「笹塒山」は期待外れだったのか?
登山日19996年2月3日


笹塒山(ささとややま)標高1402m 群馬県吾妻郡・群馬県群馬郡
笹塒山山頂 「笹塒山(ささとややま)」は浅間隠山の北東に位置しており、標高1410.5メートルの竜ヶ岳(俗称)を挟んで連なっている。自宅からも見えるし、浅間隠山に向かう途中でも、さらに竜ヶ岳に登った時も気になってしかたない山だった。またその名前も興味をそそられていた。「塒」はねぐらとも読み、鳥が寝るところだとある。はたしてどんな山なのであろうか。

 2月3日(土)

 群馬県群馬郡倉渕村から二度上峠に向かい車を走らせる。笹塒山はこの道の民家が切れたところから山に入るわけである。今日は大寒波が押し寄せており、各地で大雪が降っているというが、長野県境の群馬県側のこの付近は雪も無く、車は順調に移動が出来た。道の右側にあるバス停の「新開入り口」にある看板は「天然記念物ヒカリゴケ洞窟4.6km」の標識がある。通常はここから入って行くのだが、いまは倉渕ダム工事のために県道の付け替え工事が行われており入る事は出来ない。そこから更に数メートル進んだ所にある新しい道に入るように迂回路の指示がある。それに従いその出来たばかりの広い道を行くと、すぐに道は工事のために通行止めとなった。ここの広い空き地に車を止めて歩きだした。

 今日はとてつもなく寒いのであろう。いつも車に積み込んであるミネラルウォーターの中身がいまだに氷となっていた。山に向かい新開地区の民家を抜けて進むとほどなく林道のゲートが現れた。ゲートの棒を押してみるとなんと鍵がかかっていない。戻って車を取りに行こうかと思ったが、閉じこめられたら困るのでそのまま歩いて行く事に決めた。

 この林道は滑川林道と呼ばれ一般車は通行禁止であるが、かなり車の轍が付いており、先ほどのゲートを抜けて入り込んでいるものと思われる。林道を気持ち良いペースで歩いていくと林道が分岐する。「ヒカリゴケ洞窟2.7km」と標識が出来ているところを見ると歩き始めて1.9kmと言った所だろうか。分岐してこれから進む林道には「滑川林道細尾沢支線」と書いてある。ここで地形図を広げてこれからのルートを考えていると、下から軽トラックが登ってきて停車した。

 中からは一目で猟師と分かる風体の男が降りてきた。仲間と連絡を取る為に胸にはアマチュア無線機を入れている。こちらも良い機会なので話しかけた。
「笹塒山はこの道でいいんですか?」そう言って地形図を見せた。
「ああ、これがいちばん近い。この林道をしばらく行って、左に入って行けば旧道に行ける。この地図にある点線は新道だな」
旧道と新道の意味が良く分からなかったのだが、とにかくこの林道を行けば間違いなさそうだ。それからしばらくイノシシとクマの話題で時間をつぶした。そして別れ際にこんな言葉を残していった。
「ここで行方不明の人間がいるから、あんたも気つけたほうがいい」
聞けば数年前この猟師が見かけたのを最後に行方が分からない人がいるらしい。おそらく笹塒山から薬師温泉に降りているのではないかとの事だった。

 猟師と別れ林道を歩きだした。林道は所々に雪がある程度で、アイゼンも全く必要としない。しばらく行くと道の左側に細い道が沢に向かって降りていた。その道の入り口にはそれらしき赤布が木の枝に結び付けられていた。その道を辿り、沢に降りてから今度は杉の植林の中の道を登る事になった。歩き易い道をゆっくり登っていくといきなり人工的な建造物に出くわした。なんとフェンスがこの山の中に張り巡らされている。そこには大きな看板があり次のように書かれていた。「立ち入り禁止」「この柵のなかは倉渕ダム自然環境調査林として群馬県が前橋営林署から貸付を受けた区域です。許可の無い人の立ち入りを禁止します」「群馬県倉渕ダム建設所長」なんだか良く分からないが税金で作っている地域である事は確かなようだ。

 フェンスを右手に見ながらその脇を踏み跡が上部に向かっている。それに沿ってこちらも歩く事になる。途中でこの道が左に曲がって沢に出てしまう所があった。どうもおかしいと思い、戻ったが5分程度のロスで済む事が出来た。早めのアクションが未然にトラブルを防ぐのはわかっているのだが、いつも今回のように行くとは限らない。ともかくフェンスまで戻りそれに沿って登る方が無難なようだ。しかしいつの間にかフェンスは消えてしまった。だが、かなりしっかりとした踏み跡があるので不安感はなかった。

 喘ぎながら登って行くと前方になにやらオレンジ色の円形のものが見えている。なにか嫌な予感が胸をよぎった。近づいてみると、その予感は的中してしまった。それは林道のカーブミラーだったのである。つまり今までは車道を目指して苦労して1時間以上も歩いていたことになるわけだ。猟師が言っていた新道とは林道の事だったのである。ここでその意味がやっとわかった次第である。林道には真新しい車の轍が残されていた。

 急に気力が失せてしばらくここで休む事にした。林道の反対側を見ると青いシュリンゲが木に結んである。どうやら登山道はこの林道のために寸断されているらしい。そこで林道の土手を登ってみる事にした。するとなんとそこには立派な登山道が、雑木の林の中に続いているではないか。これで気分的に少しは楽になった。

 冬の広葉樹の林はかなり見通しが良い。間近には竜ヶ岳の岩壁が迫っていた。今日は風が強いので木々の間を抜けてくる風は、ものすごい音を立てている。しかし風が止むとそれなりに暖かい感じがした。尾根道を辿る道がやがて左に外れて回り込むようになってきた。このまま尾根を歩いたほうが簡単そうなのだが、回り込む道はハッキリとしているし、赤テープがあった事もあり尾根を外れる事にした。

 山頂を巻きながらトラバース気味に登っていく道は雪が薄く積もっており、所々には獣の足跡が見られた。しかし、それほど多いとは感じられないが、それでも誰も踏んでいない雪の上には私の足跡だけが残った。この道は一部崩壊している所もあったが、おおむね歩きやすい道だ。沢の跡のような所を抜けて大きく右にまわった所で、道がかなり崩壊していた。そこを抜けて歩くにはちょっと嫌らしい感じだ。良くみると上部に踏み跡がある。その踏み跡を頼りに小笹の斜面を這い上がると、再び登山道らしき道に出た。おそらく先ほどの崩壊して寸断されたた所から続いているものと思われた。

 そこから道はすぐに尾根に突き当たり右に大きく曲がった。このまま尾根を登るのかと思ったら、またもや道は尾根を外れてその左側を巻きながら登っていく。なにやらこの辺りから薮漕ぎの様相を見せてきた。こうなると身体の大きい私は苦しくなってくる。蔓をくぐるのも、倒木の下をくぐるのもかなり大変だ。

 道は今度はハッキリとした道に突き当たり、T字路になった。左は赤テープが巻かれており、右の道は何となく登り気味で登山道らしい。こんな時はたいていなんでも登り気味に行く道を選んだほうが正しいのだが、さてどちらに進もうかと思った。迷った挙げく結局は、左にある赤テープが気になってそちらに進む事にした。

 下り気味に歩いていくと、なんと雪がびっしりと詰まった沢に出てしまった。沢の対岸を見るのだが、ここまでこんなにハッキリとした道なのにそこから先が見えない。地形図を出して確認するとどうやらこの沢の上部が山頂らしいのである。そうすればこのまま適当に斜面を登って尾根に行けば山頂に行けそうである。尾根にはケムシのマークも無いから危険な岩場も心配する事は無いだろう。これで決まった、目の前の斜面を登って尾根に登り上げる事にした。

 斜面はかなり傾斜がきついのと、雪が凍りついているのでなかなか手ごわい。それでも潅木が多いので、それにつかまれば何とかなる。つかまるものが無いときはピッケルのピックを打ち込んで、それを支点にして登った。なかなか楽しい登りで、久しぶりに体力を使った。尾根に出るとそこは日当たりが良いので何となく暖かい。ここで少し休憩する事にする。

 尾根を登り始めると、そこには赤テープと青い紐が交互に現れるようになった。いったいこれを取り付けた人はどこから登って来ているのだろうか。先ほどの斜面を登っているとは思えない。すると先ほどのT字路を右に行くのが正解だったのかも知れない。まあ赤テープをつけている人が正しいとは限らないので、なんとも言えない点はある。道は踏み跡も消えてしまい、適当な所を見つけて登るしかない。それでも所々には赤テープと青い紐が現れた。薮漕ぎは襟元が枝に当たって痛いし、眼鏡は外れるし、帽子は脱げてしまうし最悪だ。

 笹塒山はいくつかのピークが並んで、頂上稜線を形成している。その一角のピークに到着した。雑木に覆われてあまり展望は良くない。そこで標高1402メートルのピークに行ってみる事にした。

 5分ほど歩いてそのピークに着いてみると、そこは実に展望に優れている場所であった。石祠と小さな鳥居があり、そのまわりは潅木が切り開かれていた。お馴染みG氏の山頂標識が立木に打ちつけられていた。またその下には2枚のプレートが落ちていた。裏返してみると「群馬の山歩き130選」の著者の一人であるY氏の署名があった。山頂の南側には突き出した岩場があり、展望はさらに良かった。(高度感も良いのだが)浅間隠山が間近に見えて迫っている。その先にある筈の浅間山は雪雲に隠れているのか、あるいは浅間隠山に本当に隠されているのか良く分からなかった。

 小雪の舞う山頂で430Mhzと50Mhzで数局と交信した。また学校から帰ってきた7N3VZTとスケジュールQSOを行い山頂を後にした。その間なんと首に巻いていたタオルを木の枝に掛けて置いたら、汗が凍って棒の様に固まってしまっていた。

 帰りは林道を辿って下山したが、距離が長く時間がかかると思われた。まして現状では林道を登って来た場合、あの青いシュリンゲの登山道の位置が分かるか疑問であった。林道の名称は「滑川林道細尾沢支線分線」となっていた。

 笹塒山は展望が優れていた分期待外れではない山だった。ちょっと気になることは帰りに雪の上の足跡を見ると、明らかに私のほかにもう一人いる事が確認できた。しかしその人とはついに会う事はなかった。こんな事は去年の「三境山」でもあったが、まことに不思議である。


「記録」

 新開地区09:19--(.23)--09:24林道分岐09:51--(.35)--10:26林道10:36--(.25)--11:01尾根--(.19)--11:20再度尾根へ11:31--(.14)--11:45頂上稜線--(.05)--11:50笹塒山山頂13:33--(.31)--14:04林道--(.47)--14:51新開地区




                     群馬山岳移動通信 /1996/