燧ヶ岳は過去に何度か登ったことがあるのだが、記憶があまり定かでない。どうやら、天候が悪かったり、団体で登ったことが影響しているのかもしれない。そんなこともあり、再度登ってみたいと思っていた。燧ヶ岳はいくつかのピークに名前が付いているのだが、その中でも赤ナグレ岳は登山道もなく自分にとっては未登である。赤ナグレ岳についてはネットで調べると、旧知の仲である「山頂山頂渉猟」を追っての、Ｋさんの記録だけしかない。それもかろうじて残雪の残る時期である。はたして、この無雪期に登ることができるのだろうか。期待と不安を持って尾瀬に向かった。


１０月４日（土）

午前４時、大清水駐車場はまだ６割程度の埋まり具合だった。車のライトを消すと漆黒の闇となり、頭上はオリオン座が眩しいほど輝いていた。駐車場では数名のパーティーが出発準備をしていた。もう少し待ってから出発しようと考えていたが、時間がもったいないので支度を整えて出発することにした。何度も歩いた一ノ瀬までの林道をヘッドランプを点けてひたすら歩く。ヘッドランプを消すと、それこそ道の端もわからないほどのブラインドとなった。一ノ瀬近くになって４人パーティーを追い越した。一ノ瀬休憩所のベンチに腰掛けて靴ひもを直していると、次第に周囲が明るくなってきたので、ヘッドランプはザックにしまい込んだ。


一ノ瀬から大清水橋を渡り山道に入る。ここでやっと気持ちが山歩きとなった。道は良く整備されていて何も考えずに歩くことが出来る。一杯清水を過ぎて廃道となった林道を渡ると、傾斜の強い山道となった。その道も傾斜が緩やかになると三平峠である。ここは展望もなく、そのまま通過して道は下降する。燧ヶ岳と靄のかかった尾瀬沼が木々の間から見え隠れするので、木道を歩くスピードは自然と速くなった。三平下の広場は閑散としていて、５人程度の人影が見えるだけだ。とりあえず留まる必要もないので、そのまま長蔵小屋に向かって進むことにした。長蔵小屋への道は、草紅葉の中の木道を辿る快適な道だった。尾瀬沼は靄に覆われ、その向こうには浮かぶように燧ヶ岳が朝日に照らされていた。木道を行き交う人は大きなカメラと三脚を持っている。軽装で歩き回っているところを見ると、おそらくここに泊まっているのだろう。いつの日にか、自分もこんな優雅な生活をしてみたいと思う。


長蔵小屋で腰を下ろして休憩、あんパンとゼリー飲料でエネルギー補給だ。早朝ではあるが、結構人が動き回っている。宿泊客なのか、沼山峠からなのかどちらかであろう。今日は、絶好の天気でこれから始まる喧噪の序曲であろう。空には一点の雲もなく、燧ヶ岳が青空の中から飛び出しているように見えている。それにしても、ここから見る風景は定番のもので、まるでカレンダーかポスターをを見ているようだ。


休憩後、いよいよ燧ヶ岳に向かって歩き出す。草紅葉が眩しい大江湿原を抜けて樹林の中に入る。しばらく歩くと、長英新道の入り口が右にあり、女性二人が支度を整えていた。軽く挨拶して、そばをすり抜けてぬかるんだ道を歩き始めた。このルートは、ぬかるみと倒木が入り交じり、歩きにくい事この上ない。それに樹林の中を高度を上げずにダラダラと歩くだけなので、快適なコースとは言い難い。まして、８時頃になると気温も上昇して長袖のシャツは腕まくりをするようになった。途中で３人と４人パーティーを追い越した。

展望は途中で開けたが、それも一箇所だけですぐに樹林帯の中に入った。ようやく展望が開けてきたのは、標高２１００ｍ付近で俎�ｰが見えた付近からである。そこから笹藪の中の道をひとしきり登ると、ミノブチ岳山頂に到着だ。大きなケルンが山頂は登山道の途中の露土の一角と言ったところだ。樹林からも開放され、眼下には尾瀬沼が青く輝き、周辺には奥日光の山々が取り囲んでいるように見える。振り返れば俎�ｰが大きく迫り、山頂部には大勢の登山者がいるのが見えている。それにしても素晴らしい展望で、この場に踏みとどまりたいと考えたくなるほどだ。俎�ｰに行けばその展望はもっと素晴らしいと思うと、わくわくしながらはやる気持ちを抑えなくてはならなかった。


しかし、俎�ｰに登る道はさらに展望が素晴らしく、なかなか歩が進まなかった。なにしろ、通過したミノブチ岳のナナカマドの鮮やかな原色の赤色は見事だった。それに柴安�ｰの山容が迫ってくる姿が見事だった。途中で、大清水を３時に発った男性としばらく話をして過ごした。それでも何とか俎�ｰの山頂に到着した。山頂は大賑わいで、座って休む気にもならない。それに次々と団体が到着してくるのだ。立ったままでしばらく時間を過ごして、すぐに柴安�ｰに向かって俎�ｰを辞した。


ところが、ここでも団体の列に阻まれて、思うように歩けない。イライラしながらもなんとか柴安�ｰに到着した。山頂の標石にタッチして記念撮影、すぐに尾瀬ヶ原が見える場所に移動した。俎�ｰと違ってこちらは対照的に草紅葉の尾瀬ヶ原が眼下に広がっていた。その中を木道が一直線に至仏山まで延びて、地塘がちりばめられている様は、天空の星のようでもあった。今春に登った大白沢山あたりが手に取るようにわかる。あんなところで苦労していたのかと、ちっぽけな自分をあらためて感じた。そこから平ヶ岳に延びる稜線は実に魅力的だった。今日は、ビールを持ってこなかったのでちょっと寂しい。その代わりに、先週妻と出かけた野辺山で買ってきたリンゴを持ってきた。銘柄は「秋映」で、このリンゴは最高に旨い。ナイフで皮をむいて四等分にして囓ると、疲れが一気に吹き飛んだ。そのうちに後ろが賑やかになったので振り返ると、俎�ｰの比ではないほどの賑わいとなっていた。１００人はいるんじゃないかと思えるほどだ。これはとても落ち着かない、展望も３０分以上楽しんだので山頂を発つことにした。ところが、ここでも大渋滞が始まっていた。追い抜くことも出来ず団体に飲み込まれて、歩くしかない。みればほとんどの人はザックを背負っていない。どうやら、俎�ｰにザックをおいてピストンをしているらしい。俎�ｰに到着したが、賑やかな山頂に留まることなくすぐに下降することにした。

さて、ここからナデッ窪を下りながら、赤ナグレ岳への登路を探すことにする。地形図を見ると、標高２２１５ｍの地点から登るのが良さそうで、実際の地形を見てもそのように見える。どこかにそれらしきマーキングがないかと探したが見あたらない。そこで、適当なところから藪の中に突入だ。笹藪と灌木の混じった斜面は、よく見るとケモノ道らしきものがあるが明瞭ではない。背後からは、ミノブチ岳の登山者の嬌声と高笑いが大きく聞こえてくる。まるで自分の姿を笑われているようで気分が悪い。しかし、この姿は向こうからは見えるわけもなかった。上部に行くにしたがって、藪の密度が深くなって来た。何とか登り上げると、すぐに鞍部の草地に出た。ここはなぜか灌木もなく、妙な感じがする場所だった。しかし、この鞍部を登るところから再び藪となった。登り上げると再び窪みに出て、ここから赤ナグレ岳の山頂をハッキリと確認できるようになった。しかし、ここからが本当の苦難の始まりだった。笹藪は身の丈を越し、密度も深く下方に向かって伸びている。登ろうとすると押し戻されるのだ。仕方なく、笹をかき分けてその間に身体を入れて行くしかない。上部に行くと、シャクナゲとハイマツの混在する藪となった。進もうにもどうしようもない。隙間を作ることも出来ないから、潜ることも出来ない。結局は笹藪の中を、横方向に行ったり来たりして、登れそうなところを探す。しかし、どこを探しても駄目なので、これは諦めるしかないかなと弱気になってきた。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。シャクナゲとハイマツの藪に突入だ。


なんとか、身体を藪の上に持ち上げて、枝の上を伝って少しずつ進んで行くしかない。しかし、これも猿じゃないのでそんなに簡単ではない。腕と顔にひっかき傷作りながらやっとの思いで山頂部分に到着した。山頂部分はハイマツで覆われて、平坦に見えている。そしてちょっとした高見が３箇所ある。その中の一番高そうなところに行くことにした。ハイマツの上に乗って四つんばいでなんとかその高見にとりついた。ここはちょっとだけ露岩が出ており、その上に立つことが出来た。標識もマーキングも全くないから、本当にここに登る人は皆無といっても良いのだろう。登山道から１時間の薮との格闘だった。展望は柴安�ｰ、俎�ｰ、ミノブチ岳がパノラマとして眼前に広がっている様は圧巻だ。おそらく、各ピークにいる登山者にはこんなところに人がいるとは思わないだろう。ちょっとした優越感が得られる（褒める人も皆無だろうが）眼下には尾瀬沼が見えているが、一部は緑色をしている。これは富栄養化と温暖化の影響なのかもしれない。しばし、感慨にふけりながら時間を過ごした。帰路は時間をそれほど要すこともなく、短時間でナデッ窪の登山道に出ることが出来た。

ナデッ窪の道はからは、ただひたすら下るだけだ。今回持参した防水タイプのムービーデジカメを片手に持って、歩いていたら、なんと笹藪の中に足を取られて頭から突っ込んだ。幸いにして怪我もなく、カメラも無傷だったので一安心。後で再生してみると、笑ってしまう映像が撮れていた。

沼尻休憩所では、缶ビールを買い求めて一気に飲み干した。実に旨い！！！！

ここから、尾瀬沼湖畔を辿り、三平峠から大清水まで長い道をひたすら歩いた。

大清水04:18--(.55)--05:13一ノ瀬05:16--(.53)--16:09三平峠--(.16)--06:25三平下--(.15)--06:40長蔵小屋06:50--(.17)--07:07長英新道入口--(1.52)--08:59ミノブチ岳09:05--(.27)--09:32俎�ｰ09:36--(.17)--09:49柴安�ｰ10:23--(.22)--10:45俎�ｰ--(.18)--11:03薮に入る--(.15)--11:18鞍部--(.46)--12:04赤ナグレ岳12:28--(.22)--12:50登山道--(1.15)--14:05沼尻休憩所14:18--(.46)--15:04三平下15:11--(1.06)--16:17大清水