行けば、参考になったのにと悔やまれた。しかし両雄共に、道に迷っている。怪人あるいは、怪物の勘を持ってしても迷ってしまう、このルートを同じに歩けたことはうれしい。しかし、はじめは男坂を登る予定が無かったのに、全員このルートに登ってしまっている。あの暗い陰湿な沢には、なにか登山者を呼び寄せるものがあるのだろうか。


「記録」

男坂登山口10:33--(.43)--11:16白沢渡渉点--(.22)--11:38尾根--(.39)--12:17角落山山頂13:14--(.14)--13:28コル--(.06)--13:34沢を下る--(.10)--13:44林道--(.31)--14:15男坂登山口


                         群馬山岳移動通信 /1994/