利根川水源地域 本谷山を再訪   登山日2005年7月23日


本谷山山頂から見る利根川水源の山



本谷山(ほんたにやま)標高1860m 群馬県利根郡・新潟県南魚沼郡

5年ほど前に利根川水源の本谷山に登った。このときは水不足と熱中症で遭難寸前の事態に陥ってしまった。計画では本谷山の先の越後沢山にまで行くつもりだった。ところが、遭難寸前の状況では越後沢山までいけるはずもなく、本谷山までが精一杯であった。では、条件が揃えば越後沢山まで行けたのか?再度挑戦してみることにした。


7月23日(土)
 十字峡に通じるしゃくなげ湖の車道は、途中で土砂崩れがあり周回コースが取れなくなっている。右側は通行止めなので左側の道を辿って十字峡に入った。出発は4時を考えているので、1時間ほど仮眠をすることにした。

 ウトウトしながらもわずかな時間を熟睡したようだ。時間はすでに4時をまわっているので、慌ただしく準備を進めた。隣の車も一人の男性が準備を始めており、その格好から山歩きのように見えた。銅倉沢に沿った道はまだ薄暗く色彩に乏しい風景が続いていた。最近整備したらしいこの道は、重機の轍がくっきりと続いている。

簿明の道を追いこされる林道は最近整備されたらしい


 ふと気が付くと後ろから熊よけの鈴の音が近づいてきた。音はあっと言う間に近づいて、男性が追いついてきた。歩き出す前に隣の車で準備をしていた男性だ。精悍な感じで、歩き方はいかにも山慣れた様子だ。挨拶程度に言葉を交わした。
「どちらまでですか?」
「越後沢山まで仕事で行きます」
「仕事?」
「航空測量のため三角点を確認して、白い標識を設置します」
「一昨日は丹後山、その前は中ノ岳、駒ヶ岳、平標山から万太郎山も歩きました」
「それは凄い、明日はどこですか?」
「明日は道のない薮山です」
そんな会話を、彼のペースに合わせて歩いたが、とても続くものではない。すぐに追い越されて、彼の姿は消えてしまった。

 丹後山登山口を通過してさらに奥に向かう。タニウツギとガクアジサイの花が目立つ。本谷山の登山口である内膳落合に着くと、周囲はすっかり明るくなっていた。いよいよ標高差1300メートルの長い中尾ツルネと呼ばれる尾根を登ることになる。一歩足を踏み出すと、この尾根道の勾配がいかに急なのかを実感する。空からの日射しはないが、とにかくすぐに汗が噴き出してくる。前回の教訓をふまえて、今回はかなりの水分を用意した。500mlPETボトルを6本(計3リットル)、ジュースの180mlパックを6袋で約1リットルで合計4リットルである。これだけ持つと、ザックの重量もかなりなものになるが、前回の遭難寸前のことを考えると減らすことは出来なかった。それに今年の異常とも思われる豪雪で、雪渓が残っていることも希望としてはある。登山地図によれば内膳落合から本谷山まで3時間半で到達出来る事になっている。はたしてそんな短時間で歩くことが可能なのだろうか?

 きつい登りは途絶えることなく延々と続くような気がする。天候は曇りで、時折細かい雨粒が落ちてくる。樹林帯の道は風通しが悪く、汗がなかなか止まらない。そんな中を登るのは辛いものがある。腰を下ろして休憩を取りたいところだが、なかなか良い場所がないので我慢して歩いた。

 標高950m付近で一時的に傾斜が緩み展望に優れた場所に出た。展望が優れたと言っても、上部は相変わらず雲が立ちこめているので、遠くの山並みは見ることが出来ない。大きなツガの木が疎らにあり、そのうち一本の根元に腰を下ろした。水を飲み始めるとあっという間に500mlを飲み干してしまった。まだ先は長いのだが、水はたっぷりと用意してあるので問題はなさそうだ。それにしても気になるのは、ペースが一向に上がらないことである。これは前回のペースとたいして変わらない。いや、むしろ遅いくらいだ。

 休憩後、再び上部に向かって歩き出す。展望に優れていた場所もすぐに樹林帯へと戻ってしまった。また風の吹かない蒸し暑い登りが続くことになった。傾斜もまた同じようにきつくなってしまった。変化に乏しくうんざりするような風景が延々と続いていく。時折足元に見かけるギンリョウソウが目にとまるくらいだ。

立派な建物持ち上げた水分約4リットル


 休憩後1時間ほど歩くと、目の前に立派な建物があらわれた。前回の時も良い目印となった建物だ。相変わらず何の施設なのかわからないが、アンテナがあるところを見ると、ダム関係の中継施設と思われる。このあたりまで来るといつの間にか上空の雲は消えて、眩しい夏の太陽が降り注ぐようになった。建物の陰に回って腰を下ろした。しかし、風がないので蒸し暑く感じる。

 休憩後、再び樹林帯の中に踏み込むと蒸し暑さは倍増した。しかし、今までのような急な道ではなく快適な尾根道のようだ。そんな道をなだらかに登っていくと三角点のある展望の良い場所に出た。ここが三十倉と呼ばれるピークで、目指す本谷山への緑の稜線が彼方に遠望できる。標高は1300メートル近いので、標高差だけを考えると、ここがほぼ中間地点だ。日射しはすっかり夏のものになって来た。今日は暑さを考えて麦わら帽子をかぶっているので、少しは日射しを遮っている。しかし、頭の中は蒸し暑くなっており空間が保てる菅笠のようなものが適しているのかもしれない。

振り返ると八海山が見えている

 三十倉のピークからは50メートルほど下降して、再び登りあげる。ちょっとした鎖のかけられた露岩をのぼり、やせ尾根状の道を登る。振り返ると八海山、駒ヶ岳、中ノ岳の越後三山、そして内膳沢を挟んだ対岸の越後沢山は覆い被さるように大きく見えている。時間はすでに8時半になろうとしているので、どうやら越後沢山は今回も敗退の可能性が濃厚になってきた。すでに本谷山に到着していなくてはならない時間となっていた。しかし、その本谷山さえも遙か遠くに見えているのだ。標高1400メートル付近になると道は湿気を帯びて、草地状になってくる。それとともにコバイケイソウも、ちらほらと見えてきた。どうやら森林限界が近くなってきたようである。

 森林限界は標高1500メートルで、樹林帯を越えたこともあり、少しは風を感じることが出来た。ここで、気分的にも開放されたので休憩をとることにした。凍らせて持ってきた水は、まだ半分近くが氷のままであった。冷たい水はこの時期では本当にご馳走だ。本谷山はだいぶ近くなった気がするが、まだまだ距離はある。目を凝らすと本谷山から越後沢山に続く稜線を人影が移動しているのがわかる。登山口付近で追い越して行った、三角点氏であることは間違いなさそうだ。ここから見ると1時間以上の差が付いているようだ。あのくらいの体力があれば越後沢山の日帰り往復も可能なのだが、体力のなさは何とも致し方ない。

三十倉を過ぎて見る本谷山雪渓でその他の雑酒を冷やす


 20分ほど休憩を行い、笹原の中に付けられた尾根を辿る。歩き始めてわずかで、道の右側斜面数メートルに雪渓があるのを発見した。5年ほど前この雪渓があったなら、状況はずいぶん違っていた事だろう。このままここにツェルトを張ってビバークしようか。どうやら越後沢山に到達出来そうにないことがわかった事で、登ろうとする気力が萎えてしまったようだ。しかし、ここまで来て、本谷山くらいは何とか登って置きたいという気持ちが入り交じって、頭の中でグルグルと駆け回った。しかし、足はどうやら本谷山を目指して少しずつ登っていくようだ。

 名残のニッコウキスゲを愛でながら、県境稜線になんとかたどり着くと、群馬県側に下っていく斜面が目の前にあらわれた。所々に雪渓を蓄えた様子は実に清々しいものだった。それに風も吹き抜けており、今までの蒸し暑さを払拭するに充分だった。ここからはしばらくはナイフリッジ状の稜線を辿ることになる。背中の荷物が重いせいか、バランスが取りにくく、フラフラするので意外と難儀してしまった。時刻は10時をまわってしまっている。本来ならば越後沢山に到達していなくてはならない時間である。「どうせ行けないなら、ここで引き返してもいいじゃあないか」弱気な自分と自問自答していると、足が自然に止まってダラダラと時間が過ぎてしまう。

本谷山山頂を見るナイフリッジ状の尾根
本谷山山頂直下から見る県境稜線


 ナイフリッジを過ぎると、特徴ある小さな地塘があらわれるが、前回来たときに確認したところ、とても飲料水として使えるものではないことはわかっている。わざわざ下降して確認する必要もないので、このまま上部を目指すことにする。前回はあまり気にならなかったが、今回は笹藪がやけに気になる。それだけ疲れているからなのかも知れない。いや前回の方が疲れていたに違いない。

 本谷山の山頂にたどり着いたときは、ガスが取り巻いて、展望があまり良くなかった。それでも初めの目標である越後沢山は、近くでありながら遠く感じられた。おそらくここから行くとなれば笹藪を漕いで2時間は掛かるだろう。今日はビバークの準備もしてきているが、その気力が今は無くなっている。あっさり諦めてこのまま展望を楽しんで帰った方が無難なようだ。利根川水源の谷を挟んで剱ヶ倉山は大きく見える。またここから巻機山まで連なる県境稜線は、意外と丸みを持ったなだらかなピークが続いていた。展望を楽しんでいると時間があっという間に過ぎていく。三角点氏は、いまごろ越後沢山で作業をしているのだろうか。そんなことも頭の中から離れなかった。

 本谷山で20分ほど休んでから、いよいよ下山に掛かる。

 途中で見つけた雪渓の水場でビールを冷やして、のどを潤した。ここでも充分な休憩を取り、下山にかかった。

 内膳落合の林道についたときは、前回と同じく滝で水を浴びて身体を冷やした。その後車、まで林道を辿って戻ったが、登り7時間、下山に5時間も掛かってしまった。登山地図のコースタイム通りに歩けたならわずか7時間の行程である。このくらいの体力が欲しいとつくづく感じた。さらに越後沢山は、遠い存在の山となってしまった。

水浴した滝暑さ対策で麦わら帽子



十字峡04:23--(.24)--04:57丹後山登山口--(.27)--05:24内膳落合--(1.14)--06:38展望の尾根06:43--(.52)--07:35建物07:47-(.12)---07:59三十倉--(1.15)--09:14森林限界09:34--(.31)--10:05稜線--(1.12)--11:17本谷山11:43--(.46)--12:29水場12:41--(2.34)--内膳落合15:35--(.10)--15:45水浴16:12--(.50)--17:02十字峡


群馬山岳移動通信/2005


 

GPSトラックデータ
この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平16総使、第652号)