這々の体で戻った「餓鬼岳」
登山日2017年9月30日



山バッジ

餓鬼岳小屋で購入
かつてこの小屋はカモシカの密猟小屋だった事が由来か?
周囲はザイル?


大凪山(おおなぎやま)標高2079m 長野県大町市/餓鬼岳(がきだけ)標高2647m 長野県大町市

餓鬼岳はその名前から登ってみたい山のひとつとなっていた。それにしても恐ろしい名前を頂いた山である。北アルプスでひっそりとしていると言われるが、土日を避けて金曜日に登りたいと天気予報を見ていた。

退社後、風呂に入ってから現地に向かった。国営アルプス公園から林道を進んでいく。道は狭く両側から草がせり出しているので、よけいに狭く感じる。対向車が来たらすれ違いは不可能に違いない。

登山口は標識とトイレがあるので、すぐに見つかった。ここには駐車余地があるが、狭くて傾斜もあるので車中泊には向かない。そこで数十メートル戻ったところにある駐車余地に停めることにした。ここは車が8台くらい停められそうだ。予想はしていたが、ほかには車は無く、車のエンジンを切ると周囲は真っ暗で、沢の水音が際立って耳に響いてきた。

9月29日(金)

朝4時に起床し準備を整える。周囲は誰もおらず、今日はひっそりとした山歩きが楽しめそうだ。ヘッドランプを点けて一歩を踏み出すと足音が周囲に響き渡った。2分ほど歩くとトイレのある登山口に到着、登山計画書を提出するポストがある。今日は事前にネットで提出済みなので、ここでの投函はしなかった。登山口からは林道を歩くことになり、これならば車がもっと先に入ることも可能だと感じたが、進入禁止のルールは守らなくてはいけない。

林道終点となり、標識が設置されており「山頂まで6時間30分」となっている。現在の時刻は5時なので正午までには到着できると踏んでいた。それにしても標識には「単独登山者の遭難事故はそのほとんどが尊い命を失っています。すぐれた技術と経験のあるリーダーが必要です。」と書いてある。単独行者はやはり嫌われ者なのかと思った。

林道を離れ沢沿いの道をしばらくは進み最初の仮橋を渡る。ヘッドランプの狭い視野の中で渡るのは怖い気がする。まして橋の床板は間隔が広く老朽化が著しい。おまけに濡れているので油断をすると滑るのだ。暗闇の中、沢の遡行は高巻きを繰り返すためにアップダウンがどうしても多くなる。運動不足の老体にはかなりきつい。
日の出が5時30分ごろなので、歩き始めて1時間ほどで峡谷の中も明るくなりヘッドランプも必要が無くなった。足元もよく見えるようになり、不安感はかなり改善されてきた。しかし、このルートは新しい単管パイプで補修がされているところもあり、関係者の努力に頭が下がる思いだ。もしもメンテナンスがされていなければグレードは格段に高くなるだろう。また増水時はかなり危険が伴うだろう。

魚止ノ滝は豪快に水を落下させており、これを見るだけでも価値があるというものだ。朝露に濡れたシラヒゲソウの群落を過ぎると、魚止ノ滝から徐々に離れ高度を上げて行く。左の山側から水量の多い沢が道を横切り、そこにはかなり丈夫な橋が架かっていた。その橋を渡ると、そこが最終水場と呼ばれる場所だった。朽ち果てた丸太がベンチの代わりに置いてあったが、ちょっと座る気にはならなかった。ここでハイドレーションに2リットルの水を入れておいた。これで今日は合計3リットルの水を持ったのだが、まさか使い切るとはこの時点では思わなかった。


登山口

林道終点

底板が滑る
10

ステップ

魚止ノ滝

シラヒゲソウ

橋と梯子が見えるだろうか

最終水場


最終水場からは右に大きく回り込んで高度を上げて行く。かなりの急傾斜で、ところどころに設置してあるロープや梯子を使わなければ登れないような場所もある。道はやがて樋状の斜面を登るようになる。ここは崩落が進んでいるようで、おびただしい落石や倒木で埋め尽くされている。どうやらここが落石注意の場所と思われる。持参したヘルメットを被ろうとしたが、額から流れ落ちる汗を考えると、暑苦しくてとてもその気になれなかった。

ふと、物音に気が付いて見上げると上部から男性の単独行者が下降してきた。「いやあ、きつい登りですね」そう言って声をかけてきた。「餓鬼小屋泊りですか?」と尋ねた。すると驚くべき答えに言葉を失った。「今日で5日目です」笠ヶ岳から槍ヶ岳、いったん横尾に降りてから蝶ヶ岳、常念、大天井、燕、餓鬼と歩いてきたという事だ。思わず「エエッ!」と声を出してしまった。「私は日帰りがやっとです」と言うと「それはもったいない。できれば一泊して大展望を楽しんだらいいのに」と言われてしまった。ともかくこの単独行者はしっかりとした足取りで軽快に下って行った。

急登の道は崩れて細かくなった花崗岩の粒が敷き詰められた歩きにくい道だ。これは下降の時に滑って困難な状況になることが予想された。何度も何度もGPSを取り出して位置を確認するが、山頂はとてつもなく遠い感じがする。

木々の紅葉が目立つようになると、登山道の脇に「大凪山」と書いた標柱がある。ちっとも山頂らしくないのでGPSで確認すると、地形図の示す場所とはずれているようだ。「餓鬼岳 2:30」と書いてあるからまだまだ先は長い。わずかばかり歩くと地形図が示す大凪山となった。枯れた倒木にフェルトペンで「大凪山」と書いてあるところを見ると、こだわりの人がいるという事だ。

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大凪山の標識

このピークが大凪山だろう

百曲り 手前


この大凪山から先は今までの急登とは違って、平坦に近い泥濘のある道だ。こうなると疲れも吹き飛んで軽快に距離を延ばすことが出来る。

百曲りと呼ばれる場所の手前にある鞍部は迫力のある餓鬼岳の斜面を見ることが出来る。一気に切れ落ちた斜面は足を踏み外したら助かるまい。その先は黄金色に輝く田圃が細かい区画線で仕切られて広がっている。何とも長閑な風景だが、これから始まる餓鬼岳までの登りを考えるとのんびりとはしていられない。

百曲りは大凪山の登りに比べて楽な感じがする。それは道がジグザグになっており直登の部分が少ないからだ。この付近標高2000mを越えているが森林限界にはなっておらず、ダケカンバの木が多く黄葉が見ごろとなっている。小屋まで30分の小さな標識を確認するころになると、ダケカンバも少なくなり展望が聞くようになってくる。安曇野の田圃の向こうには浅間山、妙高と言った山々が、そして目を凝らすとシンボルマークの富士山が青いシルエットで見えている。その左は八ヶ岳、右は南アルプスだ。

標高2550m付近で小屋まで10分の標識が出ると道はなだらかに登るようになる。そして10分をわずかに上回って餓鬼小屋に到着した。山頂まではあと5分という事で、休まずに山頂を目指すことにした。

山頂までは花崗岩の粒が敷き詰められた白い道を登る。大展望を背負って山頂に徐々に登って行く。正午に山頂に到着、歩き始めてから7時間半もかかってしまった。山頂には予想通り誰もおらず独り占めだ。中央部に社があり、三等三角点は数メートル離れた場所にあった。山頂からの展望はあいにくとガスがかかって遠方は見えない。槍ヶ岳を見たかったのだが残念だ。しかし近くの「ケンズリ」の色づきは見事なものだ。花崗岩の白砂の中に屹立するその姿は惚れ惚れとする。静かな山頂で登りの疲れをしばし休めて360度の展望を楽しんだ。しかし、下山のことを考えるとゆっくりとはしていられない。この時点で餓鬼小屋に泊まるという選択肢は完全に消えていた。


百曲りとりつき点から隣の尾根

百曲り取りつき点の崩落地

百曲りの紅葉

百曲りの紅葉

山頂部分が色づいている鹿島槍

富士山が見える


山頂を辞して、餓鬼小屋の扉を開ける。声をかけると薄暗い室内から小屋番が顔を出してきた。「山バッジありますか?」「1000円で一種類しかありませんけど良いですか?」思わず高いと思ったが、口に出した以上断るわけにもいかない。出されたものは餓鬼小屋のシンボル花を持った餓鬼のカードとカモシカの正面顔のバッジだ」なかなか渋い。それに必要が無かったのだがミネラルウオーターを400円で購入した。やはりここで登山道の整備のためにも、カネを使わなくてはいけないと思った。
小屋の上にあるベンチに腰かけて展望を楽しみながら、しばし休息をとった。標識には白沢登山口まで4時間半となっている。現在の時刻は12時半なので16時には到着できるという事だ。これなら楽勝と思った・・・・・・


山頂まであと5分

餓鬼小屋

誰もいない山頂


ケンズリ

唐沢岳

有明山と安曇野 遠方に富士山


順調に下降をしながら大凪山に到着。ここで時刻は14時、標識ではあと2時間半、日没は17時半なので、まだまだ大丈夫だ。ここからの下降は急で梯子もあることから、ストックを仕舞ってから歩き出した。

予想はしていたが、花崗岩の粒が敷き詰められた道は油断が出来ない。気を抜くとすぐに滑って尻餅をつきそうだ。とても道の脇のクマザサや枝を掴まらなくてはいられない。その上ストックを使わないことが原因なのか、右膝に違和感を覚えるようになった。これが原因でスピードがなかなか出ない。下山時は登ってくる人に9人ほどすれ違ったが、かなり疲れた顔を見られたのではないかと思う。

最終水場についたときは思わず座り込んでしまうほどだった。ここまでくればそれほど危険は無いだろうと思った。しかしそれほど甘くは無かった。登ってくるときは気が付かなかったが思った以上にアップダウンが多く疲労が累積されていった。右膝は踏ん張りがきかないので、梯子は左足を軸にして昇降するしかなかった。ほとんど右足は引きずるように歩くしかなかった。遅くとも帰着は17時と考えていたのだが、現在の時刻は16時なので、とてもとても間に合いそうにない。

峡谷の中は暗くなるのが早い。
日没前の17時の時点で暗くなり足下が怪しくなってしまった。不用意に濡れた石に乗ったとたんに沢の中に膝まで落ちてしまった。何とか這い上がったが靴の中はずぶ濡れとなってしまった。17時半になると完全に足下は見えなくなってしまった。峡谷の中の樹林帯では仕方ないことだ。ここでストックを取り出して使うことにした。すると右膝の痛みは少しは緩和することができた。なんとしても帰らなくてはならない。立ち止まって休むことも時間を惜しんでストックを頼りに歩いた。足下が濡れた惨めな登山者が歩いている姿は餓鬼に似ていたかもしれない。

何とか林道にたどり着き駐車地点にたどり着いたときは思わず大きな声で叫んでしまった。用意した水はすべて飲み干してしまっていた。
二度目も立ってみたい餓鬼岳だが、二度と登りたくない餓鬼岳だった。


帰りの林道は月が輝いていた


「記録」
駐車余地04:30--(.02)--04:32登山口04:38--(.09)--04:47林道終点--(1.56)--0643最終水場06:55--(1.53)--08:48大凪山--(1.55)--11:43餓鬼岳小屋--(.06)--11:49餓鬼岳山頂12:02--(.04)--12:06餓鬼岳小屋12:26--(1.42)--14:08大凪山14:24--(1.27)--15:51最終水場16:02--(1.56)--17:58林道--(.06)--18:04駐車地点


群馬山岳移動通信/2017




この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図50メッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平16総使、第652号)