「南相木ダム」から登る西上州「舟留」「大蛇倉山」「日航の頭」「蟻ヶ峰(高天原山)」  
                                                                     登山日2007年2月12日




大蛇倉山からの展望(八ヶ岳と御座山が正面にある)


舟留(ふなどめ) 標高1815m 群馬県多野郡・長野県南佐久郡/大蛇倉山(だいだくらやま) 標高1962m 群馬県多野郡・長野県南佐久郡/日航の頭(にっこうのかしら) 標高1922m群馬県多野郡・長野県南佐久郡/蟻ヶ峰(ありがみね) 標高1979m 群馬県多野郡・長野県南佐久郡



 上信国境の稜線は南相木村に東京電力の貯水ダム「南相木ダム(奥三川湖)」が出来たことから登りやすくなった。それもまだ俗化していないこともあり、静かな山が楽しめる。去年の11月に「会所」「石仏」のピークを登ったおりに、その感触を実感した。そこで、今回は「奥三川湖」から「舟留」に登り、「大蛇倉山」「蟻ヶ峰」の稜線を歩いてから「奥三川湖」再び戻るというものだ。インターネットの情報は「今度、どこ登ろうかな?」「TNCねくらハイキング」「山を、スキーを、人生を」を参考にさせてもらった。



2月12日(月)

 南相木村の「奥三川湖」へ続く村道は冬季通行止めとなっていた。期間は12月25日〜4月12日までだからかなり長い期間が通行止めだ。車道は二分していて、南相木ダムの上流と下流に通じているが、いずれも鎖で封鎖されている。目指す上流に通じる道は4kmなので、1時間半もあれば行けそうだ。覚悟を決めて車はここに停車しておくことにする。今日の山はビバークのことも考えてツェルト、着替え、コンロを持つことにした。日帰りとしてはかなり重たくなったザックを背負い、通行止めの鎖を跨いで舗装路を歩き出した。ところが、舗装路を200mほど歩くと、車の轍が幾筋も見られるようになった。おかしいぞ、鎖のところは轍は全く見られなかったのに、ここに来ると轍がある。よく観察すると、その答えはすぐにわかった。


冬季通行止めの地点


 南相木ダムのダムサイトからザックを背負って奥三川湖の遊歩道を右回りに歩き出す。今年の暖冬の影響で、静かな湖面が映し出す周囲の山々や、青空は何となく春めいて見える。遊歩道を5分ほど歩くと大蛇倉トンネルに入る。すると、センサーが感知して、天井の蛍光灯が一斉に点灯した。そこに映し出された薄暗いトンネルの中は、ツララが垂れ下がり、路面はスケートリンクのように磨かれた氷で覆われていた。しかし、この氷は平面ではなくポテトチップの表面のように波打っていた。アイゼンを付ければなんでもないのだが、面倒なのでピッケルを頼りにへっぴり腰で歩いた。いっそのこと腹這いになって、ペンギンのように滑った方がいいかな?なんて考えてしまった。なんとか、トンネルを抜け出すと、目の前には明るい日射しの降り注ぐ世界が広がった。湖の向こうには目指す蟻ヶ峰の一角が見えていた。


南相木ダムはうっすらと雪が積もっている

大蛇倉トンネルの中はスケートリンク状態


 遊歩道をさらに歩くと、「舟留」のピークに繋がると思われる道が延びる「北の窪広場」に到着した。ここの林道入口も鎖で遮断されており「この先国有林・・・」と書いてあった。林道は雪で覆われており、薄くなった車の轍が残っていた。その轍をトレースする方が壺足にならないので歩きやすい。この林道は結構長いので、このまま県境稜線まで行ってくれそうにも感じられた。しかし、そんなに甘くないことは分かり切ったことである。林道終点はには「標高1600m」と書いた標識があった。どうやら道はこのまま沢に沿って登っていくらしい。それが証拠に赤テープが沢の中の立木に縛り付けてあるのが遠目に見えている。それにしても、今の時間は8時過ぎなのに太陽の光は差し込んでこない。それだけに顔が痛くなるほど寒さが厳しい。ひょっとすると太陽の光は終日差し込まないのかもしれない。沢は雪があるもののルートが出来上がっているのか、比較的順調に登ることが出来る。また、赤テープ、黄色テープ、ピンクテープと煩雑に出てくるところから、このルートを登る人は多いのかも知れない。


舟留に続く沢

沢を過ぎると笹藪が刈り取られ道が出来ていた


 沢も次第に水量が少なくなり、標高1750m付近で途切れ、この先は笹藪が広がっていた。しかし、よく観察するとその笹藪の中に切り開きがあるのを見つけた。明らかに人の手が加わっている。近づいてみると、なんと小さな木の杭が打ち込まれていた。これで、ここには道があることがハッキリした。ちょっと急登だが、薮漕ぎをしないのはありがたい。ゆっくりと登ると、やがて笹藪も薄くなり、明るい日射しに満ちた県境稜線に到達した。そこには大きなシラビソの木があり、テープが2本巻かれていた。そこには「やったぜ県境」と書いてあった。群馬の県境縦走を成し遂げたと言うことなら凄いことだと思う。「舟留」と記した標識のたぐいは見あたらなかった。それにしてもこの山の中で「舟留」と言う名前は、場違いな感じがする。県境から長野県側にわずかに下ったところに。白旗がたなびくダンダラ棒が見えている。白旗はすでに半分以上がちぎれて無くなっていた。ダンダラ棒の下には円形の真鍮のプレートが埋め込まれていた。どんな目的で設置されたものかは不明であった。ともかく、地形図などに記載されない、「舟留」のピークに通じる道があったと言うことは、この県境の尾根は近いうちに俗化されていくことを予感させた。


舟留のダンダラ棒

金属プレート


 さて、ここから大蛇倉山に向かうことにする。尾根はハッキリとしていて迷うことはなさそうだ。総じて言えば、上州側はスパッと切れて、信州側はなだらかと言う印象だ。薮はこのすぐ近くの「会所」「石仏」の県境尾根から見ると笹藪がほとんど無く快適な感じを受ける。雪面に反射する明るい光に満ちた雑木林を県境にそって歩くと、心が浮き立つようである。時折あらわれる赤テープも安心感を増してくれる。なだらかに登っていくと、尾根が右に直角に曲がる。念のためここに巻紙のマーキングを取り付けておいた。ここから見ると目指す大蛇倉山は大きな尖塔の様にも見える。山火事前の天丸山がこんな感じだったように記憶に残っている。このあたりから灌木の薮が密になってきた。それにシャクナゲの木が目立つようになり、いやな雰囲気になった。シャクナゲの葉は寒さのためか、しおれているように見えたが、その薮に入ってみると強靱な枝は身体を捕らえてなかなか離さず、進もうとする力を引き戻すのだった。何とか突破すると高岩と呼ばれる岩峰に立った。ここは薮もなく、見晴らしが良く両神山の方角が一望だった。


大蛇倉山が間近に迫ってきた

大蛇倉山最後の登り


 この高岩から先のシャクナゲの薮は最悪で、私の巨体がすり抜ける空間を持っていなかった。いや、子供だってすり抜けることは出来ないだろう。なんとかこの薮を回避できないものかと周囲を見たが、どこも同じ様なものだった。覚悟を決めて、この薮の中に潜り込むことにした。枝を両手で分けて自分の入り込めそうな空間を作って身体を押し込んだ。背中のザックが邪魔であちこちに引っかかり、なかなか進めないので強引に突破するしかない。ズボンはたちまち擦り傷だらけになってしまった。高価なズボンも気にしている余裕など無い。枝をかき分け、枝を折りながら前進する。やがて背丈ほどの岩が立ちはだかり、その岩には今まで以上にシャクナゲの枝が絡まっていた。なんとかしなくてはと思いながらも、引き返すと言う選択肢も頭の中に浮かんだ。しかし、時間はまだ早いのでまだまだ心に余裕は残っていた。

 背丈ほどではあるが、この岩を突破するにはかなり時間が掛かってしまった。枝を折り、空間を作って潜り込むからだ。強引に身体を持ち上げると、何とか岩の上に上半身が持ち上がった。そのまま前のめりになるように岩の上に抜け出すことが出来た。岩の上はシャクナゲもなく北方面の展望がひらけ、雪をまとった浅間山が何となく春を感じさせた。この岩場も狭い空間で、ここからは再びシャクナゲの薮がはじまった。

 もうがむしゃらに正攻法で行くしかない。方向感覚も麻痺しながら高い方向に向かって登ると、シャクナゲの薮が薄くなった。しかし、これはここから登る急斜面のアプローチみたいなところだった。見上げると、急斜面と言うよりも標高差50m程の崖のような感じだ。シラビソ、シャクナゲ、ダケカンバの木が生い茂っているから、手がかりはかなりある。少し登ってみると、足元の雪が凍結していて滑って登れなくなる場所もある。そこで、アイゼンを装着しておく事にした。どこから登っても同じなのだが、右側に赤テープがあるので、そちらから登ることにする。アイゼンを着けたのは正解だったようで、足元の安心感は格段に向上した。進路を絶たれないように先を見ながら、慎重に登っていく。木の幹に掴まりながら、またそれが難しいところはピッケルを打ち込んで登った。途中で、掴んだ木の幹が枯れていて、折れてしまった。思わず声を上げたが、背中にあった木に支えられた格好で、滑落は何とか免れた。上部になると、ふたたび嫌らしいシャクナゲの薮となった。しかし、山頂はもう少しと感じたので、休むことなく一気に突破した。

 薮を抜けるとそこには別世界が待ちかまえていた。明るいダケカンバを中心とした疎林で、光に満ちあふれていた。ついに大蛇倉山の山頂に出たのだ。山頂の奥三川湖方面は岩が突き出た格好になっており、絶好の展望場所となっていた。薄い雪をまとった八ヶ岳、その手前には佐久の山々、送電鉄塔が目障りな御座山、そして目を転じれば浅間山が遠くに浮かんで見えた。それにしても目の前の奥三川湖の青い湖面は清々しい空間にもみえた。この岩の上にも金属プレートが埋め込まれていた。測量に使用したのは間違いないだろうが、名称も無いことから想像も出来ない。ともかくここで菓子パンを頬張って休憩とした。さて、ここから蟻ヶ峰までどれくらい掛かるのだろうか。ここから見た感じでは薮もなさそうなので、この大蛇倉山の登りのようなことはあるまい。しかし、下りは未知の沢を下らなくてはいけないわけでリスクを考えると、あまりゆっくりとは出来ない。


大蛇倉山山頂

大蛇倉山から奥三川湖、その奥には天狗山、八ヶ岳


 大蛇倉山から先は良く歩かれているようで、踏み跡がかなりハッキリしていた。また、「昇魂碑に至る」の標識もあり、日航機の大量遭難の場所が近いことが想像できた。このあたりの県境稜線は薮もなく順調に距離を伸ばすことが出来た。上州側を見ると、眼下に上野ダムが小さな宝石のように青く輝いていた。カラマツの林を抜けて明らかなピークに出ると、そこには青と白の小さなプレートがあり「日航の頭」と書いてあった。上州側を覗き込んで、墜落地点を探したが、土地勘が無いためにその場所を特定することは出来なかった。上州側が開けた岩場があったので、その上に立って手を合わせて黙祷をした。これに呼応するように、下方から鐘の音が聞こえてきた。時計を見ると正午だったので、昇魂の碑で自動的に流れるものかもしれない。鐘の音を聞いたあと、蟻ヶ峰に向かって再び歩き出した。なだらかに稜線に沿って下ると、ハッキリとした三叉路の分岐に出くわした。上州側に下っていく道は「昇魂の碑」に至るもので、これから目指す方向は「三国峠に至る」と書いてあった。


昇魂の碑への分岐

上野村のダムが見える


 この分岐を過ぎると踏み跡が薄くなった感触を受ける。しかし、1850mの鞍部降りる手前にはフィックスロープがあり、なんとなく人の手が加わった道との感触を受ける。その1850mの鞍部からは蟻ヶ峰に向けて登る一方になった。しかし、薮のない尾根道はさほど苦労することもなく歩ける。関心は、下山に使う「三川」に降りるポイントだ。結局その方向を注視しながら歩いたが、往路ではその場所を結局決めることは出来なかった。最後の斜面を登ると、目の前に白い雪の衣を纏った川上村のキャベツ畑が、眩しい光となって目に飛び込んできた。なにか、この光景を見るだけで人里に近づいた感じがして、嬉しくなった。そして大きな図根点の石柱を過ぎると、三角点のある「蟻ヶ峰」山頂に到着した。山頂には標識があり、さらに三国山へと続く稜線には明らかな道がつけられていた。この山頂は1979mでこのあたりでは最高峰となっているが、展望は薮に阻まれてよく見えない。川上村を見おろすように小川山のピラミダルな姿が印象的だ。三角点は等級も読めぬほど老朽化していた。


蟻ヶ峰が見えてきた

蟻ヶ峰山頂(三国峠への道が続く


 さて、ここからどのように奥三川湖に下ろうかと悩んでいた。地形図を見るだけなら、三川に沿って下るのが最短に見える。しかし、沢に降りるというのは危険が数倍になることは明白だ。「舟留」に登るときに登った沢はそれほど危険は感じなかった。そこで、出来るだけ尾根に沿って下り、三川の下流になるべく近づこうと考えた。しかし、その考えは甘かった戸感じた。トラバース気味に下ったのだが、明瞭な尾根にさしかかった途端に笹藪が深くなり、そのために薮に沿って三川に降りるしか方法が無かった。

 三川に降りたところはGPSで確認すると、かなりの上流であることが解った。沢の中は当然雪が深く、沢水もそれなりに流れていた。それに倒木が多く、行く手を遮ってしまっているのだ。やはり、沢に降りるのは得策ではないことを実感したがもう遅かった。しかし、あるものが歩く目安としてしっかりしていることに気がついた。それは鹿と思われる足跡だった。倒木は上手避けているし、先を読んで沢を右に左に渡っていた。もう、安心しきって、それに頼ってしまった。腕時計の高度計を見ながら、奥三川湖の標高に近づくように祈った。そして、標高1630mでいままで無かった、ピンクテープがあるのに気がついた。さらにそのテープは下方にも上方にも見えている。それに道形らしきものも出来上がっていた。


三川の沢は歩き難かった

最近のGPSは沢の中でも測位が出来る

奥三川湖には昇魂の碑への標識があった。


 さらに下ると、幅広い道となり、それはやがて車道となって奥三川湖に無事到着した。そこには「昇魂の碑に至る」の標識があった、するとあのピンクリボンは県境稜線に通じる道であった事が想像できる。すると、この地域の県境は、下降ルートが豊富なことから、安心して歩ける地域になったのかも知れない。奥三川湖の東屋で持ち上げたインスタントラーメンを作って食べて休憩した。

帰りは滝見の湯で汗を流してから、帰路についた。


*このルートは大蛇倉山の薮の中の登りを考えると、今回のルートではなく逆回りが適していると思われる。



「記録」
南相木ダム08:06--(.05)--08:11大蛇倉トンネル--(.15)--08:26北の窪広場--(.13)--08:39林道終点--(.45)--09:24沢が途切れる--(.10)--09:34舟留09:40--(1.45)--11:19大蛇倉山11:40--(.15)--11:55日航の頭--(.12)--12:07昇魂の碑分岐--(.49)--12:56蟻ヶ峰(高天原山)13:10--(.27)--13:37沢(三川)に到達--(.21)--13:58標高1630m--(.20)--14:18奥三川湖--(.10)--14:28休憩14:56--(.27)--15:23南相木ダム



群馬山岳移動通信/2007



GPSトラックデータ
この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。
(承認番号 平16総使、第652号)