登頂不能!!「不納山」
登山日1995年3月19日

不納山(ぶのうざん)標高1291m 群馬県吾妻郡


 3月19日(日)

 自宅の近くで数日前からウグイスが鳴き始めた。まだ下手だが春の気配を感じる声である。今朝も、その声を聞きながら出発した。

 吾妻郡中之条町四万(しま)温泉の手前で車道はふたつに分かれる。右は狭い温泉街の道を通過するので敬遠して、左の新しい道にはいる。こちらはセンターラインが引かれ快適な道である。道はまだ工事中で途中までしか行く事が出来ないが、いずれはこの道は「稲包山」の西を通り、新潟県に抜けるはずである。現在の車道の終点から右に折れて坂を降りると旧道に出会う。ここから右に数メートル行った所に適当な駐車余地があり、ここに車を置く事にする。目の前にはテニスコート、そして公衆トイレが新築中だ。出発の準備をしていると、テニスコートの脇をカモシカが歩いている。しかも、こちらに近づいてくるではないか。そしてほんの3メートルほど先を、悠々と歩いて横切って林の中に入った。なんとも人に慣れているカモシカである。

 登山口は車を駐車した所から、2分ほど歩いた所にある「いなつつみ神社」だ。小さな社があり、裏にはなぜか消火器が2本置いてあった。道は神社の裏を通り、上部に登っている。雪はほとんど無く、落ち葉が斜面に敷き詰められた状態で、いかにも春の風情がある。右に左にとジグザグに登って行くが、勾配はかなりきつい。

 やがて稜線に着くと雪が道を覆う様になってきた。ここからは眼下に四万川ダムの工事の様子が手に取るように分かる。これだけ地形を変えてしまうとは、人間が快適に生活するにはなんと無茶なことをするのかと思う。登山道案内標識は「水晶山」の案内のものがところどころに設置してあるが、距離で書いてあるのでさっぱり分からない。やはり時間で記入するべきではないかと思う。

 「水晶山600m」と書かれた標識があり、道は右に大きく曲がっていた。目指す「不納山」はこのまま稜線を直進する。標識から数メートル登った所に、「基本測量」と書かれた杭が雪の上にでていた。しかし何のためのものかはさっぱり分からなかった。

 さていよいよ「不納山」に向けて歩き出す。しかし、なんと言う事だ。雪が深く、足を一歩踏み出す度に、膝上まで潜ってしまう。それを引き抜いて、次に一歩踏み出すと再び雪の中に踏み込んでしまう。体重が重い事もあり、かなり深くまで入ってしまうので、かなりの労力が必要だ。

 トレースは全く無いので、おそらく山頂に立てば今年の初登頂だろう。所々の木に赤いペンキの目印がつけてある。そこでその目印を目当てに、前進するのだが、なにしろツボ足のラッセルなので、思うように進めない。こんな事をしていると、いったい自分は何のために、こんな事をしているのだろうかと、自問自答してしまう。こんな時はスキーかワカンでもあれば、なんとかなりそうな気もするが、いまさらそんな事を言ってもしかたない。

 しばらくは平坦な登りだったが、ルートは急斜面を登らなければならない状況に追い込まれてしまった。今度はツボ足のラッセルに加えて急勾配、目の前が真っ暗になるようだ。それでもなんとか元気を出して前進する事にする。その急斜面に入ると、なんと雪が更に深くなってしまった。踏み込むと、股のあたりまで埋もれてしまう。足が抜けないので膝を屈伸して、穴を広げて抜き出す。この作業を繰り返しながら、登るのだがまことに効率が悪い。見れば雪面には無数の獣の足跡が残されており、いずれも快適に移動しているので、まことに羨ましい。

 それでもなんとか20分ほどかけてやっと稜線に出た。稜線上は傾斜は緩くなったものの、雪の中に足を踏み込む状況は相変わらずだ。ここで麓の方からチャイムが聞こえてきた。時計を見ると12時ちょうどだった。ここで、このまま進むか否かの、判断に迫られた。それは今の自分の体力では、おそらく山頂まで到達出来ないのではないか。山頂に到達しても、雪の中に踏み込みながら下山することができるだろうか。

 しかし、考えながらも足は前に進んでいた。目の前にはひとつのピークが見えていた。おそらくあれが「不納山」のピークのひとつだろうと思われた。夏であればおそらく10分もかからないと思われる距離なのだが、なかなか到達する事が出来ない。

 「引き返そう・・」

 この状況では山頂に到達する事は不可能だ。決断するなら早いほうがいい。残念だがしかたない。思えばラッセルに本気になり、全く休んでいない。登山口からは約2時間、水晶山の分岐から、およそ1時間20分間もラッセルしていた事になる。おそらく雪が無ければ分岐からは30分程度の距離なのだろう。

 水晶山分岐までもどり、休憩することにした。「不納山」は宿題の山となってしまった。もっとも、宿題の予習と思えばいいかと、自分を納得させた。渋沢さんとはまた違った「不納山(不能山?)となってしまった。ザックから朝出かける時に妻が入れた、携帯用ポットの暖かい麦茶を飲みながらそんな事を考えた。




「記録」

 いなつつみ神社10:26--(.27)--10:53稜線--(.16)--11:09水晶山分岐--(1.19)--12:28引き返す--(.20)--12:48水晶山分岐13:05--(.41)--13:46いなつつみ神社


                        群馬山岳移動通信/1995/




「不納山」今度は登れるか?
登山日1995年4月8日



 4月8日(土)

 3月19日に不納山に登ろうとしたが、雪が深くて断念した。あれから約一か月、そろそろ雪も少なくなったと思われるので、再び挑戦することにした。実は正確には今年に入ってから、「不納山」に向かうのは3回目だ。一度は途中で雨に降られて、引き返している。

 いなつつみ神社の石段を登ると、明らかに一か月前と様子が異なっていた。あの時はこのあたりから雪が凍結して、アイゼンが必要だったのだが、今回は雪は全く無い。それどころか、木々の芽吹きが始まっているようで、何となく活気づいているように見える。

 稜線に着くと、ここでやっと道の脇に雪が目につくようになった。しかし、歩くところは全く雪がない。下界では統一地方選の群馬県議選の候補者名の連呼している拡声器の声が絶え間無く聞こえていた。やがてひとつの区切りの場所、水晶山への分岐に着いた。

 この前はここから先が、ずっとツボ足のラッセルだった。今日は雪が全面に残っているものの、かなりしまっており、踏み込むような事はなかった。したがってスパッツも装着する必要は無かった。雪面に残されたトレースは、おそらく前回自分が残したものだろう。踏み跡は良く固まっていて歩き易かった。さらに苦しんだ雪の斜面も難なく通過する事が出来た。しかし、何か今日は身体が重たく感じる。そうでなくとも重たいのだが、さらにそう感じるのは、やはり最近の寝不足がたたっているからかも知れない。これも国税庁のおかげかもしれぬ、感謝しなくては。

 そして前回引き返した場所に着いた。時間は11時25分、「水晶山分岐」から26分かかっている。前はここまで1時間19分かかっているから、約3分の1の時間である。こうやってみると、あの時はかなり苦しかったとあらためて感じた。

 あの時は全くラッセルの跡は無かったのであるが、なんとこの前断念した場所から先にもトレースが続いていた。するとあれからこの「不納山」に登った人がいるのだ。すごい根性の持ち主だと感じた。(もっとも私の根性がなさすぎたのかも知れぬが)ともかく今年の「不納山」初登頂も期待していたのだが、それは無理だったようだ。ここからの勾配は結構きつく、何度か息を整えて上部に向かった。

 傾斜が緩くなり、やがて最初のピークについた。「不納山」は半円状にピークが連なっているのだが、その様子を潅木の間から見る事が出来た。積雪はここに来て多くなって、ピッケルを突き刺しても下の地面まで届かなかった。ともかく先が見えているので休まずにこのまま進む事にする。しかし吹き溜まりの場所で、ちょっとしたアクシデントにみまわれてしまった。それは雪が深い上に柔らかく、足を取られて太股のあたりまで入ってしまった。また運が悪く、倒木がありその枝に、おもいっきり衝突してしまった。かなり痛みがあったので、ただでは済みそうにない。しかしどうなっているのか、確認するのは何となく怖いので、次のピークまでとりあえず行く事にする。

 ピークUに着いて、トレッキングパンツを脱ぎ、傷の様子を見ると、太股が30ミリ程度の広さで表皮が剥がれ出血していた。もちろんトレッキングパンツの裏地は血で染まっていた。ともかく大型の絆創膏を貼って応急処置を施して置いた。さらにここからは雪が深いと思われるのでスパッツを装着する事にした。

 忠実に「不納山」のコブのようなピークを、ひとつひとつ越えて先に進む。数え方にもよるのだろうが、自分が数えたものは7個あり、それぞれの間は3分から5分程度の間隔で越えて行った。やがて、さしたる顕著なピークではないが、道の脇に山頂標識が木に打ちつけられていた。「不納山 前橋ヤッハ会 H6・5・29」と書いてあった。裏には「不」の文字だけが書いてあり、おそらく書き損じた板を、そのまま裏を使って書いたのだろうと思われた。この先にも、ここより高い様に見えるピークがひとつある。それにひきかえ、あまりにも山頂らしくないので、次に三角点を探しに回った。しかしピッケルで、雪面を何度も突き刺して探したのだが見つからない。そこでガイドブックを見ると、どうやら三角点の先にもひとつピークがある様に書いてある。従ってここが間違いなく、三角点のあるピークであると思われた。

 電波の飛びは非常に悪い。430Mhzでは無理があるようだ。それでもCQを出すと、CVP/鈴木さんから応答があった。今日は大里郡の「鐘撞山」からの運用であるとの事である。これでQSLは確保出来たので、早速閉局して荷物をまとめた。帰りは「水晶山」に行こうとしたのだが、行ってもここよりも無線の運用は難しそうなのでパスして帰った。



「記録」

 いなつつみ神社10:23--(.20)--10:43稜線--(.16)--10:59水晶山分岐--(.45)--11:44ピークT--(.07)--11:51ピークU11:59--(.24)--12:23不納山山頂13:22--(.45)--14:07水晶山分岐14:18--(.18)--14:36いなつつみ神社

                     上州の重鎮 /1995/