残雪の頂上台地を散策「苗場山」    登山日2003年6月7日

苗場山山頂から龍ヶ峰方面を望む

神楽ヶ峰(かぐらがみね)標高2030m 新潟県南魚沼郡/苗場山(なえばさん)標高2145m 新潟県南魚沼郡・長野県下水内郡/龍ノ峰(りゅうのみね)標高2050m 新潟県南魚沼郡・長野県下水内郡

苗場山は今から30年ほど前に3回登っている。そのうちの2回は赤湯まで歩き、一泊して元橋まで散策を楽しんだ。結婚前に妻とも歩いており、我が青春の山のひとつでもある。

 6月7日(土)

 自宅を3時半頃出発して、関越道の越後湯沢ICで降り、みつまたスキー場の入り口に着いたのは5時過ぎだった。ここで無線機のスイッチを入れて猫吉さんを呼んでみる。猫吉さんはすでに登山口の駐車場に着いているという。ちょっと焦りながら舗装された林道を走行する。その途中、ゲートがあり検問を受けることになる。
「何しに来たね?」
「山登りです」
「それなら計画書を書いてポストに入れな!」
つまり、山菜取りを警戒してのチェックポイントなのだ。山登り目的ならば全く問題ないし、夜間ならばこのゲートは開いているので、わざわざ呼び止められることもない。

 駐車場に着くと、猫吉さんはすでに準備万端で私の到着を待っていたようだ。ともかく着替えをして、ザックに道具を詰め込んだ。背負ってみるとなんだか軽い感じがする。何か忘れたかな?と思ったが思い出せない、まあともかく出発しよう。

 駐車場は広く、相当な車が駐車出来るスペースがある。なかにはテントを設営しているグループもあるほどだ。猫吉さんは昨日から行動しているが、体調が思わしくなくちょっと足元が怪しそうだ。どうやら海外トレッキングの疲れが、一ヶ月過ぎても回復しないようだ。今はやりの「重症呼吸器症候群」かとも疑ったが、咳き込んでいないようなので、一安心だ。

 朝の光が差し込む中、よく踏まれた登山道を歩くと、どこからともなくウグイスの声が聞こえてくる。それにクマザサなのか、あるいは針葉樹なのか高山の匂いが、懐かしさも伴ってくる。道はやがて未舗装の車道に出て、さらに登っていく。猫吉さんの足取りは病み上がりにしては、しっかりとしており一安心だ。

 やがて車道は大きくなった和田小屋の前で終点となった。30年ほど前の和田小屋は、いまにも朽ち果てそうなオンボロだった。訪ねると中から小屋番がいつも眠そうな顔で出てきたような記憶がある。もっとも、前の和田小屋はここよりも少し下で、今は湧き水のある場所が、その名残となっている。一緒に来たことはないが、猫吉さんとその頃の話をしながら立ち止まって周囲を見渡した。
和田小屋
 和田小屋の上部はゲレンデになっており、残雪が一部に残っていた。登山道はそのゲレンデを避けて右側に回り込み、白樺沢の左側を登る事になる。湿気が多く、岩は角が取れて滑りやすくなっている。これが雨でも降ったら最悪の道になることは間違いない。「ショウジョウバカマ」「タムシバ」「ミツバツツジ」が姿を見せると、暗い樹林の道が明るくなるようだった。時折現れる残雪は、しばしばルートを見誤る原因となる。登るときはよいが、下山の時は要注意で実際に事故が起こる事もある。山歩きというのは、いかに道や踏み跡が頼りで、漫然といつも歩いているかがわかる。

 和田小屋を出発してから約1時間、登山道はスキーのゲレンデを横切ることになる。樹林も無くなり、気持ちがよいのでここで一休みにすることにした。天候は日射しこそ無いが、明るく見通しが良かった。猫吉さんが持ってきたリンゴを、半分貰って食べると疲れが和らぐようだった。それにしても小さい虫が顔の周りを集団で飛び回るのには閉口した。そこでタイガーパームを顔の回りにつけるたが、あまり効果はなかった。

 休憩したところからわずかに歩くと、下ノ芝の広い雪原に出た。わずかに標柱が上部を雪の上に出していなければわからない場所だった。雪原を横断し、樹林の中の登山道に入ろうとすると登山道は雪解け水で、音を立てて小さな沢のようになっていた。かまわず登山靴のままその道を登り上げると、残雪の中の樹林帯となった。広い尾根上の場所で帰りのことを考えると、ルートの判断が難しくなる場所だった。

 ふと見ると、雪の上にピンクのものが見えている。近づいてみると、それは数分前に落とされたような、ピンクのペットボトルカバーに入った、スポーツドリンクだった。先行している親子連れを見たが、おそらくそのパーティーのものと思われた。落とし主がわかりやすいようにザックの背に引っかけて置くことにした。時折あらわれる夏道を確認しながら歩き、徐々に高度を上げていく。かぐらスキー場の「祓川コース」リフトの最終地点が見えてきた。このあたりも夏道を残雪が消してしまって、どうしてもルートがわかりづらい。まあ、適当に登れば何とかなるのだが、無駄な労力はできれば防ぎたいものだ。

 樹林が少なくなり、目の前の展望が開けるとそこが中ノ芝だった。中ノ芝の休憩場所では親子3人が休憩中だったので、近づいて声を掛けた。
「落とし物をしましたか?」「ええ、大切なものを」「ひょっとしてこれですか」
そう言ってザックの背に引っかかっている、ピンクのペットボトルカバーを見せた。すると子供の目が輝くのが見て取れた。
「あっ!!あれだ」そう言って駆け寄ってきた。
「どうぞ、引っかかっていますから取ってください」
そう言ってザックを背負ったままで背を向けた。
母親が「どうもありがとうございます」と言ってザックから外した。
そのまま立ち去ろうとすると、その子供がお礼にと、携行食を持ってきた。断るのもおかしいので、ありがたく手渡しで貰った。

 このやりとりを見ていた猫吉さんは「あの子は一生、HXFの事を忘れませんよ」などと言ってちゃかした。それから「そろそろ休みましょう」そう言いだした。病み上がりの身体がやはりきついのだろう、腰掛けるのに適当な岩がある場所で、休憩することにした。ここは展望が開けており、眼下にはカッサ湖、その先には平標山が霞んではいるが、大きく構えている。その手前の思い出のタカマタギはわりと低く見えているのが意外だ。汗を拭きながら休んでいると、かの親子連れは我々を追い越して先行していった。
顕彰之碑小松原分岐の標柱は雪に埋もれていた

 中ノ芝まで来ると、樹林もそれほど煩わしくなくなった。むしろ残雪が多くなり、雪原が広がったからなのかもしれない。ここから稜線への登りは雪も締まっており、快適な斜面で面白いように高度が上がっていく。途中、三角形の妙な物体が雪の上から顔を出している。近づいてみるとそれは「遺影之碑」と刻まれているのが見えた。声を出して読んでいると、猫吉さんが「それは”顕彰之碑”だよ」と口を挟んだ。あらためてみると、確かにその通りで刻まれている内容も、スキー場開設に伴う功労者とある。思わぬところで間違った内容を覚え込むところだった。

 顕彰之碑を過ぎると傾斜も弱まり、再び何かの碑を過ぎると股スリ岩と呼ばれる場所に出た。ここの岩場をちょっと越えると、神楽ヶ峰のあたりがはっきりと確認できた。このあたりはアップダウンも少なく、快適な雲上漫歩である。やがて残雪が途切れて、笹原になるとそこが神楽ヶ峰であった。

 猫吉さんは腰を下ろすこともなく、いきなり無線機を取り出して無線運用。こちらはすでに無線運用は過去に済んでいるので、展望を楽しむことにした。足元にはまだ小さいコバイケイソウ、キバナノコマノツメ、そしてシラネアオイがわずかな風にも反応して揺れていた。しかしやはり気になるのはこの神楽ヶ峰から約100m下ってから、再び約200mを登り返す苗場山の本峰だ。恐る恐る木の間から見ると、やはり圧倒的な迫力で迫っているのが見えた。
雷清水シラネアオイ

 猫吉さんの無線を待って、再び歩くことになった。とりあえずは神楽ヶ峰からお花畑のコルに向かって一気に下るのだ。本当にもったいないような高度を失うのだから、切ないことではある。ずっと目の前に見えている苗場山の本峰が、下るとともに高くなって行くのも悔しい。ともかく快適に下ると雷清水と呼ばれる水場に着いた。夏場でも枯れることのないこの水場は貴重なものであることは確かだ。試しに口を尖らせてすすってみると、確かに旨いような気がする。傍らには山小屋の名前の入ったコンテナに、ペットボトルが何本も入れてあった。(ひょっとして山小屋もこの水場が頼りなのかな)
苗場山をお花畑から見る
 水場を過ぎてさらに下るとコルの最低鞍部で、お花畑と呼ばれているところである。その名の通り、ここは道の両側はシラネアオイで埋められ、アズマシャクナゲが満開、斜面にはチシマザクラの清楚な花がちりばめられていた。猫吉さんが持参してきたVTRをもって彼の姿を追った。なかなか絵になる風景で、記念写真としても良いところだ。ここで猫吉さんが、200mの標高差の斜面を登る前に休みたいと言う。とうとう病み上がりの無理をしたツケが回ってきたのかと思って、心配しながらシラネアオイを避けて腰を下ろした。

 休憩後いよいよ最後の登りに取りかかることにした。標高差200mの登りはジグザグに何度も切り返しながら高度を稼いでいく。ゆっくりと登り、振り返っては周囲を見渡すと残雪と緑のコントラストが鮮やかに目に入ってくる。猫吉さんはさすがにつらそうなので、荷物の負担を減らす意味も含めて、VTRを奪って猫吉さんの喘ぐ姿を納めることにした。(このほうが意地悪だったかもしれない)先行してはいくつかのカットを撮したが、自分としてもVTRは初めての経験で、思うようなものがなかなかとれなかった。

 ともかく猫吉さんの姿を追いかけながら、登っているといつの間にか山頂に出てしまった。この山頂に飛び出た時の感動は、これで4回目だがいつでも同じだ。喘ぎながら飛びだしたところは平らな広い湿原なのだから。こんな高いところに田圃があり、苗が植えられていると言うのが、この山の由来らしいがこの風景を見れば納得する。猫吉さんはGPSを取り出して盛んに操作している。どんなに疲れていてもこだわるところはたいしたものだ。

 さらに歩を進めると、次第に山頂の立派な小屋が目に飛び込み、その周囲で休む登山者が確認できるようになった。そしてどんどん歩いていくと、登山者のざわめきが聞こえ、やがてそれがうるさいほどになってきた。登っているときはあまり気づかなかったが、こんなに混んでいたのかと驚いた。もっとも祓川コースだけでなく、他にもコースはあるから考えれば不思議なことではなかった。

 まずは三角点の確認だ。遊仙閣の小屋の裏にまわり、いろんなものに囲まれた冴えない場所にそれはあった。しかし、一等三角点はやはり立派で大きい。ともかくここで記念撮影をしてから、遊仙閣の前に出て昼食にすることにした。猫吉さんはとりあえず無線運用、私はラーメン作りに取りかかった。そうだ、まずはビールで乾杯だ!!ところが猫吉さんは無線に本気で、ビールどころではない。仕方ない待つのも悔しいので、蓋を開けて飲み出した。ラーメンが仕上がる頃に無線が終わり、あらためて乾杯となった。

 一段落すると、今度は横になりたくなり、ごろりと横になって空を仰いだ。目を閉じようとすると、「早めに龍ノ峰に行きましょう」と猫吉さんに声を掛けられた。「え〜!」時間を見るとまだ正午。しかし、冷静に考えてみると時間が迫っていることは確かだ。支度を整えて、猫吉さんに急き立てられるように慌ただしくその場をあとにした。
龍ノ峰に向かう龍ノ峰から苗場山頂ヒュッテを見る

 龍ノ峰は苗場山の山頂台地の一角で、際だったピークではない。ともかくそこに向かって雪の中を歩き出した。木道は時々現れるが、ほとんどは雪に覆われている。小赤沢コースの分岐で道を分けると、木道はすっかりと無くなった。雪が無くなったところはまさしく土の上で、貴重な湿原の中を歩いているのである。妙な罪悪感を感じながら歩くが、踏み跡と地形図の波線の表示が、間違いないことを示している。やがてあらわれた「赤倉山・赤湯」の標識が心強い。振り返れば苗場山頂ヒュッテの建物は遠く霞んでいた。

 さて龍ノ峰であるが、山頂は標高2050mの等高線で囲まれた地点で、近くにある2036.7mの三角点の位置ではない。つまり、2050mの地点の高そうなところが山頂と言うことになる。しかし、むやみに登山道を離れて湿原の中に入ることも出来ない。幸いにも登山道が2050mに掛かっているところがあるので、ここを山頂とすることにした。GPSで慎重に位置を探して場所を特定した。当然なんの標識もなく、目立つものも見られなかった。唯一、私はここで無線運用していないので、猫吉さんと交信をして目的を果たすことが出来た。この時点から遠雷が聞こえるようになり、それに追われるように帰路についた。

 しかし、下山途中の下ノ芝のあたりで本降りとなり、雨の中の下山となった。そして、それを癒す岩原スキー場付近の「岩の湯」の暖かさは、冷えた身体に堪えられなかった。

トイレ 100円が泣かせるひょうたん 400円てなんだろう



記録

駐車場05:49--(.29)--06:18和田小屋--(1.17)--07:35下ノ芝--(.52)--08:27中ノ芝08:36--(.34)--08:50上ノ芝--(.06)--08:56顕彰碑--(.24)--09:20神楽ヶ峰09:38--(.18)--09:56雷清水--(1.20)--11:16苗場山山頂12:08--(.23)--12:31小赤沢分岐--(.02)--12:33苗場神社--(.21)--12:54龍ノ峰13:15--(.44)--13:59苗場山頂ヒュッテ14:10--(.45)--14:55雷清水--(.22)--15:17神楽ヶ峰--(.34)--15:51中ノ芝--(1.14)--17:05駐車場


群馬山岳移動通信/大塚