辺境の山にひとりぼっち「笠ヶ岳」  登山日2002年4月28日


沼上山(ぬまかみやま)標高1541m 群馬県利根郡/三ヶ峰(みつがみね)標高2032m 群馬県利根郡/笠ヶ岳(かさがたけ)標高2246m 群馬県利根郡

群馬県内には笠ヶ岳と呼ばれる大きな山が三座ある。尾瀬至仏山のルートから登る笠ヶ岳。谷川岳の展望台である白毛門から朝日岳に至る途中にある笠ヶ岳。いずれも登山道が整備されて登るには体力があれば何とかなる。そして最後の笠ヶ岳は奥白根山(日光白根山)から錫ヶ岳に南下、その西の延長線上にある。錫ヶ岳に登ったときに、指呼の距離にありながら時間的にどうしても行けなかった経緯がある。

4月28日(日)

 サエラスキー場の広い駐車場に車を停めた。シーズンオフと言うことで周囲は閑散としている。その代わりにゴルフ場がオープンしたが、この駐車場が満杯になるとは到底思えない。スキー場のゲレンデは霧が懸かり上部は見えないが、天気が崩れそうな気配はない。周囲に雪は全く見あたらないところを見ると、今日は藪こぎがメインになりそうだ。しかし、笠ヶ岳は標高2246mだからと言うことで、ストックのほかにピッケルをザックにくくりつけて置いた。

スキー場最後の登り、高いところが沼上山山頂

沼上山のKUMO山頂標識

 ゲレンデの中の車道に沿って上部に向かい、もやの中を歩き出した。ゲレンデの中は人影もなく、鳥のさえずりも聞こえずにひっそりとしている。それにしてもゲレンデの中のこの道は延々と上部に向かって続いていく。こんな事なら車で上ってくれば、かなり時間短縮が出来たなと後悔した。こんなケースはかつて上州武尊山で経験したことがあるが、そのときは本当に楽だった事を思い出した。それでもひたすら、がむしゃらになって歩いた。時折GPSで位置を確認するのだが、このままで行くならば沼上山にそのまま登ってしまいそうな雰囲気である。車道を大きく右に回り込み数百メートル歩き、再び左に折れるとゲレンデの中の道は一直線にもやの中に吸い込まれるように消えていた。流れる汗を拭きながらダブルステッキを地面に突き立てて歩いた。するともやの中にボンヤリと、スキーリフトの施設が浮かんできた。

 その施設の裏はちょっとした高みになっており、刈り払いがされていた。どうやらここが沼上山の山頂に間違いなさそうだ。そして一気にそこを登りきると、そこには「KUMO」の山頂標識が出迎えてくれた。標識は文字が消えかかっていたが、褐色の下地はそのままで枯れ木の切り株に取り付けられていた。三角点があるはずなので周囲を探してみたが、それらしきものは見あたらない。地形図を取りだして確認するが、三角点は間違いなく設置されているはずだ。しかし見あたらないので、こんどはGPSで測定してみるが位置は間違っていないようだ。ひょっとするとスキー場の工事で移設されたことも考えられた。

 山頂に着いた頃より、次第にもやが薄れはじめて周囲の展望が見えてきた。しかし、この沼上山山頂は展望は期待したほどではなく、ゲレンデ方面を除けば樹林に囲まれて決して優れているものではなかった。それどころか目指す三ヶ峰から笠ヶ岳に通じる尾根は、深い笹藪に覆われ、とても人間が歩くようなところではないような感じがした。まして期待していた残雪は、その一部さえも確認することは出来ない。今年の春がいかに異常な早さでやって来たことが見て取れた。

 ここですでにこの先に進むべきか否か、迷ってしまった。時間はまだ7時前なので、まだ日没までは11時間以上ある。ザックの中のランプ類を点検して、笹藪の中に踏み込んだ。笹は腰程までありかきわけながら歩くので、この先どうなるのか不安になる。それでも歩き始めは、ほとんど標高差もないのでさほどの苦労もなく歩くことが出来る。

 緩やかだが尾根は次第に傾斜を増してきて、笹藪もさらに密度が深くなった。かつては道があったのだろうか?笹藪の下の溝のような痕跡が見られるところもあった。また、利根村と片品村の村界の調査があったのか、立木に赤ペンキが吹き付けられていた。さらに赤いテープが所々に取り付けられていたが、明瞭なものではなかった。
笹藪の尾根
笹藪の尾根

 標高1650m付近でカラマツの植林地の明瞭な下草刈りの痕が見られた。しかしこれもすぐに途切れて再び深い笹藪となった。藪の少ないところを選んで登ろうとするのだが、尾根を大きく外れることは危険なのでなるべく避けた。標高1700m付近で笹藪も次第に途切れてきた。しかしその代わりに倒木が多くなり、それを越えながら登るのもたいへんだ。

 標高1750m付近で笹藪ながらちょっとしたコブの上に立った。さしたる展望もないが、ここで一休みする事にする。樹林の間からは三角定規のような形の四郎岳が、間近に見えている。見上げればいつしか頭上には青空も見えるようになっている。天気の崩れはなさそうなのでまずは安心だ。

 少しの休憩後、汗の滲んだザックを背負い再び歩き出した。するとほどなく豊富な残雪の樹林帯に入ることが出来た。今までと違って歩きやすく天国のような歩きだ。しかし、この付近は尾根が広いので要注意だ。GPSの軌跡の機能を使う事があるかも知れないので、電池の残り容量を確認して置いた。それにしてもこの山は登る人が極端に少ないらしく、踏み跡は全く見られないしマーキングのたぐいはこの辺で全くなくなってしまった。

 標高1850m付近で尾根は明らかに左に大きく曲がり、明らかに別の尾根に乗ったような感じになった。地形図を見るが、それほどわかりにくい地形の様子は見られない。ともかくこれは帰りのことを考えると、迷いやすいと考えられるので、巻紙を立木に巻いて目印にしておいた。

 ここからは再び残雪はなくなり、笹藪の尾根歩きになった。尾根の様子は明瞭で迷うことはなさそうだ。しかし、傾斜が急になったので藪こぎもちょっと苦痛だ。周りは相変わらず展望はなく、ひたすら歩くのみだ。

 やがて尾根は緩やかになり、残雪が再び現れた。どうやら山頂付近に近づいたようで、見れば樹林の間からこんもりした高台が見える。その高みを目指して一気に登ると、まさしくそこが三ヶ峰山頂だった。山頂の展望は樹林に阻まれて全く見ることが出来ない。山頂標識はGさんのものと群馬大学WV、そして円板のMLQ・HJQのものがあった。しかし、円板のものは文字が消えかかっていた。記録を見れば93年4月に取り付けているから10年が経過している訳だから仕方あるまい。三角点は雪の下だろうか、確認することは出来なかった。無線の応答は良く、一回のCQで応答があった。携帯電話は使い物にならないから、無線機は貴重な連絡手段だろう。
三ヶ峰山頂
三ヶ峰山頂


 笠ヶ岳の方向をコンパスで確認して歩き出した。三ヶ峰は双耳峰のようになっており、西峰からもう一つの東峰に向かう。樹林の中は雪が締まっていて歩きやすい。ほどなく下降点に到着したが、目指す笠ヶ岳を見て愕然とした。笠ヶ岳は遙か先にあり、霞んで見えている。さらにその間には、ラクダのこぶのようなピークがいくつもあり、とても一筋縄では歩けそうにない。この山を計画したときに地形図を見たのだが、今目の前に広がっている光景は想像できなかった。いや、今こうやって地形図を見ながら確認しても信じられないほどだ。時間はいま9時40分、これから笠ヶ岳までは2時間以上かかるだろう。そうなると日没に帰れるだろうか?もう既にここまで登ってくるのに4時間を費やしている。この下降点でいったり来たりして思案に暮れてしまった。

 ともかく行けるところまで行ってみよう!と自分自身に言い聞かせて下降点から一歩を踏み出した。尾根の左側は植林のための伐採が行われたのだろうか。倒木が斜面に散乱しており、眼下には香沢林道が山腹を縫うように通じていた。この林道を使うことも考えたが、なにしろここから見てもウンザリするような距離で、所々崩壊の痕も見られる。こうなれば藪とはいえ尾根歩きの方が効率が良いと感じる。

下降点付近からの笠ヶ岳(中央左の三角のピーク)

 下降しながら見る展望は、このルートの中で最高のものだった。武尊山、至仏山、燧ヶ岳が大パノラマとなって広がっていた。このまま笠ヶ岳は断念して、ここでのんびりと展望を楽しんで帰ろうか。などと真剣に考えはじめてしまった。しかし足はなぜかそんな意志に関係ないように歩いて行ってしまった。尾根の右側は比較的雪が残っており歩きやすい状態だった。鞍部までは難なく下降してしまった。腕時計の高度計を見ると1900m、下降点から130mを降りてしまった訳だ。帰りのことを考えると不安に駆られてしまうことしきりだ。

 鞍部からの登りは樹林の中の急登だった。ダブルストックを雪に突き刺してそれを頼りに登るのだが、それだけではなくキックステップを行わなければ、スリップするほどだ。汗が帽子のツバからしたたり落ちて、目の前を落下していく。Tシャツ一枚でもまだ暑いくらいだ。ひたすら登るだけだが、この単純な繰り返しの作業は時間を忘れさせる。しかし、三ヶ峰から先はマーキングのたぐいが全く見られなかった。笠ヶ岳はそれだけ辺境の山なのである。

標高2077m付近(笠ヶ岳はまだ遠い)

 標高2060mのピークに辿り着くと、目の前に再び笠ヶ岳が現れた。鞍部からは目の前の斜面に遮られて見ることが出来なかったが、再び現れたその姿はまだまだ遠く感じられた。朝歩き始めて5時間が経過している訳で、今までの経験から足が動かなくなる可能性がある。今回はその対策として、持参した「クエン酸」の粉末を口に含んで、水で一気に飲み込んだ。蓄積された疲労物質である乳酸を分解する作用があると、最近話題になっているものだ。(このおかげなのか、今回は足が動かなくなることは一切なかった)しかし、このままではたして笠ヶ岳の往復が出来るかどうか、微妙な時間になってきた。あと1時間後の正午に山頂に到達する事は不可能なことは間違いない。正午までには到着して、13時には降り始めなければ、日没に間に合わなくなる可能性が出てくる。休憩時間も7分間で切り上げて早々に歩き始めた。

 標高点2077mはさしたる特徴もなく通過してしまった。そして30mほど下降して明瞭な尾根を登りはじめた。この尾根は雪も消えて、始末の悪いシャクナゲの藪になっていた。雪の重みで鍛えられた強靱な枝は、強引に突っ切ろうとしても跳ね返されてしまう。そこでこれを避けるために、尾根の右に出ようとすると、こちらは斜面が崩壊していて足を滑らしたら、それこそ命の保証はなさそうだ。仕方なくシャクナゲの枝との戦いになった。こうなるとダブルステッキは邪魔な装備になるので、ザックにくくりつけてから、手にはピッケルを持つことになった。

2205m標高点付近から三ヶ峰を振り返る

 標高点2205mの手前で丁度正午となり帰らなくてはならない時間となってしまった。しかし、山頂は目の前にある。標高差もわずかに40mと迫っている。もうここで帰ることは出来ない。なんとしてでも登らなくてはならない。2205mのピークの付近は倒木帯で、疲れた身体には辛いものとなった。しかしそこを越えてちょっと下ると、そのあとは締まった残雪の尾根が待っていた。振り返ると大きな皇海山がもやの中に浮かび、目の前には錫ヶ岳と奥白根山がさらに大きく迫っていた。

 雪庇の上は危険であるが、それを承知で歩いた。それほど注意力が散漫になり疲れていたのかも知れない。そして最後の急登となり、ピッケルを斜面に打ち込んで身体を支えながら登り、やっとの思いで山頂に立つことができた。振り返ると今まで歩いてきた三ヶ峰までの、コブだらけのルートが見えた。歩き始めて7時間良くあれだけ歩いてきたものだと自分自身で感心してしまった。山頂には踏み跡さえも見られず、最近登った人がいなかったと見られる。

 山頂にはGさんの山頂標識があり、その他にも2枚ほどのプラスチックプレートがあったが、文字は消えて判読できなかった。展望は錫ヶ岳を間近に見ることで十分な価値がある。コンロを取りだしてインスタントの天ぷらそばを作り、腹の中に流し込むとやっと人心地がした。しかし、持参したアルコールは帰りの事を考えると不安で、ついに口に入れることは出来なかった。無線は飯能市の局と一局交信してすぐに終了した。

 慌ただしい山頂での作業を夢中でこなしていたが、すでに40分が経過していた。これ以上ここに留まるわけにはいかない。早々に荷物をまとめて山頂をあとにした。


山頂付近から見る「奥白根山」「錫ヶ岳」
笠ヶ岳山頂
笠ヶ岳山頂


「記録」

サエラスキー場駐車場05:42--(1.02)--06:44沼上山06:57--(1.03)--08:10休憩08:16--(1.03)--09:19三ヶ峰09:25--(.08)--09:33下降点09:43--(1.06)--10:49休憩10:56--(1.40)--12:36笠ヶ岳13:17--(1.52)--15:09休憩15:19--(.10)--15:29三ヶ峰--(1.12)--16:41沼上山16:49--(.48)--17:37駐車場


  群馬山岳移動通信/2002/