廃道を辿って「笠ヶ岳(尾瀬)」 登山日1995年9月2日

笠ヶ岳(かさがたけ)標高2058m 群馬県利根郡/小笠(こがさ)標高1960m 群馬県利根郡/悪沢岳(わるさわだけ)標高2043m 群馬県利根郡
片藤沼
9月2日(土)

 尾瀬、鳩待峠の交通規制もいまは解除されていて、9月22日から再び規制が始まってしまう。その規制前に登っておきたい山があった。それは赤地さんの命名による尾瀬笠ヶ岳だ。

 若いときに何度も通った鳩待峠への道も、昔は乗用車ではかなりきついダートの道だったのが、今ではすっかり全面舗装されて快適だ。鳩待峠に6時少し前についたのだが、なんと駐車場はすでに満車状態だ。それでも駐車場の一角に何とかスペースを見つけて車をおく事が出来た。予想はしていたが、これ程までに混雑しているとは思わなかった。

 登山口で交通規制の看板を見ると、二輪車はどうやら除外されている。シーズン中でもミニバイクを持って来れば鳩待峠に入れそうである。これが実現すれば、尾瀬ヶ原の花の咲く季節の散策も簡単に出来そうだ。そんな事を考えていると、若いカップルから「シャッターを押して下さい」と依頼を受けた。ファインダーの中の二人を、昔の自分と重ね合わせながら、シャッターを押した。尾瀬にはなにかそんな、昔のほろ苦い思い出が胸の中に残っている。

 「至仏山→」の標識のある登山口から幅の広い登山道を登りはじめる。前後に適当な間隔で登山者がいると言うのはさすがに尾瀬だ。久しく賑やかな山に登っていないので、なにか不思議な感じさえする。久しぶりの尾瀬なので、努めてゆっくりと歩くことにする。道はなだらかに登って行くのだが効率が良いのだろうか、高度計の数字が面白いほど増えていく。快適な道はさほど苦労する事無く、オヤマ沢田代の至仏山との分岐に着いた。

 分岐から笠ヶ岳・湯の小屋方面への道はいきなり笹薮の道となった。それもたっぷりと水で濡れている。足を踏み入れるといきなり足元はずぶ濡れだ。これはたまらないと合羽の下だけ着ける事にした。それにしても笹が深く歩きにくい。何年も登山道の整備をしていないのだろう。尾瀬にもこんな廃道に限りなくちかい道を辿る山があったとは驚きだ。笹の下に埋もれている道は、グチャグチャの泥濘なのだが、それを避けて歩く事は下が見えないので不可能だ。時折現れる、横たわった倒木も見えないので、つまずく事もしばしばだ。そんなものだから慎重に歩くしかないのでスピードは一気に遅くなった。

 登山道脇の一本の立木に「悪沢岳・KUMO」がくくり付けられていた。何となくピークらしくないのだが、権威ある標識なので間違いはあるまい。天候も朝は青空が広がっていたのだが、今ではすっかり空は鉛色なので、とにかく笠ヶ岳まで行って帰りに無線の運用を行うことにする。

 悪沢岳を抜けると、笹薮と展望の無い潅木の林から解放された。目の前の稜線の先に顕著な吃立したピークが二つ見える。手前が「小笠」その奥の高いピークが「笠ヶ岳」に間違いなさそうだ。振り返ると至仏山が大きくの見えていた。小さな岩場のトラバースを過ぎると、道は西側の斜面に回り込む。それと同時に再び笹薮の中の潜り込む事になった。笹の高さは腰のあたりまで程あり、場所によっては胸の高さまで伸びている所もあった。軽登山靴は中に水が侵入して来てしまっている。たいへんな悪条件の道だ。おそらく身長が低い子供や女性などは困難なルートとなっている。このルートは残雪期の歩行が最適であろう。今の時期であったら合羽あるいはロングスパッツが必携と思われる。そんな展望の無い道でも一際目立つものが、ハリブキの実である。真っ赤なその色は不気味でさえある。

 樹林帯を抜けると目の前に突然に、小笠のピークが現れた。道は小笠の基部トラバースして抜けている。小笠のピークも帰りに登る事にして、目指す笠ヶ岳の勇姿を眺めながら少し休憩とした。

 道はまたも濡れた笹薮と湿地のような泥濘に戻ってしまった。気分転換にラジオのスイッチを入れて音楽を聞きながら登る事にした。不思議なものでそれだけで、気がまぎれるから面白いものだ。

 再び樹林帯を抜けると道は明るい草原に出た。そこは花の季節ならば一面のお花畑になるに違いない。この時期でさえニッコウキスゲ、ムラサキタカネアオヤギソウ、ヒメシャジン、オヤマボクチ、などが一面に咲いていた。多少のアップダウンはあるものの、ほぼ水平に道を辿ると片藤沼と笠ヶ岳の分岐に着いた。ここには岩にレリーフが埋められており「笠ヶ岳西面野生動植物保護地区」と物々しい文字が記されていた。ここから笠ヶ岳のピークへの登りは岩の間を縫うようにして行く。ルートは特に無いようでいくつもの踏みあとが延びている。ここにはウメバチソウの花が数多く見られた。

 片藤沼の分岐から9分で尾瀬笠ヶ岳の山頂に立つ事が出来た。山頂は標識の文字の部分が取れて下に落ちて杭だけになってしまい寂しく立っていた。その下には三角点が根元まで露出した形でおかれていた。山頂からの展望は360度遮るもの無く全て見渡せる。利根川の水源の山が、特に見事に見えるのがうれしい。2年程前「山と無線」編集長がこのピークに立ち、群馬の低山に居た私と交信させて貰ったことが頭の中をかすめた。

 山頂に着いたときは誰も居なかったのだが、次第に人数が増えてきて4人になった。誰とはなしに声を掛け合って車座になって話をはじめた。こちらは5エレの八木を組み立てたもののリグに接続する事も出来ずに放置する羽目になった。これでは諦めるしかない、なんだかんだと自分の山の自慢話に花が咲き、結局1時間以上もその場で話が続いてしまった。皆が去ってからこちらはやっと本業に移る事が出来た。しかしなんと言う事だ、CQを何度出しても応答が全く無い。結局それから2時間近く粘って、たった2局とは全く情けない。

 無線のあまりの状況の悪さにがっかりしながら山頂をあとにした。山頂から眼下に見えていた片藤沼に立ち寄る事にした。またもや笹薮をかき分けながらの歩行となった。途中で疲れきった登山者とすれ違った。聞けば湯の小屋から7時間かけて歩いて来たと言う。そして笹薮の中の登りに本当に参った様子だった。

 片藤沼は水深30センチ程だろうか、ちょっと大きな水たまりの雰囲気だ。燧ケ岳が湖面の向こうに大きく見えていた。静かな沼のほとりでしばしたたずんで水面を眺めて過ごした。

 帰りは天候も回復して、予定通りに小笠、悪沢岳で無線の運用を行い帰った。

 鳩待峠に着いて、車で帰る途中驚いた。なんと車が路上駐車で延々と2キロメートルほどつながっていた。交通規制が解除された時期は、早めの到着が必要と思われた。



「記録」

 鳩待峠06:25--(1.12)--07:37オヤマ沢田代07:47--(.42)--08:29小笠分岐08:41--(.31)--09:12笠ヶ岳11:24--(.09)--11:35片藤沼11:43--(.39)--12:22小笠12:47--(.29)--13:16悪沢岳13:34--(.57)--14:31鳩待峠



                  群馬山岳移動通信/1995/