岩峰上の大展望「大ナゲシ」「赤岩岳」
登山日1997年3月9日


大ナゲシ(おおなげし)標高1532m 群馬県多野郡/赤岩岳(あかいわだけ)標高1570m 群馬県多野郡・埼玉県秩父郡
赤岩岳から見る大ナゲシ
 「大ナゲシ(1532m)」「赤岩岳(1570m)」は地形図には記載されていない西上州の岩峰だ。位置的には両神山の西北西の、群馬・埼玉県境に位置している。ガイドブック「群馬の山歩き130選」によれば、群馬県側の野栗沢から登るコースが紹介されている。しかし、アプローチ的には埼玉県側の小倉沢から登った方が、はるかに時間短縮が出来る。

 3月9日(日)

 朝5時に自宅を出発、東の空には「Hale−Bopp彗星」が輝いている。下久保ダムを過ぎて、中里村から埼玉県境の「志賀坂峠」に向かう。標識には「志賀坂峠から先、5キロ地点当分の間土砂崩れのため全面通行止め」と書かれているが、とりあえず問題ない。「志賀坂トンネル」を抜けて直ぐ右折「金山志賀坂林道」に入る。一部凍結した場所もあるが、さほどの危険もなく「八丁隧道」手前の駐車場に到着した。駐車場には立派な赤道儀を外に出したままで、二台の車が駐車しており、その中で持ち主が眠っていた。

 この駐車場から、ハンディー機で本日の同行者村上さんを呼び出す。村上さんは、「志賀坂トンネル」を抜けたところらしい。そしてしばらくすると、村上さんがかなりスピードを上げて到着した。村上さんの車はここに置いて、私の車で先に進むことにする。

 「八丁隧道」を抜けると道は下り坂となり、やがて小倉沢の石灰石採掘のための「(株)日窒鉱業」の社宅に到着する。ここには広い駐車場があり、「熊谷」「札幌」ナンバーの車が10台程止まっていた。まだ十分に駐車余地があるのだが、「無断駐車禁止」の標識があるので、あまり気持ちが良くない。そんな気持ちで出発の準備をしていると、偶然パジャマ姿で犬の散歩をしている男がやってきた。
「すみません、ここに車を止める許可を貰うのは何処に行けば良いですか?」
すると男は「今日は大丈夫だから止めていいよ」と答えた。
よかった!これで安心して車から離れることが出来る。

 村上さんと並んで、社宅の中の道を先に向かって歩く。やがて社宅のはずれに、街道の面影を残す石柱が立てられていた。そこには「右 群馬縣上野村に至」「左 赤岩神社入口」と書いてある。ともかく我々は上部に向かって、植林の道を登ることにした。谷間の道は、なかなか陽が射し込んでこない。伐採後の杉の幼木が、枯れ草の間からわずかに顔を出している斜面を尾根に向かってひたすら登る。

 植林と雑木の境界のところで、尾根に登りあげる事が出来た。ここは見晴らしが良いので一休みすることにする。眼下には鉱山関係の家屋の屋根が、谷間に密集しており、朝の日差しが、これから射し込もうとしているところだった。また目の前には両神山の荒々しい尾根が、屏風状に立ちはだかっていた。村上さんと取り留めのない話をして、持参したテルモスのお茶を飲んだ。

 雑木の林に入ると、道は意外に良く踏まれており、登山者が多い事を伺わせる。しばらく登ると、目の前に大きな石灰岩の岩壁が雑木の間から見ることが出来た。その美しい岩壁の姿に思わず立ち止まって、後ろから来る村上さんに「素晴らしいですね」と同意を求めた。やはり素晴らしいものを見たときは、同行者がいると言うのは気持ちがいい(もっとも同意を求められた方は困惑するかもしれないが)

 さらに上部に登ると落ち葉が深くなり、その下は岩があったり、雪があったりとなかなか安心できない。そして赤岩峠の手前で再び休憩して、落ち葉の上に腰を下ろした。しかしここは何か周囲が暗く、風も強かったので早々に立ち上がった。赤岩峠は十字路になっていて、北は野栗沢、東は赤岩岳、西は大ナゲシに続いている。そして峠にはGさんの標識と石祠が待ちかまえていた。

 さてこの赤岩峠から「大ナゲシ」または「赤岩岳」のどちらを先に登るか?村上さんと相談した。結果は、すぐそばにある赤岩岳の大岩壁に圧倒されてしまい、大ナゲシに先に向かうことにした。

 「大ナゲシへ向かう」

 大ナゲシに向かうには、西に派生する尾根に沿ってしばらく歩く事になる。途中で振り返って見ると赤岩岳の大岩壁が、本当に近寄りがたい圧倒的な迫力で迫っているのがわかる。「これは登れそうにないな」そんな事を考えながら先に進んだ。やがて道に凍結した雪が多くなってきたので、村上さんとアイゼンを装着した。アイゼンの効果は抜群で、氷を噛む心地よい音ともにスピードが上がった。1493メートルのピークの手前で道は北に向かい、そのまま大ナゲシまで向かうことになる。

 大ナゲシの尖塔の手前でアイゼンを外して、ルートの検討をすることにした。赤テープは二つのルートに分岐して、取り付けられている。ひとつは直登に近い形で岩の窪みを登るもの、もう一つは左に回り込んで尖塔の縁を登るものだ。迷ったが、直登よりも回り込んだ方が、うまく行くような感触があったので左側から巻いて登ることにした。

 ルートはかなり岩登りの素養を必要とするもので、足元は切り立った岸壁が下まで落ちている。村上さんと声を掛け合いながら、慎重に慎重にゆっくりと登ることにした。そしてその岩場を過ぎると、再び灌木帯となり落ち着いた気持ちで進むことが出来た。さらに直登してくるルートと合流したので、直登ルートを覗いてみると、こちらの方が楽だったかなと思った。

 大ナゲシの最後の登りは、露岩の気持ちの良い岩登りだ。そこを越えると、一気に三等三角点の大ナゲシ山頂に飛び出した。山頂で村上さんと手袋を脱いで握手をして、今日の健闘を讃え合った。ここで空を見ると、部分日食で上部が欠けた太陽が見えた。赤岩峠で感じた薄暗い感覚は、この日食のためだと此処で初めて気が付いた。

 山頂からの展望は素晴らしく、西上州の山々と奥秩父の山々が360度大パノラマとなって広がっていた。Gさんの標識の前でお互いに記念撮影をして、思い思いに時間を過ごした。山ランの対象にならないピークなので、あまり無線は気が乗らない。それでも鼻曲山移動のJR1CFR・JL1HFXとQSLの約束をした。鼻曲山は雪の混じった冷たい風が吹いて、とても留まっていられないとのことだ。それにひきかえこちらは暖かな柔らかい日差しの中で、のんびりしているのが不思議なようだ。この大ナゲシから見ると、赤岩岳は北側が灌木が密集しており、なにか楽に登れそうな気がしてくる。そこでこの大ナゲシを早々に発って、赤岩岳に向かうことにした。

 さて先ほどの岩場であるが、下降は真直ぐ下ることにした。しかしあまり手がかりがなさそうなので、持参したザイルをセットして懸垂下降で降りることにした。まずは私が先に下降して、その後村上さんに下から説明して下って貰った。村上さんは初めての懸垂下降であったが、難なくマスターして下まで無事に降りてしまった。

 「赤岩岳へ」

 赤岩峠に戻り赤岩岳に向かうことにする。こちらも、しっかりした道が上部に向かって続いている。道は赤岩岳の北に回り込み、しばらく水平に歩いてから、鞍部に登りあげる。この鞍部までは全く問題のないルートで、村上さんと前後で話をしながら軽い気持ちで登った。ところがこの鞍部でちょっと顔がひきつった。鞍部からは西に向かって稜線を登るのだが、再び岩登りの素養が必要になった。そしてその岩の上部は雪が残り、両側が切れ落ちている。
「アイゼンをつけましょうか?」と村上さんに問いかけると「大丈夫でしょう」と言う答え。それではと、慎重に雪のないところを選び、ヒヤヒヤしながら突破した。

 ナイフリッジを越えると、今度はシラビソの樹林帯になった。この樹林帯はつかまるところが多いのだが、足元は雪が凍結しておりうまく歩けない。そこでたまらずアイゼンを装着した。村上さんは「面倒くさい」と言って、アイゼンなしで登ってくる。そしてひとしきり登ると、赤岩岳山頂に飛び出した。

 山頂はGさんの山頂標識ともう一つが立木に取り付けられ、さらに一枚が土の上に転がっていた。展望は北の大ナゲシ方面が開けているだけで、期待した両神山の展望は雑木に阻まれて見ることは出来なかった。記念撮影をしてから、煮込みラーメンの昼食に取りかかった。村上さんは自作の八木アンテナをあちこち向けて、1200MhzでCQを連発している。こちらは食事のあとは、ボーッとして景色を眺めていると、村上さんが心配して「つまらないですか?」と聞いてきた。「とんでもない、これが好きなんです」と答えた。事実こうやってなにもしないで、なにもしないで景色を眺めることが、自分にとっては至福の時間なのだ。

 そうしていると、一人の男性の登山者が、山頂直下を歩いているのが確認できた。しかし彼はついに山頂には姿を現さなかった。村上さんと二人で、不思議だなと首をかしげた。世の中にはいろいろな楽しみを求める登山者も多いのだから、山頂に固執しない人もいるのかも知れない。

 去りがたい雰囲気の山頂も、時計を見るとそれも叶わない。名残惜しい山頂を後に山を下りた。


「記録」

 小倉沢08:03--(.32)--08:35休憩08:42--(.28)--09:10赤岩峠09:17--(.48)--10:05大ナゲシ11:02--(.52)--11:54赤岩峠--(.28)--12:22赤岩岳13:35--(.58)--14:33小倉沢


                     群馬山岳移動通信 /1997/