一番きついルート? で「稲包山」
登山日1995年5月20日


稲包山(いなつつみやま)標高1598m 群馬県吾妻郡・群馬県利根郡
雨量観測計より山頂部分を望む
 稲包山は上越国境にある標高1598メートルの山で、その特徴のある姿は榛名山塊あたりの山から見ると良く分かる。近年スキー場の開設の話もあり、開発されてしまう前に登って見たいと考えていた。

 5月20日(土)

 稲包山はさてどうやって登ろうかと考えた。怪人のファイルを読むと、法師温泉側から鉄塔巡視路を経由して登っている。しかし何か枝道が難しそうなので、中之条町の四万温泉側から登ることにする。もっとも当日になって、そんなことを考えていたら時間がどんどん過ぎてしまって、法師温泉側にまわる時間が無くなってしまったこともある。

 四万温泉を過ぎて「ひなたみ橋」を渡るとT字路になる。左は「薬師堂」に続き、右は「四万川ダム」の工事現場で、進入禁止の看板がある。かまわず進入禁止の看板を無視して中に入ると、すぐにゲートがあり前に進めない。しかたなく少しバックして、山側にある駐車場に車を入れて、ここで山の支度を整えた。まわりを見ると、ここに置いてある車のナンバーは「札幌」「青森」などの県外のものがほとんどである。まわりを見ると、ダム工事の作業員の宿舎が高台に建っているので、おそらくその人たちの車なのだと思われる。

 車を離れ歩き出すと、先ほどのゲートがある。見ると「関係者以外立ち入り禁止」と書いてあるので、入れないのかと不安になる。ゲートの脇にはボックスがあり、中には守衛が座っていた。無視してゲートを越える訳にも行かないので、そこに近づいて、初老の男性に話しかけた。

「山登りですが、ここを通過してもいいですか?」
「いいよ!そのかわりここに名前を記入して」

 そう言ってファイルを差しだした。そこには日付と名前、入退場時間を記入するようになっており、必要事項を記入して渡した。

「帰りはまたここを通過してくださいね。それから熊と火の取扱いに注意してください」
 これはとんでもないことになった。山なんて再び同じ所に戻るなんて、約束できるものではない。つくづくファイルに名前を記入したことを後悔した。もし戻らなかったら、捜索でもされるのかとも不安にもなった。

ゲートをくぐり、工事用の広い車道を道なりに登る。すると赤沢林道の標識があり、道は山の中に入っている。階段状の整備された道を登ると、社があり「大山祇命」を祭ってあるので無視する訳にもいかず、手を合わせて登山の無事を祈った。そこから数メートルで再び車道になった。標識はあるのだが、さてどちらに行ったら良いのか分からない。目の前には「奥四万トンネル」と書かれた工事中のトンネルがあり、車道を渡った山の中の立木には、赤ペンキも付けられている。周辺をウロウロしてみたが、ダム工事で地形図もガイドブックもさっぱりあてにならず分からない。しかたなく車道をそのまま上部に向かうことにする。すると前方から工事関係者の車がやってきたので尋ねた。

「山登りはこの道でいいのですか?」
「ああ、みんなここを歩いているよ。この少し先で道が分かれるから下に向かうと沢に当たって、その沢を登るみたいだ」

 再び地形図を取り出してみる。どうやら以前は沢沿いに林道があったのが、ダムの堰堤工事で寸断されて、その代わりに道は沢の右岸を高巻く形で付けられたのだ。するとこれはとんでもないアルバイトを強いられることになったものだ。車道を進むとたしかに沢に向かって降りている。そして四万川を渡り、ブノウ沢に沿った林道を辿る。ブノウ沢の水は透き通っていて、見ているだけで気持ちが良い。やがて頭上に立派な橋が現れ、下をくぐるとその先で道が分岐していた。そこには標識があり、法師温泉はここから山道に入るように示している。見ると山の中に、階段状に道が付けられていた。ここが従来からの登山口に間違いなさそうだ。ダム工事の為にとんでもない回り道をさせられたものである。

 やっと土埃が舞う林道から解放されたので、気分的に楽になった。ここからは新緑の眩しい、ブナの原生林の中を登ることになる。天候は晴れで久しぶりに太陽の下で、歩けることは有り難い。道は右に左にジグザグに曲がりながら、徐々に高度を上げていく。かなりの急勾配で、たちまち汗が吹き出してきた。なにしろある程度の残雪を予想して、皮製の登山靴で靴下は2枚、それにスキーのストックを手に持っている。なにか場違いな感じがするような格好となってしまった。道はしっかりしており歩き易い、所々に「←法師温泉・四万温泉→」の標識が道の脇に設置されている。

 高度を上げて行くと、幾分勾配が緩やかになった。ふと右の下方を見ると、なんと直下に林道が見えている。どこから延びて来ているのだろうか? なにかがっかりするような光景だった。気を取り直して先に進む。その林道に行くのだろうか、右下に登山道が開かれていた。このあたりから立木に樹木の名称を記入した、中之条営林署が取り付けたアクリル板が下げてある。そして少し道が水平になった所にベンチが3脚設置してある所に着いた。ここからは「赤沢山」と思われるピークが目の前に見えていた。

 相変わらず、ブナ林の中の登りが続くと、いい加減にその単調さにうんざりしてくる。それでもやがて笹が道を埋めてくると、「赤沢山」を左に巻くようになだらかに、トラバースしてくる。何となく「赤沢峠」が近い雰囲気がある。

 そして「赤沢峠」に着いた。やれやれ、歩き始めて2時間もかかってしまった。その間休憩無しだったので、ここで昼食を含めて休むことにした。ここには東屋があり、休憩にちょうどいい。しかし「避難小屋」と傍らに標識が置いているのには苦笑してしまう。こんな壁の無い所に泊まれるわけもない。アンパンと牛乳を持ってまわりをうろついてみる。標識があり「稲包山4km」「法師温泉6km」「四万温泉6km」と書いてある。ふと法師温泉側を覗いて見ると、なんと林道がすぐそばまで延びてきているではないか。それもアスファルト舗装された立派なものだ。これを登って来ればかなり時間短縮が出来そうだ。これもがっかりするような光景だった。10分程休んだろうか、登山者が「稲包山」方面から降りてきた。登山道の様子を聞きながら、5分ほど雑談をしてから別れた。

 峠からは笹が深い道となった。それでも道は分かりやすく、しっかりしている。ところどころ、右側に明瞭な道がある。これには黄色い標柱があり東電鉄塔巡視路と書いてあり、鉄塔のナンバーが記入してあった。最初のピークを登りきると、もったいないほどの下りとなった。これは帰りの時には泣かされそうな道である。道の日陰の部分には雪が残っており、木々の芽吹きはまだ始まったばかりだ。麓を見るとピンクの雲の様に、ヤマザクラの花が所々にかかっており、春を感じさせる。

 目の前には、目指す「稲包山」の三角形の「おにぎり」の様な姿が見えている。歩く度にその姿が大きくなるのは気持ち良い。それからコブを2個ほど越えると、鞍部に着き道が大きく分岐する。右に曲がるものは、鉄塔の巡視路で「183.184」とナンバーが記してあった。こちらの道の方が立派なので、思わずそちらに入ってしまいそうだった。登山道はまっすぐ山に入っていく。再び笹が深くなり、急登の道となった。

 平らな部分に出ると、そこには円筒型の雨量計が設置されていた。「転倒ます型雨量計」と書かれたそのものは、特に電気的な装置が付けられているわけでもない。すると誰か定期的に登ってきては、観測をしているのだろうか。「稲包山」はここから見ると、さらに三角形の立派な山容をしていた。

 ダケカンバの林の中の道を抜けて、最後の登りに取り付く。かなり疲労しているので、何度か休みながら高度を上げると、立木が無くなり明るくなった。そして、イワカガミの花を跨ぎ、アズマシャクナゲの小さな木を見送ると、やっとのことで「稲包山」山頂に着いた。

 山頂からは360度の展望が得られた。特に上信越国境の山並が素晴らしく、白砂山から三国峠、平標山、谷川岳までの展望が楽しめる。驚いたのは苗場スキー場のホテルが見えていたことである。そこから「稲包山」の西に延びる稜線まで、スキー場が来ているのである。ここを登って来ればかなり近いようだ。それに残雪期だったら、三国峠からの稜線も歩き易そうな感じを受けた。何やら今回はいちばんきついルートを登ってきたようだった。

 山頂には祠があり、賽銭が100円玉も置いてあったから、かなりの金額になっていたと思う。祠の上には「KUMO」がその残骸を乗せていた。これでは強風が吹いたら飛んでしまいそうだったので、祠の中に入れようと思っていたのだが、最後には忘れてしまってそのままになってしまった。山頂にはあまり趣味の良くない墓標の様なものが設置されていた。「奉納 稲■登山弐拾回達成」(■の部分は難しい漢字なので表せない)裏には「平成元年・・・・四万温泉地区青少年補導協議会」となにやら難しい文章が書かれていた。

 帰りは天候が見る間に悪化して、急ぎ山頂をあとにした。しかし予想通り稜線上の登りはかなりの疲労を伴った。出きれば「赤沢山」にも登りたかったが、気力が無くなり20分ほどの登りさえも出来ずに下山した。

 そしてあまり山では水を汲んで飲まないのだが、今回はブナの林の下に湧き水があり、思わずコップに受けておもいっきり飲んでしまった。




「記録」

ダム工事ゲート09:45--(.37)--10:22林道を離れる(登山口)--(.44)--11:06ベンチ--(.40)--11:46赤沢峠12:01--(.40)--12:41東電巡視歩道分岐--(.15)--12:56雨量計のピーク--(.20)--13:06稲包山山頂14:00--(.54)--14:54赤沢峠15:04--(.42)--15:46林道(登山口)15:56--(.37)--16:33ダム工事ゲート


                         群馬山岳移動通信/1995/