猛烈な藪山、傷だらけの「高薙山(日光)」   登山日1999年10月2日


高薙山(たかなぎやま) 標高2181m 栃木県塩谷郡
高薙山登山路から見る湯ノ湖と戦場ヶ原
 高薙山は去年の9月に金精峠から温泉ヶ岳経由で偵察をしてみた事がある。しかし、あまりの藪の深さと、雨のために入り口から数メートル進んだだけで撤退している。

 10月2日(土)

 光徳牧場の駐車場で目が覚め、時計を見るとなんと朝の6時になっている。あわてて空を見ると、素晴らしい天候で朝の光が頭上を照らしていた。隣の車の猫吉さんを見ると、すでに車のカーテンを開けて、出発の準備をしている。

 昨夜は猫吉さんと12時頃まで呑んでしまい、すっかり目的の高薙山は諦めていたからこの天気の良さには慌ててしまった。猫吉さんはすっかり高薙山に向かうつもりで、それなりの準備に取り掛かっている。こちらも慌てて、コンロに火を点けて食事の準備を始めた。しかし、身体が重いので出来れば雨にでもなって、このまま歩かずに帰ることが出来れば最高だとも思った。

 食事を済ませてから車で山王林道を山王峠に向かう。山王峠の林道に路上駐車して、車の中に散在している道具を集め、ザックの中に詰め込んだ。実は一ヶ月前に、右足のふくらはぎの筋肉を切断してしまい、歩くこともままらず山の道具も整理せずに放置してしまった。その足はちょっと踏ん張ると、何かまた筋肉が切れそうで、思い切り力をいれることが怖い。

 山王峠から刈込湖に向かって遊歩道に入る。初めは何の気なしに遊歩道を左に進んだ。ところがそのうちに猫吉さんが標識を見て声を上げた。
「反対方向に歩いている!!」
どうやら、山王峠でろくに道を確認しないで、歩き始めたのが間違いだったようだ。情けないがこれで10分程度のロスをしてしまった。今度は遊歩道を逆に辿って、間違いなく刈込湖に向かうことになった。道は良く整備されており、どんどん下降していく。これは帰りはこの坂道を登らなくてはならないので、早くもその事が気になってきた。

 道を下降したところが涸沼(ひぬま)で、於呂倶羅山をバックにまさに名前の通り沼が干上がった景色が広がっていた。朝もやに包まれて広がる光景は、朝日を受けて刻々変化していた。そんな中をゆっくりと歩くのはとても楽しい。
涸沼
 涸沼から刈込湖に通じる道はほぼ平坦で、シラビソの林の中を歩く。針葉樹の独特の香りがむせ返るくらい漂っている道は、暗く夜明けがまだ先のような気がする。時折、鋭い声を発するニホンジカが、白いお尻を見せながら走っていくのが見られる。いつものことだが、朝のうちは猫吉さんの体調が悪く、どうしても私が先行することになる。刈込湖の西岸に着いてから、10分ほど遅れて猫吉さんが到着した。

 刈込湖は静かな湖で、周りの山々を湖面に映していた。於呂倶羅山。於呂倶羅山からの稜線が青空の中に浮かび、絶好の登山日和を約束している。さてここから何処を登っていこうか?二人で地形図を取り出して方向を確認する。ルートは標高2193mのピークに登ってから、高薙山に派生する北の尾根を行く事にしている。そこで、まずは標高2193mのピークに登るには、標高1971mのピークとの鞍部に登り上げるのが最適と思われる。

 我々の後からやってきた釣り人が、一人で盛んにフライの竿を振っている。その横を通り過ぎて西岸を北に向かい、湧き水の流れに架かる倒木を渡ってさらに進む。するとすぐに水量のかなり多い沢に到達する。地形図には沢の記載がないが、標高2193mのピークから流れ落ちている事は確かだ。ともかくこの沢を遡行して、沢の左岸を辿ることにした。

 沢沿いには微かな踏み跡があるが、それは獣のものなのか釣り人のものなのかははっきりしない。鬱蒼とした原生林の中を適当に歩きやすい所を選んで登るが、時折どうしようもないような笹藪に突入する事にもなる。それでも今までの経験からすれば、こんな藪は大したことはない。

 ところが、標高1680m付近で沢は分岐して二つに分かれた。この先も沢を遡行するのは難しそうなので、右の尾根にルートを求めた。しかし、この尾根も藪はものすごく、ストックを持ってきたことを後悔する羽目になった。なにしろ、笹だけでなくシラビソの藪とシャクナゲの藪がミックスされた尾根なのだ。ルートを何処に取ったらよいのか見当もつかない状態だ。

 尾根を忠実に辿って、ひとしきり登るとシャクナゲが密生した場所に出た。このシャクナゲの藪は中に潜ることは不可能で、藪の上を猿になった気分で枝の上を這い回る方が進みやすい。しかし、ついに力尽きて藪の上に大の字になって休憩となってしまった。猫吉さんは暑いと言って、ステテコを脱ぎだした。

 このシャクナゲの藪を過ぎると、なんと嘘のように藪は消えてシラビソの林に入った。なかなか快適で足取りも軽くなるが、その分傾斜が急になるので病み上がりの体には辛いものがある。足も踏ん張ると、再び筋肉が切れそうな不安があるので、あまり力も入れられずゆっくりと歩く。先を行く猫吉さんは快調で、どんどん進んで離されていくばかりだった。

 やがて笹の藪が濃くなり、胸元ほどまでに達するようになった。於呂倶羅山から延びてきている稜線のラインが確認出来るようになった。しかし、先を行く猫吉さんが立ち止まっている。
「どうもこのまま進むと、稜線の手前のあの岩場を登らなくてはいけないので、左に方向修正して登ろう」
しかし、笹藪のトラバースはなかなか大変なもので、時折スリップして倒れ込むこともあった。そんな時はこの藪山に、なぜこんな苦労をして登らなくてはならないのかと、自問自答してしまう。

 目の前の岩場を巻いて小さな尾根を登り上げると、於呂倶羅山から標高2193m峰に続く稜線に飛び出した。GPSで位置確認をすると、標高2000mの等高線上であることが確認できた。藪もここだけは無くなり展望が開け、眼下に刈込湖、稜線の先の於呂倶羅山の向こうには男体山が大きく見えていた。振り返ると目指す高薙山が青空の中に浮かんでいた。ここから見る高薙山は、標高2193m峰から右にコブを三つ数えたピークだ。しかし、そこまでは原生林が山を覆い、本当に行けるのかどうかさえも危ぶまれる状況になった。
標高2000mからの出発
 標高2000mの休憩地点を発って、いよいよ核心部に向かって足を踏み込んだ。ルートは一気に深い藪の中に入り、展望はすぐに無くなった。笹とコメツガの混在した原生林は、入り込むものを容易に受け入れてはくれそうにない。それでもルートを選択する余地があるだけは、まだ余裕があるというものだ。とにかく稜線と思われる場所を辿って、ひたすら登っていく。これは迷ったら大変なことになりそうだとは、直感的に感じたので巻紙を要所に残しておいた。時折、赤テープが現れるので、ここを登った人がいることは確かだがあまり当てにはならない。

 ひとしきり登ると、展望の開けた場所に到着。ここからは刈込湖だけでなく、湯ノ湖から戦場ヶ原方面が、緑色の箱庭としての展望を見せている。しかし、この展望もすぐに無くなり再び深い樹林の中に入り込んだ。樹林の中の迷路をひたすら登っていると、次第に傾斜が緩まり標高2193m峰にたどり着いた。

 このピークは、温泉ヶ岳からの稜線と合流して、高薙山に至る途中の重要なポイントだ。ともかくこのピークに辿り着いたことで少しは安心したが、時間はすでに正午に近づいていた。しかし、疲労もかなりあるので、この展望のないピークで休憩となった。倒木の上に腰掛けて、猫吉さんが運び上げたグレープフルーツを貰って口に含んだ。山から下りればあまり食べることもない柑橘類だが、疲労しているときは妙に旨く感じる。

 あまり時間的に余裕が無いものだから、休憩もそこそこに高薙山に向けて腰を上げた。高薙山に向かう稜線は獣道のたぐいなのか、踏み跡がかなりはっきりしている部分もある。しかし、迷路のような場所には違いないので慎重に巻紙を枝に取り付けて歩いた。

 小さなピークを二つ越えて、いよいよ最後の高薙山のピークに登るところで、行き詰まってしまった。何しろ、シラビソの幼木が密生してとても進めそうにないからだ。いままで笹藪は何度も経験したが、こんなシラビソの藪は初めてだ。迷っていると、なんと猫吉さんは何の迷いもなくその中に飛び込んでしまった。こうなれば続いて行くしか方法はない。

 しかし、飛び込んでもそのまま押し戻される。何とか身体をよじって、木の隙間に潜り強引に前に進むしか方法がない。シラビソの細かい葉が、髪の毛の中に入り込み頭が重くなるほどだ。もちろん襟の間からも入り込み、背中のあたりがちょっと痒くなっても来る。ほんの数メートルなのだが、恐ろしく時間をかけて登ることになった。

 なんとかその藪を突破すると、なんと身体はシラビソの幼木の上に乗る格好になっていた。今度は慎重に木の上を四つん這いになって進み、なんとか不安定な木の上から無事地上に降りた。そして今度はあまり濃くない藪を抜けると、やっとのことで、高薙山山頂の三角点に辿り着いた。
高薙山の標識(右のKUMOは偽物)
 山頂からの展望は全くなく、二等三角点が枯れ葉に埋もれ、KUMOの標識が枝からぶら下がっていた。もっともこのKUMOは偽物で、本物とは字体が全く違っていた。ともかくここで疲労困憊、缶ビールを開けては見たが、とても呑める状態ではなかった。ただ腰を下ろして、食べ物を少し口に入れるのが精一杯だった。

 猫吉さんは相変わらず、山頂では無線に写真にと飛び回り、腰を下ろす暇もなく動き回った。

 さて下山だが、あれだけ頻繁に取り付けておいた巻紙はほとんど判らなくなってしまい、登ったときとは全く異なるルートを辿ることになった。特に標高2000mの地点からは、身の丈を越す笹藪の中をお互いを見失わないように、声を掛け合ってひたすら下った。なにしろ数メートルなのに全く確認が出来なくなってしまうのだ。

 それでも何とか、無事に刈込湖に辿り着いたときは、無事に下山した喜びを噛みしめることになった。日没が近づきつつある道を、お互い疲れのために無口になって山王峠を目指した。



山王峠07:20--(.13)--07:33涸沼--(.42)--08:15刈込湖08:30--(.13)--08:43沢を離れる--(1.30)--10:13標高2000m稜線10:30--(.52)--11:22標高2193m峰11:39--(.39)--12:18高薙山13:06--(.29)--13:35標高2193m峰--(.41)--14:16標高2000m稜線--(1.04)--15:30沢に出る--(.15)--15:45刈込湖--(1.14)--16:59山王峠


          群馬山岳移動通信 /1999/