花の稜線歩き「裏岩菅山」
登山日1994年6月25日


寺子屋峰(てらこやみね)標高2125m 長野県下高井郡
岩菅山山頂
 岩菅山は(イワスゲヤマ)あるいは(イワスゴヤマ)の呼び名があるが、どうも若いときに覚えてしまった(イワスゴヤマ)のほうが、私には呼び易い感じがする。

 6/25(土)

 今日は、職場山岳部の後輩と二人での山行となった。霧の志賀草津道路を抜けて、長野県側に降りて、奥志賀スーパー林道に入る。道の途中の脇にある空き地には、ことごとく車が駐車してあるので、今日は登山者が多いものだと思いながら走った。しかし、大きな空のリュックを背負った人を見て、目的を理解することが出来た。それは「タケノコ」採りの人たちの車であったのだ。ものすごい数の車だったので、これだけ人が入っていれば、熊も出て来ぬだろうと妙な安心をした。8時45分、発哺温泉のゴンドラリフト駅に着いたときは、既にゴンドラは運転を開始していた。そして10人ほどが、ゴンドラで上に向かったのが確認できた。急いで支度をして駅に入った。KXW渋沢さんが書いておられたとおり、往復1100円(片道だけでは650円)の切符を買った。念のために、山頂からの最終便の時間を聞くと「4時半です」と事務的な答が帰って来た。

 山頂駅(標高1970m)のストーブ燃える、待合い室で朝食をとる。水場は外に水道があり、ここで水を補給しての出発となった。駅から出ると、そこは「東館山高山植物園」の園内であり、このゴンドラリフトの運賃の、高額な事の意味のひとつが分かったような気がした。たいへん立派なもので良いのだが、登山するものにとっては、道が迷路のようで歩きにくい。下だりきったところには木道があり、水芭蕉が群生していたが、時期が遅いために、花は一株のみ咲いているだけだ。

 木道を過ぎると、道は広い林道のようなものに変わった。道の両側は笹薮になっており、タケノコ採りの人の声が、薮の中から聞こえている。どうも駅で見かけた人たちは、タケノコ採りに来た人たちのようだ。登山道には、先行した人の足跡は見あたらないことも、それを裏付けている。林道が行き着いたところは、スキー場のゲレンデだった。リフトがゲレンデの中に通っており山頂に向かっている。しかしガスで寺小屋山の山頂は良く見えない。したがって地図上の距離からみて、視界は500m程度といったところであろうか。ともかく殺風景なゲレンデをのぼる。KQA赤地さんが歩いた時は、キスゲが咲き乱れていたそうだが、今は蕾さえも見る事は出来ない。ゲレンデを過ぎて針葉樹林の中にはいると、本格的な登山道となり、ここからひとしきり登ると、寺小屋山(2126m)の三角点に着いた。展望は霧で見えない事もあるが、晴れていても針葉樹に囲まれているので、何も見えないだろう。

 寺小屋山から8分ほど歩くと、赤石山との三叉路に着いた。ここには金山沢ノ頭の標識があり、「赤石山〜野反湖、台風による倒木の為に通行不能」とも書いてあった。今日は赤石山への予定は、体力的に余裕が無いのでそのまま通過した。ここからは下り気味に道は続いている。針葉樹の木も次第に少なくなり、快適な稜線歩きになってきた。道の傍らにはイワカガミとハクサンチドリの紫色の花が、宝石のように輝いて見える。そんな中で、2085m付近のピークで休憩とした。渋沢さんの「SARU」はこのあたりだったのだろうか、確認するのを忘れてしまった。

 今日は視界が悪い、時折薄日が射してくるのだが、ガスは切れてくれない。晴れていれば、目指す岩菅山がみえるはずだが、勿論なにも見えない。むしろ見えない方が、長い稜線を見ないで済むから、幸せなのかもしれない。何度となく、小さなコブを越えていく。高度計は2000m前後を維持したまま、変化があまり無い。こんな時は、同行者がいると言う事は良い事だ。なんだかんだと、話しをしながら歩いていると、変化の無い単調な歩きも苦痛にならないからだ。

 やがて、鞍部に着き広く露土が現れたところが、「ノッキリ」だった。下からは一ノ瀬からの道が合流していた。ここの標識は、なかなかノスタルジックなものだ。(赤地さんも書いていたかな)金属板は赤で塗られて、文字が白色で書いてある。そしてもう一枚はコマーシャルを兼ねたもので、「ゴール○ウィン」と下部に書いてあり、その字体は誠に古い感じを受けた。

 ここからは急登の道が続く、上部に行くにしたがって露岩が多くなってきて、岩を手で掴みながら登るようになった。ときどき立ち止まって呼吸を整えて歩く。ときどき、風に揺れるハクサンイチゲの白い花が、可愛らしく、それを見ながらひたすら登る。そして、ついに岩菅山山頂(2295.0m)に着いた。山頂は広く団体が来ても大丈夫だろう。そしていたるところに、石碑や石祠が散在してある。一等三角点は、その一角に設置されており、なにやらその周りには白い角材が2本差し込んである。それには、一等三角点と書いてあった。展望は全く何もない、山頂の一帯が見えているだけだ。

 少し休憩をした後、裏岩菅山に向かい出発だ。道はいままでと異なり、あまり歩かれていないと見えて、条件は良くない。いきなりハイマツに囲まれてしまった。たまらず、右側に降りる道があったので、そこにルートを辿った。しかし道は下る一方だ。おかしいと思って振り返るとガスの切れ間から、上部に稜線が見える。どうやらこの道は水場に通じる道だったらしい。しかしここに降りたおかげで、良い物を見つけた。周りは湿地になっていて、今年初めて「ハクサンコザクラ」を見る事が出来た。私はこの花が好きなので、これを見ると立ち止まってしまう癖がある。眺めていたら同行者はすでに、上部に登り始めていた。慌ててその後を追いかけて、湿原を痛めぬように場所を選びながら登った。

 稜線に出てからは、今度は忠実に尾根を辿る事にした。ここからはまさに、花の稜線歩きとなった。「アカモノ」「ナエバキスミレ」「ハクサンチドリ」「ツマトリソウ」「シラネアオイ」「ムシトリスミレ」「ハクサンイチゲ」「イワカガミ」「ショウジョウバカマ」と言った花がいっぱいだ。植物図鑑を持って行ったならば、更に多くの花が確認が出来たに違いない。まさに晴れていれば、雲上のお花畑である。

 それにしてもこの道は部分的に条件の悪いところがある。私のズボンは色がベージュなのだが、ぬかるみを歩く度に、その泥で膝から下は真っ黒になってしまった。おまけにそこは、ハイマツと笹の薮となっている物だから、その露で腰の下あたりから、着ているものが、ずぶ濡れだ。靴の中は、なにやら水がしみこんでいる気配がする。幾度となくガスの中に浮かび上がるピークに、騙されながらひたすら歩いた。最後にはあまりにも騙されるので頭にきて、駆け足状態になってしまった。そしてついに、裏岩菅山山頂(2341m)と思われるピークに着いた。思われると言うのは、山頂標識が無かったからだ。そのピークには何かの石柱がひとつ埋め込まれていた。そして傍らには石標があり「祈・平和」と彫り込まれている。更に先を見たが、錆びた金属の棒が一本立っており、道は急降下で下っているようだった。我々はここが裏岩菅山の頂上台地の北端にあるピークと、認識した。何しろガスで、周りが見えていないのだから歯切れが悪い。

 ともかくここが裏岩菅山であるとして、430Mhzでなんとか周波数を確保して、CQを出した。しかし、寒さがこたえるので、3局のみで打ち切って岩菅山に戻った。

 岩菅山に戻り山頂避難小屋で休憩する事にした。そして中に入ってびっくりした。とにかく無人にしては立派なのである。壁は石で組まれていて、隙間はコンクリートで埋められている。小屋の土間の両側は、木の板で床が上げられており、真ん中には木炭ストーブが置かれていた。また、ホウキ、ヤカン、ガスコンロ、水を運ぶためのポリタンクも置かれている。内部は清潔だった。しかし、これらがなんのために置かれてあるのか、不明である。ひょっとすると山菜採りのためにあるのだろうか。利用者名簿も、置いてあったのでコールサインを記入して置いた。そんなわけで落ち着いて、食事をすることが出来た。
 無線の運用を行おうと小屋の外に出ると、若い女性が二人、疲れた様子で休んでいるところだった。聞けば一ノ瀬から登ってきたらしい。世間話をしながら、お互いに記念撮影をした。そんなものだから、無線の運用の時間が少なくなってしまい、慌ただしく15分ほど無線の運用をしただけだった。なにしろ、ゴンドラの往復切符をもっているだけに、最終便の16時30分から逆算すれば、山頂を14時に出発しないと、間に合わなく可能性がある。

 帰りの道は意外にきつかった。特に「金山沢ノ頭」の最後の登りと、ゴンドラの山頂駅の前の登りで、すっかり疲れてしまった。ゴンドラ山頂駅では、おりしもご婦人の団体が到着したところだった。そして我々を見るなり「どこから来たんねん、川の中でも歩いてきたんかいね」と、どこの方言か分からぬが、尋ねてきた。まともに答えてもどうせ分からぬはずだし、正直に答えるのも億劫なので「そうです、川の中をちょっと歩いてきました」と答えておいた。しかし我々の姿は、誠にみすぼらしいものだった。全身びしょ濡れ、足元は泥だらけ、おまけに顔は疲労の色がはっきり出ていたのだから。それにしても、よくぞ汚い登山者を、ゴンドラリフトに乗せてくれたものだと、関係者に感謝したい。



東館山ゴンドラ山頂駅09:10--(.29)--09:39寺小屋山山頂--(.08)--09:47金山沢ノ頭--(.15)--10:02(休憩)10:07--(.34)--10:41ノッキリ10:50--(.26)--11:16岩菅山山頂11:24--(.32)--11:56裏岩菅山山頂12:18--(.24)--12:42岩菅山山頂14:00--(1.47)--15:47ゴンドラ山頂駅


                        群馬山岳移動通信/1994/