アクシデント続き「栂ノ頭」「コシキノ頭」
登山日1996年4月6日


栂ノ頭(つがのかしら)標高1564m 群馬県吾妻郡/コシキノ頭(こしきのかしら)標高1610m 群馬県吾妻郡
栂ノ頭へ頂上台地を歩く
 群馬県北部の四万温泉の北にある山で気になっていた山がある。それは「コシキノ頭」と「栂ノ頭」の二つのピークである。特に四万温泉から見るコシキノ頭はその尖ったピークがなんとも魅力的であった。なんとかそのピークに立ちたいと思っていたがなかなかその機会がなかった。なにしろ薮山であるから季節的には残雪期の頃しかそのチャンスはない。


4月5日(金)

 仕事から午後8時頃帰宅するとすぐに猫吉さんから電話が入った。用件はどうもハッキリしないが、どうやら山に付き合ってくれると言う。今回の山は一人では不安だったので、心強い同行者を得られた事はとてもうれしかった。そして結果的には猫吉さんがいなければ成り立たなかった山行となったのである。猫吉さんがなぜ電話をかけて来る気持ちになったのかはいまだに不思議でならない。

4月6日(土)

 待ち合わせの四万日向見温泉に7時30分頃に着くと、早くも猫吉さんが全ての準備を整えて待っていた。聞けば道のそばに駐車したので、うるさくて眠れなかったとの事だ。私はと言えば、夜中の2時半頃に目が覚めてそのままウトウトしていたので、お互いに睡眠不足と言える。ともかく急いで車の中を引っかき回して支度を整えた。

 薬師堂の駐車場に車を止めて歩きだした。少し歩くと左側にさらに広い駐車場がありここに車を置いた方が良かったかなとも思った。やがて薬師堂入り口に着いたがそのまま通過した。石柱には大げさに「国宝」と書いてあったが近づいてみると薄く「旧」と書いてあるので思わず苦笑してしまった。やがて摩耶の滝の標識に従い未舗装の道を山に沿って登り出す。するとすぐに開設工事中の広い道路に突き当たる。この道の先には「奥四万トンネルとあり、将来は三国峠の先の苗場まで行くはずだ。「摩耶の滝1.3km」の標識の横を抜けて日向見川の左岸に作られた遊歩道を登っていく。所々に休憩のための東屋や石で出来た椅子が設置されていて、なかなか整備は良くなされていた。またかつてはトロッコが設置されていたとの事で、その線路の一部が枕木と共に残されている場所も見受けられた。

 ふと記録をつけようとしたら、ペンを忘れている事に気がついた。猫吉さんがザックを中を引っかき回して、なんとか一本のボールペンを探し出してくれたので助かった。やはり同行者がいると言うのは有り難い。

 摩耶の滝入り口に着いたが、二人とも下に下りる元気もなく、そのまま通過して先を進む事にした。ここから日陰には雪が見られるようになってきた。そして明らかにかつてトロッコが走ったと思われる証拠の石積みの跡も見られた。3カ所の大きな枝沢を渡渉してから、日向見川が大きく曲がるところがある。地形図を確認すると、この標高950メートル付近から尾根に登り上げる事になる筈である。注意深く右の斜面を見ながら歩くが、それらしき踏み跡が見つからない。すると後ろから猫吉さんの声がかかった。猫吉さんのところまで戻ると、そこにはなんと立木にビニール紐が巻き付けてあるではないか。かなり良く見ていたつもりなのだが、見落としたらしい。またもや猫吉さんに助けられた形になった。

 さてビニール紐があったからとて、はたして正解かどうかはわからない。踏み跡だってもちろん無きに等しいからだ。それが証拠に猫吉さんと私は好きかってに適当なところを離れて登っている。もっとも前後に連なって登ると落石の危険があると言う事もある。それほど傾斜がきつく、両手で立木につかまらなければ到底登る事は出来ない。約20分かけてそこを登りきると尾根が狭くなり、傾斜もゆるんだのでひとまず休憩とした。しかしここでこれだけの体力を使ってしまって、この先どうなるものかと不安を感じてしまった。何しろ地形図を見てもまだまだ先は長いのだから。

 そこからすこし登るとナラの大木に、馬の顔そっくりのコブが付いているところに着いた。ちゃんと目まで付いているのだから驚きである。珍しさも加わって猫吉さんはこれをバックにして記念撮影をした。さらに進むと目の前が急に開けて、気持ちの良いなだらかな尾根の雪原が現れた。ここでロングスパッツを装着する事にした。ここは雪もしまっており、たいへん歩き易くペースが快調になった。振り返ると榛名山が遠くに霞んで見えており、手前にはやけに立派な上州高田山がそびえていた。

 そんな歩き易い尾根もそんなには続かない。目の前にとんでもないクマザサの薮がその姿を現してきた。背丈の倍もあるクマザサが斜面いっぱいに広がり、どこからこの薮の中に入ったら良いのか全くわからない。はじめは雪が残っているところを選んで登ったのだが、それもすぐに無くなってしまった。10分ほど登ったところで、二人ともあっさりダウンしてしまい早くも休憩となった。

 休憩後いよいよ覚悟を決めてクマザサの中に入った。クマザサは全て下方に向かって倒れており、これは雪に押されていたからであろう。これが良いのか悪いのか、どちらとも言えない点がある。クマザサが登るには逆を向いているので大変な労力を要する。しかしその反面、クマザサが倒れているために見通しが利いて、自分の現在地を確認しやすい点はいい。まずはクマザサを足元で二つに分け、その中に足を踏み出して徐々に登るしかない。はじめは斜面の中央部分を登っていたのだが、次第に右の尾根の縁にトラバース気味に渡る事にした。その尾根の縁に着いたところで、あえなくダウンしてしまい、猫吉さんにトップを譲った。猫吉さんがその尾根を順調に登りはじめ、クマザサの中に姿が消えたところで歓声が上がった。息を切らして登っていくとやっと笹原から解放された世界がそこにはあった。標高差約150メートルのクマザサの斜面との戦いだった。

 やがて尾根が狭まり標高約1400メートルの突端に着いて、ここからは上部に向かって鉄砲登りの急登だ。幸いに雪もしまっており、歩き易い広葉樹の疎林の斜面だ。しかし疲れている身体にはこんな斜面でもまことにつらい。猫吉さんが地形図を見ながら、「無理に登るよりも、ここから右にトラバースして行く方が効率がいい」と言う。その言葉を信じて、斜面を横に進んだのだが意外とトラバースは疲れる。それに上部の雪庇の崩れたものが、辺りに散らばっているので歩きにくい事もある。二人ともこれでは危ないと再び上部に向かって登り始めた。

 そして上部に着くと強い風とが吹きまくる斜面が待っていた。しばし歩を進める事を中断させられるような強いものだった。さらに先に進むと今度は風も少なくなり、目の前には素晴らしい雪原の光景が広がった。真っ白い雪原に数本のダケカンバが並んでおり絵になる風景だ。思わずカメラのシャッターを押してしまった。ここでしばらく休みたかったが、猫吉さんが正午を過ぎているのでとにかく先に進もうと言うので、その意見に同調した。

 先ほどはトラバースをしたために余分な労力を使ったので、今度は忠実に尾根を辿る事にした。このまま雪原を前に進み、標高1550メートルのピークを目指した。そのピークに近づくに従って北側の山々が姿を現した。谷川連峰、苗場山、稲包山、そして白砂山は指呼の距離で、思わずその大展望に見とれてしまった。稜線伝いに歩いて雪庇の見事さに目を奪われながら進むと、一旦下りて再び登りとなった。そしてピークに立ったのだが、標識らしきものは無い。さらに先にも、もうひとつピークがあるのだが、何か低いような気もする。猫吉さんが来るのを待って地形図で確認するが、ともかくピークをなんでも踏んで置けば間違い無いと言う事で意見が一致した。

 その先のピークに着いてみると先ほどのピークよりの高い様でもある。地形図の三角点の記載からも一致する。三角点はもちろん雪のしたにあり確認する事は出来ないし、標識もない簡素な山頂だった。しかしここが「栂ノ頭」山頂である事は間違い無かった。やっと目的地のひとつに着いたので、昼食にする事にした。無線は二人とも奥の手以外は1局やっただけで終了した。ここで猫吉さんの自慢のカメラ「ライカ」で記念撮影をした。なんと自動シャッターは後付けで取り付けるという渋いものだ。

 さて今度は「コシキノ頭」だ。

 登ってきた道を今度は途中まで戻る事になる。それにしてもこの広い雪原で、霧が発生したら間違いなく道を失うと思う。それほど目標物の無い、広い平坦な場所だった。今日は天候がいいので目指す「コシキノ頭」の鋭鋒が常に見えているので、迷う事は全く無いだろう。緩やかな斜面を登ると立派な雪庇の張りだした場所に出た。その雪庇の上に立つと南側の大展望が目の前に大きく広がった。この場所から動きたくなくなるような素晴らしい展望だった。

 それにしても気になるのは、目の前にある標高差40メートルほどのコシキノ頭のピークだ。はたしてどこから取り付いたら良いものか迷ってしまう。ここでも猫吉さんの到着を待って意見を聞いてみた。とりあえず取り付いてみようと言う事になった。二人で横に一列になって斜面を登り始めた。取り付いてみると何とかなるもので、雪がしまっていたので、キックステップで足場を固めると簡単に登る事が出来た。そして最後は笹薮を少しかき分けると「コシキノ頭」山頂に到着した。山頂はさほど広くはなく、山頂標識が2枚立木につけられていた。ひとつは青いお馴染みのプレートでなんと日付が「S58.8正部員養成山行」とある。こんな薮山に無雪期の暑い時期に登るとはとんでもない事をするものだと驚く。猫吉さんと記念に握手をして山頂に腰を降ろした。無線は不調で私は奥の手で猫吉さんとQSOしただけで終了した。

 素晴らしい展望の山行を無事に終わり、後は下山だけだと簡単に思っていたら、悪夢はその後に次々にやってきた。

 トロッコ道まであとわずかで着けるという斜面で、注意はしていたのだが、何気なく掴んだ木に力を入れたら、なんと簡単に折れてしまった。そのまま身体が半回転して背中から落下してしまった。幸いすぐに違う立木につかまりそれ以上の落下は無く、首の後ろを擦りむいただけだった。しかし着ていたセーターは泥だらけになってしまった。

 そのあとトロッコ道に着き、枝沢の水で擦りむいた首を洗っていると、なんと大きな音をたててそばに置いてあったザックが沢に向かって落下してしまった。これも運が良く沢の本流に行く前に止まり、流失はなんとか免れた。

 なぜかとんでもなく疲れているようで、意気消沈しながら歩いていると、なんでもない沢の渡渉の為に斜面を下りたらそのまま滑って沢まで落ちてしまった。

 今日はなぜか運が悪いと思いながら摩耶の滝の先にある東屋で、休憩して猫吉さんと記録の整理などをして休んだら、なんとか体力が回復した。そこで快調に遊歩道を歩いて、あとわずかで日向見までと言うところで、忘れ物に気がついた。それはピッケルだ。おそらくあの東屋で休んだときに置き忘れたに違いない、しかたない取りに戻る事にした。そのために約20分ほど時間のロスをしてしまった。

 なんというアクシデントばかり続く山行だったのだろうか。しかし、これが単独での山行でなくて良かったとあらためて思った。しかし猫吉さんがあまりにもタイミング良く今回の山行に付き合ってくれたことは偶然には出来過ぎだと思った。

 ともかく、その日の夜は村の飲み会があったために、猫吉さんに簡単な挨拶をして急いで自宅に帰った。


「記録」

 四万日向見温泉08:08--(.36)--08:44摩耶ノ滝--(.42)--09:26尾根取付--(.20)--09:46休憩10:01--(.25)--10:26笹薮取付--(.11)--10:37休憩11:01--(.25)--11:26笹薮を抜ける--(.18)--11:441400m付近--(.32)--12:16山頂部の原--(.34)--12:50栂ノ頭13:39--(.52)--14:31コシキノ頭15:18--(1.52)--17:10摩耶ノ滝--(.50)--18:00日向見




                        群馬山岳移動通信/1996/