総勢15人、大騒ぎの「足尾中倉山」
登山日1997年11月2日


中倉山(なかくらやま)標高1530m 栃木県上都賀郡
山頂からの展望

 JA1KXW/渋沢さんの案内で、足尾山魂「中倉山」挑戦の計画があるという。これは参加しないと、後々後悔することになる。なぜなら渋沢さんの登る山は、滅多に行けないような場所であり、何と言っても楽しいからである。

 11月2日(日)

 足尾町を抜けて「松木川」「久蔵沢」「仁田元沢」の水が合流する場所に到着。ここに車を駐車して、3台の車に分乗して登山口を目指す事にする。狭い未舗装の道を抜けて、仁田元沢の左岸に沿って進む道に入る。途中で「山と無線」の編集長野田さんと合流した。ここで人数を数えると、なんと15人の大パーティーとなっていた。参加者は、KXW、UJP、ENW、FDI、HFX、CHR、HXF、VAJ、CFR、FAT、UGC、UGD、HYP、IAS、浅子さん、である。

 KXW、UJP、IASの3台の車は仁田元沢の荒れた林道を、それこそ激しくローリングしながら登っていく。石が鈍い音を立てて足元から突き上げて、車体が傾く時には思わず叫び声をあげたくなる。やがて標高850mの中久保沢出合の、広い駐車余地のある場所に到着した。

 ここから見上げる中倉山方面は、荒涼とした急斜面が続いており、これがはたして緑豊かだと言われる日本の風景なのだろうかと、目を疑ってしまう。それと同時に、足尾の鉱毒被害が想像を絶する自然破壊だったのだと、あらためて感じると共に田中正造翁の心を動かす要因のひとつを感じた。

 いよいよ登山開始だが、はたしてどこから取り付いて良いものやら、さっぱりわからない。ここはやはり中倉山の経験者、IASが先頭で入山してもらうことにした。中久保沢の左岸の尾根に取り付いて灌木の間をすり抜けて進む。すぐに灌木の林は抜けて、荒涼とした砂礫の斜面に出る。ここは緑地回復のための草が根付いて、腰のあたりまで成長していた。その中にあって、この時期に緑色の草が目に付く。すぐ前を行くUGCに草の名前を尋ねると「エニシダ」との答えが返ってきた。さすがに専門家であると感心してしまった。尾根はそのエニシダと芝が混在している草付きの急斜面の道だ。それに掴まらなければとても登ることは不可能だ。振り返ると、この急斜面を大パーティーが列をなして、登ってくる。おそらくこの中倉山では、これだけの登山者が一度に登ったことは例が無いだろう。

 空は一点の雲もない青空で、小春日和の絶好の登山日和、半袖シャツでちょうど良い。かなりの急登で、高度がどんどん上がっていく。後方の備前楯山の鋭鋒が際だって見えている。

 草付きの斜面も草が無くなると、とんでもない危険な砂礫のガレ場に変わった。おまけに両側は深く切れ込んでおり、足を踏み外したら、ズルズルと滑り落ちてしまうに違いない。緊張しながらそこの場所を通過すると、やっと安堵の気持ちが心の中に宿った。しかしこのガレ場を再び下山の道として選んだならば、かなりの困難が予想される。ここでこれだけの大人数を、安全に下山させることができるのか否か不安に駆られてきた。

 パーティーはこのガレ場の通過に時間がかかったのか、長くのびて3分割されてきた。先頭集団はIAS、UGC、HXF、FDI、HFX、さんが形成している。そして我々が登っている枝尾根から谷を隔てたひとつ先の東の尾根を、登山者が一人登っているのが確認できた。おそらくこの大パーティーにびっくりしているのだろう。立ち止まって、こちらを眺めているのがわかる。

 標高1150m付近で先ほどの登山者が登っていた尾根と合流した。そしてさらにその先に進むとちょっとしたピークがあり、ここで一休みとなった。眼前にはまるで二千メートル級の高山にいるかのような錯覚に陥るような風景が広がっている。それだけ草木が見あたらず笹の緑が山を覆っているだけだった。

 休憩後再び歩き出すと今度は岩場の連続だ。しかし、先ほどのガレ場と違って、手がかりがあるだけ安心感がある。その岩場が終わると、再び灌木の中に入る。所々岩場が現れるが、総じて左側を巻いた方が登りやすそうだ。私は岩場を直登したがそれでも大したことはなかった。それよりも驚いたことは、鹿が作ったケモノ道は本当によく踏まれていて、まるで登山道ではないかと錯覚してしまう。そのケモノ道を辿ってみると、いつしかそれは消えてしまうのである。それでも一部はその道を利用させてもらって、登る方が歩きやすい。

 標高1300メートル付近で再び小休止。ここでUGDさんがミカンを出して振る舞ってくれた。ここから上部を見ると見事な岩峰が見えていた。それはとても人間が取り付けるようなものではなく、偉容を誇って空を指していた。

 休憩後、再び急登を登り出す。途中、人工的に割ったような岩が現れ、これならば
ちょっとしたビバークにも利用できそうだと考えられるが、実際はこんなところでビバークなんてとんでもない。IASに遅れまいと、UGC、FDI、ENWと急登の灌木帯をあえぎながら登ると、やっと稜線にたどり着いた。そこはまさに別世界の入り口だった。小さなコルを挟んですぐそばに、緑の笹に覆われた山頂が現れたのだ。思わず小走りに、その高みに向かって進んだ。

 まだ高いところが残っているにもかかわらず、中倉山の山頂三角点はその途中に設置されていた。そしてそれは笹に埋もれてしまって、よほど注意しなければわからない場所にあった。傍らには「建設省国土地理院」の朽ち果てた標柱が転がっていた。ここで思い思いに記念撮影をして、中倉山の最高点に向かった。

 中倉山の最高点の一帯は、笹が10cmほどの長さに刈り込まれている。これは鹿が食べてしまうからだと言うことだが、それにしても見事なものだ。それにその笹原は南側だけで、反対側の松木川方面は一木一草も見られない死の世界が広がっていた。この正反対の風景がこの山の素晴らしい所だ。展望は遠く富士山も望めるが、近くの素晴らしい山が間近に見られる。日光男体山はいつもと違った形で大きく見えており、皇海山はこのあたりの盟主としてどっしりとしていた。またちょっと足を延ばして先に行ってみると、白い雪を被った日光白根山が眩しいばかりに輝いていた。

 山頂では思い思いに分散して時を過ごした。UGCはケーブルフィッシャーを立てて、6m用ののヘンテナを設置したので、これがかなり遠方からも目立ったに違いない。CFRはダイエットと称して、缶コーヒーを一本飲んだだけで過ごしている。UJPは盛んに山頂の様子をテープレコーダーに録音している。FDIはいつもの通り1200MHzで運用、かなりの成果を上げたようだ。HFX、VAJ、CHR、HYPはアルコールが効いているのか、かなり盛り上がっている。そのうちにKXW、FAT、浅子さんが山頂に到着して、全員が無事に山頂に揃ったことになる。

 山頂での記念撮影のあといよいよ下山に取りかかる。

 下山はさすがに早い、灌木に掴まってスピードを緩めながら一気に下っていく。そしてついに決断を迫られる標高1150mの尾根の分岐にたどり着いた。しばらく待って、全員が到着してから、どちらの尾根を選ぶか検討したが結論が出ない。私はどうしても登ってきたときの、あのガレ場がどうしても好きになれない。どうせ危険なら、まだ歩いたことのない左の尾根を歩いて行きたいと考えていた。唯一この左の尾根を歩いているIASは、一カ所だけ嫌らしいところがあるが、あとは大したことはないと言う。そのうちにKXWはいつもの通り決断が早く、どんどんその左の尾根を下りだした。その後にCHR、HXF、FDIが続いたが、その後はまだ決断を出来ないでいるようだ。

 下山は芝に掴まりながら下るので、傾斜は急でも危険は感じられない。なかなかいい感じで下れるではないか。そう思って後ろを振り返ると、いつの間にか我々から少し離れて、全員がこの尾根を下り始めているのだ。私は、内心これで良かったとこの時は思った。なぜならこの危険な下りを、別れて行動するのはひとつのパーティーを組んだ以上、ちょっと引っかかっていたからだ。

 さしたる危険もなくカヤトの斜面を下るが、尾根の左側は井戸沢まで切り立った崖で、のぞき込むと吸い込まれそうな錯覚を覚える。それでもこれで楽勝と安心して快適に下ると、950m付近のキレットで、その通過が困難な場所に出くわした。25mほどのガレ場の斜面なのだが、手がかりが全くなく、もしかすると事故に結びつく様な場所である。IASと二人でこのガレ場の通過をどうにしたら良いか考えた。用意の良いFATが持って来た6mm×20mの補助ザイルに頼る他はない。IASはザイルを登山口まで持ってきていながら、それを持ち上げなかったことを悔やんでいる。野田さんが到着、ザイルを出してもらってシングルで斜面に設置した。

 その赤いザイルに掴まって、女性陣を中心に下ろして行くことにした。UGDが下りるときはさすがにUGCは心配そうで、腰が浮いているようだった。CFRはこんな場所が本当に苦手らしく、ザイルに掴まり真剣な顔つきで下りていった。今回のメンバーで浅子さんが、それ以上にこんな場所が苦手らしく、何度も立ち止まっては息を整えて下りた。

 この後も、このザイルは浅子さんの為に活躍をした。痩せた尾根の通過ではやはり野田さんが持参したエイト環を利用してのトラバース、それにアンザイレンにも使われた。そしてこの痩せた尾根の通過で、ひとまずの危険な場所はクリアした。その後は一気に林道までの斜面を駆け下りた。

 全員が林道に着いて、まずは一安心。あらためて長かった、中倉山の尾根の道を目で辿り返すと、カヤトの斜面が秋の傾きかけた陽の中で輝いていた。




「記録」
中久保沢出合8:47----10:53中倉山三角点----11:11中倉山最高点12:49----15:16林道


追記:「中倉山」は個人的には大変楽しく、素晴らしい山だと感じました。そしてもう一度、新緑の頃に未登の「備前楯山」と合わせて、静かに登りたいと思いました。今回は渋沢さん、中山さんには大変お世話になりました。



                       群馬山岳移動通信 /1997/