念願かなった「平ヶ岳」
登山日1994年8月14日


平ヶ岳(ひらがたけ)標高2141m 群馬県利根郡・新潟県北魚沼郡
たまご石
 平ヶ岳は憧れを持っていた山だ。利根源流の最高峰であり長さ約850m、幅約150mの弧状の湿原を持ち、これは奥利根地域では最大である。(群馬県林務部の資料)

 JQ1QUY/福田さんから中ノ岐林道経由で平ヶ岳に登るルートがある事を聞いた。それは十字峡で、恐怖の一夜(YAMA0132)を過ごした時に仕入れた情報だった。教えて欲しいと問い合わせたところ、なんと色鉛筆で塗色された地図を送っていただいた。その後、気にはなっていたのだが、なかなか実行には至らなかった。そうしている内に各局が、中ノ岐林道経由で平ヶ岳に登った報告がなされたので、身近になった平ヶ岳が更に気になっていた。

 8月14日(日)

 午前3時30分、関越自動車道の大和PAで仮眠から醒めた。 前日はお盆の始まりであったので、いろいろ忙しく自宅を出発したのが23時だった。ここでは2時間ほどの仮眠であったが、身体はかなり楽になった。

 小出ICで降りて銀山平を目指す。前方の空には冬の星オリオンが輝いている。シルバーラインを抜け銀山平に出るころになって、空はようやく白み出した。奥只見湖の外週の道を尾瀬方面に向かい、雨池橋を探しながら走るが、かなり緊張している。それは林道の入り口がどうなっているのか、林道の路面はどうなっているのか心配だからだ。数日前に7M1HIG/林さんに問い合わせたところ、”私が行ったときは、いずれも心配ない”との答だった。しかし、それは2年前のことであり、現在はどうなっているのかは行って見なければ解らない。その一般車通行禁止となっている林道の情報を、湯の谷村に、問い合わせるわけにもいかなかった。

 しばらく走ると、ありました雨池橋が。道の左に確かに小屋があり、車が2台駐車してある。そして橋の手前に右に入る道があった。更に立て看板がかなりの数設置してある。いずれも通行禁止のものだ。全てを読むのも面倒くさいほどだ。ともかく林道の前に行くと、赤布を2枚下げたタイガーロープが張ってある。車から降りてロープのところに行き様子を見ると、ロープは簡単にはずせるようになっている。そこでロープを外して車を通過させてから、再びロープを元に戻した。まわりを見たが誰もいる様子はなく、出てくる様子もなかった。まずは第一関門突破だ。しかしこの林道はどこの管轄なのだろうか。通常こんな場合はゲートがあり、施錠がしてあるものなのだが。

 路面はかなり悪く、乗用車ではかなり厳しい。20Km/hで走行するのもやっとである。また夜間の走行はよほどの装備と、技術がないかぎり避けた方がいいだろう。なにしろ路面のギャップが解らないから危険だ。3kmほど走ると手前に乗用車が走っている。かなりゆっくりしたスピードだ。追いつくと道を開けて先に行けと言う。追い越して更に行くと、今度は1BOXを追い越した。この様子だと、かなりの車が入っていると思われる。それが証拠にこの先から、テントが7張りほど、道の脇の空き地に点々と設営してあった。おそらく釣りが目的の人たちだと思われる。すれ違いの出来そうにない狭い道は、行けども行けども、なかなか終点に着かない。夏草が道に張り出しており、車のフェンダーに当たるので車は傷だらけだ。そして、各局の報告にあった「トヨタの茶色のライトバン」は今でも健在で、道の脇に置いてあった。

 道が一部アスファルトになるところがある。ここを過ぎて100mほど行ったところでついに車が走れそうにない路面になった。大きな石が出ており、無理をしたらそれこそ車が分解して、帰えれる保証がない。しかたなくここで車での走行は断念して、駐車する事にする。幸いにこの部分は広くなっていた。雨池橋から13kmの地点だ。

 車から降りて歩き出す。なんと100mほど歩くと、そこが林道終点だった。ここは広い空き地になっており、車をかなり置く事が出来そうだ。そしてここにも立て札、「ここでのキャンプは禁止、地主」とある。するとここは民有地なのだろうか。

 林道終点からは標識は無いものの、道はしっかりしており、迷う事はない。すぐに平ヶ岳沢を渡るのだが、ここにはロープが張ってあるので、少しぐらいの増水ならば、なんとか対応出来そうだ。またすぐに水の枯れた沢を渡ると、そこには遭難碑があり、小石に絵の具で絵を書いたものが供えられていた。ここから山道の急な登りが続く。

 なぜか上越の山の登りはじめは、ヤマアジサイが咲いているようだ。ここも2株ほど咲いていた。道は良く整備されており、指導標が全く無くとも迷う事は、まず無いだろう。中ノ岐林道は無くなっても、この登山道は残るであろう。それにしても展望の得られない道だ。

 30分歩いてやっと展望のある場所に着いた。そこは針葉樹の大木が数本立っており、木の根に腰掛けて休んだ。ここからは駐車した車が見える。そして平ヶ岳沢を挟んで、剱ヶ倉山の下にある、雪渓から流れる水が見える。なんとも涼しい感じがするが、けっして気温は低くはない。ここに着くまでに汗だくであり、これで太陽の光が射してきたら条件は更に悪くなるだろう。朝早く出発した事が成功したわけだ。

 ここを過ぎると、再び遭難碑があった。かなり最近、建てたものと見えて、まだ表面が光っている。道はシャクナゲとササと針葉樹の混在した道に再び戻った。したがって展望は全く利かない。ときどき見えるのは前方にある稜線だけだ。おそらくあれが玉子石の辺りだろうと、見当をつけてひたすら登るのだが、なかなか近づかない。休もうにも展望の利かないところで、休んでもしかたないので、稜線上に着くまで休まない事にした。道の傍らには、ギンリョウソウが、芽を出していた。

 頂上に近づいたのか、道の様子が変わってきた。道の真ん中がえぐられて、深く掘られている。雨の時はおそらく濁流と化すのだろうか、重たい石英の細かい粒が選別されて、底に残っている。朝露を着けた笹が、深くなったので、汗と朝露で着ているものは、すっかり濡れてしまった。

 休みたいのを我慢して歩くと、突然視界が開け、ひょっこり湿原に出た。目の前には目指す平ヶ岳が大きく横たわっていた。そして何よりも乾燥した冷たい風が心地よい。一気に疲れが吹き飛んだ。ここから木道を20m程進むと、三叉路になり標識があった。「たまご石0.2km→」と書いてある。わずかなので一気に玉子石まで行く事にする。

 玉子石はまさに絵になる風景だ。なんとも不思議な、たまご形の石が湿原の中にあるのは必見である。側に近寄って触ってみると、花崗岩で出来た表面は、それほど滑らかではない。ひとつ倒して見ようかと叩いてみたが、しっかりしていた。(本当に倒れたら、困った)そうこうしていると、登山者がやってきた。私よりも大柄で圧倒された。ただ笑うと、前歯が2本欠けているので、ひょうきんに見える。聞けば福島からやってきて、ここに2泊するという。山頂の水場はどうかと聞いたら、十分にあるという。そこで持ってきた500mlのミネラルウォーターは全部ここで飲み干した。そんなわけでここで20分近くも休んでしまった。

 右手に平ヶ岳を見ながら、快適に稜線の木道を辿る。花の時期は過ぎているので、目立ったものはない。モミジカラマツ、ハクサンフウロあたりがあったが、時期外れであまり原形をとどめていない。水場に着くとテントが3張あり、そのひとつのテントの前では朝食の準備をしている若い夫婦がいた。「早いですね、今朝登って来たんですか」と言うので「そうです」と答えたら驚いていた。とても登山禁止のところを登って来たとは、言えないので早々に立ち去った。水場は水量が豊富で冷たい、この渇水で大騒ぎしている時でも、これだけあるとは見事だ。十分飲んで喉を潤してから、PETボトルにも詰めた。

 ここからは再び登りとなる。暫くは樹林があるがすぐに草原となる。快適に木道を歩くと「三角点→」と標識があり、数m程で平ヶ岳山頂三角点に着く事が出来た。まわりは裸地になっており、潅木も多く見晴らしは良くない。再び木道に戻ると、素晴らしい展望が開けた。そこで腰をおろそうとしたら、先ほどから休んでいた人が、もう少し先のほうが展望は良いと言う。それではと、もう少し先に行く事にする。そこは地図で見ると三角点より、わずかに高い群馬−新潟県境である。着いてみると展望は確かに良い。

 尾瀬の山、日光の山、上州武尊山の右には遠く富士山が見えている。そして奥利根の山々もはっきり見えていた。今日は夏にしては空気が澄んでいるのだろう。吹いてくる風は、冷たく、半袖シャツでは寒いくらいだ。今日は時間がたっぷりあるので、ゆっくり出来る。430Mhzは5エレ八木を持ってきた。バッテリーは12V/6.5AHを持ってきたので十分楽しめる。しかしロケーションは今ひとつだ。なんと言っても、空き周波数がいっぱいあるのだ。それだけ電波の過疎地と言うところか。

 いろいろ周波数を変えていると、聞き覚えのある声が聞こえている。それはJS1JDS/栗原さんと、7M1HIG/林さんが交信をしているところだった。交信が終了したところで、まずはJDSを呼びだした。久しぶりの交信で、生死の不明も解らなかっただけに一安心した。聞けば本白根山移動であるとのこと。さらに驚いた事に連れがいるという。いままで単独行で頑張っていたJDSが二人で来ているとは。本白根山のあたりは、暑さ(熱さ)の為上昇気流が発生、積乱雲を作ってガスが出ているとの事。なにかいつもクールな彼の声が、今回は違って聞こえた。

 その後HIG/林さんとは周波数を移動してQSOさせてもらった。なんでも12日は苗場山に移動したとの事、相変わらず山は逃げないが体力は逃げると、頑張っているらしい。

 ところで先ほどからまわりが賑やかだ。オバサンの団体に取り囲まれている為である。その内に湿原の中に入って記念撮影を始めた。ついに我慢できずに注意をしたら、けげんな顔をしている。ちょっとこちらも困ったので、伝家の宝刀を出したらすぐにおとなしくなった。さすがはこれは威力がある。(けっして刃物ではありません)

 帰りは来た道を忠実に辿った。しかし急坂を下るのは疲れた。登りの時はあまり気にしなかったのだが、以外と大変な道だった。下りきって駐車場に着いたときには、足の踵にマメが出来ていた。

 再び林道を車で走行したが、シマヘビを3匹も見かけた。この道をもし歩くとしたら、蛇に弱い人は注意した方がいいかもしれない。林道終点のロープはやはりかかっていたが、取り外して外に出た。しかし、なんの取り調べも受けずに脱出する事が出来た。

 深田久弥も憧れていた平ヶ岳、彼は猛烈な薮漕ぎの果てに、3日をかけてやっとたどり着いている。同じ憧れを持っていたにしろ、わずかな時間で平ヶ岳に到達出来るとは、なにか申し訳ない気がした。



登山口(駐車場)06:15--(.31)--06:46針葉樹の大木06:50--(1.18)--08:08木道--(.02)--08:10玉子石08:31--(.16)--08:47水場08:50--(.15)--09:05平ヶ岳山頂12:23--(.22)--12:45木道終--(.47)--13:32大木13:45--(.13)--13:58駐車場


                         群馬山岳移動通信/1994/