尾瀬で白い闇の中を彷徨する
                「岳ヶ倉山・スズヶ峰・大白沢山・カッパ山(旧図)」  
                                                                     登山日2008年4月25日〜26日


幕営地から至仏山の夕暮れ




岳ヶ倉山(だけがくらさん) 標高1816m 群馬県みなかみ町・利根郡/スズヶ峰(すずがみね)標高1953m群馬県みなかみ町・利根郡/大白沢山(おおしらさわやま)標高1942m 群馬県利根郡・新潟県魚沼市/カッパ山(かっぱやま)標高1892m 群馬県利根郡・新潟県魚沼市

奥利根の山に登るには、尾瀬を起点とすればアプローチがしやすい。昨年の春に計画したのだが、天候不順と諸々の事情で断念してしまった。今年こそは何とか実行したいと計画を立てていた。ところが、GW前半はどうも天気が安定しない。事前に情報を確認したが、見るたびに変わっている状態だった。ともかく、4月25日(金)午前10時に鳩待峠までの車道が開通する事になっている。そこで、休暇をとって25日はゆっくりと準備して、鳩待峠で車中泊、26・27日で一気に登ろうとした。

4月25日(金)
朝、畑の見回りをしてからゆっくりと食事、近所のスーパーで買い物をしてから鳩待峠に向かった。天候は晴れでもったいないほどの天気となっていた。尾瀬戸倉のあたりは桜が満開で、その景色に見とれながら走行する。津奈木橋から先は、除雪が問題なく行われて、あっという間に鳩待峠に着いてしまった。駐車場は20台ほどの車があったが、ガラガラである。このシーズンは、駐車場からあふれた車が路上駐車でつながると聞いていただけに拍子抜けだ。さっそく、駐車場の管理人が料金を徴収に駆け寄ってきた。
「今日はどうしますか?」
「山の鼻付近でテントで一泊して帰ります」
「そうすると、2500円+1000円=3500円です」
「高いな!」
アルバイトらしい青年は「スミマセン」と詫びた。(あんたが悪い訳じゃない)
時間を見ると、まだ12時30分だ。どうしようか、明日は天気が悪くなりそうだ。それに駐車料金は一泊だけだしな。「よし、今日のうちに行けるところまで行ってしまおう」かなり遅い出発になるが、この計画の方が現実的だ。早速、支度を整えてザックに荷物を詰め込んだ。背負ってみると「重い!!」間違いなく20キロは越えているだろう。体重と合計すると100キロか・・・・・。カンジキを持って行こうか迷ったが、ザックがすでに満杯なのでやめることにした。しかしアイゼンだけは置いていく気にはならなかった。


鳩待峠駐車場はガラガラ山ノ鼻に近づくと平坦になる



駐車場から、踏み跡も少ない樹林帯の中に入る。木々の間から見える至仏山を眺めながら、ほぼ直線的に川上川に沿って下降していく。前後に人影はなくこれが尾瀬かと思わせるような雰囲気だ。川上川の幅が広くなるとともに傾斜はなだらかになり、平坦な雪原をひたすら歩くことになる。途中で荷揚げの帰りの山小屋の従業員二人に逢ったが、挨拶を交わすこともなくすれ違った。山の鼻はひっそりとしており、数軒の山小屋からは人の気配も感じられなかった。扉が閉ざされたビジターセンターの前のデッキでちょっとだけ小休止。ここで、テントを張って寝ころんでしまいたい衝動に駆られる。時間は14時半前なのでまだまだ行動出来る時刻である。まして明日のことはわからないので、少しでも先に進んでおくことにした。


ビジターセンター 5月1日開館予定とあった燧ヶ岳がくっきり



山の鼻から北西に向かって雪原を歩き始めた。はじめは、スキーのトレースがあったが、それもいつの間にか消えて無くなり、振り返ると自分が歩いてきたトレースだけが寂しそうに残っている。ともかくここからは自分でルートを考えて組み立てなくてはならない。不安感とともに妙な冒険心が湧いてくるのだった。これは20年ほど前、インターネットの情報など無かった時代に地形図を頼りに、未踏の山に入った時のような感覚が蘇っているようでもあった。しかし、今回は地形図だけではなく、GPSがあることで現在位置が寸分の狂いもなく特定できる点が違っている。そんなわけで冒険心もちょっとだけ薄くなっているのは否めない。

左に見える至仏山は意外と雪が少ないように感じる。かつて猫吉さんとあの斜面を下降し、尾瀬ヶ原を横断しいる時に私が水没したアクシデントを思い出す。あのときの苦い経験は今回の山行でも頭から離れず、今歩いている足元が気になって仕方がない。両側の山襞が狭まってくると何となく上流に近づいている感じがする。今辿っている猫又川は地形図を見ると、毛細血管のように本流にいくつもの支流が流れ込んでいる。それらは直線的でなく、蛇行しているから手の甲を透かして見るようでもある。その蛇行している猫又川は、場所によっては山裾まで押し寄せている場所がある。こんな時は山の斜面にルートを探りながら迂回するしかない。迂回するにしても雪で藪が隠れているのでそれほどのアルバイトは必要としない。

柳平と呼ばれる場所に入ると、ダケカンバとミズナラの混在する林となった。このあたりから、どこから稜線に登りはじめようかと考えた。ひっきりなしに地形図を見ながら、登りやすそうな尾根を探した。とりあえず、二俣を過ぎてその先まで行くことにする。二俣のあたりまで来ると、高度が上がったなと言う感じがする。それは沢が狭まり流れが急になるからである。それに二俣の右俣と左俣を分ける尾根の末端は顕著に迫り出して岩場を見せていた。左俣の沢に沿って登ると、迂回路も難しい流れに突き当たってしまった。見れば一カ所だけ頼りなさそうなスノーブリッジが残っている。体重+ザック=100キロ以上の加重に耐えることが出来るだろうか。ともかく渡るしかないので慎重に素早くそのスノーブリッジを通過した。渡り終えて振り返ると、その頼りなさに帰路に渡る勇気はちょっと無かった。さらにその先にもスノーブリッジがあり、一回渡ってしまうと慣れてきて、感覚が麻痺するのが怖いが、なんの躊躇いもなく渡ってしまった。


柳平付近崩れそうなスノーブリッジを渡った



地形図を見ると稜線からなだらかに標高1480m地点まで左から張り出している尾根の末端が、登りあげるルートとして最適だと判断した。果たしてどのあたりまで行けるだろうか、時刻はすでに16時15分となっており、太陽は西側にある稜線に近づきつつあった。眩しい西日に向かって、斜面にとりつきキックステップで少しずつ高度を上げていくことにした。かなりきつい登りで、ザックの重みが倍増して辛く感じる。尾根の背に着くと周りの景色が一変していくのに驚く。目の前にスズヶ峰の稜線が見えると共に特徴ある景鶴山の岩峰が突き出ており、さらに目を移すと燧ヶ岳が青く浮かんでいた。目を転ずると至仏山が大きな迫力で迫っている。ここからは尾根づたいに上部に向かっていけば良いので、僅かばかりの安堵感が生まれた。しかし、太陽は山の端に隠れてしまったので時間との競争になってしまった。途中の立木に赤テープが巻き付けてあったが、それ以降このマーキングは見ることは無かった。とりあえずここは人跡未踏ではないことは確かなようだ。


尾根の取り付き点日没に焦りながら斜面を登る
景鶴山と燧ヶ岳夕焼けに染まったが



尾根の踊り場のような場所は針葉樹の林となっており、ここからは山の鼻が遠く見ることが出来た。ここで、携帯電話に着信があった。それは妻からのメールであったが、この場所で携帯が使えるのは、ひ弱な単独行者には心強いものがある。メールの返信は後回しにして、さらに先に進むことにする。ともかく稜線に着いてテントを設営しなくてはならない。樹林の中は雪が締まっておらず、ツボ足になってしまったが、それほど困難な状態ではない。すっかり、太陽が沈んで暗さが強くなってきた時点で稜線に到着した。稜線をちょっとだけ至仏山に向かったところが広い大地になっており、ここを幕営地と決めた。周囲には獣の足跡もなく静かな夜が過ごせそうだ。

テントを設営して中に入る頃には、あたりはすっかりと暗くなり、星空がきれいに輝いていた。また遠望する山の鼻は小屋の明かりがやはり星のように輝いていた。明日の天気はどうだろうか?ラジオのニュースを聞きながら、日本酒をちびりちびりと味わうと、睡魔が襲ってきてそのまま寝袋に潜り込んだ。



4月26日(土)
トイレのために目を覚ますと午前2時、外に出てみるとまだ星空がそのままだった。こりゃあ、今日も天気はいいかなと、寝袋に入って目を閉じてうつらうつらする。3時半頃再び意識を失って、目が覚めたら4時半だった。あわててテントの外を確認すると、なんと外は乳白色の世界だ。携帯電話で天気の情報を見ると、晴れのち曇りまあ、時間と共にガスも無くなるだろうと考えて、急ぎ準備を始めることにした。食事の後、荷物をまとめたが、テントをどうしようか考えた。天気さえ良ければここに設置したままにして置くのだが、この天候では雨で濡れて重くなることも考えられるし、不測の事態も考えられる。そこで、テントもまとめて背負っていくことにした。これで重量は再びもとに戻ってしまった。


幕営地濃霧の中の出発
スズヶ峰の登るときに一瞬霧が途切れた



乳白色の中、白い闇のなかをスズヶ峰に向かって稜線を辿る。山頂に向かうに従ってガスは濃くなって、自分がどこにいるのか不安になってくる。ひっきりなしにGPSを確認し、地形図を取り出し、コンパスを振って方向を定める作業の繰り返しになった。特に尾根が広がる地点は要注意で、この繰り返しが煩雑になった。スズヶ峰はだだっ広く細長い山頂だった。もちろん白一色の世界で何もわからないが、晴れていれば大展望が広がっているに違いない。最高地点から北東になだらかに進むと、急激に目の前の斜面が落ち込んでいる。ちょっと進んでみたが、様子がおかしい。GPSと地形図を見比べて確認すると、どうやら右に大きく曲がることがわかった。よかった、このまま進んでいたら奥利根湖に向かって下降したことになる。そうなったら帰れる保証は全くない。

このスズヶ峰からの下降はとんでもない急下降となった、先の見えないガスの中を下降するのは勇気が必要だ。たとえば3分下降したら、戻るには15分はかかってしまうだろう。それを回避するには確認以外無い。鞍部に到着すると、今度は登り返しとなった。雪があまり締まっていないので、途中で踏み込むとかなりの体力を消耗した。行けども行けども同じような風景(ガスと雪の斜面)なのでうんざりする。それにしても、こんな天候の時になんでこんな事をしているのだろうか?自問自答しながら歩き続けた。やがて、平坦な場所に到着、再び方向を失ってしまった。どうやら、右に折れて20mほど斜面を下り、そのまま進むと大白沢の分岐に着いた。ここもだだっ広く、方向が定まりにくい。白沢山方面には明らかに誰かが地面に刺し込んだ、篠の棒が雪面の上に出ていた。白沢山も目標に入れていたが、この状況では諦めるしかない。大白沢山に向かって進むことにした。

樹林の中のなだらかな広い斜面を下ると、再び登り返すことになった。地形図を見ればこのまま進むと、ゲジゲジ記号の岩場に突き当たってしまう。確かに針葉樹の黒いシルエットが急激に空に延びているのがわかる。地形図を見ると、山頂の南側に岩場の記号が無いところがある。そこで斜面を右にトラバース、岩場の無い場所を目指すことにした。岩場のない場所は広い斜面で、ガスでよく見えないが滑落したら一気に下まで落ちてしまいそうだ。いままでストックで登ってきたが、ここでピッケルを取り出すことにした。ピッケルを突き刺しながら、足を斜面にけり込んでゆっくりと進んでいく。何の目標もない斜面をひたすら登ると、山頂に近づいたのか平坦な台地丈の場所にたどり着いた。それよりも、遮るものがないのか、風が強くGPSをたよりに山頂三角点付近を踏むのがやっとだった。風は南の尾瀬ヶ原から吹いているので、日本海の低気圧が接近して天候が早い時間に崩れることを予感した。まして、雪崩の危険性も高くなったと感じた。


どこがどこやら(かっぱやま)どこがどこやら(大白沢山)
どこがどこやら、霧氷が成長している



さてこれからカッパ山に向かうことにする。この大白沢山の東にあるカッパ山は、現在の地形図ではさらに南の1822mのピークを指している。旧図ではカッパ山は大白沢山の東で、古いエアリアマップやガイドブックでもそれにならっている。ここまで来たのだからと、カッパ山を目指すことにしたが、地形図を見ると稜線は岩場記号で囲まれているので緊張しながらルートを辿った。針葉樹の林を下りコルに出ると雪は固まっておらず、歩行が困難な状態だった。ピッケルを差し込んでこれまた亀のごとく、登ることにした。何とか山頂に着くとそこはお椀を伏せたような丸い山頂で、木々は疎らであった。ここも風が強く、すぐに山頂を辞して、樹林の中に逃げ込んだ。ゼリー飲料と大福餅をほおばってエネルギー補給を行った。さて、状況はますます厳しくなってきたので、ここまでで帰ることにする。

スズヶ峰手前のコルに着くと、スキーのトレースがしっかりと着いていた。私がカッパ山に行っている間に、誰かがここに来ていたのだ。しかし、このトレースの主の気配は見られなかった。それにしてもここからの標高差100mの登りは、20キロ以上のザックを背負った身では応えた。息を整えて腕時計の高度計を何度も見て登った。スズヶ峰の山頂では、ザックを降ろしてハッサクを一個食べた。さてこれから幕営地までは下りである。

幕営地に着くと、スキーのトレースは私が昨日登ってきたルートを下っていったようだった。こちらはあのスノーブリッジの件が気になって仕方ない。そこで、この稜線を進んで岳ヶ倉山を経由してから猫又川に降りることにした。しかし、トレースは全く無くこのホワイトアウトの状況下で猫又川に下るルートが適切に得られるか。不安を抱えたまま稜線を南に向かうことにする。

どうやら、この稜線は雪が締まっていないので何とも歩きにくい。まして雪面に亀裂が入っており、なんとも気持ちが悪いのである。ガスはますます濃くなってきたようなので、とにかくGPSと地形図が頼りだ。地形図では簡単に見える稜線だが、ホワイトアウトの中で歩いてみると意外と手こずる。安易に下降でもしたら、這い上がって来るのはとんでもない事になる。岳ヶ倉山の山頂部分は、こぶが三つ連続しているが、これが意外と厳しい。なんとか岳ヶ倉山の山頂に着いたときは、ザックを背負っているのが無性にきつくなった。山頂付近のシラビソには赤布が結んであった。なんとか記念撮影をしてからスポーツドリンクとあんパンを食べるのがやっとだった。


疲れ切って岳ヶ倉山一瞬岳ヶ倉山が見えた



ここから先に踏み出したら元には戻れない。今なら幕営地まで戻って自分のトレースを辿ることも出来る。もっとも迷ってもテントも燃料も食料も充分だから、さらに一泊も問題ない。意を決して岳ヶ倉山から南に向かって一歩を踏み出した。

標高差50mも下るとなると一気で、あっという間にコルに着いてしまった。再び登りあげて1727mのピークに着いた。ここに着くと一瞬だがガスが晴れて周囲が見渡せた。ここで初めて自分がいる位置を正確に確認することが出来た。少しは気分が晴れたが、ガスが切れたのはほんの一瞬で、再び展望は無くなってしまった。ここからの稜線は地形が複雑で、慎重に行くしかない。もうGPSは片手に持ったままで微妙に位置を修正しながら歩いた。

地形図を見て考えていたのは1668mのピークの南から下降することである。しかし、なんと言う奇跡だろうか、そのピークの手前でガスが切れたのである。おそらくガスは標高1600m以上で蒔いていたのだろう。確認すると、1668mのピーク手前から一気に下降できることは明白だった。

やった!!

もう何も考えない、どんどん斜面を下降してあっという間に柳平に着いてしまった。一安心してここで大休止となった。そのうちに天候が悪化して、みぞれ混じりの雪が降ってきた。でももう大丈夫、帰路はわかっているから、あとは体力と気力だけを考えればよい。


猫又川を確認車に積もった雪


山の鼻から鳩待峠はザックの重さが一段と増したように感じた。鳩待峠に停めた車の上には雪が積もっていいた。



群馬山岳移動通信/2008


4月25日
鳩待峠13:30--(1.01)--14:31山ノ鼻14:40--(1.35)--16;15取り付き点--(1.36)--17:51幕営地

4月26日
幕営地06:16--(.58)--07:04スズヶ峰--(1.01)--08:05大白沢分岐--(.38)--08:43大白沢山--(.29)--09:12カッパ山09:17--(.34)--09:51大白沢山--(.28)--10:19分岐--(1.00)--11:19--スズヶ峰11:28--(.32)--12:00幕営地--(1.03)--13:03岳ヶ倉山13:05--(.50)--13:55下降点--(.18)--14:13柳平14:32--(.38)--15:10山ノ鼻15:14--(1.30)--16:48鳩待峠



岳ヶ倉山=日崎山
スズヶ峰=ススヶ峰
カッパ山=旧地形図に記載されていたもので、最新の地形図の場所とは違う





GPSトラックデータ
この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。
(承認番号 平16総使、第652号)