猪に化かされた「高戸谷山」
登山日1994年1月30日


高戸谷山(たかとやさん)標高739m 群馬県碓氷郡
山頂から妙義山を望む
 1月30日(日)

 職場の同僚で高戸谷山のふもとから通勤している者がいる。一昨日の雪で道路の状況が心配だったので尋ねたところ、問題ないとの事だった。それではと暫く山に行っていなかったので慌てて、家の中に散在している山の道具をかき集めた。何とか格好を整えるのに約1時間もかかってしまった。

 高戸谷山は碓氷郡松井田町の九十九川(つくもがわ)の源流に位置している。登山口はその源流にある仙ヶ滝から少し先に進んだ右側にある。ここには登山口の標識はなく保安林の大きな標識があるところである。この標識を良くみると、左上に消えかかった「高戸谷山登山口」のフェルトペンで書かれた文字が見える。

 道は軽自動車が通れる程の広さがある。一昨日の雪がまだ残っており、それを踏みしめながら登る。小さな沢がありここを渡ると作業小屋がある。トタン波板作りの小屋の扉部分には何かの洒落で付けたのだろうか「平山荘」と大きく書かれてある。道はここから植林の中に入っていく。ところが道には間伐の為に切ったのだろうか、、その木が無数に道を塞いでおり歩きにくい。

 作業道も数分歩くと道が消えてしまう。あたりを見回すと左の方に赤テープが巻かれた木の枝が見える。それを信用して左にルートをとり50m程行くと、道は尾根道となった。ここには石碑があって「秋葉神社」の文字が書かれている。石碑の下部は折れてしまっていた。このまま急登の雑木林の中を道を登る。後ろを振り返ると妙義山の凸凹の山容が良く見え、素晴らしい。

 さらに10分程歩くと道は岩場に遮られた。ここには石碑があり何かの像が彫ってある。裏を見ると「明治20年1月吉日」とあるので、既に100年以上経過しているわけだ。道はここで分からなくなってしまった。しかたないのでこの石碑の上の岩場を直登する事にする。あまり条件は良くない、潅木につかまりながら、慎重に雪に足をとられないように岩場を登った。岩場はわずかな距離で終わり、雑木の中の急登となる。

 やがて植林境界尾根にぶつかる。このまま上部に向かって登るとわずかな時間で高戸谷山山頂(739m)に着く事が出来た。山頂には三角点と御嶽神社の石碑がある。この石碑は柔らかい石で出来ているのだろうか、無数に落書きが彫りつけられている。山頂標識はブリキ製のものがビスで木にとめてあり、裏を見ると「YAMAルーム」と書き込みがある。これは去年の6月20日に登った方のものだろうか?

 山頂はかなり寒い。額に巻いてきたバンダナを外してみると、なんと汗が凍ってバンダナが棒のようになってしまった。コンロを出して早速お湯を沸かす事にする。寒さに震えながら水が沸騰するのを待っていると、二人の猟師が山頂にやってきた。肩には照準器付きの銃をかけている。どうも銃を持っている人は人相が良くないような気がする。もっとも私も数年前までは、銃を所持(ちゃんと公安委員会の許可を受けて)していたので、なんとも言えないが。

「何を追っているんですか?」

「シシだよ。ほらここにも足跡がある。これで体重200キロくれーかな」

言われてみると確かに雪の上に足跡が付いている。

「私はここであと1時間くらい山頂にいて、それから後はこの東の道を降りますよ」

 銃で撃たれてはかなわないので自分の行動を伝えておいた。二人の猟師はそのまま山頂を去って行った。この猟師は話しの様子から、福寿草の自生地として知られる木馬瀬(ちませ)の林道から登って来たものらしい。

 山頂からは妙義山方面から藤岡方面の見晴らしが良い。麓を見ると、雪が田や畑にだけあるように白く見える。この形は幾何学的で見ていて飽きない。
山頂では無線機の電源を入れてみたものの、寒くてあまりやる気がない。CQを出していた山の移動局がいたのでお声がけをして後はワッチのみで終わってしまった。

 いよいよ下山に移る。先ほどの猟師は何処まで行ったのだろうか。猟師の足跡が登山道の雪の上に残っている。それを辿りながら山を降りる。登りに使った道よりも積雪は多い。慎重に潅木につかまりながら降りていく。いつしか猟師の足跡は登山道から離れ、植林の中に消えてしまった。そのかわりに動物の足跡が登山道を忠実にトレースして続いている。先ほど猟師が話していた猪の足跡に間違いなかった。

 登山道は一旦コルに降りてから再び登ると、小さなピークがあった。ここには石祠があり、その屋根の部分には「大天狗」と書いてある。ここからは尾根が二つに分岐しており、猪の足跡は左の尾根に向かって続いていた。私もこの足跡を追いかけながら山道を下って行く事にした。この足跡を残した猪はなかなかルートハンティングがうまく、危険な岩場などは、上手に巻き道を通って歩いている。かなりこの山に詳しいらしい。(あたり前かな)

 しかしどうもおかしい感じがする。何となく自分の方向感覚からすると違う方向に降りているようである。首をひねりながら、それでもまだ歩き続けてしまった。しかし、とうとう道は植林された林の中に入ってしまい、猪の足跡もその中に続いている。ここで始めてガイドブックを取り出す。(最近は地図のかわりにガイドブックを持ち歩く事が多い)それによると、どうも大天狗で尾根が二つに分かれていたのを左に来たのが誤りらしい。これは急を要する、間違いや疑わしいルートに入った場合は、すぐに戻ったほうがいいからだ。

 しかたなく快適に降りた道を今度は登る羽目になってしまった。自分の足跡を見ると歩幅も大きく、今の自分の歩幅とはかなりの違いである。

 再び大天狗のピークに立った。ここで右側の尾根を見ると、なんと赤テープが木の枝にかかっているではないか。これを見ていたらこんな苦労はしないで済んだのにと悔やんでしまった。疲れたのでここで5分程休む事にした。

 大天狗からの道は急坂で途中岩場があり若干緊張する場所もある。このまま下るとちょっとしたコルにたどり着く。ここで道は再び消える。しかたなく左の薮の中に入って下る事にした。薮をかき分けて暫く進むと明瞭な作業道が現れて、それを辿るとすぐに車を駐車した道に飛び出す事が出来た。


「記録」

登山口10:25--(.06)--10:31作業小屋--(.10)--10:41石碑--(.10)--10:51石碑--(.18)--11:09山頂12:45--(.13)--12:58大天狗--(.12)--13:10引き返す--(.17)--13:27大天狗13:33--(.08)--13:41コル--(.06)--13:47車道


                         群馬山岳移動通信 /1994/