熊笹の藪を潜って到達「黒湯山」
登山日1998年5月10日


黒湯山(くろゆさん)標高2007m 群馬県吾妻郡・長野県上高井郡/横手山(よこてやま)標高2307m 群馬県吾妻郡・長野県上高井郡
左のピークが黒湯山

去年の6月に志賀高原の藪山に挑戦したことがある。その中で、どうしても藪に阻まれて登れなかった山がある。それは「黒湯山」で、近くの「土鍋山」「御飯岳」と比較しても、藪と言う意味では全く遜色のない山である。地形図で見れば車道からわずかな距離であり、実際に近くに行っても、なにか丈の短い笹の絨毯を敷き詰めたようで、簡単に登れそうな感触を受ける。

 5月10日(日)

 志賀草津道路を車で走行、標高2000メートル付近にさしかかると天候は徐々に回復、今日は久しぶりに太陽の下で山登りが出来そうだ。しかし、この2000メートルでも残雪が少ないことが気にかかる。なにしろ「黒湯山」は残雪が無ければ登ることは不可能に近いからだ。そのために残雪を1年間待ち続けたのが、今年は極端に積雪が少なく待ち続けた甲斐がないようだ。

 万座温泉から須坂市方面に向けての道に入る。ところが入り口にはゲートがあって、「積雪のために通行禁止」と言う標識が取り付けてあった。しかしどう見ても雪があるようには見えない。ゲートは車が一台分抜けることが出来るスペースだけ開いている。そこでそのスペースを抜けて中に入った。

 新緑の林道を進み、「黒湯山」の下の道にある1838メートルの標高点の付近に、適当な駐車余地があり、ここに駐車する。今日は子供と一緒なのだが、残雪が無いので登ることは不可能。そのため子供は可哀想だが車の中で留守番をしてもらうことにする。そのために雑誌、ノートパソコン、無線機、携帯電話、食料を残して一人で出発した。

 目指す山頂は青空の中で間近に見えている。ルートは1838メートルの標高点から、山頂に伸びる尾根を辿ることにした。そこで勢い込んで笹藪の中に飛び込んだ。笹藪は身の丈の2倍ほどあり、もちろん周りの景色など見えるはずもない。体を前に押し出すと、その分だけ笹に押し戻される。やはり風雪に耐えた笹は強靱で、粘り強く容易に人を寄せ付けない。それに、笹は全て下に向かって倒れているので、登るときはそれが一番のネックとなる。

 ともかくこうなったら、こちらも粘り強く少しずつ前に進むしかない。笹を両手で分けてその中に足を踏み入れて進む。この作業の繰り返しだ。時折、笹が顔に当たったり、足に当たったりと痛い。まるでムチで打たれるような感じである。

 それでも尾根伝いに登ると、時折現れる栂の木が良い息抜きの場所になる。それはその根元だけは笹が少なく、笹から解放されるからだ。単調な作業を繰り返して30分ほどしたところで、無線機のスイッチを入れて子供を呼び出す。こんな時は子供もアマチュア無線の免許を持っていることが役立つ。下の様子を聞くと、静かで快適とのことで安心する。

 少しは展望があるのでカメラをザックの中から取り出そうとした。ところがカメラが入っていない!!車の中に忘れたらしい。子供に聞くと車の中にあるという。しかしもう戻る元気はない。 残念だが山頂での記念写真は諦めてこのまま登ることにした。

 笹藪の中には、時折シカの糞が見られる。シカはこんな藪の中でも自由に活動出来ることがわかる。それに引きかえ人間は、なんと無力なのだろうとつくづく思えてくる。たった数メートル進むのに大変な労力を費やしているのだから。

 歩き始めて50分ほどで手前の2060メートルのピークに到着した。笹は相変わらず身の丈を越しており展望は全く得られない。それどころか、笹が太くなって丈が伸びたように感じる。まさにその通りで、足は全く地面に届かず、笹の上を歩いていると言った方が正しい。

 そのピークから若干下ったところの数メートルが、今回一番快適だった。それは笹が膝くらいまでで、展望が得られたからだ。下の林道に置いてある車が手に取るようにわかる。しかしそれもわずかで、再び笹藪に突入だ。

 今日は天候も良く、気温が低いから良いが、気温が高かったらもう本当に地獄のような登山となるだろう事がわかる。時折、もうこのまま断念しようかと思う。そんなときは思い切り「コノヤロウ!!」と笹に向かって罵声を浴びせる。すると不思議なもので少しは気分が晴れる。

 そのうちに栂の木が多くなり、最後の力を振り絞って笹をかき分けるとそこが頂上だった。三角点と白い杭があり三等三角点と記入してあった。私が手を伸ばしても届かない場所にGさんの山頂標識がある。Gさんの標識はおそらく積雪が1メートル以上あったときに取り付けたのだろう。そして私の顔のあたりの高さには青い標識(おそらく群大WV)の標識があったが文字はすでに消えてしまっていた。展望は笹で見ることが出来ない。それでもそれらをかき分けると「横手山」「山田牧場」「四阿山」が見渡せる。それから北方面には若干の刈り払いの跡が見られたが、どこに通じるのかは確認できなかった。

 子供に無線で連絡。立ち木の先に白いタオルを巻いて揺らして、下から写真を撮ってもらうことにした。果たしてこれが写っているか、現像が楽しみである。無線の運用は1430Mhzで呼び出してみるが、応答がない。あきらめかけたときに、長野市内から応答がありなんとかQSLを確保した。

 帰りはこの山頂から一気に林道に下りることにした。下りはかなり楽で、笹の上に乗って空中散歩のように下った。しかし、その苦労はかなりの物だった。

 車に戻って着替えをすると、顔に2箇所の傷、足には無数の傷と内出血の跡、ズボンは2箇所のカギ裂きがあり、今日の苦闘の跡を示していた。


**横手山へ**

 未だかつてこの志賀に来ていても「横手山」に登ったことがない。そこで良い機会なので、立ち寄ってみることにした。

 当初リフトで行こうとしたが、なんと往復900円(二人で1800円)。これはたまらないので、渋峠まで戻りここから徒歩で登ることにした。渋峠から横手山までは林道がある。しかし雪上車やユンボが道をふさいでおり、一般の車は通行できない。

 空身だと格好が悪いので、子供とザックを背負い歩き出した。

 簡単な歩きで山頂に到着。これで1800円を助けたと思うと気分がいい。子供と顔を見合わせて思わずガッツポーズが出てしまった。横手山の三角点には祠があり、賽銭箱が設置してある。子供が1円を奉納したので、こちらも一緒に手を合わせた。その時に子供がある物を発見した。それは「KUMO」であった。なぜかここのKUMOは真新しく感じられた。

 展望は南方面が素晴らしく、遠く西上州の山々まで見渡すことが出来た。それにしても林立するアンテナ群は壮観である。山頂からもどり「横手山頂ヒュッテ」の手作りパンを期待したのだが、あいにく休業中であった。そこでリフト駅の食堂で700円のラーメンとうどんをすすってから帰路についた。


「記録」

**黒湯山**

 林道07:56--(.52)--08:482060mピーク--(.32)--09:20黒湯山山頂09:57--(.19)--10:16林道


**横手山**

 渋峠11:21--(.32)--11:53横手山山頂12:27--(.23)--12:50渋峠




     群馬山岳移動通信 /1998/