曇天ながら展望は320キロ「蓮華岳」「針ノ木岳」 登山日2015年6月5日




針ノ木岳から黒部湖

蓮華岳(れんげだけ)標高2799m 長野県大町市・富山県中新川郡/針ノ木岳(はりのきだけ)標高2821m長野県大町市・富山県中新川郡



梅雨時の山は静かで良い。
まして平日ともなれば、その静けさは有名な山域にあっても変わりはない。山小屋が開く前のこの時期にはそう言う意味でも貴重だ。今回選んだのは、黒部ダム観光の起点でもある「扇沢駅」から登る針木岳だ。日本三大雪渓に名を連ねる針ノ木雪渓は、ハイシーズンには駐車場が満杯になるほどの激混みになる。
数日前から天気予報をチェックしていたが、梅雨時の予報は難しいらしく、日替わりで予報が変わる状態だった。前日にチェックすると、正午過ぎから天気が崩れると言うことだ。なんとか午前中に登ってしまえば、帰りは雨であっても気にならないだろう。

6月5日(金)

扇沢の無料駐車場で朝3時に起床、のそのそと出発準備を始める。この時期としては、標高1400mと高いこともあるが、気温は6度と低くなっていた。広い駐車場はたったの5台が駐車してあり、登山者が動き出す気配がない。天候は予報通り雲ひとつない快晴で、数時間後に悪化するようには思えない。今日は、アイゼンとピッケルが必携だが、アイゼンは悩んだ挙げ句に6本爪の軽アイゼンにした。この時期の雪渓でのトラブルも予想してヘルメットを持つことにした。

午前4時に駐車場を出発し奥の出口を抜けて車道に出る。夜中も照明が点けられた扇沢駅の横を抜けて登山口に立つ。持参してきた登山届けをポストに投函して歩き出す。登山道と言っても、時々車道と交差しながら進んでいく。



早朝の扇沢駅


扇沢駅の左端にある登山口

一瞬、朝日で稜線が染まった


明後日は慎太郎祭で賑わう



林道を歩きつめると、ほどなく「慎太郎祭」とピンクの文字で書かれた横断幕が目につく。「山を想えば人恋し 人を想えば山恋し」が有名な日本山岳史残る百瀬慎太郎の業績を称えるとともに、針ノ木岳の「開山祭」でもある。明後日はこの「慎太郎祭」なので賑わうことだろう。

雪渓の下を流れる篭川を上部に向かって左側(右岸)を登っていく。あまり登る人はいないのだろうか?トレースも見当たらず不安になるが、ともかく上部に登っていけばいいのだと言い聞かせて歩いていく、堰堤が数か所ありその脇を通過する。

ここで忘れ物に気が付く。まずは地図でこれは自宅に置いてきたことを思い出した。それからお湯を沸かしてポットに入れたものを車に置いてきてしまった。地図は、GPSで何とか代用できる。お湯は身体を温めるのに欲しかったが、あきらめるしかない。

ところで、「大沢小屋」があるはずなのだが、周りを見てもそれらしきものが見当たらない。(帰ってから確認したら、篭川の左岸にあることが分かった)左側から赤石沢のデブリが迫るところの対岸に岩峰がある。この岩峰の中程に梵字が彫られている。昭和2年12月30日に早大山岳部が明石沢からの雪崩に遭って学生が亡くなったとのことで、その慰霊のための梵字ということだ。

雪渓は上部に行くに従って、斜度を増し、息を切らせながら登って行かなくてはならない。ここで予想していたのだが、恐ろしいことが起こり始めた。手のひらの大きさの石が唸りを上げて上部から飛んでくるのである。それも人の背の高さで雪渓上を飛んでくるのだ。思わず恐ろしくなり、ヘルメットを被ることにした。しかし、直撃されたらヘルメットなどひとたまりもないだろう。

振り返ると爺ヶ岳がせり上がってくるのがわかる。空はいつの間にか雲が広がり、天候悪化の兆しを表していた。




針ノ木雪渓

針ノ木雪渓

この岩峰は有名?

岩肌に梵字が彫られている

振り返ると爺ヶ岳


まだまだ続く

やっと針ノ木峠が近づく

針ノ木峠から雪渓を振り返る

針ノ木の絶景、爺ヶ岳から針ノ木岳までの稜線は憧れだ。



扇沢駅を出発してから3時間半で針ノ木峠に到着した。そこには立派な針ノ木小屋が建っていた。そして目の前には槍ヶ岳を盟主とする北アルプスの峰々が広がっている。そして、富士山も見えているではないか。帰ってから距離を調べると320キロメートルほど離れている。この曇り空の下でこれほどの展望が得られるとは奇跡ではないかと思わせる。それにしてもこれほど美しい展望の中に身体を置くと言うことはなんという幸せだろうか。

誰もいない、冬期閉鎖されたままの小屋前のベンチに腰掛けて、しばし至福の時間を過ごす。

さて、これからどうしようか?時刻は8時前なので、蓮華岳に登っておくことにする。蓮華岳への道は雪もなさそうなので、軽アイゼンを外して向かうことにした。



針ノ木小屋

針ノ木小屋前

針ノ木小屋からの展望

北アルプスの峰々

八ヶ岳と富士山



針ノ木小屋からの登りはいきなりの急登だ。しかし、気温が低く、それほどの体力の消耗はない。眼下に見える針ノ木小屋に単独行者がたどり着いたのがわかった。今日は平日の天候も崩れるという予報なので、他には登ってくる人は見られない。

この急登を登り上げると雲上の稜線漫歩が待っていた。起伏の少ない稜線の道は歩きやすく展望を楽しみながらどんどん進んでいくことが出来る。ハイマツの中の砂礫の道は快適そのものだ。ハイシーズンにはコマクサの群落も見られるというが、今の時期は花の姿は確認できない。振り返ると針ノ木岳の鋭峰が対峙するように見えている、この調子でいけば天候悪化の前に針ノ木岳も登ることが出来るかも知れない。それには急がなくてはならないが、老体の脚では思うように動かないのが歯がゆい。

若一王子神社奥宮のピークを過ぎるとすぐに蓮華岳山頂だ。

山頂からの展望は360度に遮るものがない。相変わらず富士山は見えている。知っている限りの山を同定するが、この辺の地理に詳しくないこともあり、その数は限られている。そうなると、北アルプスの峰々をほとんど登っていないという現実がある。今後どれくらい登ることが出来るのだろうか?なんとも寂しい現実が目前に迫っていることは逃げられない事実だ。

さあ、ゆっくりとしている時間はない。針ノ木小屋に戻ることにしよう。

戻る途中で、私よりも年齢が高そうな、単独行の男性とすれ違った。一眼レフカメラを首から提げており「ライチョウはいませんでしたか?」と声を掛けられた。「見ませんでしたよ」と答えるとちょっと残念そうだった。ここで5分ほど立ち話をして別れた。この日、登山者とすれ違ったのはこの一人だけだった。



蓮華岳に向かう途中、針ノ木小屋を見下ろす

針ノ木岳を振り返る

蓮華岳まで続く稜線

蓮華岳山頂が見えてきた

山頂までもう少し

山頂標識が見えてきた



蓮華岳山頂

蓮華岳からの展望

蓮華岳からの展望



針ノ木峠に戻ったのが10時ちょっと過ぎだった。
天気が崩れるという時間まであと2時間ほどだ。こうなったら針ノ木岳まで行かなければ悔いが残る。今度は軽アイゼンを装着し、ピッケルに持ち替えた。菓子パンを食べて、ゼリー飲料を飲み込み、ナッツを口に含み出発した。

はじめは岩の道を登るが、すぐに雪の斜面となった。それもかなりの傾斜で、滑落したら停止できそうにない。もっとも滑落しても下方まで雪があるから、ひょっとしたら助かるかも知れないが、ダメージは大きいだろう。その雪の斜面も、雪の壁というようなものに変わってくると、軽アイゼンの無力さを実感することになる。それは表面の雪が腐って、ピッケルでステップを切らないと登れないのだ。やはり前爪のない軽アイゼンでは厳しい。ましてトラバースが続く斜面では、踏ん張りが利かない場所もある。慎重に、慎重に、慎重にと足を前に出す。

もう少しで山頂という所で、どうしようもない雪の壁になった。こうなったら腕力に任せて登るしかない。ピッケルのピックを打ち込んで、強引に上部に身体を持ち上げた。これも10メートルくらいの高さだったのでなんとかクリアすることが出来た。もちろん、下降のことが気になったが、とにかくのぼることだけの意識が勝っていた。

雪面の登りも終わり、砂礫の道を登ると、そこが針ノ木岳山頂だった。

なんという素晴らしい展望なのだろう。眼下に見える黒部ダムの湖面の色はたとえようがない。槍ヶ岳の下に見える高瀬ダムの湖面も同様だ。雪と氷の立山と剣岳は透明感のある山体をしている。さtらに目を移せば、去年登頂できなかった五龍岳がこちらに向いている。そして爺ヶ岳からこの針ノ木岳に続く岩稜の道は、険しく人が歩くような場所ではないといった感じだ。いずれの山頂も雲が巻きはじめて、天候悪化の時間が近づいていると言うことを感じさせる。

山頂滞在は15分で切り上げて早々に針ノ木峠に戻ることにした。



針ノ木岳に向かう

滑落したら止まらない

嫌らしいトラバース

山頂まであとわずか

針ノ木岳山頂

針ノ木岳山頂

黒部湖を見下ろす

針ノ木岳からの展望



針ノ木峠に着いたのが正午となっていた。小屋の前で荷物の点検をしていると、ジェット機の爆音のような音が頭上に響き近づいてきた。やがて、ものすごい風が針ノ木小屋の周りに吹き荒れて、みぞれが落ちてきた。こうなったら一刻も早く下山するしかない。

安全を考えて、グリセードもやらずに軽アイゼンを装着したままでキックステップで、地道に下降することにした。



針ノ木雪渓

下降はかなり緊張する



最初に出会った堰堤で、アイゼンを外しゆっくりと菓子パンを食べて30分ほど休憩した。それでも針ノ木峠から扇沢駅まで約2時間なので、実質1時間半で下降したことになる。

大町温泉「薬師の湯」に入り、外に出たときは土砂降りの雨になっていた。梅雨時の山行としては満足のいく天気の中での山行となった。




【記録】
04:02扇沢駅--(3.35)--07:37針ノ木峠07:53--(1.10)--09:03蓮華岳09:10--(.38)--09:48針ノ木峠10:04--(1.11)--11:15針ノ木岳11:30--(.33)--12:03針ノ木峠12:10--(1.58)--14:08扇沢駅

群馬山岳移動通信/2015


この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平16総使、第652号)