浅間の秘峰「剣ヶ峰」に登る
登山日1996年7月20日

剣ヶ峰(けんがみね)標高2280m 長野県北佐久郡


 高崎市付近から浅間山を眺めると剣ヶ峰から黒斑山を望む、その左側に秀麗な形の「剣ヶ峰」のピークが見える。高さは浅間山と同じ程度に見えており、昔から是非登ってみたい山のひとつとして憧れていた。ところが地形図を見ても、ガイドブックを見てもなぜか「剣ヶ峰」に関する記述はない。これほどのピークでありながら、なんの記述もないと言うのはなんとも不自然だ。はたしてそこには何があるのか、興味は深まるばかりだ。

 7月20日(土)

 所属している職場山岳部で「湯の平高原」散策の計画が持ち上がった。あまり団体行動は好きではないのだが、場所が「剣ヶ峰」に登るのに最適な事もあり、途中まで同行する事にした。まして「HP」でJR1NNL、JS1MLQが黒斑山に登る事を知った事もあり、見通し距離でのQSOが可能なので、その楽しみも増えたからだ。

 国民宿舎「浅間山荘」に着くと、なにか大変な賑わいだ。団体さんがラジオ体操をしたり、宿泊客が散策をしたりとなかなかなものだ。もっとも我々も総勢15人の団体が、駐車場で店を広げて支度をしているのだから文句は言えない。登山口は鎖が張ってあり、立派な登山届のポストが設置してある。さらに火口から4キロ以内立入禁止、植物採取禁止、罰金30万円、本日までの検挙者○○名などとカンバンが賑やかだ。

 団体の最後尾を歩きながら、「剣ヶ峰」に登る尾根を探しながら歩いた。しかし薮の中には赤テープはもちろん、踏み跡さえも全く無い。この尾根は「ヒサシゴーロ尾根」と呼ばれ、上部はかなり明瞭なのだが下部は広くはっきりしない。そこで、適当な所で団体と離れて薮の中に入る事にした。目印としては立木に円形の標識が取り付けてある所だった。

 薮の中のかなりの急登で踏み跡は全く無く、これは意外な感じを受けた。薮に入る前にコンパスを合わせておいたので、その示す方向を確認しながら進んだ。なにしろ薮の中にも、とても歩けそうにない場所もあるのだ。そんなときはそこを避けるから、どうしても方向が狂ってしまう。これを修正するのにはこの道具しかない。それでも不安なので念のために「巻紙」を立木にくくりつけておく事にした。すべてJCA、KQAの受け売りなのだが、これは本当に役に立つ。

 それにしても何という原生林なのだろうか。この林の中は人が入った雰囲気がないのだ。あるのはカモシカの通った「けもの道」だけである。その道はある程度歩き易いので、それを利用して更に上部に進んだ。それにしても時間が経過しているのに、なかなか高度が上がらないのが気になった。1時間経過しても標高差200mほどしか登っていない。まわりはあいかわらず見通しがきかないし、尾根はまだ広いままである。時々不安になりながらも先に進む。そして標高1700m付近でやっと尾根の左側の展望が開けるようになった。尾根が狭まってきたのである。

 標高1780m付近で、気持ちの良い砂礫の斜面となり、ここでひと休みする事にした。ピコ6+DPをセットしてワッチしてみると、NNLが黒斑山から運用している。相手はUGCだが、鈴木さんの声は全く聞こえない。交信が終わったところでお声掛けをすると、一発で取ってもらえた。それもそのはずで黒斑山は目の前に見えており、目を凝らすと山頂の標識まで見えるのだ。後藤さんの近くには「監視員」が居ると言うので、それ以上こちらの運用場所についてはレポートしなかった。

 標高1800mを越えると尾根がやっと狭まり、左側の斜面は砂礫の斜面が広がるようになった。ここにあるのは、特徴あるカモシカの蹄の足跡だけだ。そして前方には特徴ある姿のある「牙山」の岩峰が素晴らしい姿を見せている。振り返ると小諸市の市街地が広がっていた。ここからは快適なこの砂礫の斜面と、小さな薮の連続する登りとなった。砂礫の斜面にはひょっとすると、コマクサでもと期待したがそれは見られなかった。その代わりに薮の中には、ミヤマハンショウヅル、モミジカラマツ、グンナイフウロ、シモツケソウ、ハクサンチドリ、ハクサンシャクナゲなどが見られた。

 そして標高2100mを越えた頃から砂礫の斜面は無くなり、再び薮の中の道の連続となった。ヒオウギアヤメの群落を通り過ぎると山頂部となり、ほぼ水平の稜線となった。そしてなんとこんな所に「井上昌子」の山頂プレートがあった。あいかわらず「ゴミを捨てないで」などと書いてある。いったいこれを取り付けて歩いている、井上昌子とは誰なのだろうか。プレートを無視して更に進むとこの山頂稜線の突端に出た。

 ここからの眺めはなんと素晴らしいのだろう。トーミの頭、黒斑山、蛇骨岳、Jバンドにつながる外輪山の姿に圧倒される。そこから湯の平高原に広がる緑の斜面は、そこだけ切りとって飾って置きたい気持ちにさせられる。また間近に見る浅間山はものすごい迫力で目の前にそびえている。外輪山とは違って緑の植物はいっさい見られない、荒涼たる風景である。近くの「牙山」の岩壁には猛禽類の大型の鳥が悠々と空間を泳いでいた。

 ここで今日のパーティーのメンバーの一人であるI君が「天狗の露地」から一人で登ってきた。「やあ!とんでもない薮でまいった」そう言ってドサッと座り込んだ。無線機を取り出して他のメンバーと連絡を取ると、彼らはすぐ下の「天狗の露地」で休憩中との事である。そこでI君がシャツを振りながら「オオーイ!」と声を掛けると、下のメンバーからも声が帰ってきた。ここでI君が持ってきた350ccを分けて貰い、生き返った心地がした。時間もちょうど昼食時間となったので、贅沢な景色を堪能しながらくつろいだ。無線運用は7N3VZTとスケジュールQSOをして電源はOFFとした。真面目にやれば標高2280mの独立峰である、かなりのパイルになったと思われる。

 山頂でI君と取り留めの無い話をしてから山頂を去る事にした。ここからは彼が登ってきた道を辿る事にした。いや、道なんてとんでもない、薮の中をくぐり抜けて倒木を跨いで行くのである。ともかくわずかな距離である、下に向かえば問題ない。そして腕に傷を作りながら「天狗の露地」と「石尊山」を結ぶ登山道に出た。そこには朽ち果て掛けた鳥居が傾いて建っていた。ともかくここで腰をおろして、ひと休みする事にした。

 そしてしばらくすると林の中から男が現れ、こちらに近づいてきた。
思わず身構えると「あんたらかね?山の上で大声を出したのは」「心配して捜しに来たんだ」そう言ってこちらを威嚇した。
どうやらこれは面倒な事になった。こういう場合はあまり逆らわない方が得策であると心得ているので、丁重に「ご迷惑をお掛けしました」と頭を下げた。
その内にその男の仲間が双眼鏡を首に下げてもう一人現れた。どうやら営林署関係の人間らしく、その役人的な「オイ!コラ!」言葉にはちょっと馴染めない所がある。聞けば彼らはその特権の利用して、林道で近くまで車で入って来ているらしい。それに「剣ヶ峰」について、「この山は良い山だから登山道を作らないでおくんだ」と言う。どこかの山小屋のオヤジみたいな事まで言い出した。ところがこちらが「ヒサシゴーロ尾根」を登って来た事が解ると何となく態度が変わった。「あの尾根は長くて大変なんだ」そして世間話をしてからやっと解放となった。

 I君となんだかんだと先ほどの件で話をしながら、「火山館」に向かった。途中「天狗の露地」も通り過ぎたが、この道は廃道に近くシラビソの枝がうるさかった。それもそのはずで、火山館の近くまで来るとそこには立入禁止のロープが張られていた。「逆から来たので、この立入禁止の処置には気付かなかった」は言い訳になるかもしれない。そうすると先ほどの営林署関係の人間は何故あそこに居たんだろうか?

 「火山館」は浅間山の噴火に備えた避難壕の役目も備えている。しかし、お化け屋敷のようで中に踏み込む事は勇気が必要だ。火山館を離れ「湯の平口」で他のメンバーと合流して休憩となった。

 下山は賑やかに花の名前などを思い出しながらゆっくりと山道を歩いた。


「記録」

 浅間山荘08:46--(.23)--09:09尾根に入る--(1.01)--10:10休憩10:23--(1.16)--11:39剣ヶ峰山頂12:36--(.57)--13:33火山館13:39--(.06)--13:45湯の平口14:26--(1.17)--15:43浅間山荘


                    群馬山岳移動通信/1996/